原連合のこころゆき 後編

藤巻 哲央


 お待たせしました。もう書くのやめようかと思ったけど、話を締めずに宙ぶらりんにするのはよくないですね。

 さて、続きを。

 5月2日日曜日

 午前3時。初夏といえども、中央アルプスの麓であるこのあたりは相当冷え込んだ。無性にトイレに行きたくなったが、扉の上に山岡さんの頭が乗っていたため、外に出ることができなかった。足なら多少どけても起きないだろうが、頭をどけては起こすことは必至である。山岡さんは気持ちよさそうに寝ていたので、起こすのは気の毒だと思い、トイレは我慢した。寒さが尿意を促して拷問のようだった。

 午前5時。寝返りでもうたないかと山岡さんをこの時までじっと見ていたが、微動さえしなかった。この時間ならもう起こしてもいいだろうと思い、頭をどけてもらった。外へ出てみると、コテージはもちろんだが、テントの中も誰も起きている様子はなかった。キャンパーにとって朝っていうのは何時なんだろう。
 トイレより戻ると原さんや山岡さんも起きだしていた。昨日の残り物の焼きそばを食べて、その後はたき火にあたっていた。借りたものを返さねばならないので、施設が開くまで時間をつぶすほかなかった。

 午前7:30。出発直前になって、もうあとは車に乗るだけ、という頃になって、原さんはトイレへ消えた。お約束である。山岡さんも私も、このへんの呼吸はすっかり体得しているので、笑って済ますことができる。

「原待ち」後、気をとりなおして車に乗り込み、とりあえずロープウェー駅行きのバス乗り場へ向かった。駐車場が満車なら引き返そうということで、あいかわらず目的地は流動的だったが、幸い駐車場は空いていた。ここでバス+ロープウェーの往復運賃である3,620円を払ったが、バイトすらしていない私にと って、この出費はかなり痛かった。

 ロープウェーを待っているときに、ふと目線が電光掲示板の広告に移った。ユリコ(本当は漢字)の湯とあり、全国のゆりこさん無料と併記してあった。ここで昨日見た国道沿いの奇妙な看板のことを思い出す。と書こうと思ったら佐々木さんが掲示板でばらしちゃいましたね。

 当然のことかもしれないが、ロープウェー山上駅の周囲は雪が積もっていた。日差しが強く、肌が刺されるような感覚があった。ここで3人の服装を確認してみると、私はいつものジャージーと長袖シャツというようないわゆる軽登山の格好で、残る2人は四捨五入して言えばハイキングの格好であった。むろんアイゼンなんて持ってない。果たしてこんな装備で雪の千畳敷カールを登ってよいものだろうか。登山口では指導員が登山届を出すようにと、拡声器で警告していた。

 私たちは、こんな格好で登山届を出したところで跳ねかえされる上に叱られるだけと思い、登山届を出さなかった。他の登山者を見回してみても、登山届の提出率が高いようには思えなかった。また、服装・装備に関して言えば私たちと同水準かそれ以下といった格好がほとんどで、この人よりはまだましだという意味のない優越感もあって、決して登れないことはない、と思うようになった。
 結局、行けるところまで行こうということになった。私はカールの中点でふと3年前のちょうど今頃に、杉山さんたちとここへ来たことを思い出した。積雪・天候の条件はこの日と酷似していた。あのときは、アイゼンは持ってはいたが、必要不可欠というほどではなく、宝剣岳を登るときに使った程度だったという 気がして、それなら今日は少なくとも木曽駒ヶ岳ぐらいは登れるだろうと思った。
 と、この時の心理描写をしてみたが、おそらくこれは遭難した人の登山時の心理とそう変わらないような気がする。

 ところが稜線まであと100mまで来たところで、指導員がしっかりガードしていた。ここから先はアイゼン+ザイールを持っていない人は通ってはダメ、とかなり基準が厳しい。もちろん私たちはここまでである。
 この地点までは実にいろいろな人が登ってくる。見るからに登山経験・知識ゼロの人もいる。指導員はそのような人たちに対して「ここから滑り落ちたらどうなるか想像してみて下さい」と言っていた。ある人は、「雪だるまになりますかねー」とへらへら笑うばかりでまったく指導員の意図が分かってない様子だった。もし私がこの指導員の立場だったら望みどおり雪だるまにしていただろう。しかし、もしそのように横暴な指導員だったら私も雪だるまになっていたかもしれない。いずれにせよ、ここにいる登山指導員は相当神経をすり減らしているに違いないだろう。

 私たちはここで引き返して無事山上レストランまでたどり着き、ここで少しお茶を飲んでからさっさとロープウェーで降りてしまった。高い運賃を払ったのにどこのピークも踏まずに帰ってしまうのは、どうにももったいない気がして仕方なかった。

 午前11時。そろそろ昼飯を食べるころだ。原連合では行った先々で当地の名物料理を食べなければならない。
 駐車場に戻って車に乗ると、山岡さんが「駒ヶ根名物ソースかつ丼マップ」を広げて眺めていた。どこから持ってきたのかよく分からないが、じつに準備がいい。
 この「ソースかつ丼マップ」には30軒ぐらいの店を紹介しているのだが、店の種類がさまざまで、食堂・レストランから中華料理店、さらには割烹まで載っている。私たちは割烹で出てくるソースかつ丼がどういうものか気になって迷いもなくその店へ行ったが、あいにくこの日は全席予約らしく入ることができな かった。
 仕方なく私たちは伊那福岡駅前の「みはる食堂」という店に入った。駅前といっても繁華なところではなく、私はこんな場末の食堂で果たしてうまいものが食えるのかと疑ったが、ここのソースかつ丼はあっさりしていて肉はやわらかく非常においしかった。

 午後3時。名古屋近郊のガソリンスタンドに入る。途中、愛知県の足助というところで大渋滞に巻き込まれて、名古屋に近づくまでだいぶ時間がかかった。私は渋滞のさなか、立て替えてもらった高速道路料金や昨晩の買い出しにかかったお金を推測しながら計算していたが、どう考えても手持ちのお金では足りない。この計算はガソリン代は含んでいない。しかもこのレガシーはハイオク仕様らしい。こりゃーまずい、と思ったがどうしようもない。
 結局、今回の私の出費はすべて合わせて1万円強だった。ガソリン代はまったく払うことができなかった。払えなかったことについては私は申し訳ないと思うのだが、それにしても1泊2日の旅行で贅沢もしていないのに1万円は高すぎる。わりのあわない出費だと思ったが、無目的で準備なしの旅行というのはやたら金がかかるものかもしれず、もしそうなら貧乏旅行なのに高い出費を強いるのが原連合なのだろう。

 午後4時。私の家の近所まで車に乗せてもらった。別れ間際に私はこりもせず「次からは少なくとも前日までに連絡して下さいね」と言ってみた。山岡さんは「目的さえ決めておけば他にも人が来ると思いますから」と、ここでもまだ竹林さんのことが頭にあったようだ。

 原さんはいつものようにニヤニヤ笑うだけだった。

−おわり−


みはる食堂

飯田線伊那福岡駅よりすぐ

ここがオススメ!

ソースかつ丼・750円
とてもおいしいです。
他のメニューは選ばない方がいいかもしれない。


国道153号線の愛知県足助町付近は休日の午後はアホみたいに混む。

地元の人間にとっては常識らしい。


「深山」目次へ