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「シャイニング」

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キューブリックがこの小説に興味を持ったことはわかる。ホテルの力だ。不気味さ、華麗でロマンな歴史、強烈に彼の美意識を刺激しただろう。映画では、興味ない部分は大幅にカット、根本さえ変えてしまった。
 スティーヴン・キングが「2001年宇宙の旅」の試写を見た時、批判的、かつ強烈なコメント(ここでは書けない言葉で)を残している。
 彼がそういう監督であることは、S.キングは十分知っていて、にも拘わらず、その後この映画化権を渡している。全く違うものとなる恐れはあったにしても、彼の映画を見てみたいという好奇心の方が勝ったのだろうと思う。
 彼はキューブリックの映画「シャイニング」を酷評しているようだ。作家としては当然である。でも、映画からスティーヴン・キングの本を読みファンになる人もいる。映画は別のものとして見れば、いい映画(私にとってはこわい映画)である。

 この原作はあとを引く小説で、ホテルそのものが恐怖の対象で主役となっているかのような内容は新鮮で力強い。人物描写が克明で、ジャックの狂気又は閉塞感はウェンディも一因であるとも見れる。
 ジャックがジャックの母親(知性がないか、もしくは放棄したと見せかけている女性)に嫌悪感を抱き、口うるさい心配症の女性にうんざりという細かい描写がされているので、ジャックの心理分析、性格分析も可能である。ウェンディについても同じことが言える。
 小説ではジャックの狂気はある環境から生まれたことも暗示している。その環境は、アメリカではありふれたものだろう。その不幸ではあるがありふれた幼児期を送った夫婦の子供ダニーには限りない愛情が注がれていて、黒人の料理人ハローランが著者の視線であると感じさせる。
 シャイニング(予知能力)の実体はわからない。トニーはダニーの内側にいる、そして呼んでも出てこない時があるということから潜在意識ということなのか。強いシャイニングを持つことによって起きる悲劇的な側面が強調され、ダニーはそんなものなかった方がいいと言う。それを父親のようにハローランが教え諭す。
 そしてハローランか感じる「死」の予感。ダニーがハローランに「いつまでも死なないよね。」という会話を通し、シャイニングや死、亡霊、などどうにもならないことへのやりきれなさ、寂しさ、不条理など哲学的要素も感じさせ、多くを問いかけてくる。そのため、ホラー小説では括れない厚味を持っている。
 映画ではジャック・ニコルソンという俳優から受ける印象なのかもしれないが、狂気はジャックの持って生まれた性格であり、ホテルの亡霊と合体したという印象が強いのに対し、小説は狂気の生まれる過程をジャックの幼児期、家族、親子関係、夫婦関係を詳細に描き、こんなホテルにくれば誰にでも起こりうる狂気を描いているように思う。
 小説では、ジャックはただ不幸な環境やちょっとした行き違いから暗黒の世界に落ちた善良な父親であり、ダニーは自分を襲うジャックが父でないことをはっきりと知っている。ジャックは体を乗っ取られた後も蘇って、ダニーに逃げるように言う。親子関係は最後までくずれず、ダニーが父親に会いたいという場面で締めくくられている。スティーヴン・キングは大変バランスのとれた暖かい人物であることを窺わせる。
 映画では、ジャックが完全に亡霊に肉体を占領されたのか、ジャック本人なのかは明らかではない。視覚的な映画では狂気の人が起こす行動がすごく怖かった。又、登場人物の背景は詳しく語られず、ジャック・ニコルソン、ウェンディを演じた女優自身の存在感から伝えようとしている。小説を読んだあと、ウェンディを演じた女優から受ける奇妙な印象の訳がわかったと思う。キャストで半分以上成功している。

 両方ともラストはすごい。
ラストから見ると、小説より映画の方が遙かに暗く、救いのない終わり方であり、キューブリックの天才的狂気を感じさせる。
 映画のラストのジャック・ニコルソンの写った写真が暗示するものもあっと思えるほど怖い。小説のラストは圧倒的な迫力であり、亡霊がはっきりと正体を現す。小説はじんわりとした怖さが徐々にくる。
 ホテルの描写は両者ともすごい迫力だ。
これはそれぞれで楽しんで欲しい。小説では悲劇は完全に幕を閉じたようだが、映画の方はそうと見えず、続編が可能な余韻を残している。
 スティーヴン・キングは壮大なスケールでホテルそのものの狂気、巻き込まれた人間の狂気を描いたのに対し、キューブリックは狂気そのものの起こす行動、狂気が乗り移った環境(ホテル、庭園、宴会場)の迫力と恐怖に焦点を絞り、その美しさを引き出した。狂気のとらえ方が全く違うが、どちらも天才的切り口だろう。1冊目は大変まどろっこしい気がしたが、2冊目は一気に読ませる。定評ある文章力も中盤以降はなるほどと納得する傑作だった。

シャイニング前編、後編

1997アメリカ/TV作品
製作総指揮原作S・キング

 ラスト以外原作そのものでした。原作を読まなくともこの映画で簡単に見られるという点では役に立つけれど、映画の魅力としてはゼロ。長いから前半退屈します。キューブリック作品はS・キングを全く踏みにじった内容だったけれど、やはり、映画の魅力と怖さがいっぱいでした。
 こちらは、人間関係に重きを置いているので、ホラーとは思えないくらいどこも怖くないのです。
 原作はそれはそれで魅力があったのですが、S・キング氏は何のためにこんなものを作ったのでしょうか。謎めいたところも消してしまいました。トニーの正体が明かされて、つまらない。ダニー自身のの心の声だとは思ったけれど、こういう映像処理はいいとは思えません。
 感動と恐怖を味わうならキューブリック作品、原作の把握ということではこの作品ということでしょうか。カメラワークはTV作品と思えないほど凝っています。

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