平成15年(行ウ)第67号 行政文書不開示決定取消請求事件
原 告     本   知   子
被 告  大阪労働局長
準 備 書 面
平成16年1月16日
 大阪地方裁判所第7民事部合議2係御中
第1 本件情報公開請求の目的
 1 36協定の趣旨・目的
 2 厚生労働省の通達上において言及されている36協定と過重労働との関連
 (1) このような36協定の存在が過重労働による健康障害(=過労死)の要因であることは厚生労働省も認めている。
   即ち月100時間を超える時間外・休日労働,または発症前2〜6ヵ月間に1ヵ月あたり80時間を超える時間外・休日労働がなされたときは業務と過労死発症との関連性が強いと,その認定基準(基発第1063号,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準について)で定めている(甲2)。
 (2) また,平成14年2月12日基発第0212001号「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(甲3)を定め,過重労働による健康障害防止のため,時間外労働の削減のための方策としてつぎのように述べている。
 @ 時間外労働は本来臨時的な場合に行われるものであること,また,時間外労働(1週間当たり40時間を超えて行わせる労働をいう。以下同じ。)が月45時間を超えて長くなるほど,業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強まると判断されることを踏まえ,事業者は,労働基準法第36条に基づく協定(以下「36協定」という。)の締結に当たっては,労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者とともにその内容が「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年労働省告示第154号)(以下「限度基準」という。)に適合したものとなるようにする。
   また,36協定において,限度基準第3条ただし書に定める「特別な事情」が生じた場合に限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨を定めているなど月45時間を超えて時間外労働を行わせることが可能である場合についても,事業者は,実際の時間外労働を月45時間以下とするよう努めるものとする。
  A 事業者は,上記@の趣旨を踏まえ,時間外労働を月45時間以下とするよう適切な労働時間管理に努めるものとする。
    その際,時間外労働が月45時間以下の場合においても,健康に悪影響を及ぼすことのないように時間外労働のさらなる短縮について配意するものとする。
    また,事業者は,裁量労働制対象労働者及び管理・監督者についても,健康確保のための責務があることなどにも十分留意し,過重労働とならないよう努めるものとする。
  B 事業者は,平成13年4月6日付基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」に基づき,労働時間の適正な把握を行うものとする。
    更に時間外労働が月100時間または2〜6ヵ月平均で月80時間を超えたときには,産業医の助言指導や労働者に対する臨時の健康診断の実施と,その結果に基づく事後措置の実施等を求めている。
 (3) 加えて平成15年10月22日基発第1022003号「特別条項付き36協定の運用制限」(甲5)により,「実際には,恒常的に特別条項付き協定に基づく時間外労働が行なわれている例が見られる」としてつぎのように通達している。
  @ 「特別の事情」は,臨時的なものに限ることとすること。この場合,「臨時的なもの」とは,一時的又は突発的に時間外労働を行わせる必要があるものであり,全体として1年の半分を超えないことが見込まれるものであって,具体的な事由を挙げず,単に「業務の都合上必要なとき」又は「業務上やむを得ないとき」と定める等恒常的な長時間労働を招くおそれがあるもの等については,「臨時的なもの」に該当しないものであること。
  A 「特別の事情」は「臨時的なもの」に限ることを徹底する趣旨から,特別条項付き協定には,1日を超え3箇月以内の一定期間について,原則となる延長時間を超え,特別延長時間まで労働時間を延長することができる回数を協定するものと取り扱うこととし,当該回数については,特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること。
