無骨な指輪




「よし、今日はここで野営しようか」

「ふぅ〜、ようやく休めるのか。今日は山越えもあったし、足に来てるよ」

「私もよ。あんた達男なんだから、ちょっとはレディにも気を遣って欲しいもんだわ」

「ま、文句はそれぐらいにして。いつもの通りの段取りでいくぞ。男は寝床と火の準備、レミは食事の支度だ」

「よっしゃ。おれは木を集めてくる!」

 パーティで一番の巨漢であるガラインがそう宣言し、一目散に森の方に駆け出してゆく。普段は自由気ままに動くことが多い連中だが、生きていくためとあれば自然と連携も確立されてくる。

(とほほ。どうして男の俺がメシの支度なんかしなきゃいけないのやら・・・確かにこの女の記憶を使えば、何の問題もなくできはするけどさ。こいつに成り済ますには仕方がないって割り切ってやるしかないか・・・)

 不満一杯の様子のレミだが、動きには何の感情も表すことはない。それ故、他のメンバーはレミの異変を感じ取ることはできなかった。

(弄り倒したいところだけど、回りは男しかいないから、大っぴらにオナニーとかできないし。んなことしたら、ガラインって奴辺りに押し倒されそうだものな。・・・それに、何よりも用を足すのが面倒だよな。何でこの俺がいちいちコソコソ隠れてやんなきゃいけないのやら。しかもこの腰布を脱ぐのがまた面倒なんだよな。ホント、女として生きていくのは大変だな)

 内面はともかく、表面上はつつがなく日々の営みが繰り返され、旅は続いていく。

 目的の王国を目の前にして、一行はある村へと立ち寄った。

「ふぃ〜。ようやくまともな寝床につけるんじゃないか?王国に近いここならどこかに宿もあるだろうし」

「それよりも酒だぜ、酒。どこかにそれらしい店はねえのか?」

 豪快な外見に相応しく、戦士のガラインは無類の酒好きだった。泥酔して騒ぎを起こしたのも一度や二度ではない。いつもであれば止めるところかもしれないが、久々に味わう人の気配に、一行の気分も常とは違っていた。

「見たところ、村という感じだから、どこまでいけるか分からないが、食料の調達はしておいた方がいいだろうな。さすがに薬などは難しいだろうが」

 一刻も早く落ち着きたい、という風情のガラインと違い、戒律上、飲酒を許されていない僧侶のダランは落ち着いたものだ。

「よし、ではまず宿を探すか。酒はそれからだ」

 何故かこういうときには盗賊であるリュートが仕切り役になる。一行は軽く頷き合うと、村へ足を踏み入れた。


「それじゃあ、後は自由行動だな。オレは酒場に直行するぜ!みんなはどうする?」

「私はちょっと休ませてもらうわ。脚がもうパンパンになっちゃってるもの」

 ガラインの言葉に対し、レミはそう答えた。ガラインの目がリュートに向かう。どうやら一緒に飲みに行く仲間が欲しいようだ。それを察してなのか、リュートはガラインに付き合うことを宣言した。

「さっきもいったように、私は食料の調達を受け持つことにしよう。レミは荷物の見張りを兼ねて留守番をしてもらおうか」

「分かった。私も余り夜も街を出歩きたくないしね。ここで大人しく待ってることにするよ」

「よし、じゃあ解散!リュート、行こうぜ!」

 解散を宣言すると、ガラインは一目散に駆け出していった。やれやれ、といった様子で、リュートも宿を後にする。

「では私も行ってくる」

 最後にダランが出かけ、部屋にはレミ一人が残された。

「くく、さてと・・・」



「よし、とりあえずこれぐらいでOKだろう」

 買出しを済ませたダランは、宿へ向かって帰り始めていた。王国に近いためか、村にはそれなりの活気があり、人の往来もそれなりにある。強調できるほどの特産物もなく、この村は旅人の落とす金によって潤っているようだった。

「ん?アレは何だ?」

 ダランの目に留まったのは、村の広場の一角にある木の根元だった。そこに赤い絨毯のような敷物をして、座っている人物がいる。その男の前には数々の品物がこちらへ向けて並べられており、どうやらこれらは商品のようだ。

