日本初のキリスト教会址

果たして十分か「ローマ法王の懺悔」

斎藤吉久

Saito Yoshihisa

 平成12年3月12日、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がバチカンの聖ペテロ大聖堂で特別のミサを行い、過去2000年にわたる教会の過ちを認め、神に赦しを求めた−−というニュースが世界を駆けめぐった。

 法王はキリスト生誕から2000年目に当たる昨年を特別に宗教的意義の深い「大聖年」と位置づけ、新しい「解放」の時を迎えるため、ここ数年、病める老躯にむち打って世界を飛び回り、不信と対立の関係が続いてきたユダヤ教やイスラム、東方正教会やプロテスタントとの歴史的和解あるいは関係改善に努めてきた。
 今回の「ゆるしを願うミサ」はこれまでの努力の集大成というべきもので、21年間の在位期間中、もっとも重要な出来事ともいわれる。また、ローマ・カトリックが過去の間違いを包括的に認めるのは歴史上、先例がないとされる。

 法王はいったい何を懺悔(ざんげ)したのか。そして、世界や日本のメディアはこれをどのように伝えたのか。

 バチカンのホームページ(http://www.vatican.va/)には、法王の説教がドイツ語、英語、スペイン語など6カ国語で掲載されている。英語では約1300語。けっして長文ではない。

 3月12日は「四旬節」(英語で「レント」)の最初の「主の日」つまり日曜日であった。四旬節の40日間は古来、キリストの復活を祝う復活祭を迎えるために断食し祈る回心の期間で、昨年はこの日が「回心と和解の日」「ゆるしを願う日」とされた。

 ミサは午前9時半(日本時間で午後5時半)に始まった。法王はレントの色である紫の祭服を着て臨み、1万人の信徒を前にしてイタリア語で語った。
 冒頭に新約聖書のなかのパウロの言葉が引用された説教は、キリスト教信仰の核心に関わるきわめて神学的な内容であった。
 法王は、聖そのものである神が「罪と何の関わりもない」独り子を罪人としてこの世に送られたのはどういうことか、と問いかけ、キリストは自分は罪科がないにもかかわらず、人々の罪を背負った。それは人々の罪をあがなうため、父なる神の使命を全うするためであった、と説明する。ザビエル像

 愛ゆえに人々の不義を見に背負ったキリストの前に、私たちは「良心の深い糾明」をするよう招かれている。大聖年の特徴のひとつは「記憶の聖化」である。きょうは、教会がすべての信者の罪のゆるしを神に誓願する嘆願する絶好の機会である。「私はゆるし、そして、ゆるしを願う」。
 −−法王はそう語り、大聖年にふさわしい「神との和解」を10億人を超える世界のカトリック信徒に呼びかけたのである。

 日本のカトリック中央協議会のホームページ(http://www02.so-net.ne.jp/~catholic/)などによると、法王の説教のあとに5人の枢機卿と2人の 大司教による共同祈願が続いた。
 7人はそれぞれ「一般的な罪」「真理への奉仕において犯した罪」「『キリストの体(教会)』の一致を傷つけた罪」「イスラエルの民に対して犯した罪」「愛と平和、諸民族の権利と文化・宗教の尊厳を犯した罪」「女性の尊厳・人類の一致を犯した罪」「基本的人権に関する罪」を順番に告白し、それぞれの罪の告白について法王は神に赦しを求めた。

 筆者が知る限り、法王の「謝罪」をもっとも詳しく報道したのは、ニューヨーク・タイムズである。
 3月13日付には、1面に十字架のキリスト像を抱擁するヨハネ・パウロ2世の大きなカラー写真入りで、「法王、2000年にわたる教会の誤りについて赦しを求める」と題するアレッサンドラ・スタンレー記者の記事が載っている。
 記事は1面から10面に飛び、計240行におよぶ。10面にも大聖堂入り口にあるミケランジェロ作「ピエタ」像の前で祈る法王や枢機卿たちの大きな写真がある。そのほか、法王の説教の抜粋や関連記事で10面のほとんどが埋められている。