  B 「特別の事情」については,できる限り詳細に協定を行い,届け出るよう指導すること。
  C 提出された協定に回数の定めがない場合は,「特別の事情」が「臨時的なもの」であることが協定上明らかである場合を除き,限度基準に適合しないものとして必要な助言及び指導の対象となるものであること。
    これは,前記のように過労死ラインを超えた長時間の時間外・休日労働を容認する特別条項付き36協定が多く存在することを踏まえて,そのような36協定により労働者の健康障害が生じることのないよう,特別条項の運用につき厳しい枠組みを定めている。
 (4) このように,36協定は労働者が人たるに値する労働条件の最低基準を定めるものであるにも拘らず,現実には,過労死ラインを超え,労働者の心身の健康障害(因みに最高裁電通過労自殺判決は,「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。」としている)を生ずるものとなっていること,並びに労働者の健康障害を防止するためには36協定の内容が適法,適正なものであることが重要だということは厚生労働省が自ら前記通達をもって強調しているものである。
   これらの点からして,36協定の内容は「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」(第5条第2号ただし書)に該当するものであり,公益上の理由による義務的開示の対象となるものである。
第2 法5条1号に該当しないこと(被告準備書面1第4第1項)
 1 同(1)(法5条1号本文該当性)に対して
   本件文書中の過半数代表者,過半数代表者以外の労働者及び使用者の氏名並びに同人らの印影が,法5条1号本文に定める「個人に関する情報」であって「特定の個人を識別することができるもの」に該当することは認める。
 2 同(2)(法5条1号ただし書イ該当性)に対して
   法人登記簿に記載された会社役員である使用者の氏名及び法人である労働組合の代表者の氏名は,法5条1号ただし書イに該当することは明らかであるから開示されなければならない。
   それ以外の氏名のうち,少なくとも労働組合の代表者の氏名は,「公にされ,又は公にされることが予定されている情報」であって,使用者や関係団体等限られた者しか知り得ないというものではない。
   労働組合は労働者の地位や労働条件の向上のために様々な運動・活動を行う存在であり,実際,自らの活動について多くの支援賛同を得ようとして,広くビラやパンフレットの配布,ホームページなどで広報活動を行っている。これにより労働組合の名称と活動が公にされるのは当然である。ここから代表者の名称も公にならざるをえない。労働組合の代表者は組合員をまとめ,運動・活動の先頭に立ち,労働組合を代表するものである。労働組合の代表者の氏名を秘密にしているような労働組合はないから,労働組合の代表者の氏名は誰でも知りうる状態に置かれている。
   よって,労働組合の代表者の氏名は誰でも知りうる状態にあり,公にされ,公にされることが予定されている情報である。
 3 同(法5条1号ただし書ロ,ハ)に対して
 (1) 観念論との主張について
    原告は,36協定届を公開すれば過労死・過労自殺が減少するなどと主張していない。
    過労死・過労自殺の最大の原因が長時間労働の継続による疲労の過度の蓄積であることは周知のことである。被告自身が,既述のとおり,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準について(基発第1063号)により,100時間を超える時間外・休日労働,または発症前2〜6ヶ月間に1ヶ月あたり80時間を超える時間外・休日労働がなされたときは業務と過労死発症との関連性が強いと定め,「過重労働による健康障害防止のための総合政策」(基発第0212001号)で時間外労働を月45時間以下とするよう努めるべきことを述べる。
    よって,長時間労働の継続という状態を是正することが,過労死・過労自殺という悲惨な結果の防止につながることは被告自身も認めるところであり,被告も過労死・過労自殺を防止するという行政目的のため,長時間労働の継続を阻止しようとしている。
