フェイルド・フェアリー(第23話)



 浩介の事件が解決した次の日、懸念していたものの浩介は無事に登校してきた。かなりやつれてはいるものの、後遺症のようなものは見受けられず、浩介自身も事件のことはおぼろげにしか覚えてはいないようで、おれもシルファもほっとしていた。

 それ以上にほっとしていたのが菊地さんだろう。浩介が登校するなり、うっすらと涙を浮かべて浩介に挨拶をしていた。さすがに周りの目が気になっているのか、行動に示したりはしなかったけど。

 何にしても今回のステラによる一連の事件は、どうにかこうにか丸く収まったわけだ。おれもシルファも今日は疲れ切っていた。

 あの戦いでおれとシルファは元の肉体に戻った。それゆえ、今日はシルファをおいておれ一人で登校している。シルファは家でお留守番だ。親父のことが少し気になるけど、かくれんぼでステラから一本取るほどのシルファなら何とかするだろう。おれはあまり心配していなかった。

「光次郎、久しぶりに屋上へ行かない?」

「ん、そうだな。そういえば最近忙しくて行ってないな。行こうか」

 昼休みに祐美に誘われたおれは、数日ぶりに屋上で食事を摂ることに決めた。さっき浩介はそそくさと教室から出て行った。おそらく菊地さんと会うためにだろう。祐美も浩介の異常に気がついていたので、菊地さんの友人として心配していたようだったけど、ふたりの様子からひと安心したらしい。

「うわ、風が結構あるな。風の当たらない場所を探そう」

「そうね。あそこなんてどう?」

 おれたちは、風上に壁がある場所を選択し、そこで食事にすることにした。このところおれの頭の中には常にシルファがいて、本当の意味で祐美とふたりきりになったのは本当に久しぶりのことだ。

「ごめん・・・」

「・・・?」

 おれは思わずそう声に出してしまっていた。このところ祐美をおろそかにし過ぎていたように思えてならない。おれ自身がそれをあまり寂しいと思っていなかったことが、何よりも祐美に対して申し訳ないと思っていることだった。

「どうしたの、謝ったりなんかして?」

「い、いや、何でもないんだ。ただ、こうして付き合うことも少なくなってたし」

「ああ、柴田君と梨絵のこともあったしね。ふたりも上手くいったみたいだしよかったじゃない。・・・・それよりも食べちゃいましょうよ!」

「あ、ああ、そうだな。で、今日は何だ?」

 今日のランチはアスパラベーコンと卵焼き、鯖の塩焼きと中々に手がかかっているようだ。

「すごいな・・・って、もしおれが一緒に食わないっていったらどうするつもりだったんだ?」

 おれは当然な疑問を口にする。昨日の出来事は祐美は知らないはずで、もし昨夜のことがなければ、おれはここにいなかったかもしれないのだ。

 それに対し、祐美はにこりと微笑み返してきた。う〜ん、こうして見るとやはりかわいい。

「そんなこと考えもしなかったよ。昨日は準備してなかったんだけど、今日は何となく作っておこうかな、って思ったのよね」

「・・・祐美」

 女の勘っていうやつなのだろうか。それとも、祐美はあんなことをいっているけど、昨日も作ってきていて、おれの雰囲気を察して誘わなかっただけなのだろうか。そう考えたほうが自然な気がする。おれは祐美に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。



「ごちそうさま」

「うん、おそまつさま」

「そういえば、英恵に聞いたんだけど、このごろヘンな事件が起こってるらしいよ」

「は?」

 突然気になることをいいはじめた祐美。英恵というのは隣のクラスの女の子で、祐美の中学生時代からの親友だ。それにしてもヘンな事件というのは何の話なのだろうか?どうやら、シルファやステラとは関係ないような感じはするけど・・・

