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大分県姫島出身(大分県立宇佐高校卒・明治薬科大学卒)・横浜市在住
卒業した年に取得した薬剤師免許を使うことなく某企業の中央研究所に入社。化学者として微量分析の仕事に携わりながら書道、ペン字の勉強と指導を続けるも途中退職してプロの書家生活に入る。
姫島−キツネ踊りと車エビ養殖とが全国区で知られる国東半島に浮かぶ小島。ベストセラー「姫島殺人事件」(内田康夫)の舞台。
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キツネ踊り(左)と勇壮なアヤ踊り

木野村 孝一氏の著作「姫島の歴史」(1冊1500円)
姫島の成り立ちから現在までを分かりやすく解説した貴重な歴史資料書籍写真
上−書物の表紙
下−右ページ上:姫島観音崎沖に集結した四カ国連合艦隊図と解説
右ページ下:元治元年(1864年)8月、幕府軍艦奉行・勝安房守海舟が来島した史実の解説
16歳からペン字に興味を持ち、品格高く、ペン字の標準字体創始者として戦前から著名な三上秋果先生(みかみしゅうか・1915年〜2005年)に師事、通信指導で勉強を始めた。
以来、約五十年間を常に先生と行動をともにしその右腕として活躍した。
大学生時代から東京各区の青年学級、成人学校、その他多くの企業の社員導入訓練の講師を務めるなど、ペン字指導の経験を豊富に蓄積した。
三上先生の指導、薫陶を受けた全国のペン字研究者および、いま、各会の会長ほかペン字指導者となっているほとんど全員が山下静雨の後輩であり、これらぼう大な数の中から、先生の書き方と流儀とその心を山下静雨がいちばん正しく継承していると、先生ご自身からお墨付きを頂戴し、「頼りになるのは山下静雨君だけ」と身に余るお言葉を賜った。
日本のペン字の草分けであられる師匠・三上秋果先生が2005年4月に永眠された。(享年90)
師であり、父とも思って慕った五十数年。
数多くのいろいろな思い出がめぐる・・山下静雨の今日あるは、ただ偏に先生のおかげ・・東京・芝増上寺における告別式が永遠のお別れとなった。あぁ・・ かな書道は1961年から始めて現在にいたっている。(かな書道のページ)
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おもいッきりテレビ(第3弾)より

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