Mind (相川浩一の思う事)


最新版


トレマガ&フェイスブック

2012年 5月 24日 (木)

トレーニングマガジン誌の前腕特集の撮影をしてきました。
ライターもすることになり、物心ついた時から、前腕を鍛え続けてきたエピソードも踏まえ、書けたらと思っています。
余談ですが、極力ストラップ使わないと、いつの間にか、発達しているのが前腕ですね。
緩く握って主動筋をアイソレートしたり、強く握って末端からガッツリコンパウンドしたりと、トレーニングは、奥が深いです。
と、いつになくトレーニングネタを書いてしまうところは、トレーニングもちゃんとしてると言う何時にないアピールです。
こうしてキーを押しているのも紛れも無い前腕筋群達。。
前腕は、毎日使われてますね。
あんな時、こんな時。。。
おっと、あんまり書いてると原稿のネタがなくなりますので、
火事場の馬鹿力でドアノブを引き抜いたお話とか、いろいろしたいと思いますので、
発売されたら、何卒、よろしくお願いします。
あと、後発ながら、フェイスブック始めました。
不慣れで要領得ないところ、多々あるかと思いますが、どうか、遊んでやって下さい。
よろしくお願い申し上げます。

みんな元気かな

2012年 5月 3日(木)

カーラジオからのローカルFM局は、深夜懐メロだけを羅列する。
ある意味、食いつきのいいオーダータイムである。
あの曲を最後に聞いた時、何してたっけ。
そんな郷愁にも似た深い感慨が脳裏を襲う。

人生は、一方通行だ。
思い出せても、決して戻れない一方通行を進んでいる。
時代は、激変の嵐の中のようだ。
価値観すら何時でもひっくり返してやるといったコスプレ猛者が溢れ出している。
「万物は流転する」
改めてこの言葉を噛み締めながら、エッジの効いた生き方を探している。

JRの高架下に寂れた公園がある。
この近くに越してきてニ年、暮らしている人は何人も見ても、遊んでいる子供は、一度たりとも見たことのない公園だ。
そこで深夜、トレーニングをすることを日課としている。
あくまで補強といったものだが、工夫次第でいろいろなエクササイズが展開される。
中には、どんなマシンよりも効果的な種目と感じられる種目もあるのだ。
まぁ、遊具 を独り占めしてるに過ぎないのだが。
尤も、20キロのダンベルまで持参してたりするので、それなりにジムエリアである。
ワイルドライフな方々との緊張感のある真夜中を時々過ごしているわけで、先日もそんな日常に、「〇〇駅は、どこですか?」と聞く男が。。
よほど、困っているか、よほど、勇気があるか、よほど、空気を読まないか、よほど、馬鹿なのか。。
というのも、四つも先の駅を聞いているのである。
しかも、違った方向へ進んでいる。。
確かに深夜1持をまわり、道聞くにも、手頃な人がいない。
できたら、避けたい変人にコンタクトを余儀なくされたようだ。
歩けば、裕に一時間はかかる。
タクシーに乗る金もない。
聞くと最近までホストクラブで働き、ノルマに追われ、友達巻き込み、トラブルの果て人間不信になったと。
最近始めた土方もアンダーグラウンドな日々に忙殺されていると。
土地勘のない場所に飛ばされ、まさに路頭に迷っている状態だったらしい。
飲んで無一文というわけだ。
時代は、ソーシャルコミュニケーション真っ盛りだ。
もちろん、正しく活用すれば、素晴らしい。
しかし、逆に詐欺師が溢れかえり、人への緊張感や警戒心は、増幅してやしないだろうか。
人が近づいたかの綺麗ごとでかえって、対人コミュニケーションがぎこちなくなってやしないだろうか。
そんな時代に反旗を翻すが如く、その男に
「俺の車に乗ってけ」
と時代に迎合しない自分がいた。
この時代、見ず知らずの人間を助手席に乗せて深夜を走るのは、命知らずの領域かもしれない。
次に同じシュチュエーションがあっても、同じ行動するかわからないが、ともかく、その男を見放すことが出来なくなってしまったというわけだ。
この見放すは、極論を言えば、この世からも見放すような佇まいだったから。
下衆の住民が講釈たれるような真似は、したくはないが、
「人の価値は、見た目や財力でなくて、信頼だ」
と夜の江戸川を渡りながら、解いた。
あの男にとってエキセントリックな忘れられない夜になっていれば、幸いである。

帰路、懐かしく見慣れた水銀柱の橋を流しながら、カーラジオと共に路地裏の少年を口ずさむ自分がいた。
いまだ確かな物を探しながら。

心ある方

2012年 5月 2日(水)

先日、書かせていただきました松永さんの記事が、最新号の月刊ボディビルディング誌に掲載されました。
松永さん、素晴らしい記事ありがとうございました。
また、匿名の方からの素晴らしいイラストまで掲載して頂き、送って頂いた匿名様、ありがとうございます。
絵心のない自分は、尊敬の気持ちと感謝の思いで一杯です。
本当に心ある方に励まして頂いて、心から感謝申し上げます。
また、心あるダイアリー書きますね。
皆様、ありがとうございます。

広尾焼肉

2012年 3月 18日(日)

今日は、MUSASHIのチェンバーランド女史と安藤女史とプライベートでパーソナルトレーニングをし、
ベンチプレスナショナルチャンピオンの徳武女史(公式にノーギアーで110キロのベンチプレスを成功させている!)と四人で広尾にて焼肉を囲みました。
チェンバーランド女史と徳武女史は、中学生の同級生だそうでとても偶然なる繋がりです。

更新稀なHPに今日のことは、更新するよう促され更新に至っている次第です。

自分は、会って、一緒に酒を飲んで初めて「知人」相成ると密かに感じており、今日は、とても楽しい会合となりました。
人の生き方に触れ、学ばせて戴く、そんな時間、とても勉強になる会合でした。
そして、大変、ごちそうさまでした。
ありがとうございます。
また、行きましょう。

ボディビルディング誌の企画取材

2012年 2月 29日 (水)

毎日、いろいろな場所で多くの方々から、パワーをいただいておりますが、今日は、月刊ボディビルディング誌の企画取材に行ってきました。
誌面でも登場している競艇アナの松永さんをトレーニングコーチすると言うことで、今回は「背中」です。
それぞれの部位でコーチが変わると言うことで、前回は、脚を小沼さんにしごかれたとのこと。
編集長からも、追い込んでやって。
との言葉から、いつになく、ドSっぷりを遺憾無く発揮して、松永氏を「向こう側」に連れていくのでした。。
たぶん、ツイッターで泣きの呟きがありそうです。
よかったら、毎月の松永氏の非日常も見守ってあげてくださいね。

2012年 元旦

2012年 1月 1日 (日)

新年 明けましておめでとうございます。
充実の一年に出来るよう、すべてが挑戦の一年になりますが、準備し、挑戦したいと思います。

皆様に素晴らしい一年でありますようお祈り申し上げます。


フィジカルと記事掲載

2011年 12月 30日 (金)

12月23日ベースボールマガジン社から発刊された
「トレーニングマガジン VOl.20」巻頭カラーで記事掲載して頂きました。
月刊誌でないので、数ヶ月分を凝縮して、一時期書店に並ぶと言う感じでしょうか。
ちょうど、書店で見つけやすいタイミングですので、よかったら、探してみてください。
記事には、ボディビルダーはもとより、投擲選手や水球選手の肉体の秘密まで掘り下げています。

このタイミングと言ってはなんですが、自分がフィジカルトレーニングを長年伝授しているトヨタ車体ハンドボール部が、クリスマスの日に創部45年有余で初めて日本一になりました。
当日は、NHKでテレビ中継もあり、たくさんのマスメディアも来ており、
記者会見などで選手達が筋力トレーニングの成果を強調してくれていたことは、静かに足しげくアドバイスし続けた自分にとって感慨深い瞬間でもありました。
頑張るのは、選手ですから選手が一番です。
そんな彼らから、
「あいかわ、あいかわ!」
と呼ばれ、人生初、胴上げをしてもらった時の天井の水銀灯がグワングワンする景色は、一生忘れられないものでした。
ベンチプレス150キロや180キロ挙げる、信頼の選手達には、完全に身を任せて舞っていましたが。
また、フィジカルNo.1のチームが翌日の新聞に載り、自分をボディビルへ導いてくれた学生時代の友人が久しぶりに連絡をくれました。
やはりトレーニングの話があったそうです。
自分は、アドバイスしたに過ぎないですが、関係者各位の素晴らしい仕事の成果に心から、御祝申し上げます。
自分が作ったマウスピースが装着され、記事になっているのも、なんか、違った感覚の嬉しさがありました。
チームスポーツの世界もまた、多くの貴重な経験をさせていただいております。
感謝申し上げます。







ザオバ トレーニングセミナー

2011年 12月 19日 (月)

セミナーご参加ありがとうございました!
今回は、株式会社ザオバ様の多大なるご厚意を頂きまして、無事、セミナーを行うことが出来ました。
皆様にタイムリーな情報がリリースできたか、甚だ疑問なところですが、ほんの少しでも、有益なる物があったことを願うばかりです。
皆様方のご協力のもと、行えたこと深く感謝申し上げます。
ありがとうございます。



ザオバ トレーニングセミナー

2011年 12月 3日 (土)

トレーニングセミナーします!
バルクアップ、パワーアップ、 トレーニングのコツがテーマです!
楽しく実のあるセミナーにしたいです!

コンテストデビュー時が71kg。
ミスター東京優勝時が76.5kg。
今年のミスター日本が84kg。
実践的なトレーニングの話が出来たらと思います。
会場は、ご存知、日本最大級トレーニングマシン販売会社「ザオバ」です。
当日は、広々したショールームで年末セール開催中です!
トレーニングマシン、器具の格安セール開催日ですからゆっくり掘り出し物も探せると思います。

久しぶりに会う方も!
初めて会う方も!
しょっちゅう会ってる方も!
是非、いらして下さい!!
楽しい時間にしたいと思います!