「なるほど、露天商か。どれ、何か掘り出し物があるかもしれん。見させてもらおうか」

 聖職にあるダランにとって、金銭的に価値のあるものには興味はない。魔力が篭もった品というのは、一般人の目には判別し難く、こういった何気ないところにもそれらが埋もれていることはよくあるのだ。ダランの目が並べられた商品に向けられた。

(なるほど、どれもこれも大したものはない。つけられた金額と同等かかなり下の価値しかないものばかりだ。リュートの奴が見たら憤慨するだろうな。レミだったら飛びつくものもありそうだが)

「ん?アレは・・・?」

 そんなダランの目に、一つだけ引っ掛かるものがあった。絨毯の上に無造作に置かれた指輪。銀でできているのか、ややくすんだ光沢を放っている。宝石の類は一切付いておらず、アクセサリーとしての価値は知れたものだ。

 もちろん、ダランはそんな見た目の価値観に反応したわけではない。指輪から放たれる異様なまでの雰囲気――平たくいえば呪力に魂を惹きつけられていた。

 強力な魔力を帯びた品には『魅了』の魔力が込められているというが、まさにこれがそのような感じだった。魔力に対して感受性の強いダランは、すっかりその魔力の虜になってしまっていた。

「ほう、お客さん。そんなものがお気に入りなんですかい?そいつは長いこと売れなくて困っていた商品なんで、お安くしておきますよ」

 そういうと座っていた男は驚くべき破格の値をつけてきた。指輪に興味津々だったダランは、一議にも及ばず購入を決めた。



「はぁ〜、もう腰がフラフラしてるな・・・さすがに長旅の後にこれは堪えるな」

 一方、宿で留守番をしていたレミは、部屋のベッドで一人、道中で溜まりに溜まった欲望を爆発させていた。素っ裸のまま寝そべっているその様子は、とても生まれながらの女性のものとは思えない。まあ、実際そうではないのだが。

「はぁ・・・旅をしてると、ヤりたくてもチャンスがないもんな。用を足すっていってこっそり弄ったりはしたこともあったが、最後までじっくり、ってわけにも行かなかったからな。今日は久々にスッキリしたよ。こいつも相当溜まっていたんだろうな、何度いっても足りないって感じるぐらいだものな。ん?」

 人が近付いてくる気配を感じ、レミは慌ててローブを身に纏った。こうしてしまえば、下が裸とは想像もできないだろう。そういう意味では中々に便利だといえる。

 ガタッと扉が開き、レミのいる部屋に入ってきたのはダランだった。男と女ではあるが、先立つものがない流れ者の冒険者のこと、部屋は相部屋だった。そんなわけで、ダランがレミと同じ部屋に入ってきたわけであるが、レミは落ち着いたものだった。

「おかえり。食料の調達はできたの?・・・ってまあ、その様子を見れば問題なさそうね」

「うむ。ここは山の幸が豊富のようだな。これで目指す王国までは到達できそうだ。ところで――」

 ダランは腰に下げた小袋の中から、光る何かを取り出した。

「ん?」

 一瞬、眩しそうに目を細めたレミは、ダランの手の中にあるものに注目した。

「指輪?」

「そう。帰り道にちょっとした露天商を見かけたのだが、これが妙に気になってな。強い魔力のようなものを感じるのだ。お前も感じないか?私よりも魔法使いのお前の方が専門だろう?」

 そういわれて、レミは指輪をじっと見てみた。よくよく見ると、指輪の表面が揺らいで見える。何かの力がそこから発散されているのは間違いないようだった。しかし、宿主であるレミ、そして『ルイン』の知識を持ってしても、その正体を掴むことはできなかった。

