AMI全国研究大会情報   大会 名をクリックしてください。

2017年/第65回全国研究大会は8月4日(金)〜6日(日)、沖縄で開催されます。
2016年/第64回全国研究大会は8月7日(日)〜9日(火)、千葉県で開催されました。
2015年/第63回全国研究大会は8月2日(日)〜4日(火)、宮城県で開催されました。
2014年/第62回全国研究大会は8月7日(木)〜9日(土)、岐阜県で開催されました。
2013年/第61回全国研究大会は8月6日(火)〜8日(木)、北海道定山渓温泉で開催されました。
2012年/第60回大会は8月6日(月)〜8日(水)、鹿児島県霧島市で開催されました。
2011年/第59回大会は2011年8月6日(土)〜8日(月)、福井で開催されました。
2010年/第58回大会・びわこ大会は8月3日〜5日に開催され、大盛会でした。
2009 年/第57回大会は8月4日〜6日、島根県松江市で開催されました。
2008 年/第56回大会は東京で開催。900名参加の大集会になりました。
2007 年の夏/第55回大会は長野・戸倉上山田温泉で開催。多数の参加者が熱心に討議。
2006 年は岩手・花巻温泉で開催。なぜなぜ・のびのび・わくわく授業をめざし大盛会。
2005 年53回広島大会、「数楽」「元気」「平和」をテーマに大成功。
2004 年は飛騨高山で開催。大盛会。『街角で数学を』市民も大勢参加。
2003年8月北海道の札幌で開催。若い参加者も多く、熱心な討議。
2002年第50回記念大会、沖縄で開催。大盛会の内に終わる。森毅氏が講演。
21世紀初頭の2001年大会は、三重県鳥羽市で開催。好評だった上野健爾氏の講演。
2000年東京大会報告。センド レイ・ユリアン ナさんが講演。
参加者数が予想を大幅に上回り成功裡に終わった1999年、琴平大会。銀林浩氏記 念講演。
三沢大会(1998/第46回)報告。浪川幸彦先生(日本数学会理事長)記念講 演。




第65回全国研究大会
子どもとつくろう数学の世界
──万人(うまんちゅ)の数学!──
「沖縄大会」は、2017年8月4日(金)〜6日(日)、琉球大学附属中、附属小を会場に開催されます。



第64回全国研究大会
子どもとつくろう数学の世界
学ぶたのしさ・教えるよろこび
「千葉大会」は、2016年8月7日(日)〜9日(火)、千葉工業大学津田沼キャンパスを会場に開催されました。
64
算数・数学おもちゃ箱
大会概要についてこちらの案内チラシをご覧ください



