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About SKI

スキー歴:

はじめてやったのは?

小学校1年生のころ。板とかブーツとかを買ってもらい、湯沢にある新日本スキー場にいきました(現在の湯沢パークだとおもう)。両親に連れられていったんだけどあまりスキーをした記憶がありません・・・(笑)寒くて冷たくて、なんでこんなのが楽しいんだろう、と思っていました。

小学校時代

3年生以上は、2月のはじめごろの一週間 東京から離れて長野の黒姫で生活する「雪の学校」と呼ばれる学校行事がありました。そのときに昼間のカリキュラムを選択できるのですが、わたしは親にいわれたのか自分の意思だったのかわかりませんが、4年間”歩くスキー”を選択しました。ふつうのスキー(アルペン)もあったのですが、それだったらいつでもできるじゃん、っていう理由でしたが、今思っても貴重な経験でした。そういうわけで、ふつーのスキーは家族で年に一回くらい滑りに行くくらいでした。
中学・高校時代

小学校のときとあまり変わらず、家族で行ったりしていましたね。年末〜お正月にかけて、家にいたことがあまりないので、お年玉がもらえずちょっとさみしかったりもして・・・(笑)。あとは、冬休み、春休みの恒例行事みたいなかんじで、志賀高原にある杉山SSのジュニアキャンプに参加してました。同年代のともだちができて、毎年、元気だった〜という再会を楽しんでいましたね。ここでもまじめにスキーをした記憶はあまりありません・・・(笑)なにしに行ってたんでしょうね。
大学時代

ここでうっかり人生ふみはずしてしまいました。高校まではいたって普通な生活だったように見えていたのですが、入学してすぐのサークル勧誘のときに知っている先輩に誘われて、3日間だけね、っていってスキーサークルに入ってしまい、そのまま辞めるのがめんどうでズルズルと・・・。そのわりにけっこう真剣に取り組んでしまったので、1年生のときに2級、2年生のときに1級をとることができてしまいました(笑)。しかし、そこで打ち止め。4年生のときにテクニカルに挑戦するも、無残な結果・・・。冬の間は合宿&居候の日々であんまり友達と遊ぶこともなく、だいぶ友人層が変わってしまいましたね。でも、スキーを通じて出会った人達はみんなおもしろいしダイスキでした。とくに、年に一回、岩岳の学生大会のときにはめったに会えない人と再会して、とっても盛り上がりましたね。

社会人になって(1999夏/2000春)

大学を卒業してからは、なんとなくこころのなかで、もうスキーやらないだろうな、ってちょっと思っていたのが、夏くらいからまたやる気に・・・。それまでは、ほんとうに普通のOLとして生きていくつもりで、おとなし〜く息を潜めてたんですが・・・。社会人1年目の夏にネットを通じて知り会ったひとたちとザウスに遊びに行っているうちに、ちょー燃えてきて、9月くらいから週1ペースでザウスに通ってしまいました。その勢いで友人に誘われるがまま、クラブにも入会。またしても、「なんとなく」だったのですが、今回もそのわりにまじめに取り組み、社会人になってはじめてのシーズンは50日以上滑ってしまいました。50日以上というのがなにを意味するかというと、12月から土日祝すべてをつかって5月まで滑るということです。月〜金までは気配を消して会社にいて、土日でがんがん滑る、、、という繰り返し。よくからだが無事だったな・・・ってかんじ。シーズン明けてからは、インラインを再開し夏の間もトレーニングに励んだつもり。座りこんでいる時間が長かったことはいつも変わらないんだけど・・・(笑)。これからまた、2回目のシーズンがはじまります。またあの日々がはじまるかとおもうと恐ろしいけど、とっても楽しみです。

社会人になって2年目(2000夏/2001春)

