リーダー体験記




〜2006年春の教室に参加したモンゴル人留学生"チメグ"リーダーの体験記です〜
「わらだ屋敷自然教室」にて  エンフチメグ

 金沢大学に留学し、日本語日本文化を習っている私が、
色々な体験を通して人間の持つ精神や物事の本質などを教わっている。
その中で、印象深かったのは山形県に位置する「わらだ屋敷自然教室」での体験である。
なぜならば、7年前から同級生の友達何人かが参加者としてこの教室に来ていたが、
私は同じ場所で参加者ではなくボランティアとして一週間参加させていただいたからだ。

 私は、山形県へ出かけるまで、自分の日本語の不十分なことと、
日本人の男性と子供の話し方が何でか分かりにくいことに悩み、非常に緊張していた。
東京駅からボランティアをしに一緒に行く良太君と共に山形県を向かい、
新幹線で行く間、留学生活やモンゴルの生活、又、「わらだ屋敷自然教室」などについて
色々と話し、最初の友達を作ったのだ。

 ようやく山形県の駅に着いた時、私は雪がないことに驚いていた。
実は、「今年、山形県は雪が多くて寒い。」と聴いたからである。
そのうちに、6,7年前に会っていた姉崎さんが迎えに来てくださった。
私達はずっと話しながら、車で走っていた。
私は、車窓から雪が少ししか積もっていないのを、眺めながら走っていた。
すると、間もなくトンネルを走り、トンネルから出た時は、雪国のように雪が一杯あった。
もっと走る度に積雪が増え、危険そうな狭い山道を登って行った。
山道の右側は川が流れていて、上から岩石と積雪が落ちて来そうで、怖かった。
程なく、「わらだ屋敷自然教室」に着いたのである。
恵美さんと始めて日本で再会し、今までの思い出を語り合い、懐かしい一晩を過ごした。

 翌日から子供達を迎える準備をし始め、子供達を来るのを楽しみに待っていた。
なぜならば、3回も来日したのに、自分より年下の人とは会ったことが少なかったため、
多くの子供達と6日間を過ごす機会だったから、楽しみにしていたのだ。
2日後に子供達が来た。元気で明るい子供達ばかりだった。
これで、9人のリーダーと21人の子供達と過ごす忙しくて楽しい日々が始まったのだ。

 私は、一応、子供達のリーダーと言われていたけれども、
初めての経験だったので、子供達に教えるほうというより、
子供達とリーダーから教えられるほうであって、まるで参加者のようだった。
毎日、皆と一緒に食事作りや掃除、又、雪遊びなどをしていた。
これらをして楽しむだけではなく、自然を守るために、自らは何ができるのかを教わっていたのだ。
これが自然教室の目的であって、生活体験を重視して、
自然に対する人間のあるべき姿を教えられていたのだ。
身近な例を挙げれば、水の使い方、食事の大切さなどである。
このように、色々教わり、毎日を楽しんでいた。

 この中で一番印象に残ったのは、
開校式の時、「友達になるために」という童歌を皆で歌ったことだった。
この歌は、前、「わらだ屋敷自然教室」に参加していた子供達がモンゴルに訪れた時、
教えてくれた歌で、彼らと一緒に過ごした日々の思い出のある歌だった。
私はこの歌が大好きだった。それで、実際に自然教室で皆と一緒に歌った時、
モンゴルでの日本人友達との思い出が頭に浮かび、懐かしくて泣いてしまったのだ。
そして、その日の夜、「あめっかぜ」というグループのミニコンサートがあった。
まさか、その人達もその歌を歌うと思わなかった。また、感動した。
深い深い意味のあるその歌は、心を動かした。
その時、子供達も頑張って一緒に歌っていたのだ。
最後の日、別れ会をする時も一緒に歌ったのだ。

  今まで出会った沢山の
  君と君と君と君と君と君と君と
  これから出会う沢山の
  君と君と君と君と友達

歌い終わった後、とても悲しくなって、涙が出てたまらなかった。
料理が上手なリーダー達、元気が一杯子供達に
色々な楽しい思い出を作ってもらったので、別れるのはとても悲しかった。
子供達が大勢いて、皆の名前を覚え切れなかったけれども、
いたずらが好きな子、面白い笑い方の子、いつも話しかけて来る子、
いつも「あのねえ…」と話す子、という風に皆のエピソードで彼らを覚え、
長かったようで短い、疲れたけれども楽しい日々を送ったのだ。

 「わらだ屋敷自然教室」で大家族を作り、皆が力を合わせて、
力の限り自然を保護して行こうと言う素晴らしい活動に参加させていただいたのだった。
私にとって一生わすれられない思い出になった。

 このチャンスを与えてくださった皆さんにお礼を申し上げます。
 




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