・開催日: 12月 17日(土曜日)
・時間: 午後2時30分〜3時30分。
・場所: 株式会社 ザオバ本社
〒260−0824 千葉県千葉市中央区浜野町576−1
電話: 043−305−0212
http://www.zaoba.co.jp


THE GYM

2011年 10月 31日 (月)

今年、幾度も、そして、数人の方々に「ジムに来て下さい!」と会話の中で異口同音にあり、
その度に、「行きます!!」と安請け合いしていたのですが、履行されない口約束にならないよう、絶対、どこかで行こう!と考えていました。
やっと今日、晴れて行ってきました。

千葉県柏市にある
「THE GYM」
です。

以前、ボディビル誌にも特集された松尾隆太郎選手プロデュースのハードコアジムです。
また、オーナーの鶴屋さんの柔術選手の育成並びにトレーニング施設の社会貢献や、
元木先生の雰囲気作りと、非常に本物志向のクオリティーの高いジムなのであります。
設備もガチッとコンパクトなスペースにパワーラックが二台もあり、ハードコアジムのツボをおさえてあります。
持論ですが、ジムは、集中できるスペースとして、広ければよいと言うものではありません。
「空気感」
がキテルことがよいジムだと思います。
そして24時間オープンという点もトレーニング好きには、ありがたいのではないでしょうか。
ぜひ、ビジターでも足を運んでみてくださいね。

THE GYM
http://www.the-gym.jp
・住所: 千葉県柏市若葉町2−5
・電話: 04−7164−0085

2011年 第46回 全日本学生ボディビル選手権

2011年 10月 23日 (日)

・女子
優勝 HAAPANIEMI ANNA MARGARETA 東京大学 二年

・男子
優勝 梶田竜嗣 早稲田大学三年
準優勝 座間祐輔 早稲田大学三年
3位 吉川拓也 法政大学 三年
4位 山ノ井健 関東学院大学 四年
5位 宮島典平 早稲田大学 三年
6位 菅原辰馬 早稲田大学 三年
7位 渡部真哉 東京大学 四年
8位 石田篤慶 早稲田大学 四年
9位 小林恒平 京都大学 四年
10位 三好玄希 早稲田大学 三年
11位 平野草也 京都大学 四年
12位 笹沼俊介 神奈川大学 一年
13位 宮田智浩 東京大学 四年
14位 桐生拓 神奈川大学 四年
15位 高橋港 早稲田大学 三年
16位 中ノ森裕 桐蔭横浜大学 四年
17位 谷直起 東京大学 三年
18位 一盛奨 京都外国語大学 一年
19位 金野泰実 早稲田大学 四年
20位 河村高史 岡山大学 三年

・モストマスキュラー 梶田竜嗣
・ベストポーザー 梶田竜嗣
・部分賞
胸: 梶田竜嗣
腹: 梶田竜嗣
腕: 吉川拓也
脚: 吉川拓也
背: 吉川拓也

僕がボディビルに興味を持った頃、最初に目に留まったのが、ミスター日本、ミスターオリンピア、全日本学生でした。
それぞれの大会の位置付けや意味合いも全く無知でしたが、ボディビル誌の記事を毎日のように見入ったことを昨日のことのように鮮明に思い出します。
それぞれの凄さがあり、学生の大会も驚愕の思いで見ていたのです。
当時、杉山理理選手、牧志選手、須江選手、外村選手、自分にとってはどんな芸能人よりも憧れの存在でした。
頑張ればなれるかもしれない、そう思い、真剣に写真を見つめたのが、学生ボディビルの記事でした。
身近な、そして、リアルに凄い身体を体感できたのが、学生ボディビルでした。

その後、ミスター東京Jr.にてコンテストデビューを飾ります。
右も左も判らず、順位すら付かず、あっと言う間に大会は、終わりました。
余談ですが、この大会を最後にボディビルを辞めてしまった友人は、今だにミスター日本の後にも、メールをくれます。
僕は、密かに同期の代表としてステージに立っている思いがあります。
友人と空腹だけが満たされていく虚しさを味わった19歳の日もまた、昨日のことのように覚えています。

今日、大変だった人も、どうか、前を向いて下さい。
僕は、大会の準備を何十回って、してきました。
だから、身体をみれば、人知れない努力で仕上げてきたことが想像つきます。
結果が出た人も辛かった人も全員を応援し、励ましたいのです。
心から、頑張りを尊敬し、応援しています。


全日本学生ゲスト

2011年 10月 20日(木)

全日本学生ボディビル選手権でゲストポーズをします。
思い出せば、初めて学生大会でゲストをさせていただいたのが、ミスター東京になった年、1999年ミスター日本の一週間前、法政大学での関東学生でした。
その数年後、神奈川大学での全日本学生でもゲスト参加させて頂きました。
どちらも素晴らしい経験でした。
自分も熱さしかない駆け出しの頃がありました。
ボディビルダーとして、認められたい、そんな思いで、大会に出はじめた頃を思い出します。

皆さんと、過ごす時間を楽しみにしております。
お互い、あと数日、頑張りましょう。

2011年 第46回 全日本学生ボディビル選手権
・開催日: 2011年 10月22日 (土)
・会場: 小松川さくらホール
・住所: 〒132−0034 東京都江戸川区小松川3丁目6番3号
・電話: 03−3683−7761
・交通: 都営新宿線「東大島駅」 徒歩 約 10分


応援してくださった方々へ

2011年 10月 12日 (水)

(本稿を書いた時間そのままの状況で掲載させていただきます)。
たくさん、暖かく力強い応援、本当にありがとうございました。
こんなネット上の失礼な御礼を承知で、取り急ぎ、更新させていただきます。

さて、、何を綴りますか・・・。
早速、非常識な顔色して、新幹線に乗って仕事に向かっているとこですが・・・。
いつものように、だんまり決め込むことは、容易なのですが・・・。
どうしても、この方法でしか、ツールがないので・・・。

今年、5月、自分の先輩が自殺してしまった。
全寮制の学校の頃は、同部屋で半年、寝食を共にした。
だいぶ昔、地元開催のミスター関東は、たくさんの仲間を連れて見に来てくれ、オーバーオールでの初優勝を遂げた。
その後、日本選手権も何度も見に来てくれて、どこにいてもわかる大声で声援を送ってくれた。
自分が毎回、ふがいない成績で余裕なく、過ごしてきたことも一因しているような気がする死を、松尾隆太郎選手の連絡で知ることができ、最後のお別れに行けました。
そこで、何人もの方に、
「今年のミスター日本は、頑張って下さい」
と葬儀場では、有り得ない、励ましや会話が異口同音にあり、とっても、複雑な気持ちで、しばらく、気持ちの整理のつかない日々が続きました。
ミスター日本の開会式、先輩の友人たちが何人も来ていることを知りました。
そして、その手に遺影があって、それを見たら、ちょっと、冷静でいられなくなりそうな自分を必死でコントロールしていました。
連絡先もわからない方々が見届けに来てくれていました。

ありがとうございました。
そして、期待に応えられずに本当にすみませんでした。
ただ、見たままが真実です。
ごめんなさい。

昨日、100日以上の大会準備が終わりまた。
6時間以上続けて寝た日が何日あっただろうか。
終わった直後から、刻一刻と気持ちが変化し続けています。
こんな時は、静かに自分を静観するのが一番であると思います。
会場で観戦していただいた方々と自分の身体がすべてを語れば、それで充分だと今は、思っています。
ただ、願わくば、それが、今の状況からの脱却の一助となればと願うばかりです。

朝から、エクレアとハーゲンダッツ食べて、ボーッとしていると、10日後の全日本学生選手権のゲストのお話を頂きました。
少なくも、10日後には、肉体が今を表現することになりそうです。

ひとつだけ言えること。
それは、この三年は、応援、サポートしていただいた方々のお力だけで、ボディビルダー相川浩一は、ステージに上がっていると。
応援サポートして頂いた方々の作品なのであって、怠け者の自分は、ただの管理人みたいな存在です。

皆様、ごめんなさい、そして、ありがとうございます。

日本

2011年 10月 10日 (月)

沢山の方々のサポートをいただき、今日を迎えることが出来ました。
思いっきり暴れてきます!!
声援は、本当に力になります!!
応援よろしくお願い申しあげます。
ありがとうございます!!


ゲストポーズ

2011年 8月 9日 (火)

(※ 本稿を書いた時は8/7(日)帰路、北九州空港でした。そのままで掲載させていただきます)。

今日は、皆様の温かい優しさに触れ、本当に素晴らしい一日にさせていただきました。
同時に安堵感でホッとしているところです。
呼んでいただいたことに、心から、感激していることを何とか、お返ししたい思いでした。
そして、多くの方々の多大なご協力をいただいて、ゲストポーズを無事、行えたこと、心から感謝しております。
本当に、ありがとうございます。
また、大会そのものもレベルが高く、見応えがありました。
その日までのご苦労を察すると、なんか、熱いものが込み上げてきました。
一人一人に気の遠くなるほどの戦いがあったことを思います。
見ながら、実はちょっと、感激していました。

以前より、そういう気持ちになるのは、何故でしょうか。
本当に、戦い、ステージに立ったこと、敬意を表します。
レセプションでも、お話させていただきましたが、気軽でなく、大会に参加したこと、表現できていたら、幸いです。
本当に素晴らしい時間、忘れません。
ありがとうございました。
力にします。

感謝

2011年 8月 3日 (水)

8月7日(日)、福岡県にて、九州クラス別ボディビル選手権、福岡クラス別ボディビル選手権大会が開催されます。
当日に向けて、自分も準備をさせていただいております。
会場では、ブースにも立ったりと、出来るだけたくさんの方々とお会いしたいと思っております。
FBBF 福岡県ボディビル連盟 HP http://fbbfbodybuildin.heavy.jp/には、
相川の写真や大会の進行など、詳細が載っております。
皆様とお会いするのを楽しみにしております。
ありがとうございます。

