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| 「少年倶楽部」編 異色の商品 |
| 広告は、いわば時代を写し取る鏡と言えます。なぜなら、物が売れるということは、その商品が時代のニーズに合っていたからであり、広告を見れば、どのような世相であったのか、おおよそ伺われるからです。 「少年倶楽部」にも、多数の広告が掲載されていました。中でも多く目を引くのが本の案内、それも戦記文学や愛国少年小説の類です。また、絵の具、鉛筆、ハーモニカ、学生帽などの学用品なども、少年向けの雑誌であることを考えれば、うなずけます。 今回は、その中で、あえて異色のものをピックアップしてみました。これらの商品が売れたかどうかは不明ですが、この時代ならではの広告だと思います。 |
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| 解説 |
| 「頭を良くしたい」「楽して試験を突破したい」という望みは、一見、安易に思えます。しかし、それだけ受験が過酷なものだったのでしょう。その突破のために頭脳が良くなる薬を飲み、挙げ句の果てに、頭脳健脳器、催眠術まで駆使をする。非科学的だと笑いとばすのは簡単ですが、「頭を良くしたい」という学生の切なる願いの反映ならば、その中になぜか悲哀さえ感じられます。なぜならば当時の中学は、今のように義務教育ではなく、難関の試験があったからです。それでも受験出来る者は、まだ幸せでした。どんなに能力があろうとも、学資を出せない者は、進学そのものをあきらめなければならなかったからです。 そこで右下の広告にあるように、独学による「中学講座」の登場です。当時、文部省では、今の大検ならぬ高検試験を実施していました。しかし、現実問題として突破は難しく、大正13年の苦学少年の記事によると五百余名の受験中、合格はわずかに三十余名。実に合格率6パーセントという狭き門でした。 ところで「健脳器ピグマ」ですが、、その商品名は、「ピグマリオン効果」の省略形ではないでしょうか。これはキプロス島のピグマリオンが、自ら創った象牙の女像に恋をした逸話から「人に対して抱く期待がその通りになる」という心理学用語になったものです。名は体を表すと言いますが、所詮は自己暗示頼みの商品だと思います。(愛用者の皆さん、販売者の方、申し訳ない)案外、販売者は、そんなことは百も承知で売っていたのかもしれませんね。 さて、これらの広告を、前時代の遺物と切り捨てるのは、実に簡単なことです。しかし、よくよく考えてみると、類似の商品は、今なお生き続けているではありませんか。何十年経とうとも、「記憶力を伸ばしたい」「頭を良くしたい」という人間の欲望がある限り、これらの商品は、名前や形を変えて、生き続けることでしょう。 |
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