「ヘンな事件ってどんな?」

「何でも、突然意識不明になっちゃって、何日も起き上がらないんだって。緘口令がしかれていて、あまり広がっていないらしいけど、結構被害者がいるらしいのよ」

「何だそりゃ。どうして英恵って子がそんなことを知っているんだ?」

「うん、英恵のお父さんは警官だからね。こんな事件があるから気をつけたほうがいいって感じでいわれたらしい」

「なるほど。それが事件だっていう根拠がよく分からないな。新しい病気か何かだっていう可能性もあるんだろ?」

「そこまでは私にも分からないけど・・・この周辺だけで起きているっていうから、それで誰かの仕業ってことになったんじゃないのかな?それに、被害者は女の子ばっかりだっていう話だよ。病気だったらそれもヘンな話でしょ?」

 シルファがいないので参考意見が聞けないのが残念だ。帰ったら聞いてみることにしよう。それにしても、シルファがきてからおかしな事件ばかりが続くなあ。これもシルファがらみの話なのだろうか?

「う〜ん、妙な事件みたいだな。女の子がターゲットだって話なんだから祐美も気をつけろよ」

「うん、ありがと。どうも被害者は夜にしか出ていないみたいだから、夜に出歩かないことが一番だって英恵もいってたわ」

「ああ、それがいい。夜にしか被害者が出ていないってことは、やっぱり事件みたいだなこりゃ。そうなると警察に任せるしかないか」

「そうね・・・柴田君ならともかく、光次郎じゃ頼りないものね!」

 祐美がおどけた口調でそういった。まあ、おっしゃるとおりなので、何もいい返す言葉もないんだけど。でもきっと、実際に祐美がそんな目に遭っていたとしたら、また違うと思う。とはいえ、そんなことは恥ずかしいので口には出さない。



 しかし、事件のことは気にかかっていた。知り合いが被害者にいないという状態ではあるけれど、おれとシルファに無関係であるとはとてもいい切れない。むしろ関係があると考えたほうが自然だとさえ思える。

 放課後。浩介は菊地さんと一緒に先に帰ってしまったようだ。体調がまだ思わしくないのだろう、浩介は部活には出ないようだ。ま、せっかくの菊地さんと両想いになれたんだから、ちょうどいいのかもしれない。

 仕方なく、というかむしろ積極的に今日は祐美と帰ることにした。とはいえ、すぐに別れることになるんだけど。この辺りはどうしようもない。

「ただいま〜!」

 家に帰ったおれはとりあえずそう呼びかけた。もちろん、返事はない。この時間に家族は出かけているはずなのだ。けれども、今日は家に待っている相手がいる。おれはまっすぐに自分の部屋に向かった。

『光次郎さん!』

「うわっ!」

 扉を開けた瞬間、おれの胸にまっすぐ何かが飛び込んできた。見るまでもなくシルファだ。何だか妙にテンションが上がっている。もしかすると、ひとりきりでめちゃくちゃ寂しかったのじゃないだろうか。シルファの性格からしてひとりっていうのは耐えられないのかもしれない。

「おいおい、シルファ。どうしたんだよ。食べ物は用意しておいたはずだよな」

 脇にある机を見ると、鉢に盛ってあったはずのヨーグルトはすでに平らげられていた。ってことは、やはり寂しさからくるものなのだろう。おれは何だか胸が締め付けられるような気になった。

『ひとりになると、向こうの世界にいたときのことを思い出しちゃうんですよ〜。それでどんどん怖くなってきて・・・・』

「・・・なるほど。そりゃそうだろうな。ごめんな、シルファ。そこまで考えなかったよ」

 おれはそっとシルファの背中に手を回してやる。おれは祐美ともこうして抱きあった記憶などない。おれは一体何してるんだろうな・・・祐美に申し訳なくなる。さっきは祐美に申し訳なく思ったばかりだというのに、どうにも情緒不安定だな。