−相川浩一 ゲストポーズ参加大会−
2011年 8月7日(日)
第20回 九州 クラス別ボディビル選手権大会
第22回 福岡県 クラス別ボディビル選手権大会
第46回 福岡県 男子ボディビル選手権大会
第30回 福岡県 女子ボディビル選手権大会
第23回 福岡県 マスターズボディビル選手権大会
第23回 福岡県 ルーキーズボディビル選手権大会
・プレジャッジ10時〜
ファイナル13時〜
・主 催: 九州・沖縄ボディビル連盟
・主管: 福岡県ボディビル連盟
・開催地: 福岡県北九州市小倉南区若園5丁目1−5 ・会 場: 小倉南生涯学習センター (大ホール)
・電話: 093−931−1286
・交通
JR 小倉駅から車で約 10分
モノレール 北方駅から徒歩 約 5分
・入場料
前売り: 2,500円
当日: 3,000円
 

−お問い合わせ・事務局−
メディカルネットサービス株式会社
・住所: 北九州市小倉北区魚町3丁目4−5(7F)
・電話: 093−512−6778
・FAX: 093−512−6779
・e−mail: bodybuil@mns-group.co.jp

FBBF 福岡県ボディビル連盟
・住所: 〒836−0002 大牟田市岬2728−4 ARIAKE GYM内
・電話: 0944−43−3325



2011年 7月 28日 (木)

皆様のお陰で、日本クラス別大会を頑張れました。
自分でなく、応援してくださる全ての方々のお陰です。
本当に、いつも感謝しております。
そして、まだまだ、至らない自分を深く反省しています。
どうか、これからも、ご指導よろしくお願いします。
少しでも、頂いたものを恩返しできるよう頑張ります。

この大会で嬉しかったことは、10年前、ほぼ毎日、少なくも週6日、時にはダブルスプリットでトレーニングパートナーを組んでいた佐名木君が70キロ級で表彰台に立ったことです。
人相変わるほど、絞り込み、ついに全国区に名前が出たことに、苦労を知っている分、人事ならず嬉しかったです。
1番重かった時から、30キロ以上絞り込んだ過去最高のコンディションでした。
10年前、東京で鍛えあった友人は、関西に帰り、こうして再会が出来たことは、本当に夢のような幸せな時間でした。

そして、もうひとつ、今年、8月7日(日)、10年ぶりに福岡県で九州クラス別大会のゲストポーズをします。
先日も何人もの福岡のボディビルダーの方々にその話で声をかけていただきました。
10年前の自分の言葉を覚えていて下さる方もいらして、感激しました。
また、現在、週に1度、車で約2時間もかけて自分と脚を鍛えるために来てくれる原武君も、その10年前に会場で一緒に写真を撮ったボディビルダーでした。
10年前がインプルーブして戻ってきた心境です。
自分もバージョンアップしたところを見せたいです。
頑張ります。
大会関係者の方々のご苦労も並々ならぬものであると思います。
どうか自分も頑張りますから、会場にいらして下さい。
また、できたら、お気軽に お声をかけてください。

皆様、すみません、そして、ありがとうございます。



−相川浩一 ゲストポーズ参加大会−
2011年 8月7日(日)
第20回 九州 クラス別ボディビル選手権大会
第22回 福岡県 クラス別ボディビル選手権大会
第46回 福岡県 男子ボディビル選手権大会
第30回 福岡県 女子ボディビル選手権大会
第23回 福岡県 マスターズボディビル選手権大会
第23回 福岡県 ルーキーズボディビル選手権大会
・プレジャッジ10時〜
ファイナル13時〜
・主 催: 九州・沖縄ボディビル連盟
・主管: 福岡県ボディビル連盟
・開催地: 福岡県北九州市小倉南区若園5丁目1−5 ・会 場: 小倉南生涯学習センター (大ホール)
・電話: 093−931−1286
・交通
JR 小倉駅から車で約 10分
モノレール 北方駅から徒歩 約 5分
・入場料
前売り: 2,500円
当日: 3,000円
 
−お問い合わせ・事務局−
メディカルネットサービス株式会社
・住所: 北九州市小倉北区魚町3丁目4−5(7F)
・電話: 093−512−6778
・FAX: 093−512−6779
・e−mail: bodybuil@mns-group.co.jp

FBBF 福岡県ボディビル連盟
・住所: 〒836−0002 大牟田市岬2728−4 ARIAKE GYM内
・電話: 0944−43−3325
http://fbbfbodybuildin.heavy.jp/


日々
2011年 3月 5日 (土)

いつも、応援やいろいろなサポート、また、メールをいただき、本当にありがとうございます。

先日は、13年ぶりに歯科技工学校時代の旧友から、突然ここに、メールがありました。
その頃は、休み時間に間抜けた顔して、プロテインをがぶ飲みして、隣席の学生を驚愕の淵に陥れたものです。
尤も、それを実習で使う石膏と勘違いし、恐怖の佇まいを呈していたのでしたが。。
そんな感じで、異端な学生だったような思いですが、特注の白衣を着て、出来る限りハミダサナイよう過ごしていたのであります。

ですから、こんな再会の過程でお互いにどこか、サプライズな思いがあったと思います。
少なくも自分は、嬉しかったです。

本当にいつも、更新もなく、申し訳ないのですが、最近は、寧ろ、連絡窓口のような役目を為しています。
メールには、まめに返信していますので、どなたでも、気軽にメールしてください。

今月は、 ボディビルディング誌における安田さんの連載に吉田さんが掲載され、僭越にも、推薦文を書かせていただきましたが、
私にとって、吉田さんも安田さんも、偉大な先輩にあたり、日頃の励ましやアドバイス、本当に感謝し、尊敬してやまない存在です。
自分は、恩返しがしたい思いをいつも持っています。

感謝や恩返しと言う言葉がでれば、サンプレイの宮畑会長の存在も今もって大きいことを記しておきます。
実際、今でも毎年、アドバイスや励ましを直接いただいています。
言い出したらキリがないので、また、機会があったら、改めて書きたいと思います。

昨日は、消防士時代の後輩からメールがありました。
彼はジムにも通えない過疎地の消防署に転勤し、職場の車庫でこの冬も、トレーニングを続けていました。
気持ちが折れそうな時にしてくるメールは、自分が諸先輩から頂いた力を伝導する機会ですから、自分なりにアドバイスさせていただいてます。
そして、もう、15年以上前の職場であるにもかかわらず、こうして連絡が取り合えることをよいことと感じています。

毎日、目まぐるしく、いろいろなことがあるのは、以前にも増してですが、地に足をつけ、自省自律しながら、前進していきたいと思っています。
力をいつも、ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願い申し上げます。


相川浩一 推薦文 STRONG安田の筋トレ最高! ボディビルディング 2011年 4月号 STRONG安田の筋トレ最高! ボディビルディング 2011年 4月号 ボディビルディング 2011年 4月号

2011年 元旦

2011年 1月 1日(土)

新春のお慶び申し上げます。
昨年中は格別のご厚情を賜り 心よりお礼申し上げます。

本年も ご指導ご鞭撻のほど よろしくお願いいたします。
皆様に素晴らしい一年でありますようにお祈り申し上げます。


サイクルモード

2010年 11月 9日 (火)

嬉しいメールやコミュニケーションがあり、改めて、いろいろな方々に支えられていることを実感します。
いつも、日本中、いろいろなところに行かせていただいておりますが、この日は、幕張メッセで、
CYCLE MODE international 2010 -サイクルモードインターナショナル-
と言う自転車の展示会イベントに出席してきました。
物凄くサイクル市場が盛り上がりを見せていて、驚きました。
意外な所で相川に会って、逆に驚いてくれた方もいましたね。
自分は、会期中一日だけの参加となりましたが、非常に盛況だったこと、深く感謝申し上げます。
サイクルモードインターナショナル 2010 幕張メッセ MUSASHI -ムサシ- ブース
今シーズンを終えて

2010年 10月 31日 (日)

日頃、応援、サポートをいただき、本当にありがとうございます。
長いシーズンが数日前に終わり、突然、秋のゆっくりした時間に身を任せている感じです。
やたら、寒いですが。。
まだ、数日前に帰国したばかり、ドバイでの20時から翌3時までのトランジットから風邪気味で、ボーっとしているのですが、親愛なるファンの方々に節目として、書きたいと思います。

今年の年頭、
「今年はボディビルを頑張ろう!」
と誓いを立てた。
それは、リスクを恐れないという誓いでもあった。
ボディビルだけで生活が成り立っている人がどれだけいるか、甚だ疑問のところだが、ボディビルへの取り組みが24時間体勢の努力である以上、生活との折り合いは、常に課題であると思う。
その折り合いの中で
「余白」
の時間を、なんのインスピレーションに使うのかが非常に大切で、ここを最近は、ボディビルに使っていなかった。
曲がりなりにも、事業主として生活している自分にとって、このご時世、淡々と安泰な
「余白」
があるわけではないけど。
しかし、ここのところ
「後回し」
にしていたボディビルを、
「しっかり、やってみよう!」
と思った。

その思いは、父親ほど歳の離れた方からの手紙からも、
「誓い」
に昇華していった。
手紙は、とても辛辣なのだった。
異口同音に
「相川浩一は終わった」
となっていると、いろいろな証言が綴られていた。

これは、一重に自分の不徳の致すところに他ならず、多くの期待を裏切ってきた不肖の主への景色だった。
その荒廃した景色を目の当たりにさせる手紙の辛辣さは、優しさの裏返しであること、言い訳でなく、熱を炎に焚きつけることであることは、わかっていた。
しかし古傷やリスクと戦っていた自分にとって、強い気持ちでボディビルに向かっていくことは、何日もその手紙をテーブルに置き続け、辛辣な文章を繰り返し読み続けなければならなかった。
言われなくても、自分なりに、理解していたことだけれども、実際、直言されると堪えるに受け流したい重々しいものであった。

個人的には、ミスター日本になるチャンスは、二度位は、あったと思う。
そして今年を除けば、2005年の日本選手権が最高の出来だったと思っている。
いい意味でも、悪い意味でも、何度も期待を裏切ってきた自分は、ポジティブな先入観とネガティブな先入観の狭間を大きく揺れていたと思う。
それには、いろいろな理由が思い浮かぶけれども、自分自身に理由を求めるのが、正しいと思う。
如何に強い気持ちで、日常の変化にアジャストしていくか、地に足をつけ、進み対応していくかであると思う。
自分を変えることが一番早い解決である場合が多い。
人生成して行かなければ、ならないことは、幾つもある。