 スタンレー記者は、「ローマ・カトリック教会の歴史上、先例のない瞬間」などと評価したあと、「ユダヤ人問題」をとりあげている。
 法王は1960年代の第二バチカン公会議で始まった「和解」の動きを押し進め、1998年の文書では第二次大戦中に法王ピウス12世ら教会指導者がホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)に対して沈黙し、救いの手をさしのべることができなかったことを反省したのだが、多くのユダヤ人を「失望させた」。反省が十分ではない、というのである。
 今回のミサでも、ユダヤ人の「失望」は変わらなかった。法王の謝罪を「勇気のある重要な前身」と称える一方で、「教会はいまなお第二次大戦中のバチカンの役割を論議することを避けようとしている」と語るユダヤ人指導者M・ハイア師の声を、スタンレー記者は伝えている。

 ワシントン・ポストはやはり13日付1面に、「法王、教会の罪の赦しを乞う−−特別の罪とされなかったホロコースト」と題するサラ・デラニー記者の記事を載せている。1面から14面に飛び、合計約200行におよんでいる。

 ザビエル記念聖堂共同祈願でユダヤ人迫害の罪を告白したのは、E・キャシディ枢機卿である。
 「歴史を通してイスラエルの民が受けた苦しみを思い起こしながら、少なからざるキリスト者が『契約の民』『祝福された民』に対して罪を犯してきたことをキリスト者が認め、このようにして自分たちの心を清いものとしていくことができるよう、祈りましょう」

 枢機卿の告白はこれがすべてで、そのあと法王が、「父なる神よ、あなたはアブラハムとその子孫をあなたの名前を世界にもたらすために選ばれました。歴史を通して、あなたの子らを苦しめてきた人々の行為を深く悲しみ、あなたのゆるしを願い求め、『契約の民』と真の兄弟愛を築くために働くことができますよう。主キリストによって」と祈りを捧げたにすぎない。

 確かにホロコーストへの具体的言及はない。

 日本の新聞の扱いは大きくないが、産経新聞が9日(木曜日)夕刊2面でローマ特派員・坂本鉄男記者の、毎日新聞が11日(土曜日)の夕刊2面でロンドン特派員・岸本卓也記者の予告記事を載せているのが目を引いた。

 坂本記者による「1000年の謝罪 ローマ法王『罪』を告白」は3段見出し、写真入りで、カトリックの「偏向」の歴史を振り返り、「謝罪」が「イスラム教との平和共存の話し合いの場につなげる意味がある」と報じ、他方、岸本記者の「ローマ法王 過去の過ち 初のざんげ」は4段見出しで、欧州での歴史の見直しや異人種・異宗教世界との融和の動きとの関連について伝えている。

 時間的には13日(月曜日)朝刊に間に合うニュースだが、5大紙は休刊で、他紙は夕刊での報道となった。
 朝日新聞は2面で、「教会の過ち 許し請う ローマ法王、特別ミサ」の4段見出しを掲げ、写真入りでとりあげているものの、記事自体は計50行程度。ただ、パリ特派員・藤谷健記者による簡単な報告のほかに、エルサレム特派員・村上宏一記者による、ユダヤ人虐殺の責任にふれなかったことに対するイスラエルの「不満」の声を載せている。

 読売新聞は夕刊2面にカリアリ(イタリア)特派員・西田和也記者の記事「大聖年 過去の過ち すべて清算」を5段見出し、写真入りで載せた。「法王は機会あるごとに過ちを認めてきたが、総括して『赦し』を求めたのは歴代法王のなかで初めて」とある。

 日本経済新聞は夕刊2面に、ミラノ特派員・小林明記者の記事「教会の過去の過ち謝罪」を3段見出し、写真入りで掲載した。「『大聖年』の主要テーマの一つで、教会として包括して謝罪するのは史上初めて」と書いている。