第63回全国研究大会
みちのく仙台大会は,2015年8月2日〜4日、仙台市で開催されました。
higuti
大会概要はこちらのちらしをご覧ください。


第62回全国研究集会
大台テーマ 未来をひらく数学を 〜すべての子どもに,真実を求める目を!〜
 2014年8月7日より3日間,じゅうろくプラザと岐阜聖徳学園大学を会場に開催されました。会場への移動は,バスの利用など不便なところもありましたが,いろいろな催しに多くの参加者が集まり,盛況でした。
★1日目 8月7日(木)
■授業作りのための講座 講座の教は,17で参加者は260名でした。
■開会行事
 ─オープニングアトラクション─ 「イマケン先生のサイエンスマジックショー」
 岐阜県立高校教諭の今井健治氏によるマジックショー。
■記念講演 「未来をひらく算数・数学教育の創造」 講師 野崎昭弘氏(大妻女子大学名誉教授)
★2日目 8月8日(金)
■分科会 特別支援1,幼児1,小学校は16,中学校は5,高校は6の分科会がありました。
■全体交流会 各地区協のみなさんのあいさつの他,踊りや独唱もありました。
★3日目 8月9日(土)
■AMIサロン・教具づくり
【記念講演報告】算数・数学は昔から社会のレベルでも個人のレヘルでも未来をひらくものだった。本当に「知らないと生きていけない」知識は小学校で十分カバーできる,中高で学ぶものは,「心豊かに生きる」ために役立つ。「丸暗記の点数稼ぎ」では未来は暗い。
 教師は何よりもまず子どもを知ること,そして子どもに学ぶことだ。小学校で蒔いてもらった種が後で芽生えることはあるが,何も無いところには芽は出にくいと実感している。…
 当日はノーベル賞受賞者や著名人が言われたことやイソップ物語の話などをうまく使いながら,数学の有用性をわかりやすく説明しました。野崎氏のお話しに会場は笑いに包まれ,楽しいひとときでした
 「未来はまだ明るい!」と思って,地道な歩みを続けていくことを願い,講演を終えました。
【AMIサロン一覧】
1 学びはじめの算数教科書のデザイン(阿部)
2 折り紙で知と美の世界を(AMI折り紙サークル)
3 全国学カテストを考える(小)  (正木)
4 全国学カテストを考える(中)  (増高)
5 大学入試を考える        (清水)
6 発想を豊かに展開する授業    (下町)
7 数の体系           (小宮山)
8 岐阜が生んだ偉大な数学者・高木貞治(上垣)
9 岐阜県の和算の歴史       (上村)
10 楽しい授業をめざして       (木村)
【教具づくり】東京地区・関東地区AMIなど

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第61回全国研究大会
日時:2013年8月6日(火)〜8日(木)
場所:北海道定山渓温泉(万世閣ホテルミリオーネ)
大会テーマ 未来を開く数学を
〜子どもたちのひとみ輝く『数楽』を〜
 
★1日目 8月6日(火)
・講座〜私の実践〜 
・開会行事─アイヌプロジェクトによる「ウェルカムコンサート」
・記念講演一秋葉忠利氏「The Better Angels of Our Nature」
・教具展&全体交流会
★2日目 8月7日(水)
・分科会
・自由交流&地区別交流
★3日目 8月8日(木)
・AMIサロン 
・閉会集会,総会