これは、余談だけれども、近年、注目されているニューカマーにも、何人も同世代がいる。
ただ、彼らより、10年早く上り、沢山の期待と裏切り、成功と失敗を繰り返してきた紆余曲折があったということ。
その中で、
「見放されようと」
しているということだと言う手紙だった。

しかし、ボディビルを成すこともまた、相川浩一をどんな時も応援してくれた人に対して成さねばならないこと。
やらずに言い訳ばかり並べてていいのか、打算的な世間ずれした自分をたたき起こして、身体を仕上げることにしたのだった。
今の自分がこれだけ応援してもらえることがボディビルの他にあるのだろうか。
大人になり、視野が広がるほどに霞んでいった競技ボディビルを正面にして考えてみた。

自分がどれだけできるのか、やってみよう。
しかし、断言しておきたいこと。
それは、自分の手柄は、
「無し」
と言うこと。
もっと言えば、もし、身体がインプルーブしたり、優勝したりしたら、自分の周りの人の偉大さを真っ先に上げると言うこと。
事実、その人たちの力無くして、今年のボディビルダー相川浩一は、無かった。
自分は、ガソリンのほとんど無い車をみんなの力を借りてチューンナップして、ハイブリット車にし、エキストラなエネルギーでドライブしてきた思いだった。
ただ、みんなの笑顔が見たかった。
みんなを真の勝者にしたかった。
それが唯一のモチベーションと言っても過言ではなかった。
自分ができることといったら、自分を走らせ、寝る間も惜しんで準備に充てるだけだった。
今シーズンを終えて、悔いがあるとしたら、自分を走らせてくれた方々を真の勝者に出来なかったこと。
これを考えると悔しくて、申し訳なくて悲しい。
何とか、みんなを真の勝者にしたかったから。。
こんな期待を裏切り続けてきた自分に、労を惜しまず無償の愛を与えてくれた方々の偉大さは、軽薄な言葉を越えている。

ただ、実質的なボディビルディングと言う意味では、インプルーブできたと確信している。
サイズ、カット、アウトライン、デンシティ、バランス、ポージングと、総合的にインプルーブ出来たと思っている。
もし少しでも同調していただけるのなら、自分の周りで陰日なたに力強く支えて下さった方々を賞賛してほしい。
成果のすべては、自分以外にある。

因みに、日本クラス別 82.6kg。
ミスター日本 81.9kg。
アジア 82.9kg。
それぞれにベストでラインナップできたと思う。
甲乙は難しいけれど、アジアの82.9kgがベストであったと思う。

アジアの話は、いろいろな方々が書いていると思うので、機会があれば、また書きたいと思うが、ブランチやナッサーを縮小した感じのタイプがゴロゴロいた。
出発からホテル着まで24時間以上かかり、ドバイまで約11時間、B席(真ん中)で通路側は爆睡外人さんで、一度しかトイレに立てなかった。
手荷物持参、たんぱく、ぎりぎりでバーレーンに着いた。

そんな旅だったが、中東の選手がたくさん出ており、タイプとして孤立すると、相手にされないか、優勝しちゃうか、どちらかだから。
良かった点は、本当に最後まで集中して準備ができたこと。
そして、やろうとした準備がほぼ出来たところ。
あとは、身体が語るべきことだけれども、非常に課題や方向性が見つかる良いシーズンだったと思う。
個人的には、優勝トロフィーのモデルのような
「カッコイイ身体」
を目指していくことがボディビルの正しい方向性だと思う。
理想を体現していきたい。

まだまだいろいろ書けそうですが、今年のボディビルダー相川浩一は、肉体が全てを語っていると思います。

そして、自分個人の作品でないこと。
むしろ自分を離れた存在であったと感じているのです。
いつか、みんなと笑える日が来ることを願って。


支え

 
2010年 8月 15日 (日)

たくさんの方々の優しさに支えられて生きている。

先日、ナショナルトレーニングセンターに特にボディビルの話もするつもりもなく、伺ったら、男子ハンドボールナショナルチームから、優勝のお祝いをしてもらいました。
恐縮の限りで、
「あっ、これのこと?」
と微妙なフロントダブルバイをポーズして、笑い合うのでした。
インターネット時代、いろいろな顔を使い分けるのが、ちょっと難しい時代となってきましたが、こんなサプライズも恥ずかしげでありながらも、嬉しくありがたい時間です。

このメモリアルなTシャツを頂いた翌日、全日本代表チームは、強化合宿の為、フランスに向かいました。
そして、今頃、デンマークへと転戦している頃です。
しっかり磨いたフィジカルは、ディフェンスにおいて発揮されてきていると伺い聞きます。
男子ナショナルチームは、サウジアラビアでの歴史的勝利で 来年スウェーデンで開催される世界大会のキップを獲得しました。
そんな素晴らしく尊敬の思いを抱く、ナショナルチームにおいて、スタッフの方々、選手の方々とクリエイティブな仕事ができること、感謝の思いでいっぱいです。


日韓戦

 
2010年 8月 2日 (月)

日本クラス別の翌週に、東京で日韓の親善試合に出場してきました。

今の気持ちを正直に言うと、どんな時も応援していただいた方々の存在の大きさです。
これは、綺麗事で言っているのでなく、良いときも、悪いときもこれまでの道程を応援しつづけてくれた方々がいるからこそ、相川浩一は、復活し、前進を始めました。

自分の状況は、自分でもわかっているつもりです。
その原動力は、他でもなく、見捨てず、応援してくれた方々の偉大さに心打たれているからです。
僕と日頃接する方々の中には、ボディビルダー相川浩一の活動を軽視してしまう人もいるような気がします。
そして相川浩一自身もここ数年、価値観を見いだせなくなっていたことを正直に告白しなければなりません。
しかし、離れず応援してくれていた人の存在に、こんな自分にも、、そんな気持ちです。
そして、相川浩一を賭けて戦いたい気持ちになってきました。
前回も書きましたが、そんな人に僕は、全ての結果を捧げたいと思います。

もう、僕の力なんて気持ちになれない。
僕は、世間ずれした小人になってしまった気がする。
そんな自分が嫌いなこともまた、正直に告白します。

ただ、僕は、皆の笑顔がみたい、そしてみんなの代表でボディビルダー相川浩一を育て、ステージに連れていきたい。
そんな思いです。

どうか、良いときも悪いときも全ての先入観を捨ててほしい。
相川浩一は、完全に生まれ変わっている。
見逃さないでほしい。
血も肉体も、そして心も、偉大な応援者によって、明日が始まる。


感謝

2010年 7月 28日 (水)

自分を有形無形にサポートして下さった全ての方に心から、感謝申し上げます。

そして、こんな投げっぱなしのネット上の御礼の失礼をお許し下さい。

応援して頂いた方々に全ての結果を捧げます。

自分は、単に自分の運転者であり、頂いたエネルギーで走っているドライバーに過ぎません。
自分の為と思うと、力がなかなか湧いてきません。
しかし、自分が人によい影響を発揮できる活動は何か、
パワーを1番、発揮できることは、何かと思うとボディビルダー相川浩一の活動の今を全力で今一度やってみようと思いました。
今年に入り、抜き打ちのドーピング検査が2回も来ました。
昔の仲間は、ドーピング検査を受けないステージに旅立ったり、引退してしまいました。
その間、自分の中のボディビルは、はっきりしないものに経時変化していきました。
否定も肯定もない、そして熱くないものになっていったのです。
自分が、口先や、こんな文章だけでどれだけ講釈述べても、どれだけの魂が伝わるだろうか。

今の未熟な自分がもっともパワーを伝導できることって何かと考えたら、魂を込めてポーズすることだとの思いになりました。
わからないことは、考えない、できることを全力でして、そこから、何かを手にして、答えを感じようと思うに至りました。

三ヶ月、トレーニングとタンパク質を取り上げられたら、ボディビルダーとして残ることは、
「心」
しかない。
そんなことに気付いていない独りよがりのチャンピオンには、なりたくない。
今は、人生のやるべきことの過程であり、過程を全力で取り組み、みんなと幸せになりたいです。

「虚しさは、誰のせいじゃなく、ただ、お前がぁ、このタフな人生の中で今もー、成長してるかーらさー!」
浜田省吾の歌のうるおぼえのワンフレーズが、降り注いでます。ありがとうございます。


鋼鉄ブラザー

2010年 7月 10日 (土)

ジャパンオープンを10年ぶりに観戦する機会に恵まれました。
会場では、多くの方々から、歓迎をしていただき、とても感激しました。
改めて、応援、サポートや激励をしていただける方々の存在の大きさを思いました。
ありがとうございます。
そして、自分には、やらねばならないことがある。
そう思い起こさせてもらった時間でした。

今日(7月9日)は、ゼロカーボの中、タワーレコード渋谷のインストアライブイベントに向かいました。
イベントを企画した友人、運営した友人、
そして、WWEのYoshiTatsu -ヨシタツ-と地球規模で集まるとあっては、スコールだろうが、ゼロカーボだろうが、アドレナパワーで会場に向かいました。
多くのファンがごった返す中、
「今日は、お足元が悪い中に、、」
のヨシタツの挨拶で会場が爆笑の渦と化していました。
その新日本での修業時代から、変わらぬ親しみやすさは、多くのファンに愛されていました。
新日本の修業時代、ともにトレーニングをした日から、こうして再会できることを心から、嬉しく思います。
そして、この機会を作ってくれた友人に、感謝を思います。
ヨシタツとは、お互いの研鑽を誓い合い、力を伝導し合いました。

8月20日(金)、21日(土)には、WWE日本開催が決定しており、東京両国です。
それまで、フロリダと東京でインプルーブバトルとなり、高いモチベーションを久しぶりに感じている相川浩一です。

真夏の新日本の道場を思い出しました。
同じ時代に生き、力を伝導しあえる鋼鉄とまみれる全ての仲間に感謝。


阪急イングス フィットネスショップ 一日店長

2010年 5月 6日 (木)

大阪 阪急イングスのフィットネスショップの一日店長をさせていただきました。
たくさんの方の御来店ありがとうございました。
多くの方々といろいろなお話をさせていただき、パワーをもらいました。
ありがとうございます。

その中でも、
「DVDの発売は、いつですか?」
といった話が何度かあり、実際、パワービルディングDVDを作らせていただいたのが2003年ですから、もう7年も経つことになります。
オールオーストラリアロケは、後にも先にも、贅沢な企画でした。
空港でドーピングを疑われ、物凄く調べられたのも、いい思い出です。
また、MUSASHIのヘッドオフィスを訪ねたりと、撮影クルー皆が非日常を経験したものでした。
皆様のご要望の声とタイミングが合えば、また、違った形の作品が作れたらいいですね。

大阪は、いつ行っても楽しいところです。
そして、多く方々と楽しい話が出来たこと皆様に感謝です。

ストロンゲストマン!!