    そして,この長時間労働を是正する方法の一つに,長時間労働を容認する不当な36協定を是正することが揚げられる。被告は,答弁書第4第4項「36協定を届け出させる趣旨」において(答弁書8頁),「行政官庁が協定内容の適法性を審査し,必要な指導等を行うことによって,労基法による労働時間規制の実効性を担保するため」と記載しており,不当な内容の36協定の是正の必要性とそれによる長時間労働の是正の効果は被告自身も認めているわけである。
    このように不当な内容の36協定を是正しなければならないが,原告は,行政の指導監督だけでは足りず,それとともに広く市民(長時間労働に従事させられている労働者の親族も含む。)からの監視と批判にさらすことも必要であり,しかもそれは有効であると主張しているのである。
    不当な内容の36協定があれば行政が指導監督しているはずなのに,実態は不当な内容の36協定が存在し,放置されている。特に限度基準告示の適用のない業種においては行政による指導監督は無力である。
    この状況を放置しておくべきでない。
    行政の指導監督だけで不当な内容の36協定が放逐されない以上,行政目的を達成するために,原告は,36協定の内容を広く市民(長時間労働に従事させられている労働者の親族も含む。)の監視と批判にさらすという方法を主張している。当該事業場の労働者では何らかの不利益をおそれて締結者に対して意見を述べることは事実上困難であるが,一般市民であればそのような不利益を考える必要はなく率直に意見を述べることが出来る。原告はこれが36協定の是正の大きな力になると考えている。36協定の内容が公開され,市民から監視され批判されることは,締結者への心理的な圧力となり,できるだけ妥当な適法な内容で締結しようという意識が働くと考えられる。これはまさに行政目的に資するのである。
 (2) 法5条1号ただし書ロ
    労働者は日々労働に従事するので,日々の労働内容というものは労働者の健康,生命に重大な影響を及ぼす事柄である。36協定の内容は労働者の日々の労働時間を左右する。36協定の内容が長時間労働を許容する不当な内容であれば労働者を日々長時間労働にさらす道具と化し,長時間労働の継続を強いて労働者を過労死・過労自殺の危険にさらすものとなる。
    よって,36協定の内容は人の生命,健康を保護するため公にすることが必要な情報として,に該当する。
    そして36協定締結行為が当該事業場の労働者の生命,健康に密接に関わる重大な行為である以上,36協定の締結者の氏名も,当該36協定の内容の一部として法5条1号ただし書ロに該当するというべきである。
    36協定締結者は,使用者,過半数代表者あるいは労働組合の代表者として,36協定の対象となる全ての労働者の生命,健康に関わる重大な行為を行った者として,36協定の内容について労働者に責任を負っている。過半数代表者は,労働組合の代表者でなくても,36協定の内容と共に氏名が開示されることを甘受する義務がある。
 (3) 実態は労働者への周知がなされているわけではないこと
    被告は,労基法15条1項や106条1項を指摘し,労働者や労働者になろうとする者が当該事業場における時間外・休日労働の内容を知りうるからこれらの者の保護のために36協定を公開する必要がないという。
    被告は全ての使用者が真面目に労基法15条1項や106条1項を遵守していると思っているのであればそれこそ観念論である。現実は,36協定があるかどうか教えてもらえず,誰が締結したのかも教えてもらえず,内容を見ることもできない労働者は決して稀ではないのである。
    このような実態をふまえるならば,周知義務があるから労働者の保護のために36協定を公開する必要がないということはできない。
    行政情報として一般に公開されることは労働者にとって極めて大きな意味を持つものである。36協定の情報公開により,労働者への周知は確実になり,労働者となろうとする者に対して事前に確実に労働条件が知らされるようなるのであって,労働条件明示義務や周知義務を課した法の目的に合致する。
 4 同(4)(小括)に対して
   法人登記簿に記載された会社役員である使用者及び労働組合の代表者は法5条1号ただし書イ該当情報として開示すべきである。
   過半数代表者の氏名は法5条1号ただし書ロに該当する情報として開示すべきである。
第3 法5条2号イに該当しないこと
 1 判断方法について