『数学教室』2013年12月号に写真や講座、分科会、AMIサロンの内容が紹介されています。ここではその中から、小学校分科会の報告を再録します。
 今年の小学校分科会の構成は,
 1)1年・2年の数の導入から多位数加減まで,
 2)長さ・かさ・重さ,面積・角度・体積など。
 3)かけ算の導入から九九指導,多位数の乗法まで。
 4)わり算の導入から整数のわり算指導。
 5)小数の導入から加減,小数の乗除指導。
 6)分数の導入から加減,分数の乗除指導。
 7)単位あたりの量・内包量指導,比例の指導。
 8)倍,分布,割合,比の指導に関して。
 9)1〜3年生の図形指導,4〜6年生の図形指導。
 以上の9つの構成とした。
 小学校分科会の参加のべ人数は160〜170名,発表レポート総数47本,発表者約33名となった。
 全体的に共通の感想として出された(記録と感想用紙より)ことは,以下の通りであった。
 まず,大会そのものの参加者数が少ないため,当然各分科会の参加者数も少ないので,ゆったりと発表者の考えを聞けたり,意見交換に時間をかけることがで きたことは良いのだが,やはり「寂しい」「もっと多くの人に聞いてもらいたい」「違う考えの意見や討論もあまりできずに,少し残念だった」というものが多 かった。その他には以下のようなものがあった。
・北海道は「しめっけ」が緩いと感じた。自分の職場ではドリル以外のプリントを授業に持ち込んだりできない。監視や点検が厳しい。授業内容のチェックもとても厳しく,参考にはなったができない。
・人数が少ないのが残念だったが,じっくりと発表を聞けたりできたのが良かった。でも,まだ難しい「シェーマ」や「外延量」などの用語で分からないものが多かったが聞けなかった。
・同じ教材や単元でも多様なアプローチと教材観があること,その主張の違いを堂々と発表しあえることにさすが民間教育研究団体と共感し,参考になった。
・内包量,比例,倍,割合,比など,指導順と関連性の課題が再度明らかになったが,分科会構成でも検討が必要では。
・子どもの反応のわかるプランの発表は,とても分かりやすかった。
・教具の大事さや,教師のこだわりにより,授業がとても楽しいものになることがよくわかった。発表者の教具には大変に驚かされもし,参考になった。身近なものを使ってでも工夫で教具として使えることもとても参考になった。
 こうした意見が全分科会を通して,共通して出されていた。
 以下,字数の制限があるので,レポート・記録・感想の中から,いくつかを紹介し報告にかえる。
 5-2進法の有効性と十進への移行,タイルの置き方や縦書き(筆算)をいつ入れるかも含めてまだ広まっていない感じもする。9と10,10と11での位 取り表記と命数法の違いなどももっと強調する必要があるのでは。早くから「部屋」など「位」を意識した指導は重要。ハリガネハンガーや100均ショップの 容器とビー玉などでも,十分子どもが楽しく理解できる数具になりうる。
 「単位導入の4段階指導」が強調されているが,比較の段階と測定の段階と大きく分けて考え,「同じ」ということはどういうことなのかから,個々の外延量の定義を考え,それぞれの固有の性質にもとづいた指導法の検討が必要なのではないか。
 小数を「単位の系統的等分割によるもの」と考えた時にひとまとまりの概念(小数第何位まで)を細切れ分散的に指導すべきではなく,概念・原理をじっくり 時間をかけて学んでいく・発見を促していく(子どもの知的好奇心に働きかける場の工夫を前提に)こと,一続きのまとまった概念や単元は区切りを入れずに指 導することにより,子どもが本当に自ら考え,進んで取り組む意欲も楽しさも生まれる
のではないか。
 内包量・比例・倍・割合・比などの関連について,さらにそれぞれの意味も含めて検討できる分科会構成も。
堀岡 武(札幌)


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第60回全国研究大会
日時:2012年8月6日(月)〜8日(水)
場所:鹿児島県霧島市 ホテル京セラ 霧島市民会館
 8月6,7,8日の3日間,鹿児島県霧高市のホテル京セラをメイン会場に数数協第60回全国研究大会(第46回九州地区研究大会を兼ねる)が行われた。16年ぶりの九州での全国大会。公開授業参加の子ども達,引率の方を含めれば1200名を超える盛況ぶりだった。
 主な内容は以下のとおり。
★1日目
◎講座(36講座を開設)
◎教具祭り 体育館に50ブースを開設し200以上の教具を展示。 700人でにぎわった。
◎記念講演・対談 益川敏英氏。理論物理学の最先端の話から幼少時の思い出,教師論や子ども達へのメッセージ,ノーベル賞の賞金の使い道など多彩なお話。会場からの質問も飛び交い,楽しい2時間半だった。
★2日目
◎公開授業 特別支援から高校まで18本を公開。
◎実践交流分科会 TとUを合わせて38分科会を開設。「どうやってこの教材を」だけではなく「なぜこの教材を」という自由で創造的な論議が行われた。
◎夕食交流会 ホテルの広大な会場を埋め尽くす近年にない規模。地区ごとの個性的で楽しいあいさつや「芸」で楽しく盛り上がる。
★3日目
◎サロン 数学だけではなく,広い教育論,お笑い,環境問題,平和,島唄,折り紙など多彩で豊かな15講座を開設した。


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第59回全国研究大会
日時:2011年8月6日(土)〜8日(月)
場所:福井大学教育地域科学部、フェニックス・プラザ
数学教育協議会 第59回全国研究大会 福井大会報告
未来をひらく数学を 一手で作り,手で学ぶ授業一
 
  記念講演 “競争原理を超えて学びと育ちの共同をつくる
           一教育実践と教育改革の展望一
            講師 中嶋 哲彦(名古屋大学)


