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| 国定教科書 |
| 国定教科書は、明治37年から昭和22年発行のものまで、全部で6期(暫定、墨塗り入れて8種類)に分類されます。当資料室で所蔵しているのは、そのうち5種類(復刻版含む)ですが、ここでは、すべての時期のものを掲載しました。当資料室では、これらの資料を、すべて手にとって実際に見ることが出来ます。それでは問題。「国定教科書 小学国語読本 巻一」を、何と読むでしょう。答えは、一番下。 |
| 国定教科書前夜 「尋常小学読本」 | 明治20年から27年に使用されたもの |
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この教科書は、国定になる以前の検定教科書時代の第1期に属するものです。(検定時代は全部で3期)ちなみに、明治19年から20年にかけて、約400種もの教科書が発行されたといいます。 この教科書の2巻から7巻を、当資料室では所蔵しており、検定初期の教科書を知る大変貴重な資料です。(これ以前は、自由編纂期でした) |
| 第1期 通称「イエスシ読本」 | 明治37年から42年まで |
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通称は、冒頭の「イ・エ・ス・シ」に由来します。それぞれ椅子(イす)、枝(エだ)、雀(スずめ)、石(いシ)の絵が書かれていました。貴重な第1期の教科書なのですが、残念ながら当資料室では、所蔵しておりません。なお、この当時の尋常小学校の就学は4年間でした。 |
| 第2期 通称「ハタ・タコ読本」 | 明治43年から大正6年まで |
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通称は、冒頭の「ハタ・タコ」に由来します。日露戦争後、天皇制や家族国家倫理が強化された教科書です。愛想がない黒の表紙は、兄弟で使い回しをしたときに、手垢が目立たないようにするための配慮だとか。写真の絵が微妙に彩色がされているのは、当時の教科書使用者が個人的に塗ったものです。この本は、次期の「ハナ・ハト読本」登場後も、リメイクされて大正12年まで発行され続けました。当資料室では、巻一から巻十二まで、全部揃えております。 |
| 第3期 通称「ハナ・ハト読本」 | 大正7年から昭和7年まで |
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通称は、冒頭の「ハナ・ハト・マメ・マス・ミノ」に由来します。15年の長きにわたって使われました。大正デモクラシー下の自由主義、児童中心主義だけではなく、国体思想も混合して盛り込まれております。八波則吉、高野辰之らによって編纂されました。白表紙本として有名です。当資料室では巻一から巻十二まで、全部揃えております。 |
| 第4期 通称「サクラ読本」 | 昭和8年から15年まで |
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通称は、冒頭の「サイタ サイタ サクラガ サイタ」に由来します。井上赳が監修しました。国定教科書初のカラー刷りであり、児童の発達段階も考慮されて発行されたと言われております。人気教材の「一太郎やあい」が、ここで姿を消しました。また有名な「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」は、この期から掲載されました。挿し絵には、人形の兵隊が描かれていました。 当資料室では、巻一、二、四、五、六、七を、所蔵しております。 |
| 第5期 通称「アサヒ読本」 | 昭和16年から20年8月まで |
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通称は、冒頭の「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」に由来します。小学校が国民学校に変わったことを受けて発行されました。教育の目的が「皇国民の錬成」とはっきりうたわれ、内容も軍事的な色合いが強いのは否めません。 写真は「ヨミカタ一」の復刻版です。当資料室では他に、この時代の「初等科国語」は所蔵していませんが、「コトバノオケイコ」(書き方)と「エノオケイコ(図工)は、あります。 |
| 墨塗り教科書 | 昭和20年9月から昭和21年4月まで |
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「軍事的な教材を残したままではまずい」という現場や県の判断から、GHQの命令によることなく、自主的に教科書に墨を塗らせたものです。昭和20年9月20日に「終戦ニ伴フ教科用図書取扱方ニ関スル件」で、「削除スベキ教材と「取扱上注意ヲ要スル教材」を通知した文部省も、正式に削除指示を出したのは、昭和21年1月25日「国民学校後期使用図書中ノ削除修正箇所ノ件」を待たなければなりませんでした。 写真は、横浜国立大学図書館所蔵本をコピーしたものです。削除方法は、「墨塗り」というよりも、実際は「切り取り」が目立ちますが、「墨塗り教科書」のネーミングが定着したのは、墨を塗るという行為と見た目の強烈さからではないでしょうか。なお、この本を、当資料室は、コピーも含めて所蔵しておりません。 |
| 暫定教科書通称「パンフレット読本」 | 昭和21年4月から22年3月まで |
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戦後の紙不足の中で急遽、わら半紙に印刷した教科書です。新聞紙大のものを切って、自分でA5版の大きさに製本しました。なお、教材は「アサヒ読本」の中で削除対象にならなかったものの中から選ばれました。写真左は「暫定中等地理」(昭和21年6月)、右は「初等科国語七」(昭和21年7月)です。混乱期の中でほとんど散逸してしまい、当時を知る貴重な資料です。当資料室では、他に「初等科地理下」「暫定中学歴史二」を所蔵しております。 |
| 第6期 通称「いいこ読本」 | 昭和22年4月から24年3月まで |
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6年間で教わる漢字数が、「アサヒ読本」の1301文字に比べて、半分の689文字に激減しました。通称は、冒頭の「おはなを かざる みんな いいこ」に由来します。この期から現代仮名遣いになり、ひらがな先習に改められました。定番の「モモタロウ」「花サカヂヂイ」「シタキリスズメ」が、姿を消し、「うらしまたろう」「白兎」は残されました。カメを助けたり、皮を剥がれた兎に手当をしてやる「いい人」だけしか載せられなかったということでしょう。文字通り「いいこ読本」でした。 写真左は「こくご二」(昭和23年6月)です。「いいこ」を習った子どもたちが、1年生の後期に、この教科書を使いました。[こくご二の目次へ]右は「国語第三学年 上」です。当資料室で所蔵している「いいこ読本」は、これに「こくご四」を加えた3冊だけです。 |
| 答え | 「こくていきょうかしょ しょうがくこくごとくほん まきのいち」でした。 |
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