 (1)「当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」については,法人等又は事業を営む個人には様々な種類,性格のものがあり,その権利利益にも様々のものがあるので,法人等又は事業を営む個人の憲法上の権利(信教の自由,学問の自由等)の保護の必要性,当該法人等又は事業を営む個人と行政との関係等を十分考慮して適切に判断しなければならない(「情報公開審査会答申事例にみる不開示事由の判断」編集・第2東京弁護士会情報公開制度推進委員会 129頁以下。以下「不開示事由の判断」として引用する)。
   そして,「正当な利益」の判断に際しては,当該企業等の競争上の地位を考慮し,企業秘密,ノウハウに当たるといえるか等が判断され,また,正当な利益を害する「おそれ」については,具体的かつ現実的であることが要求される(後述の甲6参照)。さらに,法人等の印影については,これを公にした場合に正当な利益が害されるかどうかは,当該印影の性質,形状や使用されている状況などから個別的に判断する必要がある。
 (2) これまでに出された情報公開審査会の答申を見ても,その判断の厳格性は明らかである。旧住宅・都市整備公団分譲住宅の譲渡対価変更に係る承認申請書が,「法人情報」に該当するとして,不開示としたことが一部開示すべきだと判断された事例(甲6・平成13年11月5日:平成13年度答申027)において,情報公開審査会は「訴訟にかかわる情報が法人の正当な利益にを害するおそれがあるものとは言えず,それぞれの情報が法人の正当な利益を害するおそれがあるか否かを具体的に判断しなければならない。」(太字,代理人による,以下同様。)と答申している。
   また,障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「促進法」という。)の規定に基づいて企業が国に提出した報告書(障害者雇用状況報告書)の開示について,諮問庁である厚生労働省の「法定雇用率を下回っているものについて,法定雇用率を満たしていないという事実のみにより,雇用義務を果たしていない法違反の状態にある企業であるという印象を与え,その結果として企業イメージや信用度が低下し,勧告等の行政指導を待たずに風評被害的な性格を伴ったボイコット運動や社会的非難を受けるなど事実上の社会的制裁が行われる可能性があり,促進法により企業に求められる企業努力を超えて当該企業の社会的なイメージや信用度の低下といった事業主の正当な利益を害する恐れがある」という主張に対し,情報公開審査会は,「法定雇用率を満たしていないという事実が直ちに悪質な法違反になる事業者名を公表することとなるものではないこと,障害者の雇用の現状は,その時点の事業者及び求職者双方の諸事情によって左右される要素があり,法定雇用率を満たしていないことから直ちに障害者の雇用に当該企業が消極的であるとまでは言えないこと,これまで何らかの手段により法定雇用率を満たしていない企業名が公にされ,当該企業に対するボイコット運動等の組織的行動がとられ,当該企業が被害を受けたという具体的事案が諮問庁に把握されているわけではなく,諮問庁に把握されているわけではなく,諮問庁の主張は単なる推測にすぎないものと認められること,なお,そのような事態が予想されるのであれば,促進法の趣旨,及び目的効果を関係者に十分に周知し,障害者の雇用促進の機運の高揚を図るなどして,促進法の適正な運用に努めることでそのような事態を解消できるものと考えられることなど,以上の諸点を併せ考えると,本件対象文書を公にすることにより,当該企業の正当な利益を害するおそれがあるとは認められないと言うべきである」と答申している(甲7・平成15年度(行情)答申第241号)。
   その他,医薬品製品承認申請書及び医薬品副作用,感染症症例表が,「個人情報」「法人情報」及び「事務事業情報」に該当するとして,一部不開示としたことがさらに一部開示すべきと判断された事例において,「連絡先電話番号」について,法人等に関する情報としても,公にすることにより法人等の正当な利益を害するおそれがある情報に該当しないとし,「承認前例の対比表」についても,専門的知識技術を有する製造技術の間でノウハウに当たるとまで言えないとした答申(甲8・平成14年4月12日「平成14年度答申005」)がある。また,特定事故に係る労働者死傷病報告書等に関し,当該文書に記載されている労働災害発生状況及び原因の既述部分には,事故にかかる機械及びその配置図が既述されており,どのような機械をどのような配置で使用しているかが明らかとなるが,これらを公にした場合に,機械の使用及び製造メーカー並びに効率的な機械の組み合わせ等企業ノウハウまで明らかになるものではないなどとして,当該事業者の正当な利益を害する恐れがあるとは認められないとした答申もある(甲9・平成14年4月12日「平成14年度答申005」)。