2010年 4月 27日 (火)

最近、ストロンゲストマンコンテストに、はまっている。
BSでたまに放送されているやつ。
遠慮なくクレイジーなところが好きだ。
そして実況が後収録で、たぶん、トレーニングをしていない日本人のナレーションがまた、ある意味、一般的空気感を醸し出している。
例えば、普通に
「彼は、一ヶ月前に二頭筋を断裂しています」
なんて、実況が入り、やってる種目を見ると、100数キロずつを両手にさげて歩く競技だったりする。
完全に人ごとな空気感がトレーニング経験者でないことを物語っている。
そんなどこから見てもクレイジーな空気感が楽しい番組だ。

自分的に言わせてもらえれば、自分と対峙し、エキストラな自分を引き出す瞬間のストロンゲストマンたちの所作にリスペクトの思いが増すばかりだ。
それは、経時的に自分の日常に残像を残しながら。まさにパッションの男たちなのである。
これぞ漢。
そんな残像残る日常を一人過ごしていると、パッションな漢から、連絡が入る。
日本にも、ワールドストロンゲストマンな男がいるのである。
オールタイムアナボリックな、あの男が。。

大阪梅田ゴールドジムでのトレーニングセミナーありがとうございました。
当日お会いしたすべての方々に心から感謝申し上げます。
皆様に有益な、お話が出来たか、甚だ疑問なところですが、自分を出来るだけ素直に伝えたつもりです。
人は会わなきゃわからないですからね。

自分にとって、ボディビルは、日常であり、また非日常なのです。
常に存在しているけれども、一線を介したものなのです。
それがここ数年、上手く行かなかったことを告白しなくてはいけません。
それだけ、日常が大きなものとなっていったと言うことです。
自分は、日常イコールボディビルで、のし上がってきたボディビルダーではないのです。
それは、ほとんどのボディビルダーとの相違点です。
もっともっとエキストラなものなのです。

自分にとっては、ボディビルは、常に道を求める場所、すなわち、道場のような場所なのです。
ダメな自分を鍛える場所であることを忘れてはいけないと改めて思うセミナーでした。
実際、セミナーは、教えるより、力を頂く、経験でもあるのです。
どうか、当日セミナーはじめ、相川浩一がお世話になった方々の御多幸、素晴らしいトレーニングの成功をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。

ストロンゲストマン松原くんと神戸の結婚式以来の再会を果たしました。
筋肉以外でもなんとなく、波長が合う、いい味を出すナイスガイです。
アナボリックやカタボリックの話しで盛り上がりました。
一般的には、どうでもいい話しと言うわけですが、楽しく、時にくだらなく、また、とても勉強になり、非常に勇気を頂いた時間でした。
彼には、感謝の思いでいっぱいです。
彼を友人と呼ばせていただけることを自分は、誇らしく思っています。
日本に住む、ワールドストロンゲストマン。
半端ない漢であり、大切な友人です。

そして、ハードコアトレーニーで、ベンチプレスの強い一流シェフ菊地さんの料理をいただきました。
料理の美味しさは、もちろん、一流レストランバー、
「eze」
も押さえておくべき、お洒落な店ですね。
こんなお洒落な店、ワールドストロンゲストマンと二人の筋肉男で食していていいものかと思うほどでしたが、最高に美味しかったです。
ありがとうございました。
メモリアルなメンバーで写真を撮っておきました。
ビッグベンチを挙げる菊地さん、半端ない美味しいディナーでありがとうございました。

eze 大阪
レストランバー 「eze」 http://www.eze-kitahama.com/
・住所:大阪市中央区今橋1-7-17 伊藤銀ビル1F
・電話:06−6233−7788
・交通:京阪、市営地下鉄堺筋線 「北浜駅」3番出口より北へ徒歩1分。


大阪 梅田 ゴールドジムセミナー

2010年 4月 23日 (金)

4月 25日 (日) 午後 6時 10分から、7時 30分にて、
大阪梅田ゴールドジムでの相川浩一 トレーニングセミナーがあります。

前回も告知させていただきましたが、一人でも多くの方とお会いできたらと思っています。
時代は、どんなに進んでも、会ってみなければ、わからないことってあると思います。

お会い出来ること、心から楽しみにしております。

※詳細はこちらに → 相川浩一 登場予定

自分は、自分への緊張感をいつも大切にしています。
なぜなら、それだけ、いい加減だから。
ボディビルは、生真面目すぎても、いい加減すぎても難しいものであると思います。
その人その人にあった考え方や取り組みがあると思います。

そして、今回は、トレーニングする人や最近、元気でないと感じる人にも参加してほしいセミナーにしたいです。
一緒に楽しい時間にしましょう。

また、午後 3時過ぎからも、アミノ酸サプリメント MUSASHIの試飲会を実施していますので、あわせて、よろしくお願いします。
自分も参加させていただきます。


繋がり

2010年 4月 16日 (金)

先日、WWEスーパースター YoshiTatsu選手の話を書きましたが、WWEの熱狂的ファンから、
「相川さんの話、YoshiTatsu選手がブログでしてて、驚きました」
と言われました。
自分は、そのブログの話は、知っていたので、嬉しかったのですが、改めてYoshiTatsu選手の素晴らしさを実感しました。
ちなみに熱狂的ファンは、大学生です。

YoshiTatsu選手の4月10日(土)付けのブログに書いていただいてます。
本当に、ビッグになっても、変わらない人柄は、彼のアメリカでの成功を一層、価値のあるものに感じさせられます。

先日も、アリゾナでの26人バトルロイヤルで優勝したこと、心から嬉しく思っています。
そして再会を楽しみにしております。

タイミング近くして、WWE殿堂入りを果たしたアントニオ猪木先生にお会いする機会にも恵まれ、新日本での新人育成や、YoshiTatsu選手の話をさせていただきました。

「頑張っていれば、繋がっている」
先生や先輩、そして仲間や後輩、素晴らしい方々との再会や出会いに縁を感じつつ、この地球上で繋がっていきたいです。

地球規模の話の後に、誠に恐縮ですが、
4月25日(日)大阪梅田ゴールドジムにて、
アミノ酸サプリメント MUSASHI -ムサシ- 試飲会と、相川浩一のセミナーを開催致します。
試飲会も参加しますから、ぜひ、いらして下さい。
午後 3時から、6時までが試飲会。
午後 6時から、7時30分がセミナーです。
セミナーの内容は、モチベーションの持ち方や、トレーニングについて等、すべてのトレーニングをされている方、そしてより前向きになりたい方々に聞いてほしい内容を考えてます。
(GOLD'S GYM -ゴールドジム- 梅田大阪店 電話 06−6292−0212 ※ご予約受付は、電話でも行っております)

そしてさらに翌週、5月1日(土)も大阪にいます。
フィットネスショップ 阪急イングス店にて、
12時から、18時にて、一日店長をさせていただきます。
ここでもMUSASHIの試飲会も開催しますから、ぜひ、遊びにいらして下さい。
出会いや再会、楽しみにしております。
(フィットネスショップ 阪急イングス店 電話 06−6359−7027)

イベント詳細は

相川浩一 登場予定

にも掲載しています。

大阪は、18歳の時、初めて一人旅をした場所です。
あの時、泊まったカプセルホテル、怖かったなぁ。。

では、また、書きます。

M78星ウン

2010年 4月 12日 (月)

もっと更新してよ、よく言われます。
不特定多数の方々に、どうでもいい(日常的)話は、気が引けるので、最近は、あまりしない傾向なのですが、たまには、しますか。
先週、新幹線で隣に4、5歳の男の子が座っていた。
お母さんは、後ろに座っている。
自分は、
「替わりましょうか」
と言ったが、大丈夫ですと。
その少年が大事そうに持っている本に目をやると、
「ウルトラ怪獣大百科」 なるカバー。
それは、今から、30年前に相川が敬愛してやまない本、他なりませんでした。

少年は、熱く食い入るように黙読してます。
相川は、ダイエットコーラ飲みながら、覗き見てます。
レッドキング、ゴモラ、ツインテール、キングジョー。。
もう、いじらずには、いられません。
「ゼットン知ってる?」
春休みに入った世間は、どこと無く、ウルトラマンめいてます。
いや、のぞみの車内のこの二人掛け席だけがM78星ウンなのであります。
否、よく耳を澄ませば、前の方では、
「お父さん、タロウは、何メートル?」
そうです、ウルトラマンめいているのです。
ひげづらの二重アゴのお父さんは、けだるそうに答えてます。
「知ってるよ!!」
少年は、実の父親に対するかのよう、目をキラキラさせ、相川にそう言いました。

ひとしきり、お互い、熱くゼットンを語ったのち、少年に貴重な書物をお借りすると、
怪獣もウルトラマンも自分が見てない間に、新人が多数フューチャーされており、往年の名選手だけでない実情を知りました。
「これでは、正しいウルトラマン芸能が継承されない。。」
そう危惧する自分がおりましたが、息苦しさと共にあるページで 瞬間、凝固点に達したように動きがとまりました。
「ダダ」
少年に必死に、助けを求めると、
「僕の一番嫌いな怪獣」
「やはりお前もか。ダダ、気持ち悪いもんな」
自分は、心の中で呟きました。
しかし、 やはり、あの日の自分のように、この少年も三面怪獣ダダが気持ち悪いんだよな。
タダ以外に、もっと残すべき、往年の名怪獣がいるだろう、何故、ダダ。。

暫し、心の中での葛藤中に、仕事関係の電話が入りました。
デッキに行って戻ってくると、何故かよそよそしい少年。
たぶん、お母さんに注意されたんだろうなぁ。
お母さん、ウルトラマン話に世代は、関係ないんですよ。
そこに
「熱さ 」
があるかだけなんですよ。

この幼稚さで子供料金になんないかな、新幹線。。
ではまた。。
シュワッチ!!
WWE YoshiTatsu!!

