ヤック仮面に花束を 〜おためし版〜
C81冬コミ出展作品
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 放課後のチャイムが鳴って二十分ほど経過した後、俺は用意してきたブツを袋につめて、いつもの場所へと向かう。
 通常、この時間帯は、帰宅前の生徒やら部活動に向かう生徒やらで賑わっている頃。そして、教室を出たあとしばらくはたしかにその通りだったが、目的地に近づくにつれ、次第にその喧騒が遠ざかっていく。その代わりに満ちてくるのは、なんとも言えぬ緊張感。それは、目的地のある廊下に繋がるT字路に差し掛かる頃、最高潮になる。
「今日も平常通りか……」
 平常通りといっても、平穏という意味ではない。T字路の角から放送室のある廊下を伺ってみれば、そこかしこの物陰に、ちらちらと動くものがある。
 考えるまでもなく、ファンクラブ会員だ。放送室の前に隠れて、入っていく彼女をのぞき見していたんだろう。そして、今はその放送室に侵入せんと来たるであろう、ヤックの紙袋を被った怪しい男――ヤック仮面を捕まえようと、気合を入れている最中。そして、そのヤック仮面その人が、ここにいる俺、河野貴明だった。
 それにしても、ここから見える限りでも、いち、にい、さん……、昨日より数が増えてるんじゃないか。熱心なことだなぁ。
 俺がいるところは少し距離があるので、ここから放送室までの数十メートルを、誰にも捕まらずに走り抜けるのはかなりの骨だ。前回までと同じ手段では、もう通用しないだろう。
「ま、そのために今日はこれを用意してきたんだけどな」
 ウマくいくかどうかはわからない。しかし、試してみなければ始まらない。それに、躊躇していては、あの場所へはたどりつけない。
 まるで、ピーチ姫の元へ向かうマリオみたいだな、とそんなことを思った。
「さて、行きますか……!」
 もういちど、周囲からの視線がないことを確認して、俺はおもむろに袋からそれを取り出して、いざ頭に装着する。
 準備はOK。後は野となれ山となれ。気合いを入れてグッと拳を握る。
 そして俺は、猛然と廊下に向かって走りだした。
「うぉおおおおおおっ!!」
 別に叫び声を上げる必要はなかったが、なんとなく。
 とにかく、飛び出した俺に反応して、何人かの男たちが同じく廊下に飛び出してきた。やっぱり張ってやがったな!
「そこのヤック男!」
 飛び出してきた中の一人が威勢よく啖呵を切る。柔道部?空手部?とにかくそんな感じの黒帯道着の大男。
「今日こそは…………?」
 しかし、鍛え抜かれた身体を仁王立ちにしたまでは良かったものの、近づいてくる俺の姿を見るやいなや、そいつは絶句して硬直した。
 なぜなら、飛び出してきた俺はヤック男……もとい、ヤック仮面じゃなかったからだ。

