フェイルド・フェアリー(第22話)



「・・・!よし、これでOKだな」

 まず、ステラが離れて動かなくなった浩介を再び布団の上に寝かせると、おれは魔法を使って元の自分の肉体に戻った。久しぶりに味わう自分の肉体の感覚――住み慣れた自分の家、という感覚がするなあ。

 でも、微妙にに色々な感覚が狂っているのが分かる。まるで長い時間寝ていて起きたばかりのような、足が地についていないような感じなのだ。まあ、さっきまでは実際に足が地についていなかったわけだけど。

 それはともかく、今はシルファとステラのことだ。

「さて、はじめる前に確認しておくぞ。あまり長いのもなんだから、3本勝負ということでいいか?先に2回勝ったほうが勝ち、ということだな」

『ああ、それでいい』

「分かりました〜」

「よし、決まりだな。もちろん、おれは立会いはするけど、審判ってわけじゃないからな。誓ってシルファの味方もしないし、ステラの邪魔もしないよ。それとポイントのことだけど、相手に見付かるのでも、時間内に相手から見付からなければ1ポイントということでいいな?」

「時間内というと、どのくらいの時間なんですか〜?」

「そうだな。それはおれが計ることになるかな。ええっと、そうだな。15分ということでどうだ?それなら3回やっても1時間もかからないだろうし」

「分かりました〜」

『私もそれでいいぞ』

「じゃあこれで全て決まりだな。まずはどっちが先攻になるかだけど・・・先攻になったほうがそれを2回することになる。先に隠れるなら隠れるほうが2回、探すほうが2回。どうするかは自分たちで決めてくれ」

「そうですね〜。どうしよっか〜?」

『さっきもいったように、シルファは精神系、私は物理系の魔法が得意なんだ。お互いの得意分野で勝負するか、苦手分野で勝負するかだな。どっちにしても私の勝利は動かないだろうが』

 自信満々のステラに対して、シルファも何も考えてはいないのか、あっけらかんとしていて、むしろ楽しみで仕方がない、という表情を浮かべている。何か、こうしてやり取りをしていると、ステラが憎めないやつのような気がしてきた。浩介のことさえなければ、シルファといいコンビが組めそうな気さえする。

「そうか。ステラはどちらでもいいんだな?シルファはどう思ってるんだ?」

「どうしましょうか〜?こうなったら光次郎さんに決めてもらいましょうか〜」

『ああ、それでもいい。どのみち私が2ポイント連取して終わるんだからな。3本目がどちらかなんて関係ない』

「ほう。じゃあおれが決めさせてもらおうか。ええっと、不公平のないようにコインの裏表ででも決めようか。今からおれがコインを上に投げるから、表が出たらシルファが先攻、うらが出たらステラが先攻だ。それでいいな?

 おれは十円玉を取り出し、ステラに見せた。ツヤのほとんどないその硬貨を見たものの、すぐに興味を失ってしまったようだった。

『それでいい』

「そうか。じゃあはじめるぞ」

「はい〜」

 おれはぽんと真上にコインを放り投げると、タイミングを合わせて左手の甲に落ちてきたコインをキャッチし、右手で隠すようにフタをした。

 ふたりの妖精たちがおれの手に注目している。おれはふたりを交互に見回すと、ゆっくりと右手の覆いを解いていった。

 左手には十円玉が表を上にして乗っていた。

「ふむ。表が出たか。ふたりとも、そんなわけだからシルファが先に隠れるということで決まりだ。それでいいな?」

「はい〜」

『その前に、捜す時間は15分と聞いたが、隠れる時間はどれくらいにするんだ?まだ聞いていなかったような気がするんだが』

「おっと、そうだったな。それを決めないとはじまらないか。1時間を想定しているんだから・・・うん、5分だな。それで1回戦が20分になる勘定になるし。それでいいか?」

「なるほど〜。頭いいですね、光次郎さん」

『平等ならそれでいい。でははじめるか』

「よし、じゃあこの部屋からシルファが出て行った瞬間からカウントをはじめるぞ」

「はい〜。ではいってきま〜す」

 シルファはそういうと、部屋の中から出て行ってしまった。おれは腕時計のストップウォッチを入れてカウントをしはじめた。

 一方のステラは目を閉じて精神を集中しているようだった。きたるべき瞬間に備えて力を蓄えようとしているのだろう。

「・・・・・・よし、5分だ。ステラ、行っていいぞ」

『よしっ!』

 おれのゴーサインが出ると同時に、ステラは目を開けて、扉に向かって直進していった。当然のように「壁抜け」をして扉を通り抜けていく。おれは騒がしくしてはいけないと思ったため、慎重にドアを開けてステラについていった。