1.「競争させてほしい」という親の声
 全国学力テスト実施に際して,保護者に説明会をした際「テストが人問としての育ちにマイナスの意味をもつことはわかった。でも競争させてほしい」という 母親の意見がでた。それは「子どもが自分たちと同じ生活をしないために一発逆転のテストしかないのだ」と。では競争は平等なのか,ノーである。
2.犬山の教育改革とは
 子ども・親が競争ではなく協同に価値があることを学校での生活や学びを通して体験し,競争的な社会を疑う視点をもってほしい。子どもが協同で学ぶなかで 競争をのりこえていってほしい。それが47教基法で述べられている「人格の完成」である。そのためには学力も大切であるが,自分が得た学力を他の人に行使 できる人問づくりが大切で協同学習をとりいれてきた。さらに副教材づくり・授業づくりを通して学びあう教職員集団づくりを大切にしてきた。
 分数の副教材作成の時,分数の乗除は正答率が高いのに異分母分数の加減は低い結果を見て,作成委員から加減の問題をたくさん作ろうという意見がでた。で も大切なのは分数の乗除の意味を子どもが理解することではと言った。できる,できないという競争主義的学力観にひたってしまうと「できない」ということの もつ価値を見過ごしてしまう。
3.自己責任と社会的格差
 「競争することは権利」と言わされている親の背景に何があるのか,2010年文部科学省は学校ごとの就学援助率と平均正答率の相関を調べた結果を発表し た。その中で就学援助率が高い学校の方が平均正答率は低くなる傾向があるにもかかわらず,平均正答率が高くなっている一部の学校を示し,親の経済状況が学 力にストレートに直結しないと暗示している。不利な状況にある人に肩入れをして平等な社会にしようとしていない。
 このことは子どもの貧困率についてもいえる。子どもの貧困率は15.7%,実に7入に1人の割である。日本という国はひどい国で,それは親の責任である とすぐきりかえてしまう。しかし,0ECD24ケ国中子どもの貧困率は9位なのに保護者の失業率は24位。つまり親は一生けんめい働いて(低賃金であって も不本意労働であっても)子どもを育てている。ではどうしてこうなるのか。日本では富の再配分をした後の所得の方が格差を拡大している。もともと働いてつ くり出した富が働いた人に十分にきていない上に,政府が平等にしてくれる仕組みがない。つまりセーフティネットが機能していない。だから親は競争に走らざ る
をえない。
4.競争でなく共同の関係を
 そんな社会の中で競争の学力でいいのかというとそうではない。競争的な学力というのはうわべだけの学力で,それを獲得したからといって本当にその人の学 力になっていかない。人間が知を獲得することは自分の知を他者のために行使し,社会環境として競争的なものを減らしていく努力をして,社会を再生産してい くこと。競争原理を超えるという時には教室の中の実践はとても大事だが,それと同時に教室の外の社会をどう変えるかという視点も大事である。
 2000年文科省は少人数授業をすすめ,そのための加配をすると言いました。犬山はこれに猛反対しました。それは学級を解体するからです。それは学習と 生活を分断することです。学習と生活は共同でないといけない。その中で人間はお互いを知って変わっていく。犬山は習熟度別でない協同学習です。子どもは社 会で育っていく,貧困を社会全体でなくしていく,格差はあってはいけないという社会的合意をつくっていくため,全国の学校に学びと育ちの共同をつくること をもっともっと広げてほしい。
          (報告:大森 和子)