 (3) さらには,既に確定している情報公開条例についての下級審判例も参考になる。農薬健康茶の商品名と検査検出量が東京都条例9条3号(法人情報の非開示事由)に該当するかどうかが争われた健康茶情報公開訴訟において,東京地裁平成6年11月15日判決(判時1510号27頁)は,9条3号の「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるもの」との規定について,「その有している競争上等の地位が当該情報の開示によって具体的に侵害されることが客観的に明白な場合を意味するもの」と解し,「その判断は,当該情報の内容・性質を始めとして,法人等の事業内容,当該情報が事業活動等においてどのような意味を有しているか等の諸般の事情を総合して判断すべきものである」と判示した。そして,その傍論の中で,「例えば,当該情報が事業活動上の機密事項や生産技術上の秘密に属する内容であるならば,通常,これが開示されることにより競争上等の地位が具体的に侵害されることが客観的に明白であろう」と述べている。
 (4) この点,被告は,@具体的記載文言等を明らかにしないまま,当該不開示文書には,いかなる種類,性質の情報が記載されているかを基に,Aその種類,性質の情報が開示された場合には,不特定の多数な人々との間で,一般的には,どのような支障が生ずるおそれが行政文書に記載される個別具体的な文言を明らかにすることなく,そこにいかなる性質,種類の情報が記録されているかという一般的抽象的な観点による審理・判断とならざるをえない不開示決定取消訴訟の特質(被告第1準備書面 8頁)から,「当該不開示決定に係る行政文書に記録された情報が公にされた場合に生ずる支障の蓋然性は,それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明される必要は必ずしもないというべきであり,被告が不開示情報に該当するとする情報の類型的な性質を明らかにすることなどにより,そのような情報が公にされた場合,経験則上,いかなる支障が生ずるおそれがあるかを判断することが可能な程度の主張立証をすれば,不開示情報該当性は肯定される(被告第1準備書面 19頁)」「事業者の正当な利益を害するおそれがあるというためには,当該おそれが一般的に存在することを主張立証することで足りる(被告第1準備書面 20頁)」と主張する。
 (5) 従って,以上のような,これまでの上記答申及び判例,また,そもそも情報公開が原則であること(法第5条1項)の趣旨からすれば,冒頭で述べたように,@「正当な利益」の判断に際しては,当該企業等の競争上の地位を考慮し,企業秘密,ノウハウに当たるといえるか等が判断され,また,A正当な利益を害する「おそれ」については,具体的かつ現実的であるか否かにつき検討されなければならない。
 2 本件事案の該当性
 (1) 被告は,「時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由」「業務の種類」「労働者数等」の各情報は,事業者の事業展開や人事配置・管理を示すものであるところ,事業展開や人事配置・管理は,各事業者の経営方針,経営技術に密接に関わるものであるとして,事業場を特定し得る情報とともに公にされた場合には,一般的に,当該事業者の経営方針,経営技術に関する情報の収集が容易となり,当該事業者と競争する他の企業にとって有利に働き,当該事業者の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが認められることは明らかであると主張する(被告第1準備書面 20頁)。そして,その具体的例示として,「研究業務に就かせる労働者の人数を記載した36協定届」「社員食堂を営む事業者が,各社員食堂の場所ごとの36協定届」を挙げている。
 (2) しかし,上記被告の主張は何ら具体的な根拠を有せず,例示についても,被告の強引な推測を前提としている。全く説得力を有しない。
   そもそも,36協定は,1日8時間,週40時間という法定労働時間に対し,例外を認めるものである。そして,訴状で述べたとおり,その要件は厳しく,厚生労働省の告示によっても,その限度が定められている。それらはすべて労働者の保護のためにある。労働条件は労働の基本であり,労働者はそれをもとに,労働契約を締結するかどうかの判断をする。