12月、たまたま受検してみたSIAのメダル検定ではシェーレンウムシュタイクがなぞのままゴールドを取得し、好調な滑り出しかとおもいきや、2月の技術選予選ではいきなり撃沈。一年目よりも悪い成績に愕然としたのでした。しかしここで落ち込んでいるわけには行きません。メインイベントである準指導員受検が待っています。秋の養成講習会(理論)からはじまり、3月初旬の実技検定まで、長いようであっというまの短い練習時間でした。右も左もわからない中からスタートしましたが、クラブの方々にささえられ、なんとか合格することができました。準指受検が終わってほっとしたのもつかの間、こんどは菅平技術選とテクニカルプライズ検定がまっていました。初めての草技術選ですが、さんざん滑り込んだ菅平が会場ということもあり、余裕をもって望むことができました。合間に受検したテクニカルプライズも、大きな失敗をすることなく無難に終了。菅平技術選は2位テクニカルプライズも合格。ダブルでうれしい結果を残すことができました。菅平万歳!はじめての研修会がおわると長いこと通いつづけた菅平ともお別れ。今度は鹿沢に場所をうつしてシーズン最後の草技術選です。今度はア・ラ・モードスキー大会という大会で昨年秋にオーストリアのケーブルカー事故で亡くなられた大山さんを偲んでの大会でした。ここではじめて競技中は失敗しても最後まであきらめるな、ということを学びました。結果は3位。小回りで人並みの点がでていれば優勝できていたかも、と思うとちょっと残念ですが、大事なことを学べたのでよかったと思っています。その後はGWまで、HOLIDAYのキャンプに参加してコブ特訓が続きました。なんとか降りられるようになってきたので、あとは夏のザウスで一生懸命練習し、来年はコブも滑れるようになれるといいなー。

社会人になって3年目(2001夏/2002春)

夏の間はインライン&ザウス。ザウスでは、主に小回り&コブの練習をしました。苦手だった小回りとコブが滑りやすいように、と短めの板を手に入れました。これがけっこうよかったようで、ちょっとはまにしなったかな?秋には白馬と舞子のインラインの大会にも出場しました。まずまずの成績を残し、ご満悦。冬になると新米先生として、クラブ行事で講師をやることになり、ドッキドキ。クラブ中では若手だったわたしは自分より年上の方に教えることがほとんど。こんなことでいいのだろか、と思いながらもわたしなりのやり方で、やってみました。直接文句をいってくるほどのことはなかったみたいなので、よしとしましょう(笑)。まぁ、これからもっと教え上手になれるように修行します。都予選では、準決まで残ることができ、こちらもまずまず。練習したかいがありました。ちょっとだけ自信がついたような気がしました。その後は正指検定や準指検定のサポートにいったり、軽井沢テクニカルカップ、浦佐技術選と草大会に出たりしながら力試しをしつつ、はじめてのクラウン検定も経験。いやーきびしいですね。受かる気しません!でも、クラウン受検生として滑ることができてうれしかった。シーズン締めくくりとしてアラモード技術選にも出場。すっかりレギュラーメンバーになったかな?GWにははじめての八方。たった1日、しかも兎平しか知りませんが、八方ってすごいなー。。。いつか雪がたっぷりある時期に滑りに行きたいものです。

社会人になって4年目(2002夏/2003春)

GWが明けて、すぐ。またインライン再開。春先から雪上で練習してきたものをインラインでも継続してみる。6月には道満彩湖カップ開催。わたしもお手伝いにいってきましたが、アルペンのインラインスキーヤーが多数エントリーし、非常に盛り上がりました。これまで基礎の大会はありましたが、アルペンの大会はありませんでしたからねー。ザウス通いも再開。今年はDynastar SKICROSS64をはくことにしました。すぐに新しい板での練習がはじまりましたが・・・これがなかなか難しくって。慣れるまでかなりの時間がかかりました。そして9月いっぱいでザウスが閉鎖されてしまいました。例年よりもなんだか混んでいたような・・・。あの厳しいモーグルコブともおさらばだとおもうとさみしいなぁ。もちろん最終日の9月30日、有休とって遊びに行きました。ザウスはなくなっちゃったけど、インラインがあるさ、というわけで、白馬からはじまり、鹿沢、今庄、舞子インライン技術選を転戦し、皆勤賞代わりのクリスタルプレートをいただきました!しばらく燃え尽き気味だったわたしは原点に返ろうと、これまでわたしのスキー人生に大きくかかわってきたみんなと滑ってみることに・・・。なんとなく、お互いに忙しかったりして一緒に滑ることがなくなった人たちばかり。やっぱり滑るのはたのしいな、と実感し、意欲満々に充電されてみんなよりも遅いシーズンイン。雪が降るのが早かった今年は10月おわりくらいから普通に天然雪での滑走が可能だったらしい。あっという間にやってきた都予選。前年度より成績を落としたくない一心で決勝残留。たくさんのひとに励まされてなんとか滑りきることができうれしかった。ありがとう。都予選が終わるとあとは八海山技術選、モーグルWC観戦、全日本観戦、クラウン検定、浦佐技術選、コブガッツリツアーとお遊びがつづき、いくらも練習してないような気がしつつも、やっぱりスキーはたのしいのが1番、と今年のテーマをまっとうしたのでした。もちろん締めくくりのアラモード技術選も楽しみ尽くしました!