経国の文章」 日本近代法典の編纂者 鶴田皓(つるた あきら)その事績と思想

このホームページは鶴田皓に関わる研究の進捗を伝える目的で作っています。
2010年3月に鶴田皓が明治12年に両親の長壽の祝に編纂した書画帖「鶴鳴帖」を出版しました。]Vをご覧下さい。

鶴田皓 
 1835年(天保6年)生-1888年(明治21年)歿

 佐賀藩多久邑出身

 日本最初の近代法典旧刑法編纂委員長
 元老院議官 第二代検事総長


 鶴田皓は明治初年から明治21年までの日本の法典編纂および法務行政に大きな役割を果たした人物である。
その最大の仕事であった刑法編纂における思考・態度は決して西洋一辺倒ではなく、また伝統的思想にかたくなこだわるものでもなかった。鶴田の毅然として粘り強い思考・態度に、ボアソナードもしばしば鶴田の主張する日本の考えを良法として草案に取り入れた。
鶴田皓のこのような考え方は、どのように形成されたのか。その淵源と思考の発展過程を一次資料に基づいて可能な限り、明らかにしたいと思う。

(本稿は、平成17
523日 國學院大學梧陰文庫研究会における筆者の報告の要約である。)


 
筆者 國學院大學梧陰文庫研究会所属 
         鶴田 徹(鶴田皓の曾孫)

]V.鶴鳴帖の出版

]U.鶴田皓の伝記出版

]T.明治学者鑑(学者番付)

].刑法編纂に表われた鶴田皓の思考
\.律を通じて荻生徂來の思想に近づく
[.熊本・木下犀潭塾で律学を学ぶ
Z.鶴田皓の遊学(江戸・安積塾・羽倉塾)
Y.鶴田皓の遊学(福山・江木鰐水塾)
X.鶴田皓の遊学(父の教育方針)
W.鶴田皓の生い立ち
V.伯父草場佩川と頼山陽へつながる人脈
U.鶴田皓の出身地 佐賀藩多久邑
T.鶴田皓の事績