「――確かに強い力を感じるわね。けど、私の知るいかなる種類の魔力にも当てはまらないわね。もしかすると、古代魔法なのかも」

「古代魔法・・・数千年前に発達していたという今の魔法文明を遥かに凌ぐ魔法か・・・こんな無骨な指輪にどんな力が施されているというのだろう?」

「嵌めてみれば?そうすればすぐに分かると思うけど」

「それはそうだが・・・ではレミ、お前が試してみるといい。私は男だしな。指輪なのだから、女の方が似合いだろう」

「な、何いってるのよ。それはどう見たって女向けに作られてないじゃない。その大きさを見なさいよ。そんなの私の指に嵌めたって、ぶかぶかで意味がないわよ」

 そうして見てみると、確かにレミの指に嵌めるにしては少々サイズがでかすぎるようだ。無骨なデザインと相俟って、その指輪から受ける印象は男性専用の向きがあった。

「ふーむ。しかし私に指輪というのはな・・・」

「いいじゃない。どうせ古代魔法なんだから、王国に着いたって鑑定なんてできないわよ。あんたがいやだっていうんなら、誰か他の奴にあげちゃえばいいんじゃない?」

 そういわれると、聖職者にあるダランとしては他の人間で人体実験めいたことをするわけには行かなくなってしまった。

 しげしげと指輪を見詰めるダラン。試してみたい気持ちは山々なのだが、レミでも正体が分からないとなると、何が起こるか分からない上に、何かあった時には解決する術がないことになる。

 しかし買った以上は自分で責任を取る必要がある。他人で試せとレミはいったが、聖職者である以上、そんなことはダランにはできない相談だった。

 しばらく目を閉じて覚悟を決めたダランは、目を上げると腕を上げて指輪を頭上にかざした。

(やる気だな・・・何が飛び出すのやら・・・楽しみに見させてもらうか)

 すっかり傍観者を気取っているレミ。そうしている内にダランの手が己の左腕に添えられた。振り下ろした勢いそのままに指輪を左手薬指に嵌めてしまう。

「おおっ!」

指輪から恐ろしいまでの力を感じ、ダランは思わず大声を上げてしまっていた。指輪を嵌めた薬指に全身が吸い込まれそうな感覚が襲う。ダランが指輪の方を見た頃には、ダランの意識は遠ざかっていっていた。

「お、おい――」

 床に倒れこんだダランに駆け寄ったレミは、ダランの肉体の変化に驚いていた。もはや禿げかかっていた頭から長い髪が生えてきて、どんどんと床に広がってくる。ついにはダランの顔を覆い尽くしてしまう。

「な、何だ、これは!?」

 変化はそれだけにはとどまらなかった。男の中でも大柄な部類に入るダランの体が、見る見るうちに小さく縮んでいく。ついには着ていた法衣の中にほぼ隠れてしまうような格好になった。

 そればかりではない。レミよりも更に小さくなってしまったダランの肉体に、更なる変化が生じ始めていた。体は丸みを帯び、レミと同じような特徴を呈するようになっていく。そう、つまり女性の体に。

 ただし、レミと全く同じ、というわけではない。髪は黒のままで、肌は浅黒く変化していっている。よくよく見ると、長い髪の間から尖った耳が顔を覗かせていた。

「こ、これは・・・ダークエルフ?って奴か?」

 エルフの中でも異端に属するダークエルフは、エルフ族のように森に定住せず、盗賊や暗殺者などを生業にして生きている、希種族の一つだ。決して昼に姿を拝めるような種族ではないため、100年以上生きているルインでさえその姿を見るのはこれで二度目に過ぎなかった。

 ダークエルフの特徴が顕在化した頃には、ダランの変身は完了していた。

レミは思わずダランの法衣を捲り上げ、その中の様子を見た。身長はレミよりも更に低く、人間でいうと14、5歳といった風に見える。しかしそれでいて子供に見えないのは、異常なまでに体の線が細く、その分身長があるように見えるからだろう。

「う、うーむ・・・」

 変身の余波で失われていた意識が戻り、ダランはようやく目を開けてレミの方を見上げた。どうやら瞳の色までがシルバーに変化しているようだ。その怪しい輝きは、強い魔力を感じさせるものだった。

「わ、私はいった――!」

 しゃべった瞬間、違和感に気が付いたようで、ダランは口元を押さえた。慌てて自分の体を見下ろす。

「な、何だ、これは!?」

「どうやらあの指輪のせいみたいね。何のためかは知らないけど、嵌めた者をその姿に変える力があるようだわね。姿以外に変わったところはない?魔法が使えなくなったとか、あるいはその逆とか」

「それはまだ分からんが・・・力が弱くなったのは間違いなさそうだ。これでは盾などは持てそうもないな。しかし、魔力は体中にみなぎっているように思えるな。ひょっとするとお前さん以上かも知れん」