『どこだ、シルファのやつは・・・』

 今のおれには何の気配も感じられない。目の前にいるステラの魔力ですら感じ取ることができないでいた。やはり、フェアリーマスターとはいっても、おれだってしょせんは普通の人間と大して変わらない。しかし、ステラにもシルファの気配は感じ取れないようだった。なかなかシルファも上手に隠れているようだ。

 5分経過。まだシルファは見付からない。ステラの表情にも焦りが窺える。シルファが使える魔法を考えると、姿消しか、あるいは壁抜けが考えられるけど、何分体が小さいので隠れる場所はこの家の中にも無数にあるといっていい。そう考えていくと、見付かるほうが不思議なような気さえしていた。

『思ったよりやるな・・・!』

 ステラは素直にシルファの能力を認めていた。それにはおれもまったく同感だった。あのひとなつっこいシルファがどこかにじっと隠れていられるなんて、正直あまり想像できなかった。

『ん?あれは・・・・!?』

 ステラが何かを見つけたようで、そちらへ向かっていく。どうやら浩介の両親の寝室のようだった。畳敷きの和室には夜に布団が敷かれるのだろう、広い空間があり、見たところシルファが隠れるような障害物は見当たらないように見えた。

 ステラは無言のまま部屋の中央に向かっていく。おれはそれにはついていかず、部屋を全体的に見回していた。相変わらず、シルファの気配もステラの気配も感じられない。もしおれがふたりを捜す、というほうに回ったら、決して見付けられないに違いない。

『・・・・捕った!』

「きゃっ!」

 突然、ステラが何もない空間に飛び掛ったかと思うと、そこからシルファの声が聞こえてきた。すると、徐々にシルファが姿を現してくる。シルファは天井に備え付けられている照明器具の裏に隠れていたようだった。ご丁寧に姿を消していたようで、おれにはさっぱり分からなかった。

 しかし、魔法を使っていたことで逆にステラのアンテナに引っかかっることになったのだろう。ゲーム開始10分と18秒でシルファは召し捕られてしまった。

「あらら、見付かっちゃいましたね〜」

『シルファの魔力が微弱すぎて近付かないと分からなかったぞ。お前が意図してそれをやっているのだとすると・・・なかなか手ごわくなったものだ』

 そんなわきゃあない。シルファにはそんな高等な技量は持ち合わせていないだろうし、第一、そんな気の利いたことをするようなタイプではない。それよりも微弱云々というのがステラの強がりじゃないかと思えた。

「さて、第1回戦はステラの勝ちだな。とりあえず浩介の部屋に戻ろうか。そこから第2回戦をはじめるぞ」

「はい〜」

 再び浩介の部屋に戻ると、すぐにおれはカウントをはじめた。同時にステラはどこかにすっとんでゆく。先ほどの感覚では、シルファがステラを探し出すのは難しいような気がする。そうなると、2勝になるステラの勝ちということになり、おれにとっても浩介にとってもまずいことになる。ここは何としてもシルファに勝ちを収めてもらいたかった。とはいえ、おれにはどうすることもできないのだけど。

「よし、時間だ。シルファ、行っていいぞ」

「は〜い」

 シルファは部屋を出ると、まずは隣の部屋から捜していった。何か思うところがあるのか、しらみつぶしに捜すという感じではなく、ざっと見ている、という印象を受けた。何かシルファなりのものさしがあるのだろう。

「・・・・」

 2部屋目、3部屋目と何事もなく過ぎ去っていく。シルファはそれを残念がるという風でもなく、むしろ楽しそうに次々と部屋の中を捜していった。どうにもステラとはこのイベントに挑む気構えが違っているようだ。元々が遊びなので、シルファのほうの考えかたが正しいのかもしれない。

 10分が経過した。まだステラは見付からない。このままあと5分が経過すると、自動的にステラの勝利ということになってしまう。とはいえ、シルファの表情に焦りは見えなかった。あくまでも楽しみながら部屋の中を捜索している。

「あ、そうだ!」

 あと1分というころになって、シルファは何かを思い出したかのように、ある部屋へと一直線に向かっていった。シルファが向かった先――そこは何と、浩介の部屋だったのだ。

「お、おい。そこはスタートした部屋じゃないか」

「〜♪」

 シルファはおれの誰何などにはお構いなく、部屋の中央部に向かってずんずんと突き進んで行く。そして部屋の中央も通り抜け、部屋の奥まで進んでいった。

「見っけ!」

『うわっ!』

 シルファが何かに飛びつくと、そこから確かにステラの声が聞こえてきた。シルファが飛びついたもの、それは人形だった。普通に女の子をかたどったもので、ピンク色のドレスを着ている。それが浩介の部屋にあるタンスの上に鎮座していた。

 その人形が、徐々におぼろげに見えてきて、やがて別の形を取りはじめた。羽の生えた人間ではないもの――そう、つまりは妖精の、ステラの形に。

『く、どうして分かったんだ!?完璧な偽装だったはずなのに!』

 ようやく表情まで分かる程度まで姿が見えてきたステラがそういった。確かに、おれが見る限りにおいても、ステラの変装は完璧だったような気がする。もしおれが捜す立場だったら見付けることはできなかっただろう。一体シルファのやつは何を根拠にステラを見付けだしたのだろうか?