福井大会を終えて
 第59回数数協福井大会にご参加くださった皆さん,記念講演の中嶋哲彦さん,大会の基礎講座や公開授業・分科会などを担当してくださった仲間の皆さん, また台風で来られなくなった講師等の代役を急進引き受けてくださった方々,本当にありがとうございました。8月6日からの3日間,公開授業に来てくれた生 徒さんたちも含め総勢1000人規模の大会となり,福井の猛暑以上に参加者の熱い情熱が会場にみなぎった大会でした。
 北陸で開催するのは97年の45回相倉大会から14年ぶりです。今回,福井大学を会場に公開授業も行うことができました。教授でありまた附属小学校の校 長でもある伊禮さんを中心に,福井の現地事務局と石川・富山・東海地区の実行委員が運営や用具,速報など様々な仕事を受け持ち,当日は学生さん達にも手 伝ってもらい,元気に楽しく開催できました。福井の地に全く知られていなかった「数数協」という民間教育団体の存在を示したとも言えます。
 閉会行事で「心に灯がともった」との感想をもらい,希望が湧いてきました。今大会での学びが「未来をひらく数学」の実践に広がっていくことを期待します。
 (福井大会実行委員長 山野下 とよ子)
『数学教室』2011年12月号より
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第58回全国研究大会
日時:2010年8月3日(火)〜5日(木)
場所:滋賀県おごと温泉 琵琶湖グランドホテル


☆数学教育協議会 第58回全国研究大会 びわこ大会
未来をひらく数学を 一なぜなぜ・のびのび・わくわく授業一

記念講演「人間とは何か一チンパンジー研究から見えてきたこと一」(要約)

講師松沢哲郎氏(京都大学教授)


《本稿は,記念講演の内容を実行委員会で要約したものです。松沢先生に掲載の許可はいただいていますが,講演内容を正確に再現したものではないこと,また,まちがいなどがあれば実行委員会の責任であることを,あらかじめお断りしておきます。》

1 はじめに
 私は東京の下町の育ちで,両親とも小学校の教員です。男3人の兄弟で,夕食時などに母が「うちの子はこうだ」と言うと,父が「うちの子は違う」などという話が出たりするのですが,「うちの子」というのは僕達のことじゃないんですね(笑)。そういう環境で育ちました。
 1969年の東京大学の入試が中止で京都大学を受けることにし,文学部哲学科に入学しました。当時,授業がありませんでしたから,山岳部に入って山登り していました。1年間に120日も山に行きました。同級生にフィールズ賞をとった森重文さんがいます。親しいわけではありませんが,誇りに思っています。
 この会(数学教育協議会)で重要な役割を果されたという森毅先生について,鮮明に憶えていることがあります。入学した次の年,最初の授業のうちのひとつ が森先生の数学の授業でした。森先生は開ロ一番「どうしてこの授業に出てきたのか」と言われました。思わずのけぞりました(笑)。先生が言うには「大学生 活は長いようで短い。この京都には三千もの寺社があり,見るべきものも多い。この講義を本当に聞きたいのでなければ,出席しなくてもよい」ということでし た。本当に心にしみるメッセージでしたので,次からは出ませんでした(場内爆笑)。で,合格点を頂きました。当時の京都大学の雰囲気,時代の気配を色濃く 体現されていた先生でした。ご冥福をお祈りいたします。

2 人間とは何か
 私達の研究分野は〈比較認知科学〉と称されています。チンパンジーという〈進化の隣人〉について知ることによって,「人間とは何か」を知る学問です。
 本日の一番大事なメッセージは「人間とは霊長類だ」ということです。霊長類=サルではありません。霊長類というのは人間を含めたサルの仲問です。シッポ のあるサルを英語では「monkey」といいますが,チンパンジーにシッポはありません。チンパンジーはサルではない。「ヒト科ヒト属ヒト」ということ で,人間だけを特別扱いする人が多いのですが,チンパンジーはヒト科です。法律上も分類学上もです。ボノボ,ゴリラ,オランウータンもヒト科です。

3 研究方法の変化
 従来はアフリカの野外では〈観察〉,日本の研究室では〈実験〉でした。それを生息地での〈野外実験〉,日本での〈参与観察〉(自然の状態に近い生活。樹 上棲だということや,血縁関係でコミュニティを形成すること,子どもはお母さんと離さないことを保障した形で生活してもらって,そこに人間が参加する形で の観察)という新しい手法を使うことによって,飛躍的に研究が発展しました。