2010年 4月 10日 (土)

昨年、日本選手権が終わった日の深夜、カラーリングで汚れまくった出で立ちで都内の親友と呼べる友人宅を訪れた。
奥さん共々、 深夜にも関わらず、シャツから、靴下まで赤茶けた不審者を快く歓迎してくれた。
御礼に三ヶ月クレイジーに打ち込んだピークコンディションを二人の観客に披露して、ジャンクフードにありついて寝た。

つい先日、その友人から、ビジネス関係でWWEの話題が出た。

先日のダイアリーにも書いたように、週末、アントニオ猪木氏発起のパーティーに出席するのですが、
アントニオ猪木氏がWWEの殿堂入りした点と、
新日本プロレスの新人育成プロジェクトにて専任コーチをした関係から、
YoshiTatsuにたどり着きました。
その友人がビジネス上、YoshiTatsuに近しい関係から、話題が展開し、
彼が新日本プロレスでデビュー前、相川とハードトレーニングに打ち込んだヨシタツだと知りました。
「頑張っていれば、繋がっている」
これは、自分が大切にしている言葉です。

今は、WWEに活躍の場所を移しフロリダ在住で、友人の話だと、街に出れば人だかりができる程の人気者だと言うこと。
二人で焼肉食べた日が懐かしい思い出ですが、
デビュー前から、前向きで熱いトレーニング姿勢から、
彼のアメリカでの成功が自分のことのように嬉しく思えます。
そして、友人曰く、
「相川先生だって、」
と笑っていました。
本当、その通りですが、先日もバトルロイヤルで優勝するなど、WWEで活躍するYoshiTatsuを友人、そして兄弟のような存在として思えることを誇りに思っています。

再会する日を楽しみにしております。

親友、そしてYoshiTatsu、
同じ時代を生きる兄弟として、ワールドワイドにやっていきましょう!!

近況感謝

2010年 3月 28日(日)

いつも応援して下さっている方々、ありがとうございます。
自分自身も少しでも、恩返しできたらと、いつも思っています。
このように文章に綴るとき、いろいろな方々の顔が思い浮かびます。
そして、画一的にかつ、一方的に発信することに若干の違和感を思います。
それ程に、多くの分野の多くの方々に助けていただいております。
ですから、まずは、お会いしたり、直接お話させていただいたりする中でのコミュニケーションをしっかりすることが本懐であると最近は、思っています。
ただ、遠くから、お気遣いや、応援をしていただいている方々への思いは、いつも思っています。
自分は、直接会うと、思っていたイメージと違うとよく言われます。
どんなイメージかとも思いますが。笑。
誤解のないよう、有機的なコミュニケーションを本望としたいところです。
実際、これから、東海地方での結婚式に向かう途中ですが、来月には、アントニオ猪木氏発起人の会合にも呼んで頂き、今から、楽しみにしているところです。
また、4月 25日 (日)には、大阪梅田のゴールドジムでセミナーを行う予定です。
ぜひ、生相川と遭遇してください。
そんな感じで実際の日々は、アグレッシブであるといった感じで感謝の思いでいっぱいです。
自宅のトイレで抜き打ちドーピングを受けるほどのアグレッシブさです。笑。
アグレッシブと言えば、月刊ボディビルディング誌の最新号カバーに相川浩一登場してます。
もちろんサインもしますから、ぜひ、ボディビルディングに関わり薄く、相川浩一に関わっている方々も御購入よろしくお願い申しあげます。
厚かましいお願いだけでなく、誌面は、男女問わず、体型を気にする全ての方々に興味深い記事が多数、セレクトされています。
専門性の高い内容をわかりやすく、ダイエットエクササイズなどを含め、紹介している感じですね。
ちなみに誌面に登場する自分は、今年1月のものです。

最近の写真もアップしておきますね。
また、確か、220キロでスクワットしていたと思うのですが、付録のDVDにも収められていますから、ご確認下さい。
最近は、220キロのスクワットをよいフィーリングで行うことがテーマとなっています。
来月中には、完成したいですね。

今回は、久しぶりの更新に際して、いろいろ近況をまとめてみました。
最近は、特に皆様のサポートあってのボディビルダー相川浩一であるとよく思います。
応援、サポートしていただける方々と、ご一緒にインプルーブしていきたいのです。
その思いが全てであり、皆様から頂いたパワーで出来ています。
ボディビルダー相川浩一という作品を御一緒に創っていっていただけたら、幸いです。

今後とも、御指導よろしくお願い申しあげます。
また、メールも気軽にくだされば、今後に反映していきたいと思います。

いつもながら、末筆、申し訳ありません。
ありがとうございます。

皆様の毎回のトレーニングの成功と、充実した日々をお祈り申しあげます。

共に前進していきましょう!!

 
ゲストイベント

2010年 2月6日(土)

多くの方々のお力をお借りして、充実した毎日を送らせていただいております。

2月14日 午後2時から3時30分まで、
東京都 水道橋のフィットネスショップにて、
MUSASHIの販売イベントに出席することになりました。
短い時間ですが、普段なかなか、話せない方々とお話できたらと思ってます。

個人的には、こういう機会でのコミュニケーションは、一番好きです。
もちろん、ご質問等、気軽に直接話せますから、ぜひ、お時間、ご都合許せるようでしたら、遊びに来て下さい。

このHP御覧の方でしたら、もちろんどなたでも大歓迎です。

一緒にトレーニングのモチベーションを高めましょう!!


2010年元旦

2010年 1月1日(金)

新年 明けましておめでとうございます。
本年も、よろしくお願い申しあげます。

皆様に支えていただき、今日の自分があります。
御支援、サポート心から、感謝しております。
今年もどうか、よろしくお願い申しあげます。

いろいろな面で挑戦の年になりますが私自身、新しい相川浩一に会いたいと思っています。
そして、みんなと、ともに刺激しあい、高め合える自分を目指したいと思います。
御健勝と御多幸をお祈りするとともに皆様の素晴らしいトレーニングと成長、素晴らしい虎年を心からお祈り申し上げます。

相川浩一


2009年

2009年12月31日(木)

2009年、多くの御支援、応援、本当にありがとうございました。
多くの方々に支えていただいていることを実感する一年でした。
今年もたくさんの出会い、たくさんのご厚意をいただきました。
皆様とともに、充実した一年を過ごさせていただいたことに心から感謝しております。
皆様とともに成長していければ、嬉しく思います。

今年一年、本当に大変お世話になりました。
ありがとうございます。

相川浩一


ありがとうございます。

2009年12月17日(木)

多くの方々と出会い、学びの多い月となってます。
そして、一年の感謝を多くの方々にお伝えする年末となっています。
ありがとうございます。

どうか、皆様、今後とも、相川浩一をよろしくお願い申し上げます。


更新

2009年12月5日(土)

更新しないと、本当にしませんが、
(すみません!)
この一ヶ月も、大変充実したものだったと思います。
HPとして、連絡ツールの窓口でもありますから、気軽にメールしていただければ、幸いです。

先日は、福岡県の体育関係の仕事で呼んで頂き、大変お世話になりました。
また、今月には、数百人よるサンプレイパーティーのゲストポーズをすることになり、失礼のないように準備している最中です。
そもそも、こういった話も、口先だけっぽくて個人的には、好まないのですが、粛々とやるべきことをやっていけたらと思っています。
また、実際に呼んでいただいたり、必要としていただける方々には、強く感謝し、意気に感じ、思いを共有して事に当たりたいと日々思っています。
そう言った意味では、最前線や現場の男でありたいと努めています。

相川浩一に会って良かったと思って頂ける自分を目指したいです。
まだまだ、研鑽を重ねる日々ですが、今後とも、御指導お願い申しあげます。
日々、前進したいと思います。
共に前に進んでいきましょう!!


アイアンブラザーズ

2009年10月31日(土)

今日は、ハードトレーニングをする仲間による会が企画された。
自分は、もちろん仕事での出会い含め、ハードトレーニングを愛する仲間を
「アイアンブラザー」
だと思っている。
鉄の塊を通じた兄弟だと思っている。

今日は、そんな会話少なく、ハードトレーニングで共鳴しあう仲間たちが企画した集まりに参加した。
そして、たまたま自分の誕生日だった。
なかなか集まる機会のない中、偶然の誕生日に、忘れられない誕生日となった。

今の自分を正直に話した中で、自分は、多くの人に導いてもらってきたことを再認識したし、また、後輩や仲間にも、伝え導く立場があることを改めて思えた。
自分の経験してきたことや、今の素直な気持ちをみんなと話せたことが本当に嬉しかった。

みんなと前進していきたいんだ。
鉄の塊がぶつかり合うように共鳴していきたい。
無機質の厳しさの中に暖かい波動を残す鉄がぶつかり合う音。
アイアンブラザーズは、厳しさと信念によって導かれた兄弟だ。

パワービルディング 第二章

2009年10月29日(木)

0時の受付勤務交代が来て、二階の事務室に交代報告に上がった。
事務室は、既に仮眠時間に入っており、普段なら、通信勤務の2、3人が電話番をしている程度だ。
しかし、この日は、勝手が違っていた。
煙草の煙がこゆる中、ざっと15人近くの男達がうなだれていた。
あるものは、机に突っ伏し、あるものは床に座り込んでいた。
そして全員が分厚いブラウン管のテレビ画面に視線を合わせていた。
慌てて、画面に回り込むと、そこには、ピッチでうなだれるラモスが映っていた。
狼狽し、何か叫んでいるゴンもいた。
まさに事務室とテレビ画面が同じ空気を醸し出していた。