「へへ〜。ステラのことだから、絶対にウラをかいてくると思ったんですよ〜。素直なところには隠れていないだろうと思ってました〜」

「ほう、それは分かったけど、どうして人形だと分かったんだ?見たところじゃ、全然分からなかったけどな」

『そうだ。普段の私を知っているお前だから、私の行動パターンが読めるのはまだ分かる。しかし、私の魔法の擬態までも見破られるとは・・・!?』

「それは分かるじゃないですか〜。ここは浩介さんの部屋なんですから〜。その部屋にあんなお人形さんが置いてあるなんてどう考えてもおかしいでしょ?」

「ぬ、それは確かに。あの硬派の浩介があんなものを持ってるなんて想像しにくいな」

『く、そこまでは考えなかったぞ。思った以上に観察力があるようだな・・・』

 ステラのいう通りかもしれない。けど、シルファが指摘したように、ステラにもミスがあったのも確かだ。おれが思うに、ステラとシルファのこの差は人間界に長くいて、しかも人間として生活も送っていたシルファのほうに一日の長があったように思えた。

「さて、種明かしはこのくらいにして、最後の決戦と行くか。準備はいいな?」

「はい〜」

『く、気を取り直して次だ。必ず見つけ出してやる!』

 ついに第3回戦。今度はシルファが隠れてステラが見つけ出すという展開になる。おれがカウントをはじめると、シルファは部屋から出て行ってしまった。

「・・・・よし、時間だ」

『よし!待ってろ、シルファ!』

 今度こその気合を込めてステラが部屋を出て行く。よくよく考えてみれば、2人ともまだ15分隠れおおせたことがないのだ。1回戦はステラの魔力によってシルファの魔力の「匂い」を嗅ぎ取られ、2回戦ではシルファの読みとステラのミスによってそれぞれ見つけられてしまった。

 それぞれの長所が出たような気がするこの1,2回戦だったけど、次は果たしてどうなるのか、全然見当がつかない。

『シルファ、どこだ・・・?』

 ステラがひとつめの部屋の捜索を終え、次の部屋へと突入していった。シルファと違って、ひとつひとつのものを確実に調べて潰していく、という捜しかただ。15分という短い時間制限でのこのやりかたは、果たして正解なのだろうか?答えは結果が示してくれるだろう。

「シルファのやつ、なかなかやるようだな・・・」

『・・・おかしい』

 12分が経過した。ステラは見回せる部屋は全てチェックし終えたんだけど、それでもシルファは発見できなかった。シルファのやつ、かなり上手い方法で隠れているようだ。

『・・・!?さては・・・!』

 ステラが何かを思いついたようで、ある方向に向かってずいっと進みはじめた。どうやら、おれと同じ結論に達したようだ。ステラの向かったのは浩介の部屋だった。ステラと同じ手をシルファが使ったと考えてのことだ。

 ステラは部屋の中に入ると、部屋中をしらみつぶしに捜しはじめた。時間は・・・あと2分しかない。おれがそれをステラに告げると、ステラの動きはさらに加速した。

『ど、どこだ、シルファ。どこに隠れている!』

 ステラの焦りとは裏腹に、時間だけはどんどん過ぎていく。気がついたときには、すでに時計の針は15分を指してしまっていた。

「15分経ったな。時間切れだ。シルファの勝ちのようだな!」

『く・・・』

「それにしてもシルファのやつは一体――!?」

 おれがそう語っている途中で、部屋に誰かが侵入してきたのだ。シルファであれば聞こえることのないはずの足跡を伴って。

 それは浩介のお袋さんだった。気付いたステラが慌てて姿を消すけど間に合わない。まさかここで浩介のお袋さんがくるとは思わなかった。おれがたてる足音が気になって様子を見にきたのかもしれない。お袋さんは足元の浩介に目を向けると、こちらを向いた。

「お、お母さん、これはその・・・・」

 あたふたといいわけにならないセリフをまくしたてるおれを見て、お袋さんは突然けたけたと笑いはじめた。彼女はあっけに取られるおれを尻目に、お腹を抱えて笑いながらおれのほうを見上げた。

