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| 「少年倶楽部」編 万年筆 |
| 広告は、いわば時代を写し取る鏡と言えます。なぜなら、物が売れるということは、その商品が時代のニーズに合っていたからであり、広告を見れば、どのような世相であったのか、おおよそ伺われるからです。 このページでは万年筆に注目してみました。少年倶楽部には、鉛筆や絵の具などの文房具とともに、万年筆も少なからず掲載されています。。この雑誌の読者層は、小学校高学年から中学校1.2年ぐらいを想定しています。当時はそれなりに、少年たちの間で、万年筆の需要があったととらえても良いかもしれません。 |
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| 解説 |
| まず、万年筆のネーミングがカタカナであることに気付きます。万年筆は、元々外国から輸入された商品ですから、横文字の方が高級感もあり、売れると考えたのでしょう。そして、多くの国産品が逆に「高級品」として認知されている今でも、なぜか万年筆のメーカー名は、横文字です。例えば、阪田久五郎が創業したセーラー、並木製作所から発展したパイロット、中屋製作所からのプラチナです。 次に気付くのは、イカルガ、エレファント万年筆ともに、ペン先の優秀さを誇った広告になっていることです。確かに「万年筆の命は、ペン先」ということに、疑問の余地はありません。しかし、「サビタラ取換に応ず」とわざわざ書かなくてはいけないということは、逆に、ペン先が弱い製品が、実際にあったということを、意味するのではないでしょうか。イカルガ万年筆のペン先だけ輸入品というのも、当時はそれだけ国産品の信用が、まだまだ確立されていなかったと言えましょう。 それにしてもイカルガ万年筆の75銭は、学生でも比較的手に入れやすい価格であると思います。物価で換算してみると、今の二、三千円といったところでしょうか。すべての商品に共通することですが、特に万年筆の特性から「良い物は高く、安い物はそれなりに・・」が、そのまま当てはまるならば、やはり学生を対象にした商品と言えるかもしれません。 エレファント高級万年筆は、万年筆に認印という付加価値をつけた商品です。その分、値段も割高になっています。 一方、インクについては、特に品質云々の宣伝はありません。ライトインキは、製品の宣伝よりも、銃後の戦意高揚の文言「一人一人が興亜の戦士!」の方が目立っています。○に公と書かれたいわゆる「公定価格」が、戦時下の広告らしい雰囲気を出しています。この公定価格とは、昭和14年9月に公布された「価格等統制令」(9・18ストップ令)によるものです。これは、物が不足して物価が上昇するのを、抑える目的で制定されたものですが、実態としては、建前としての公定価格、本音の部分での闇価格(=闇屋の誕生)を生みだすことになりました。 万年筆と言えば、かつて入学祝いの定番だったように思われます。かく言う私も、中学校の入学祝いに頂きました。今でも大切に持っています。その時は、何だか一歩大人に近づいたようで、単純に嬉しかったのですが、いくら30年以上前の話であっても、中学生が日常生活の中で万年筆を使うという機会は、ほとんど無かったのです。 では、それほど使いもしないのに「入学祝い=万年筆」という図式は、なぜ出来たのでしょう。仮にプレゼントをしてくれた方たちが、その昔の学生時代、今のボールペンのように大切な書類で万年筆を使っていたとしたら、つじつまが合います。つまり、当時、少年や、もちろん大人にとっても、必要なアイテムだということです。 そんな万年筆も、現在、実態として、ボールペンに押されているのは、否めません。なぜなら、ボールペンの方が、インクが長持ちするし、扱いも簡単。目詰まりも起こしにくく、雨に濡れてもにじまないといった数々の長所を持っているからです。 しかし、どんなに面倒くさくても私自身、なぜか20年間保存される重要な書類には、万年筆を使っていました。特に「万年筆で書かなければならない」という規定は、無いと思うのですが、公的な書類は、これでなくてはダメという染み付いた呪縛があるのかもしれません。 |
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