 それはそれとして、シルファは閉所恐怖症に似た症状に陥っているという感じだ。シルファ自身が開放的な性格なこともあり、狭い場所で、しかもひとりで留守番をしているというのはつらいものがあるのだろう。そう考えていくと、昨日のステラのことも、シルファにとっては楽しいできごとのひとつだったに違いない。久々に出会う同じ世界の住人――それがたとえ敵であっても歓迎すべきものだったに違いない。

「おちついたか、シルファ?」

『は、はい。お騒がせしてすみません。でもやっぱり誰かにおびえながらひとりでここにいるのは怖かったです〜』

「・・・・そうか。いくら慣れてきたっていっても、おれが動いている空間のことしか知らないんだものな。不安に思うのは当然だな。明日からは何か考えないとな」

『お手数かけます〜』

 ようやく平穏に戻ったシルファを確認すると、おれはとりあえず私服に着替えた。それから取り留めのない会話が続いて、ようやくおれはシルファに聞き漏らしていたことがあることに気付いた。昼休みの祐美との会話のことだ。

「ところでシルファ・・・・」



「・・・・というわけなんだけど。シルファはそんな魔法があるって話しを聞いたことはないのか?」

『う〜ん、気を失った相手が起き上がらない、ですか〜。そんな魔法もあるのかもしれませんけど、私は知りませんよ〜』

「そうか。少なくともありふれた魔法じゃないわけだな。つまりは、魔法だとするとそれなりに高度なものだということだ」

『そうなりますね〜。でもどうなんでしょうね〜?魔法であれば、私にも感じることができそうですけど〜』

「・・・そうか、そうだよな。ステラは浩介に魔力の残り香のようなものを感じて近付いたんだっけ。その話だと、シルファも犯人や被害者に近付けば分かるはずだよな」

『もし、この事件の真相が魔法によるものなんでしたらね〜』

「よし、思い立ったが吉日だ。晩飯の後に散歩がてらこの辺りをぐるっと回ってみるか!」

『はい〜』

 何とも無計画な提案だったけど、別におれたちは切羽詰っているわけでもないから、犯人を挙げられなくっても構わない。それよりも部屋の中で鬱屈していたシルファを元気付けてやる意味合いが濃厚だった。やっぱりシルファには狭い部屋の中よりも空の下のほうがよく似合う。本当は夜のほうがいいんだろうけど、さすがにそこまでのリスクを犯す気にはならなかった。

 夕食を済ませて落ち着いた頃を見計らって、おれはシルファを連れて家から出た。シルファは姿消しの魔法を使いながらなので、よほどの人間でもない限りシルファの姿を見切ることはできないだろう。一番それができると思われる親父の姿は今日は見かけていない。最近、地方に仕事の依頼(どんな形だか知らないけど)が多いらしく、ずっと家を空けている。まあ、おれにとっては平和な生活が送れて助かるんだけど。

『はぁ〜、空気が美味しいですね〜』

 シルファの声が横から聞こえてくる。夕方に少し降った雨のおかげか、空気が澄んでいるように思える。おれもつられて軽く深呼吸した。夜に差し掛かってひんやりとした空気の感触が心地よい。おれとシルファは当初の目的もどこへやら、単純に夜の散歩を楽しんでいた。

「事件ってもっと遅い時間に起きているらしいんだよな。だけど、真夜中ってこともないはずなんだ。そんな時間に若い女性がひとりでうろうろするなんて、あまりないだろうからね」

『なるほど〜。じゃあ、今は結構のんびりできますね〜』

 シルファは本当にのんびりとした口調でそう答えた。まあ、シルファがスローペースなのはいつものことなんだけど。ちなみにシルファはおれの肩の上に座っている。ひとつはシルファの魔力の節約、姿を消している上に空を飛ぶとなると体力も気力も相当に消費してしまうからだ。もうひとつはおれとシルファがはぐれないようにだ。見えないとはいえ、こうして常にくっついておけば見失いようがない。