 「史上初めて」と伝えられる法王の懺悔だが、平成10年に出版された竹下節子氏『ローマ法王』によると、ヨハネ・パウロ2世は「公式の文章で何と94回もカトリック教会の非を認めている」。謝罪のテーマは多岐にわたり、とくに1994(平成6)年春以来、反省の姿勢が強くなった、という。

 いまのカトリックは「驚くべき熱心さ」で、「古くは十字軍による侵略の反省やルネサンスのガリレオ・ガリレイに対する糾弾の取り下げから、宗教改革のルターの破門の取り下げ、聖バルテルミーの新教徒虐殺の謝罪、再征服(レコンキスタ)当時のスペインのイスラム教徒への謝罪、アメリカ・インディアンの虐殺や黒人奴隷の売買、異端審問の専横にいたるまで、あらゆる機会に謝罪している」というのだ。

 しかし、謝罪のテーマはこれで十分なのか。

 今回の「謝罪のミサ」に関して、欧米のメディアがホロコーストに力点を置いて報道するのは理解できる。日本の新聞はたぶんに欧米の報道に引きずられる形でこの問題をとりあげている。
 だが、過去の悔い改めなしに「新しい千年期の敷居をまたぐことはできない」(「使徒的書簡」)と語る法王の真摯な姿勢に立つとき、過去1000年間でもっとも反省すべき過ちはほかにあるのではないか。
 たとえば、アジアなど異教世界の視点でいえば、むしろ世界布教の過程で異教の神々を冒涜し、異教徒を殺戮し、異教文明を破壊してきたキリスト教・カトリックの歴史にこそ目を向けるべきではないのか。

 その点、ミサの共同祈願で、5番目に「愛と平和、諸民族の人々の権利と、彼らの文化と宗教に対する尊厳に反する行為の中で犯した罪」を告白したのが、98年に現法王によって任命され大司教となった濱尾文郎・前横浜教区長であることは象徴的といえる。

 「私たちキリスト者がその高慢さ、嫌悪、他者を支配しようとする欲望、また、他宗教の人や移民や移住者のように社会で最も力無い人々に対して向けられる敵意から出た、言葉と行いを悔い改めることができるよう、祈りましょう」

 濱尾氏の告白のあと、法王は、「キリスト者はしばしば福音を否定し、権力というメンタリティに傾倒し、諸民族の権利を侵し、彼らの文化と宗教的伝統を侮辱してきました。どうか、私たちに対し寛容で、慈しみを示し、あなたのゆるしをお与えください」と祈っている。

 しかし、欧米のマスメディアがユダヤ迫害への謝罪を「不十分」と採点したように、「異教文明を破壊した罪」に対する懺悔は「抽象的で不十分」といわざるを得ないだろう。

天草四郎像 大航海時代、カトリックの世界宣教にはスペイン、ポルトガルによる武力征服の隠れた目的があった。両国の「世界二分割征服論」という荒々しい野望を推進させたのは、1493年の法王アレキサンドル6世の勅書である。異教文明の征服と破壊はここに始まり、多くの悲劇が生まれた。
 日本ではキリシタン迫害ばかりが語られがちだが、強制的改宗や社寺破壊などがあったのも事実である。それどころか1575年のグレゴリウス13世大勅書で、日本はじつに「ポルトガル領」と認められている(高瀬弘一郎『キリシタン時代の研究』)。

 「謝罪のミサ」に続いて、法王は2000年3月下旬、エルサレムを訪問した。法王による史上初のエルサレム訪問を日本の新聞各紙は一面、写真入りで大きく伝えたが、日本のメディアが取り上げるべきテーマはもっとほかにあるのではないか。

 

追伸 この記事は宗教専門紙「神社新報」平成12年4月10日号に掲載された拙文「世界が伝えた法王の『懺悔』−−『異教文明破壊』の『告白』は十分か」に若干の修正を加えたものです。

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