   このように,36協定は,当該事業者内部だけでなく,外部の労働者すべてと関係を有するものでる。かかる労働条件に関する基本的取り決めが,「経営方針,経営技術と密接に関わる」はずがあろうか。公にされることにより,労働者保護の要請は,より一層実現されるのである。
   また,36協定は,法律上においても,公にされることが念頭に置かれている。36協定を常時各作業場の見やすい場所へ掲示する等の方法により労働者に周知させなければならないとされている(労基法106条1項)のもその一例である。従って,少なくとも,労働者に対しては公開されることが予定されていることは明らかであり,労働者がその内容につき就業先に対して,守秘義務を負う関係にあるものでもない。そのことからすれば,労働者を通じて第3者にその内容が公開されることも十分考えられるものであって,秘密にされることが予定されているものでもない。
 (3) しかも,「時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由」,「業務の種類」に記載される内容とは,甲1末尾に添付された協定届けの雛形にもあるように,具体的事由については,「臨時の受註」,「納期変更」等,また,「業務の種類」についても,「検査」,「経理」と極めて一般的,抽象的な内容である。
   この点,被告が挙げる具体例に則して検討をしても,研究業務に従事している人数が把握されたとして,その人数から,具体的にどのような研究を対象として,如何なる研究が具体的になされているのかについて,明らかとなるわけではない。また,各事業所ごとの従業員数から,具体的にどのような研究が重点的に行われているかが,直ちに判明するわけではない。既述のように,「業務の種類」としては,おそらく,「研究職」という程度の記載かなされず,「時間外労働又は休日労働をさせる必要のある具体的事由」についても,繁忙期等の一般的,抽象的な記載しかなされないことからすれば,なおさらである。
 (4) また,社員食堂の例についても,どこの企業で事業を展開しているということから,直ちに,経営方針や,その事業展開をする上での経営技術が窺えるわけではなく,正当な利益を害する「おそれ」が具体的かつ現実的にあるとは到底言えない。また,運営主体の情報を公開しないでもよいとした場合には逆に言えば,食堂を運営しているという事実を秘密にするという扱いとなるが,これは,事実上,特定の企業が社員食堂を運営する地位を独占することを容認することにもなる。これでは,自由競争の市場の原理に障壁を設けることにもなるのであって,このような利益が「正当な利益」にあたるとは到底言えず,被告の主張はあまりに論理の飛躍があると言わざるを得ない。
 (5) 以上のように,被告が具体的に適示した2つの例を取り上げても,被告の主張する「正当な利益」とは,全く説得力のないものであって,到底,本条,本号に該当することの裏付けにはならない。
 (6) なお,被告は,「事業の種類」「時間外労働又は休日労働させる必要のある具体的事由」「業務の種類」「労働者数」「労働者の職名」からも,当該事業場が特定されるとするが(被告第1準備書面 18頁),かかる事項からだけでは,事業場を特定するのはおよそ困難であることを付言しておく。被告は,特徴が著しい場合には推知が可能というが(同),上記事項に関する特徴が著しいとは,具体的にどのような場合であり,また,それからいかにして推知するのかも不明である。
 3 法5条2号ただし書該当性
 (1) 本号ただし書は「原則的に不開示とされる情報であっても,開示することに優越的な公益が認められる場合には,不開示とすべき合理的な理由が認められない」との趣旨から規定されたものである。よって,本号ただし書に該当すれば,本号2号の各例外について検討する必要はない。
 (2) 厚生労働省が定める過労死のラインが,労働時間を軸にしていることは,本書書面の冒頭で述べたとおりである。そして,36協定によって初めて許容される時間外労働についても,厚生労働省の告示により,限度が定められている。
   このように厚生労働省自身,長時間労働と過労死の因果関係を認め,それを是正する対策をとってきた。しかし,「特別条項」や,上記告示が適用されない業種があることで,過労死ラインを容易に超える36協定が多く存在しているのが現況である。