「そういえばおれがいない間にシルファは何をしていたんだ?」

『何もすることがなかったですよ〜。本でも読もうと思ったんですけど、私の力じゃ重くて・・・でも何とか私でも持ち上げられそうな本を探して読んでましたよ〜』

「なるほど。で、何の本を読んだんだ?っていうか、シルファって文字が読めるんだっけ?」

『何をいってるんですか〜。会ってすぐに『読心』の魔法を使ったでしょ?あれって文字までバッチリ対応できるんですよ〜』

「あ、なるほど。それだったらおれもシルファの世界も文字や言葉を理解できたりするのかな?」

『そのはずですよ〜』

 シルファと取り留めのない話をしながら歩いていると、気がついたときには結構な距離を歩いてしまっていた。特にシルファは自分の足で移動していないからなおさらだ。おれは近所の公園のベンチで一休みすることにした。

「ふう〜。かなり遠くまできたな。結局何をしにきたのか分からないことになってしまったな」

『あはは、いいじゃないですか。見てくださいよ、星がキレイですよ〜』

 薄暗い公園の中だと、空に輝く星がよく見える。けど、おそらくシルファの世界の星のほうがもっとキレイなのだと思う。シルファは自分の世界のことを思い出しているのかもしれない。

「そういえば、ここって人通りも少ないし薄暗いから、事件を起こすには絶好のロケーションだよな。おれが犯人であればこんな場所を選ぶだろうな」

『確かにそうですよね〜。夜の公園は何だか不気味です〜』

 とはいえ、この時間だとまだ仕事帰りのサラリーマンだとか、犬の散歩をしている人とか、結構な人通りはある。これでは何か起こしたとしても誰かに見咎められる可能性は十分にある。おれだったらこんな時間には動かないだろう。

「もう少し歩いて、帰りにまたここに寄ってみようか」

『そうですね〜。もう少し遅い時間にならないとダメでしょうね〜』

 そうはいってもこの公園から20分も歩くと、明るい繁華街に出てしまう。もちろんこんな場所では可能性は皆無だろう。おれはそこのコンビニでシルファ用のヨーグルトとおれ用のハンバーガーを買って、元きた道を引き返しはじめた。

『美味しいですね〜。家にあるものはこんなに甘くなかったですから〜』

 シルファがヨーグルトに舌鼓をうっていた。公園に戻ったおれたちは、再びさっきのベンチに座って、コンビニで仕入れたものを食べはじめた。そろそろいい時間に差し掛かっていて、公園の中も人通りはわずかだ。今はシルファも姿を現わして、おれの横に座ってヨーグルトを食べている。

「ああ、家にあったやつはプレーンヨーグルトだからな。砂糖とかを足して少しは味付けしてあるけど、それみたいに直接他の味をつけているわけじゃないからなあ。ヨーグルトとしてはともかく、食べ物としてはそいつのほうが美味しいだろうな」

『そうなんですか〜。前のハチミツとかも美味しかったですけどね〜』

 やはりシルファは甘いものに目がないようだ。そこら辺はやはり人間の女の子と同じようだ。そういわれてみれば、おれもシルファの体になっているときには、甘いものが自然と欲しくなったような気がする。それは単におれがシルファの肉体でいることが、精神的に疲れるということなのかもしれない。まあ、ただでさえ女の子のほうが体力がないのだから、疲労回復のためにも肉体が糖分を欲しがるというだけの話なのかもしれない。

「さて、結局事件は起こらなかったな。ま、そんなポンポン事件が起こってたんじゃ大変だけど」

 おれもハンバーガーを平らげたころには、そろそろいい時間になっていた。あまり遅いとお袋に心配をかけてしまう。今日のところは収穫なしで帰るしかなさそうだ。

『そうですね〜。私お腹がいっぱいになったら何だか眠くなってきちゃいました〜』

「よし、じゃあ帰るか!」

 おれが帰ろうと腰を上げた瞬間、すでに何かがはじまっていた。



(つづく)