当時、僕は消防士をしていた。
そして、当時当日とは、かの有名なドーハの悲劇と呼ばれる、
1994年サッカーワールドカップ アメリカ大会 アジア最終予選 イラク対日本代表戦だった。
日本は、この試合、勝てば、初のワールドカップ出場という歴史的偉業に挑んでいた。
そしてリードして迎えたロスタイムのラストプレー、意表をつくショートコーナーから致命的な失点をした。
ドロー。
イラクとて出場できない結果にも関わらず、死力を尽くし、日本を道連れにアジア最終予選は、終わった。
これが今から15年以上も前のドーハの悲劇だ。

このブログは、確か2002年には、すでに始めていた。

当時は、ほんの数人しか現役ボディビルダーのブログは、なかったと思う。
現在、ブログは、大衆化し、誰でも世界中に言葉を発信する時代になった。
それと反比例するように、このページの更新は、静かなものとなっていった。
しかし、それとは、逆に自分の日常は、漸増的に視野が広がっていった。

単純に言えば、筋肉以外の成長をもっと、真剣に考えるステージがあった。
2002年当時、願わくば、自分を取り巻く環境は、キープしたかった。
しかし、時の流れと人生が同調しているように、変えたくない環境も一年一年で変わって来るものだ。
実は、いかにフレキシブルにアジャストしていくのかが大切であり、やっとその胸中や術を感じつつある今日だと思う。

実際、このページは、どの位の方々が訪れるのかは、わからないが、物凄い「範囲」の方々がチェックすることは、わかってきた。
まさに先程のステージ全ての多面体の自分をどの角度からでも、このページを閲覧することによって、
人によっては、見慣れた相川浩一を、人によっては、初めて触れる相川浩一を知ることになる。
それは、時に光栄であり、時に恐縮であり、ネット社会の拡張が進む程に困惑気味な自分がいた。
人と人のコミュニケーションは、本来、同じ空気を吸って顔を合わせてするべきものだと思う。
誤解を生まないためにも、尊敬を感じるためにも、お会いして話すことだと思っている。

今回は、どんな時にも応援してくたさり、信じてくださっている方々に、究極のハードコアボディビルダー相川浩一として、メッセージを書かせていただきたいと思う。

ボディビルダーとして、幾つかのターニングポイントがあったけれど、どれが最大の歓喜か、どれが最大の落胆か、一試合を挙げることは、難しい。
それぞれに月刊誌に連載出来るほどに思い出があり、ストーリーが克明に記憶されている。
全体を掘り下げるのは、また機会があったらと思う。
数年を話したいと思う。

2004年最終戦、東京で日韓戦が開催された。
今でこそ、親善試合的派遣が感じられるが、当時は、どちらも代表戦的色濃く、
来日韓国選手団も前年の世界選手権ライト級4位で日本代表全てに勝っている選手、 ウェルター級ミスターアジアなど怱々たるメンバーでの来日だった。
誰が来ても、望むところだった。
その日の全ての代表選手の中で地元の一人の自分は、自宅から一時間以内で悠々会場入りした。
韓国のヘビー級には、オーバーオールは、譲ったものの、オーバーオール準優勝でユニバースやアジアで結果を出している韓国選手らに勝利でき、
自身も過去最高のコンディションを作り上げることに成功した。
しかし、この年には、世界選手権に行くつもりだった。
実際そのような話題もあったが実現されなかった。

ここでメンタル的にも肉体的にも、バーンアウト気味だった。
今でも、日韓戦の一週間前に二泊三日でキャバクラまで付き合わされた出来事は、最大の試練であったし、苦しい時、思い出すと力が沸いて来る思い出かなと思う。
逆境は、確実に人を強くする。

ちなみに今回の日本選手権前夜2時半頃、大手町付近で一人車のパンクに遭遇していた。
まぁ、一切の動揺なく、長い夜に備え、ソッコー、ツナ缶を買いに走りましたが。笑。
それも2004年からの経験が力になっている。
そして、ここからさらなる試練が待っていた。

2005年1月4日、この日、今、大いに話題になっている八ツ場ダムの川原湯温泉にいた。
学生の頃からの友人で今は、埼玉で活躍するボディビルダーとダムに沈むと話しながら、心地好い源泉に癒されていた。
キャリアの中で初めて一ヶ月もバーベルを握らなかった。
心身の疲労を完全に抜くのが目的だった。
その最終的な局面で2005年新たなスタートが始まるところだった。

翌日、仕事初め、高校生たちが100メートルのダッシュを繰り返していた。
実際、運動不足でウズウズしていたところに、もともと短距離走が得意な自分は、何年ぶりにダッシュがしたくなってしまった。
一番筋肉質な脚も速い部類の高校生を指名して、ダッシュ。
これは、単に自慢だけど、消防士の頃、55メートルを2往復半する体力測定が毎年あって、この275メートルを45秒で走り、500人位でトップだったことがあった。
これは、単に走力だけでなく、グリップ力と爆発力も大切で、スクワットで養った筋力が急ブレーキと急発進に役立ったことは言うまでもない出来事だった。
さて、何年ぶりのダッシュにも関わらず、ほぼ、並んで70メートル付近、加速を感じてきた瞬間だった。
右のハムスト、バナった。
確実に切れた感覚があった。
あのまま加速していったら、高校生達に衝撃を与えられたのに。
今、考えれば、真冬にアップもろくにしないで何年かぶりに100メートルをダッシュするなんて無謀だ。
ただ、衝動に従いたかった。
なんとか、バレずに帰路についたが、
「やってしまった」
これしかなかった。
足を引きながら行った初詣は、回復を信じていた。

しかし、さらなる試練が二週間後に起こる。
もちろん、脚のトレーニングは、復帰出来ずにいた。
肉離れのセオリーは、三週間の安静と聞く。
慌てず行こうと思っていた。
しかし、上体に関しては、たくさん出来る種目もあったから、ハムに痛みの出ないシーテッドやライイング種目を増やし、逆に強化チャンスとして取り組んでいた。
ある日、30キロのダンベルをライイングポジションで胸の上に立て、そこから三頭の力で肘を支点に伸ばすライイングエクステンションの変形を行っていた。
筋の伸張反射を使わずにしかも、爆発的にトルクをかけて一気に肘を伸ばすやり方は、神経系にもよいと感じていたが、左の肘付近で何かが弾けた音がした。
思わず、ダンベルを捨てた。
三頭をやってしまった。
一ヶ月で二カ所も。
今にして思えば、レイオフ(長期休養)からのトレーニングの入りが間違っていた。
より、ゆっくり事を進めるべきだった。
さすがにハムと三頭がダメだと出来る種目は、激減した。
ハードに出来たのは、マシーンのアンダーグリップシーテッドロウ位だった。
しかし、まだ、メンタルは、やられてなかった。
雑草なんだ。
踏まれても伸びつづける雑草なんだ。

そんな矢先、ワールドゲームズの選考決定の連絡が入った。
逃がしたくなかった。
日韓戦の頑張りが呼び寄せた結果だったと思う。
待ちに待った世界への扉。
場所はドイツ、デュイスブルグ。
男女たった一人ずつの派遣。
燃えに燃えた。
遠いドイツの地で相川浩一を初めて見るステージ下の全ての人を思うと心が躍った。
しかし、たった今の現状は、闇の中だった。

脚も腕も三週間のセオリーを厳守すること。
これは、遵守しないと癖になり、選手生命に関わる出来事であるということは、多くのトップアスリートたちが身をもって示していることだ。
今、しなくてはいけないことは、ダイエットをするまでに出来るだけ、栄養のあるもので回復を促進すること。
自分は、ポジティブマインドで意外と冷静だったと記憶している。
しかし、三週間以降、慎重なリハビリの時間がなかった。
 
そして、ダイエットとコンテスト準備が待ったなしの時間まで来ていた。
人生を変えたい。
その一心で試合に出てきた。
最後の試合になってもいいとさえ、思っていた。
やはり、リハビリとコンテスト準備には、大きな隔たりがある。
確か、360キロのハックスクワットをワイドで外側広筋にヒットさせていた時、やはり右ハムが気になり、左に荷重過多となり、今度は左中臀部付近を痛めてしまう。
これには、手を焼いた。
しかし、もう休んでいる時間はない。
この無理は、車の運転など長い時間座っていると痺れて来る厄介なものとなった。

ぎりぎりまで、ダイエットを開始しなかったせいか、体重が詰めの段階で落ちない。
80キロを切らないと出場できない。
予定では、出発までに一度は下回ることだったが、結局、落ちなかった。
あとは、ヘビートレーニングが終了した現地で、ポージングとダイエットで数日間、集中しようと考えていた。
幸い、一人の派遣なので、部屋の鏡と持参した体重計を相手に、ポージングと入浴を繰り返し、無事検量をパスした。
怪我の影響も最小限に抑えることが出来た。
これには、レンジを考慮した絶妙なトレーニングパートナーのサポートにどれだけ助けられたか。
心身ともに励まし、追い込んでくれた当時トレーニングパートナーをしてくださった方には、とても感謝している。
心残りは、脚のカットが出せなかったことだったが、後は自信を持ってドイツに向かった。

オランダ経由でブラジルチームに会う。
カルロスは、バンタム級の有名選手だ。
オランダからデュイスブルグへの小型機は、よく揺れた。
カルロスは、40ヅラさげて、なんどもキャビンアテンダントに飲食を注意されている。
カーボアップの時間帯と見え、なんど言われてもお構いなしだ。
タッパーのマカロニらしきものをチャージし続けている。
四日後には、表彰台の一番上で感涙を流している彼がいた。

自分はといえば、日本人が誰もいないのをいいことに、「よっしゃ、やるぞー!!」とか言いながら、パンプアップをしてて、
結果は、6位だったけれど、5位は、ライト級で世界チャンピオンになっていたエジプト人で、フロントダブルバイがめちゃめちゃ美しい選手だった。
確か、この年の秋には、ウェルター級でまたも世界チャンピオンを勝ち取っている。
ミドル級とは言え、スコアシートを見ると彼からポイントを奪っていた。
それがどれだけ自信になったかしれない。
実際、そのエジプト人、ヨシリーセイドはミドル級で一番感銘を受けた選手だった。
筋肉以外見るところのない選手が多い中、その肉体は、銅像のような美しさがあった。
先程も言ったが、フロントダブルバイの素晴らしさは、芸術作品の領域だった。
パンプの際、彼がやっていた独特のローイングは、今も自分のルーティンに入っている。