 (3) この点,被告は,答弁書において,「行政官庁が協定内容の適法性を審査し,必要な指導等を行う」「行政官庁は,36協定の届出の際,限度基準告示との適合性についての審査,指導を行う」(答弁書8頁)としているが,そもそも業種等が不開示となっていることから,審査・指導が実践されているかどうかは定かでない。また,いずれにせよ,特別条項等により過労死ラインを超える36協定が受理されていることは現実であり,これら法的に許容された労働条件により,新たな過労死を生じさせることにもなりかねない。
   かかる状況において,労働者の心身の健康を損ね,個人の尊厳を蔑ろにするような36協定を締結している企業に対し,市民の監視の目をを加えることは,「労働者の保護」という36協定の基本的目的に合致する。長時間労働は,過労死の最大の要因となるものであり,原告の主張は,「実質的根拠を欠く全くの観念論」(被告第1準備書面 16頁)では,決してない。
 (4) 情報公開審査会では,2号ただし書の情報とは,「事業活動によって人の生命,健康等に対する被害・・・」とされており,前述したとおり,本件文書が公開を予定しており,公にしないことによる法人等の利益が乏しいことに鑑みても,本件文書は,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」であると言える。
第4 法5条6号に該当性しないこと
 1 判断方法について
 (1) 法5条6号は,国の機関,独立行政法人等及び地方公共団体が行う事務又は事業は,公共の利益のために行われるものであり,公にすることによりその適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報については,不開示とする合理的な理由が認められることから,不開示情報として規定されたものである。
 そして,国の機関,独立行政法人等及び地方公共団体が行う事務又は事業は,広範かつ多様であり,公にすることによりその適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある事務又は事業の情報を事項的にすべて網羅的に列挙することは立法技術的に困難であり,実益も乏しいことから,典型的な支障例を例示的に規定する,いわば事項的な基準で,要件の明確化を図ったものである。
 したがって,「次に掲げるおそれ」以外の支障が生じる場合は,一切除外される訳ではなく,「その他当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」という包括的な文言による,いわば定性的な基準で判断されることになる(例示列挙説)。ただ,例示列挙を示すことにより,要件を明確化した趣旨を没却せぬよう,同判断については,各号の例示事項に準じて不開示の例外要件の厳格かつ限定的な解釈が要請される(以上につき,「不開示事由の判断」262頁以下)。
 (2) そして,「適正な遂行」とは,開示がもたらす支障のみならず,当該事務又は事業がその根拠とする規定の趣旨に照らし,公益的な開示の必要性等種々の要素を個別具体的に利益衡量した上で慎重に判断され,また「支障」の程度についても,名目的なものでは足りず,実質的なものであることが必要とされる。さらに,「おそれ」の程度も,単なる抽象的な確立的な可能性では足りず,法的保護に値する程度の蓋然性が必要である。
   この点,情報公開審査会は,公共土木工事に要する経費の実態調査に係る実態調査が「法人情報」及び「事務事業情報」に該当するとして,不開示としたことが一部開示すべきと判断された事例における答申(甲10・平成14年1月23日:平成13年度答申128)で,「『おそれ』は一般的・抽象的なものでは足りず,具体的な支障が生じる蓋然性が存在するものでなければならない」とし,調査対象工事名を開示すべきであると判断している。
 また,前述の促進法に基づく障害者雇用状況報告書の事例におえる答申でも,「促進法により事業者に法定雇用率の達成が義務付けられており,事業者は着実な履行を求められているものであることや企業の社会的責任を考慮すると,法による公開がなされることにより,行政と企業の信頼関係が損なわれ,指導の効果が薄れ,企業の障害者雇用の適正な運営に支障を来たすおそれがあるとは認められず,少なくとも本件対象文書の開示が障害者の雇用の促進の新たな障害になるものとは認められない」と,具体的にその存否を判断している。