4 チンパンジーの生活史
 チンパンジーの母親は,シングルワーキングマザーのように,子どもをひとりで育てます。離乳までに4年かかり,だいたいひとりの子育てに5年かかりま す.しかし,人間は次々に子どもを産みます。それで,ひとりでは育てられないので,伴侶やおばあさん(自分の子どもの子どもを世話する女性)に助けても らったりします。チンパンジーには,おばあさんという役割はありません。そこが,大きな違いです。

5 チンパンジーと人間 ──手足と親子関係
 チンパンジーは,手と足で木の枝を握ります。霊長類は樹上で生活していて,手で物が握れます。昔の分類で〈四手類〉です。赤ん坊は親にしがみつける。キ ツネザルは子どもだけで親に抱きつけます。ニホンザルは親がそっと手を添える。チンパンジーはいつも手を添える。そういう進化の方向ですが、人間はどうで しょうか。チンパンジーの子どもを仰向けにしておくと,片手と,その反対側の足を上にあげて,お母さんにしがみつこうとします。人間の赤ちゃんは,親子が 離れている仰向けの状態でも心が安定した状態でいられます。
(1)みつめあう・ほほえむ
(2)声でやりとりする
ことによって安定した状態でいることができて,
(3)白由な手で物を扱う(ガラガラなどをつかんで遊ぶ)
ことができます。そういうサルはいません。チンパンジーの赤ちゃんも,しがみついていないといけないので,手は白由になりません。仰向けの姿勢でいられる ことによって人間は進化したのです。4本の足から直立2足歩行することによって自由になった足が手になったのではなくて,もともと4本の手があったのが, サバンナに進出するようになって2本の足ができた。これが進化の道筋です。

6 チンパンジーの教育と人間の教育
 チンパンジーは,アブラヤシの種を2個の石で割ります。石の台の上に種をのせて,ハンマーの石で割るのです。チンパンジーの生息地で,台になりそうな石 と,ハンマーになりそうな石を数個,彼らの通りかかる所に置いて野外実験をします。すると,チンパンジーの子どもは大人のやっているのを近づいてじっと見 るんです。そして白分の道具(石)の所へ戻って,自分でやってみます。しかし,なかなかうまくできません。すると,また大人のそばに行って,どうやるのか 本当に近くに寄って見るんです。そして,また戻って石を使って種を割ろうとします。しかし,大人は子どもの方に行って,手伝ったり見守ったりはしません。 チンパンジーの教育は,一言でいうと〈教えない教育・見習う学習〉です。
(1)(親や大人が)手本を示す
(2)自発的にまねる(内発的動機づけ)
のです。そして,
(3)子どもに寛容(決してしからないたたかない・無視しない)
なのです。そういう教育ですね。一方,人間の教育はというと
(1)教える
(2)手を添える(ときに「教える」の手前に)
(3)認める(うなずく,ほほえむ,ほめる)
といえます。「うなずく・ほほえむ」というのは人間しかしません。チンパンジーのお母さんは決してうなずかない。ただひたすら同じことをやってみせるだけ です。チンパンジーの子どもは,「親と同じことがしたい」という動機付けが強いんですね。これに対して,人間の子どもは「認められたい」という動機付けを 強く持っています。
 再び「人間とは何か」ですが,「人間の教育は共育である」ということになります。お母さんだけが育てるのではなくて,お父さんがいて,おばあさんがい て,おじいちゃんがいて兄弟姉妹がいて,みんなで共に育てる,共に育つ。それが人間の人間らしい教育です。共育が人間の子育て,共育が人間の親子関係,共 育が教育の基礎なのです。

