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過去のコラムA 2004年1月12日〜
過去のコラム@ 2002年8月10日〜2004年1月3日
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■戦場ジャーナリストの死■  2004年5月31日(月)

「ただ、無念だ」
そんなセリフが聞こえてきそうだ。

現地時間の5月27日夕方、バクダッドで2人の日本人フリージャーナリストが車で移動中に襲撃を受け、殺害された。
その2人というのが、橋田信介さん(61)と小川功太郎さん(33)と聞いて驚いた。
なぜかというと、先日イラクで起きた、日本人人質事件についてテレビの討論番組出ていたのを見たばっかりだったからだ。
そこでは、ベテラン記者としての経験談を語っていて、みんなからも一目置かれているような感じだった。
橋田さんは、還暦を過ぎてもなお、ジャーナリストとして現場にこだわる、いわゆる真のジャーナリストだったと聞く。
おそらく、橋田さんはジャーナリストとしての強い信念を持っていた人だったのだろう。

ジャーナリストの仕事とは、事実を伝えることだと思う。
しかし、どんな信念を持ってその仕事に臨むかによって、そのスタイルは異なってくる。
ベトナム、カンボジア、ボスニア、パレスチナ、そしてイラク。各地の戦場に赴き、戦場を肌で感じてきた橋田さんは、現場での危険を熟知しながらも、現場にこだわり続けた。

現場にこだわる以上、死の覚悟はあったと思う。
だから、いま私たちがこの事件から考えなければならないことは、責任論なんかではない。
「アメリカじゃもっと多くの記者が犠牲になっているのに、日本ほど騒いでいない。日本は騒ぎすぎだ。」なんて意見もある。
そうじゃない。日本人でもアメリカ人でも、とにかく人が死んでいるんだから。もちろん、現地では、兵士をはじめ多くの民間人も犠牲になっている。
むしろ、アメリカをはじめ世界中の多くの人が戦争に、そして人が死ぬことに慣れてしまっていることが問題なのではないか?
私たちが、いま考えるべきことは、一刻も早く戦争を終わらせること、そして戦争をなくすこと。
平和を強く願うからこそ、橋田さんをはじめ多くの戦場ジャーナリストが、命を懸けて戦地を駆け回っているんだと思う。
彼らのメッセージが一体どれだけの人々に届いているのだろうか…。

橋田さんは、戦場ジャーナリストとして戦場で命を落とした。果たして本望だったか?
それを考えたとき、冒頭の言葉が聞こえてきそうな気がする。



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●第82回 全国高校サッカー選手権大会●  2004年1月12日(祝)
【決勝】国見 対 筑陽学園


予想通りの、そして、期待はずれの試合だった。

戦前の予想は、国見の圧倒的有利。
こういう場合、試合が面白くなるには筑陽が先制点を挙げるしかない。
筑陽が開始から持ち前の攻めを見せることへの期待。
しかし、国見先制。
前半1−0というスコアだが、完全に国見ペース。筑陽は得点の予感がしない。
後半、筑陽守備陣は一気に崩れ、5失点。トータル、6−0で国見の圧勝。
好ゲームを期待していただけに、残念だった。決勝での6点差は第26回大会以来だそうだ。
筑陽がチャンスを逃すと、筑陽を哀れむようなため息が会場に響いた。

それにしても、国見は強かった。
平山もすごいけど、国見というチーム自体がまとまっていて強かった。さすがとしか言いようがない。
平山は連続得点王や通算得点記録を出したが、これで一層、国民の期待も高まった。
本当の勝負はこれからだ。大学進学という選択を良い方向に生かして、今までにない日本人FWに成長してもらいたい。

そして、この試合で一番驚いたのは、観客の多さ。
高校サッカーに、決勝とはいえ、4万6千人以上のお客さんが集まった。
去年の女子サッカーとは比べられないくらいの多さだ。
もしかしたら、この雰囲気に筑陽は呑まれたのかもしれない。

国立競技場 最後に、国立競技場へ。
当日券、小・中学生 800円
500円が妥当だと…。




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