「そうでしょうね。その姿なら有り得ることだわ」

 その時、がやがやとしゃべりながら男が二人部屋に入ってきた。ガラインとリュートの二人だ。

「あら。いつになく早かったじゃない。どうしたのよ?」

「ああ、これがひどい話でさ。あの店、サービスがなってないんだよ。水で薄めた酒なんか客に出すなって――ん?そいつは?」

「ああ、何といっていいのか。それがダランの成れの果て、みたいよ」

「ダランだって?そういわれてみればその服には見覚えが・・・どうしたんだ一体?」



「――なるほど。それでそんな姿になったと。いいじゃないか。かわいいし、若返ったんだしさ。かなりお得な話だと思うけど?」

「そ、そういう問題ではなかろう!」

 事情を聞いたガラインが笑いながらダランにそういうと、ダランも真剣に反論する。いつものことだが、見事に遊ばれているようだ。リュートの方もガラインに同調する。酒のせいもあってか、二人の息はピッタリだ。

「けど、あんたは今の方が魔力が増大したんだってな?パーティの戦力的にも、ありがたい話なんだけどな。なあに、肉弾戦は俺とガラインに任せてくれれば大丈夫さ。鎧なんか着けなくても構わないぜ。女の身で下手にそんなの着ると、満足に歩けなくなるのが落ちだと思うぜ」

「そうだ。そんなに気に入らないなら、指輪を外してみればいいんじゃないの?それが原因なら、元に戻るはずでしょ?」

「おお、そうだ!」

 レミにそう指摘されて、ダランは指輪を指から引き抜こうとした。しかし、指輪はダランの体の一部であったかのように指にフィットし、まるで外れる気配がなかった。

「だ、ダメだ。ビクともしない。今の私の指にピッタリと合っている・・・!指が細くなったはずなのに、どういうことだ?」

「あらー。魔力がかかっていたから、肉体の変化に対応するようになっていたようね。その指輪の製作者よりも強い魔力がないと、それは外せないかもね。もちろん、私なんかにはとても無理だわ」

「残念だなあ。こうなったらあきらめて、そのなりで旅を続けるしかないよな、ダランちゃん♪」

 思い悩むダランを尻目に、からかうような口を利くガライン。この状況を楽しんでいるかのようだった。それは他のメンバーも同様で、ダランが女になってしまったことを、心底楽しんでいるようだった。

「僧侶としてやっていけなくなったら、いつでも俺に相談してくれよ。ギルドじゃあ、ダークエルフは大歓迎してくれるはずだぜ。夜目が利くらしいし、何より盗賊や暗殺者の能力がずば抜けているらしいからな。訓練すりゃあ、一年ほどで使い物になるだろ」

「お、お前なあ・・・」

「まあ、現時点ではあきらめて旅を続けるしかないわね。もしかしたら王国に解決できる人物がいるかもしれないし」

「ああ、それしかないな。この村で服は調達できるだろ?」

「何だったら、私のお下がりもあるしね。ちょっとサイズが大きいかもしれないけど」

「く、屈辱だ。どうして私がこんな目に・・・」

「自業自得じゃないのか?いくら魔力を感じたからって、迂闊にそんなものを嵌めてしまったんだから。まあ、あきらめて旅を続けるしかないだろ!?」



 こうして一行に新しいメンバー(?)が加わった。いつの間にか、ダランは『ラン』と呼ばれるようになっていた。「女になったのだからダランという名は相応しくない」というガラインの発案によるものだ。ダランも不承不承ながらそれを受け入れている。

 一行の前方についに目的の地、ガーランド王国が見えてきた。自然と足取りも軽くなる。このガーランド王国ではどんな事件が巻き起こるのか。それはまた次回で語ることにしよう。


(つづく?)


あとがき

今度は変身です。
ファンタジーは何でもありな感じがして、
書きやすい反面、ご都合主義になりやすいですね。
指輪で変身なんて、王道過ぎる感もありますが(苦笑
何はともあれ、TS仲間が二人に増えた一行、
次回は何をやらかしてくれるのか、期待しましょう(笑

それでは読んでいただいて、ありがとうございました!