2005年初めに筋肉系の怪我に見舞われたが、世界チャンピオンからポイントを奪い、最高に気合いが入った中、
日本選手権への準備をし、この年、採用したカーボアップ法がドンピシャではまり、サイズ、カットの両立で過去最高の更新に成功した。
その半面、2位票も入る善戦をしたが、結果5位だった。
会場を出る際の
「そんなトロフィー捨てちまえ!」
と言うお客さんの言葉が思い出される。

そして、いよいよ、2006年。
勢いを取り戻し、日本選手権は、優勝候補に挙げらるまでにきた。
そして、2005年の日本選手権のコンディションを常に追う思考に取り付かれていた。

今にして思えば、ホームランだったのだ。
カーボアップが上手くいき、パンプアップが要らないほどにパンパンだったのを思い出す。
2006年の日本選手権では、カーボアップが間に合わず、沈んだ。

そして、いよいよ、その年の12月、カタールのドーハでのアジア競技会への準備に向かうことに。
優勝候補であったし、おまけに優勝者は、7月に勝っていた谷野選手であった。
明暗どころじゃない大差だった。
この頃は、常に数字だけを信頼していた。
そしてドーハに行くのだけれども、ここでも数字を徹底的に管理した。
ただ、3月からダイエットし、12月になってもまだ、ダイエットしている自分は、日本選手権の優勝出来なかった失意もあり、やっと気持ちを繋いでいる状態だった。
仲間と美味いもの食べてリラックスしたかった。
もちろん、ほとんどのボディビルダーは、オフシーズン真っ只中だったから、気持ちを高めるのは、寒さも手伝って苦労した。
この頃は、完全にホームラン狙いで2005年の再来ばかり狙っていた。

そして、ドーハへ。
こんな用事でもなければ、なかなか行く機会が無い場所だ。
しかも、オリンピック管轄の総合大会ゆえに、あらゆる競技のトップが集まり、規模も大きい。
男子ハンドボールと女子バレーボールに知り合いが出場しており、自分のバックグラウンドを知らない女子バレーの選手は、大変驚いていた。
また、ドーハでの取材マスコミにも、
「先生!」
と声をかける日本人が。
以前、学校の授業でトレーニングを通じて知り合った生徒が国際舞台の最前線で活躍していた。
そしてぞくぞく顔見知りのアジアのボディビルダー達が集まってきた。

総合大会は、試合までが長い。
選手村のジムは、テクノジムのラインナップで日本では、見ない機種もあり、なかなか良いものと再認識した。
この日、同階級のシリアの選手に話し掛けられる。
アジアは広い。

自分の出場は、ボディビル競技の二日目で、この日は、日本選手は、自分のみの出場だった。
色が真っ白な韓国の新人もいた。
咀嚼筋にストリエーションを走らせるボディビルダーを初めて見た。
噛み締める度に頬からエラ付近にストリエーションが浮かぶ。
カラーリングで脱いだら、脱皮したての蝉のような仕上がりだった。
この衝撃は、いまでも覚えている。
どれだけ根性があるのだろうと思い、2008年の日本は、同じ仕上がりを目指したのだ。

話は戻るが、このドーハでのホームラン狙いのカーボアップもまた、失敗してしまう。
潰しは、根性で乗り切っても、膨らましは、間に合わない。
そんな失敗の連続だった。
2005年は、潰しの能力もまだ未熟ゆえにアップがハマったのだと思う。
このドーハでの、ボディビル競技二日目、日本選手団全員で、自分をサポートしてもらった準備。
みんなの見守る中、パンプを始めたが、息ばかり上がって一向に張ってこない。
そして、すぐに召集。
息ばかり上がり、全然張らない。
潰している間は、フラットなコンディションだから、外しているわけで、そのままラインナップに近く、どうにもならなかった。
ワンコール呼ばれたのが、せめてもの救いだったが、プレジャッジ直後、日本選手団全員に謝った。
よりによって、JOCの役員の方々もこの日だけに視察と観戦に足を運んでいただいていた。
自分の出場のみの日に。

期待を裏切った自分は、自分への信頼も失ったのだと思う。
カンキュンウォンは、黙って自分の肩を抱き、
リャオテクリャンは、ドーハ空港で自分を呼び止め、マレーシア国旗のブローチを手渡してくれた。
みんな言葉は、通じないけど、ドーハでの自分の心中を察している温かさが痛かった。
ドイツで自分より下位だった選手は、ウェルター級で銅メダルを獲得していた。
屈辱の11位は、多くの信頼を失う結果だった。
失った信頼は、ネガティブな意見を増幅し、それで自分自身も自分を見失った。
わざとバランスを崩し、ヘビーなショルダープレスに明け暮れたりもした。

これは、現在感じることの一つだけれど、目立つだけなら、アンバランスな汚い身体で十分だ。
実際、昔よくアメリカでトレーニングした頃、ジムで目立つのは、アマチュアのブロッキーでアンバランスなボディビルダー達だった。
ダンプカーとスーパーカーのような対比で、
トッププロが訪れると、フォルムの違いが1番の違いだなぁと思ったものだった。
目立つだけなら、アマチュアの方が目立っていたけど、見とれてしまうのは、プロの方だった。

「サイズ、仕上がり、バランス、ポージング」の総合力を全ての選手、横一線で比べるのがボディビル競技だ。

すべての要素を横一線で追求しようと思う。
そして、貴重な時間を作り、会場に足を運び、声援を送って下さる方々にその成果を全て捧げたいと思う。
あなたがいたから、立ち上がれ、意味を見出だせ、形にしたいと思った。

ドーハで過ごした約10日間は、忘れたくても忘れられずにアーカイブされてしまっている。
しかし、あえて削除することもないと最近は、考えている。
ボディビルダー相川浩一の歴史の1ページとして、避けて通っては、いけないと思っている。
しかし、もうページは、何ページもめくられ、すでに新しい章に入っている。

肉体の変化に気づいてほしい。

パワービルディング第二章は、すでに始まっている。


ノーリミッツ

2009年10月22日(木)

先日の松原さんの結婚式の際、三土手さんとゆっくりお話させていただく時間に恵まれました。
以前企画されたムサシの対談以来の機会でしたが、大変、勉強になる有意義な時間でした。
その話の中で、チョウケイ靭帯周り話題から、ジム訪問に発展しました。
とにかく、生きた情報には、興奮するし、自分が枯渇していた部分にピンポイントでアドバイスをいただけました。

福島選手、荒川選手はじめ、超一流リフターがジムにいらっしゃる中で、おもむろに自分と写真をとりたいと若いリフターが。。
普通に裸になってもらえませんか、と一切空気を読まない佇まいに、一同唖然としつつ、快く上着を脱いで、世界の三土手選手と三人で撮りました。
ノーパンプ、ダイエット停止の写真を撮り、掲載に至るのは、物おじしないハートを大事にしたかった他ありません。
偉大なリフターに育ってください。

三土手さんとのハイレベルな話しは、大変興味深く、荒川選手を交えてのスクワットやベンチプレスの深ーい話しは、
共有できたり、気がついたりと、あたかも、一流打者がバッティング理論を交わしているようで感動的なシーンでした。
往年のリフター、バータネンを自分が口にした際は、完全、パワーリフターの境地でしたが。笑。
まじめな話し、三土手さんは、言わずと知れた本物の中の本物ですから、あらゆるアスリートは、学ぶことがあると思います。
A1重心である自分の意識付けをしっかり伝授していただきました。
これからは、こんなディープな日常も話していこうかと思っています。

400キロオーバーのスクワットに、300キロオーバーのベンチプレスをやってのける三土手選手。
その巨大なキャパシティをしっかり、頂いてきました。
限界に挑むからこそ、ノーリミッツ。
ノーリミッツ魂に熱く揺さぶられました。
次回更新に、前回の話し書きます。
まずは、今日のことを今日書きたかったので。

ノーリミッツは、府中本町駅や分倍河原駅から、徒歩圏内です。
これぞ、ハードコアジム、入った瞬間アドレナリン噴出間違いないです。


パワービルディング第二章 −序−

2009年10月20日(火)

この二年間、いろいろあったけれど、次回ちゃんと書いてみようと思う。

いい流れが来ています。
自分自身、新たな出発と思っているところに日頃から、リスペクトしている松原郷士さんの結婚式に出席してきました。

彼とは、ちょっとしたタイミングで七年位前に知り合い、感覚的に意気投合した思いがありました。
バーベルや筋肉以外の出している空気感覚がなんとも居心地のいい人で、自分は、友人として大変、光栄かつ、誇らしい存在です。
もちろん肉体的には、ご存知の方は、言うまでもありませんが、
常識を遥かに越えた超人であり、誇張なく、大相撲やプロレスの道にいけば、日本国民のより多くが彼を知ったと思います。
19ミリの工事用の鉄棒を腕力だけで曲げてしまう男が地球上に何人いるでしょう。
彼はほぼ、これをやってしまい、17ミリなら問題ないと異次元の話をしていたのが思い出されます。
現在は、ストロンゲストマンコンテストに参戦され、海外の猛者と凌ぎを削っています。

六甲山の上、肉体派の重鎮が集い、素晴らしい結婚式でした。 三土手氏と久しぶりにゆっくり話せたのは、大変有意義でしたし、
極真空手の世界ウェイト制準優勝松岡選手が、バット4本をいっぺんに蹴り折ったのも壮観でしたね。

自分も一週間気合い入れて調整してポージングさせていただきました。
ボディビルダーを初めて見た方々の表情も印象的でしたが、奥様の美しさと、松原さんの突然変異ぶりをご親族様から、発見したりと驚きの連続でしたが、
何故か仲人代わりの立会人に指名された自分が間近で見たものは、かわいい指輪と、もうひとつ生まれて初めて見る、とても指輪に見えない巨大なリングでした。。

美女と〇〇、素晴らしい結婚式でした!
末永くお幸せに!!!


相川浩一 登場予定


Body (写真ページ)


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