「う……馬ァ!?」

 そう、俺が被っていたのはヤックの紙袋ではない。人気動画共有サイトでおなじみ、馬仮面! ちなみに正式名称はアニマルマスク・サラブレッド、お値段千六百円。むきだしの歯ぐきがキュートなニクイやつ。
「ヒヒィィィィィィィン!!!」
 ついでに雄叫びを一つサービス。その奇声にビクッとする黒帯君。さすがの格闘系クラブも、雄叫びをあげながら猛然とダッシュしてくる馬仮面には耐性がないらしい。
「う、うわあああああ!」
 しかしなんつーか、気分がハイになるっつーか、妙なトリップ感のあるマスクだ。新しい自分がムクムクと出てくる感じ。そういや馬って、走ってる時も「ヒヒーン」って言うんだっけ?まぁどっちでもいいや。
「ヒヒィィン! ヒヒィィィィィィン!!」
「ああああ来るなああああ!」
 突っ込んでくる馬におそれをなしたか、きびすを返して逃げ出す柔道マン?カラテマン? どっちでもいいが、とにかく泡を食って一目散にかけだしていく。
 柔道マンの向こうには、これまた鍛えてそうな面々が何人かいたが、先鋒が逃げ出したと見るや、全員慌ててとんずら体勢に入っていく。
 おおおー、俺いま勝ってない?勝ってるよね?いまの自分は勝ってると思います!
 でもそりゃ逃げるよなぁ、俺だってその場にいたら怖ぇよ。全力で遠慮したいね。
「ヒヒィィィィン!!!」
 勢いに乗って、俺は逃げ出した親衛隊の面々を追いかけて全力疾走。ときおり奇声を発して威嚇しながら、放送室の前を通り過ぎて、柔道マンたちを恐怖のどん底へたたき込むべく両足を前に繰り出す。
 あれ、でもなんか忘れてね? そもそも何しに来たんだっけ俺。そんな疑問が不意に頭に湧いた瞬間、前方を走っていた柔道マンが足を止めた。
「……ここで逃げっぱなしじゃ」
 やべ。
「空手家の名折れだァァァァァァァァ!!!」
 あ、柔道家じゃなくてカラテカの方でしたか。すんません。
 って言ってる場合じゃねえ! なに普通に放送室通り過ぎてんだ俺は! そして、愕然としている間にも、こちらめがけて猛然と突っ込んでくる空手の達人。
「ヒィーーーー!!!!」
 今度はこっちが悲鳴を上げて逃げ出す番だ。捕まったらカカト落としじゃすまなさそう。
「待てやコルァーーーーーーーー!!!」
 とはいえ、通り過ぎてからまだ距離が離れていなかったので、かろうじて追いつかれる前に放送室の扉にたどり着くことに成功。ガッとドアを開けて素早く入り、バタンと閉じて鍵をかける。これで一安心。
『くそっ、また取り逃がしたァ!』
 扉を通してカラテマンの地団駄が聞こえてくる。間一髪……
「ふぅ……」
 それにしても、扉を叩いたり鍵を借りてくるなりしないところが、几帳面というかなんというか、ファンクラブの掟はホントに鉄の掟なんだなぁという印象。
 なんにせよ、ここは安全圏。扉にもたれかかって深呼吸。
 しかし、まだ心臓がバクバク言ってるけど、ダッシュしてきたからというだけではない高揚感があるな。馬仮面のせいだろうか。
 なんというか、こう、『俺はやったぜ!』みたいな、そんな妙な達成感と解脱感。きっと、動画共有サイトのお馬さんたちも、こんな感覚を味わいたくてマスクをかぶるのだろう。なんだか、会ったこともないネットのヒーローたちに、妙な共感を覚えてしまった。
 と、そんなことを思っていると、先ほどの扉の音を聞きつけたのか、放送室の主の声が部屋の奥から聞こえてきた。とことこと足音を立ててこちらに歩いてくる。
「河野くん?」
 奥の部屋から放送室の入り口にひょっこり顔を出したのは、今現在の放送部唯一の部員、羽根崎美緒だった。外にいる連中が応援している姫君である。
「やあ羽根崎、おまたせ」
「今日は大丈夫だっ……」
 だが、何か変なものでも見かけたのか、羽根崎の表情が顔を出した瞬間のまま固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「うん? どうしたの?」
「き……」
 スローモーションのように、ゆっくりと羽根崎の顔色が変わっていく。
 ……あ、まずい。
「きゃ!!…………っっっ」
 悲鳴をあげようとした羽根崎の口を慌てて抑える。
「んぐーっ!んぐーっ!」
「しぃーっ! 待ってよ、俺だよ、オレオレ! 俺だから!」
 何やら詐欺のような口調になってしまったが、体裁を取り繕っている場合じゃない。ここで悲鳴を上げられたら、それこそ扉をぶち破ってでも屈強な男たちが乗り込んできかねない。防音とはいえ、まったく音が漏れないわけではないのだ。
「んうーっ!むーっ!」
 その場合、彼らの目に映るのは、馬の仮面を被った怪しい男がいたいけな少女に掴みかかってる図なわけで、たぶん社会的に色々終わる。全裸でないだけマシだけど、服を着ていたからといって情状酌量の望みは薄い。
 必死で羽根崎の口を押さえて、俺だよ俺俺と繰り返す俺。しばらくの間、放送室の扉前で、馬仮面と放送部員少女のもみ合いが続いていた。

 つーか……、ああ、なんでこんなことになったんだっけ?


――――――――――――ここから先は、「神様のおくりもの」本誌にてどうぞ


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