 (3) さらには,法5条3号,4号(「行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」)と異なり,5号は「不利益を及ぼすおそれがあるもの」と規定されていることからしても,高度の政策的判断,専門的・技術的判断を要するものではない事務・事業に関する情報については,裁判所は,行政機関の長の判断を尊重した合理性の司法審査にとどまることなく,当該各規定の要件の不開示該当性について,客観的・事後的に判断する必要があるといえる。
 2 本件事案について同条が該当しないこと
 被告は,本件において不開示とした情報について,「個人に関する情報に該当し,又は公にすることにより事業者の正当な利益を害するおそれがある」ことを当然の前提として,仮にこれらを公にした場合,36協定届出制度そのものの信頼を損なうおそれがあるという(被告準備書面23頁)。しかし,この被告の前提とする事実が誤りであることは既に第3で述べたところであり,36協定に記載された内容が,正当な利益を害するようなものでない以上,それを公開するからといって36協定届出制度に対する信頼が損なわれることは考えがたい。
 また,36協定の届出が,そもそも労基法により義務づけられていることから,その届け出内容については,法律の規定に従ったものを届けでなければならないことは当然である。従って,被告の例示にあるような,公開をされるからといって,当該業務の種類につき外部の者には容易に業務が推知されないような表記をする場合には,法律の趣旨に従った記載をするよう,行政として指導をすべき事項である。その指導に応じない場合には,受理すべきでないのであって,そのようなことが懸念されるから公開しないとことの根拠とするのでは本末転倒である。むしろ,本書冒頭で述べたような,36協定の,労働者が人たるに値する生活を営むための労働時間の限界を定めたものであり,労基法が罰則まで設けてその限界を遵守しようとした,また,既述のような36協定の限度基準を設けた告示や,関連通達の趣旨からすれば,これら規定に従った内容となっているかを,行政だけでなく,広く一般市民の目に公にすることにより,通達・告示等に違反の36協定には社会的批判を与えることが出来る状態とすることの意義は大きい。通達・告示に違反するよう36協定の届け出を防止し,ひいては,労働者の生命・健康を守るという目的達成に資することはあっても,監督行政に具体的な支障が生じることは考えがたい。
第5 法5条4号に該当しないこと
 1 国の安全性に関する情報(法5条3号)と同様に,公共の安全と秩序を維持することは,国民全体の基本的利益を擁護するために重要であり,本号では,刑事法の執行を中心とした公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報を不開示情報とされている。
   そして,これらの情報の性質上,開示・不開示の判断に犯罪等に関する将来予測としての専門的・技術的判断を要するなどの特殊性が認められることから第1次的には行政庁の長の判断を尊重するとしたものである。
   他方,「相当の理由が認めれる」と敢えて規定されたことからも,公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす「おそれ」の有無については,一般的・抽象的なものでは足りず,厳格な判断を要することは当然である。
 2 この点,死刑確定者処遇の内規について,不開示部分が公にされたとしても,「その体制の間隙をついた逃走行為等が行われるおそれが生じることを想定することは困難であり,現実的であるとも思われない。」として,本件不開示部分の開示によって,死刑確定者の身柄の確保や拘置所の保安に支障が生じるおそれがあるとは認めがたいとして,不開示とする行政機関の長の判断に相当の理由があるものとは認められないとしている(甲11・平成13年10月12日,平成13年度・答申013)。
   このような,本件該当性についての判断手法からすれば,被告が主張する「過半数代表者,・・・・・その他の者の印影は,公にすることにより有印私文書偽造などの犯罪に悪用され・・・・」という主張は,単なる,可能性を述べるにすぎず,到底,公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由があることにはならない。
   従って,本号にも該当しない。

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