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「少年倶楽部」編 お菓子
 広告は、いわば時代を写し取る鏡と言えます。なぜなら、物が売れるということは、その商品が時代のニーズに合っていたからであり、広告を見れば、どのような世相であったのか、おおよそ伺われるからです。
 このページではお菓子に注目してみました。とは言うものの「少年向け雑誌=お菓子の広告が掲載されている」という期待は、あっさりと裏切られました。さっと調べた限り、載せられた数は、とても少なかったのです。しかし、一方で明治キャラメルのように、のちに裏表紙にカラーで掲載されたものもあり、注目度は、抜群でした。
明治キャラメル
明治キャラメル
 けふは 僕らの 端午の節句!強く鍛へた此腕前(昭和11年5月号)
明治キャラメル
明治キャラメル
 強いからだでたゆまず励め!空箱ハ捨テズニ集メテオキマセウ。オ菓子ニナル百点賞付(昭和13年11月号)
森永ビスケット
森永ビスケット 海へ山へ 携帯に便利な食糧だ(昭和16年9月号)
グリコ
グリコ
 水泳に登山に何よりグリコ 美味栄養菓子一粒三百メートル・・・栄養価ウンドウニ ベンキャウニ、イツモグリコヲカハイガッテ下サル皆サンニスバラシイオ知ラセヲイタシマス。グリコノ箱ノ中にアル引替証ヲグリコノ台紙へ1カラ20マデハッテオクッテ下サイ。立派な明治大帝御製集ヲ一冊サシ上マス。(昭和7年9月号)
新高ドロップ
新高ドロップ
 日本一のオイシイ健康菓子(味は六色アリ) オレンジ新高ドロップの名前が。ポケット用 5銭 2銭 新高ドロップノ中ニウマイモン太郎君ノ 漫画カードガ ハイッテ ヰマス。コノカードノ メートル ヲ 合セテ 一千メートル ニ ナッタラ 開封 ニシテ 二銭切手 ヲ ハッテ 送ッテ 下サイ 
海国少年の自慢話 グリコの宣伝
海国少年の自慢話 吹雪
 左上「君知ってるかい?熊野はカタパルト二つ、偵察機二機に、高角砲を備へた三連装新鋭型の世界に怖れられている巡洋艦だ。」 実物は二十四センチ。
 左下「君知ってるかい?最新の長門は煙突が一本なんだよ。その上カタパルト二つに、偵察機を備へて、列国の注目の的になっているんだ」実物は二十六センチ。
 「君知ってるかい?吹雪はスマートな流線型で矢のやうに快速な駆逐艦だ。」実物二十二センチ。
解説
 明治キャラメルの広告を見ると、ミルクキャラメル チョコレートキャラメル クリームキャラメル コーヒーキャラメルの4種類の味があります。ちなみに昭和10年11月号にはコーヒーキャラメルの表記がありません。よってこれが当時の新商品であると推定されます。
 また、森永ビスケットの広告には、「携帯に便利な食糧」というコピーです。このことから、ビスケットは、お菓子というよりも、携帯用の食料としてとらえられていたのではないでしょうか。そう言えば、画像を見る限り、甘さを抑えられたタイプのようにも見えます。
 興味深いのは、明治キャラメルの空箱を集めて、それが最終的にお菓子に引き替えられる制度であす。。そこで、懸賞制度で、他社はどうかという話になります。
 グリコの場合、箱の中の引換証(「キッテ」と読ませます)を20枚集めて台紙に貼って送ると、明治大帝御製集がもらえるとあります。明治天皇の和歌集という景品?が成立したということは、大人の教育的配慮を差し引いたとしても、それを欲しがる子どもたちが存在したということで、これまた時代を感じさせます。また「一粒三百メートル」の有名なコピーが、既にこの時代には使われていたことも分かります。
 キャンペーン期間がずれているかもしれませんが、もっと引換証を集めれば軍艦の模型がを貰えました。これは点数に応じて「海軍工廠許可済の専門家の手になった、精巧を極めた最新鋭軍艦模型」が送られるものです。ちなみに素材は不明です。それにしても点数が高すぎました。駆逐艦吹雪の60枚ならまだしも、巡洋艦熊野が80枚、戦艦長門は100枚も必要としました。1つのお菓子に1枚入っていたとしても、お菓子を毎日買えるわけではない当時の子ども達にとって、これだけ集めるのは大変な苦労だったに違いありません。長門は、大正9年11月に竣工し、昭和9年から2年をかけた近代化改装で1本煙突に改められました。当時の日本人にとって、抜群の知名度を誇った戦艦と言えば、40センチ砲を積んだこの長門型でありました。 
 新高ドロップの場合、単に点数を集めるだけでなく、さらに一工夫が見られます。まず、集めるものは「ウマイモン太郎君」(画像のキャラクター?)の漫画カードであること。それが千メートルになったら送って、1等から13等までの景品が当たるそうです。どうやって小さなカードの合計が、千メートルに達したのを知るのかということまでは、分かりませんでした。カードに何メートルと書いてあったのを合計するのか、それとも単純にカードの長さを合わせるのか、今は想像するしかありません。
 ちなみに1等は写真機、2等は双眼鏡、3等フットボール、以下、バスケットボール、水筒、雑誌1ヶ月分(月刊誌1冊を「1ヶ月分」・・ということではないですよね)と続き、13等は一日一善・善行日誌が当たると書かれています。外れがあったかは定かではありませんが、小さなドロップに付いているカードを苦労して千メートルになるまで集めて、何も貰えなかったら、それはそれで悲しいものがあります。
 前述の通り、少年倶楽部には、お菓子の広告があまり掲載されていませんでした。この傾向は、戦争に入ると顕著になってゆき、敗色濃くなると、広告はおろか、お菓子の現物さえも、町の駄菓子屋から一切、姿を消してしまったのが実情でした。「少国民」シリーズの著作者であり、児童読み物作家として有名な山中 恒(ひさし)氏の「子どもたちの太平洋戦争」(岩波新書1986年発行)には、このあたりの事情が、当時、少国民であった著者の視点で、鋭く描かれています。
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