「あははは・・・引っかかった!私です〜、シルファですよ〜」

「ええっ!?」

『うそ・・・!』

 ステラもあまりの急展開に思わず姿を現していた。おれもまさかこれがシルファだなんて思わなかったので、驚きで開いた口がふさがらない。それほどまでにシルファが浩介のお袋さんに入っていたことは意外だった。

「あはははは!おもしろ〜い」

 いまだにシルファは笑い転げている。とうとうそれにつられておれも笑いはじめてしまった。

「あははは、しかしシルファがそんな手に出るとは思わなかったよ」

「じゃあ、私は元に戻ってきますね〜」

 パタパタとスリッパを鳴り響かせながら退散していくシルファ。ようやく衝撃から立ち直ったステラがヘナヘナと地面に降り立った。

『・・・私の完敗だ。約束だ。この男は解放してやる・・・!』

 ステラはそういうと、ゆっくりと地面から離れて浮き上がり、浩介の真上まで移動した。

「ただいま〜」

 そのとき、シルファも本来の姿になって帰ってきた。シルファもステラの行動を興味深く見ている。

 ステラは呪文か何かなのだろう、ぶつぶつとつぶやきながらゆっくりと頭上に手をかざしていき、頂点に達したところで一旦手を止め、すっと振り下ろした。

「!?」

 素人のおれにも分かるほどに、大きな力が浩介に流れ込んでいた。いや、むしろステラのほうに何かが吸い出されているような感じなのかもしれない。とにかく、光の束がステラの手と浩介の体の間をつないでいた。

 おれが光に目がくらんでいるうちに、浩介の肉体も変化を遂げていた。女性らしい特徴を帯びていた全身が元の力強い男のものに変化し、半獣半人の状態だった部分も元の普通の人間に戻っていくのが分かる。

 やがてステラの手から発せられている光が薄れていき、浩介の肉体の変化もなくなっていく。見たところ、浩介の肉体も完全に元の状態に戻っているようだった。

「あ、ステラ!」

「どうした、シルファ・・・あっ!」

 浩介のほうに気を取られていたおれは、シルファの声でステラのほうに向き直った。見ると、ステラの体が見る見るうちにかすんでいくではないか!

『マナが尽きたようだ・・・フェアリーマスターにしていたこの男も元に戻したからな。これ以上この世界にとどまることはできない・・・』

「そうか・・・まあ、死ぬわけじゃないんだろ?機会があればまた会えるだろ」

「またね、ステラ。楽しかったよ」

『ふっ、お前ら揃いも揃って本当にお人よしなんだな。いいコンビだ・・・私が負けたのも頷けるよ。・・・それじゃあまたな』

 最後にそういい残して、ステラは掻き消えるようにいなくなってしまった。部屋の中にはまったく異世界の感じはない。まあ、象徴であるシルファが横にいるんだけども。

「う・・・」

「ようやくお目覚めかな。シルファ」

「はい〜」

 おれのリクエストどおり、シルファは姿を消した。おれは浩介を起こしにかかる。

「おい、浩介、目を覚ませ!」

「う、ううん・・・」

 ようやく浩介が目を開けた。とろんとした目つきでおれのことを見詰め、何かを考えているようだった。

「光次郎か・・・オレはどうしてたんだ?」

「あまり細かいことは気にすんなよ。それよりも体の具合はどうだ?」

「え?ああ、何ともないぜ。ちょっとまだ体が重いような感じはするけどな」

「まあ無理するなよな。昨日から一日寝込んでたんだし。ゆっくり休んで、また学校にこいよな」

「え・・・オレ、今日は学校を休んでたのか。全然覚えてないよ」

「だからこうして見舞いにきたんじゃないか。そうそう、梨絵ちゃんが心配してたぞ。連絡をとってやれよな」

「あ、ああ。分かった。後で電話しとくよ。今日は済まなかったな。この借りはきっと返すから」

 何か意味ありげな視線をおれに送った浩介。全部は覚えてないにせよ、何か感じるものがあるのかもしれない。

「大したことじゃないさ。それじゃあおれは帰るからゆっくり休めよ。明日また学校でな」

「ああ、また明日」

 おれは浩介の部屋を出て、下に下りた。お袋さんに挨拶をして出ようと思ったけど、どうやら彼女は眠っているようだった。それでシルファが簡単に入り込めたのか・・・



「ふう〜、疲れたな。何か山の一つでも登ったような気分だよ」

「そうですね〜。私も魔力を久々に使ったので、加減ができなかったです〜」

「そういえば、元に戻ったんだったな。普段からあまりその姿で生活してなかったから、違和感なかったよ」

「あはは、私は久々にこの姿に戻りましたから〜」

「そうだな・・・さて、久しぶりにこの姿で一緒に風呂でも入るか!」

「はい〜♪」


(つづく)