7 記憶と言語
 アイについての論文「チンパンジーによる数の使用」が1985年にイギリスの科学誌『ネイチャー』に載り,物の数をアラビア数字で表現できるチンパンジーとしてアイは世界に知られるようになりました。リンゴ5個でも鉛筆5本でも数字の「5」と対応させられます。
 普通のチンパンジーも同じように勉強すればできるようになると考えているので,アユムたちにも4才(人間の歳に換算すると1.5倍くらいなので,6才) になった時から勉強してもらっています。動きがすばやいので,瞬間的に記憶するのだろうと考えて,1を触ったら他の数字が白い四角に変わり,それを順に 触っていく課題を与えました。それでも瞬時に記憶して,すばやく白い四角を元の数字の順に触ることができます。(場内,唖然……。これらの映像は,松沢先 生のホームページでも観ることができます。)

8 チンパンジーになくて人間にあるもの
 色を見て,その色の漢字を答えるように教えると,チンパンジーにもできます。人間だったら逆(色の漢字を見て,その色を答える)も同時にできてしまいま すが,彼らは逆の方はまた教えなければできません。チンパンジーの顔の輪郭だけの線を与えると,人間の子どもは目や鼻や口を描きますが,彼らは輪郭をなぞ ることしかしません。逆思考や想像という行為は,とても人間的なものなのです。
 あるチンパンジーが,脊髄炎で重症になりました。幸い回復したのですが,私だったら絶望してしまって同復できなかったかもしれません。チンパンジーは, 想像しないから,絶望もしません。でも,人間は違います。絶望もします。そして,絶望することもあるから希望も持てる。そう考えるようになりました。

《このあと……。「緑の回廊」プロジェクト(生息地の森の同復,村の人たちの健康と教育と仕事)の話で大拍手,さらに,質疑応答のあとも大拍手でした。松沢先生編著『人間とは何か』は岩波書店刊です。ぜひお読みください。》
(報告:大崎昭宏)



びわこ大会を終えて

 第58回全国研究大会は,去る8月3日から5日まで,琵琶湖湖畔のおごと温泉で開催されました。講演・分科会などの内容と参加者数から見て,成功裏に終了したのではないかと考えます。猛暑の中,日本全国と韓国から参加してくださった参加者の皆さんに感謝します。
 大会の準備は2年以上前から行ってきました。まず,会場となるホテルを決め,宿泊のみならず,全ての企画をひとつのホテル内で行うことにしました。 600名以上の参加があった開会式・記念講演もホテル内で行いましたので,移動の苦労がなく,その点ではスムーズに運営ができたと思います。
 記念講演は,「人間とは何か一チンパンジー研究から見えてきたもの」というテーマで,松沢哲郎先生に話をしていただきました。
 実行委員会において,記念講演は,京都大学霊長類研究所の松沢先生にチンパンジーの認知について話していただいたらどうかという提案が出た時,数学教育 と離れた内容にならないかという危倶がありました。しかし,松沢先生の著書を読んでみると,教育について考えさせられる話題が多く出てきます。私たちは, 直接に数学教育と関連した話ではないが,大会の記念講演としておもしろいのではないかと考えていました。当日の講演は,手堅く事実を積み重ねる研究のもつ 迫力が伝わってくる興味深い話で,長時間にもかかわらず多数め参加者が集中して聞いてくださいました。
 大会は,基礎講座・分科会・サロンなどさまざまな企画の連合体です。さらに,教具・ポスター展,書籍販売コーナーなどもあります。また,必要な情報の提 供と個々の参加者の声を全参加者に知らせるために速報を発行します。それらをうまく進めるために多数の実行委員が働いてくれました。委員の間の連絡網とし てインターネットが大活躍しましたが,毎日入る多数のメールを見ると,各委員が自分の任された仕事をよりよく実行するために工夫している様子がよく分かり ました。大会の成功は,これらの人たちの汗の結果でもあると思います。
 若い先生や学生さんが目立ったことも嬉しいことでした。大会で紹介された数々の創意あふれる教育実践が大きく広がることを期待しています。   
(報告:木村良夫)

『数学教室』2010年12月号より

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第57回全国研究大会

日時:2009年8月4日(火)〜6日(木)
場所:島根県松江市 島根県民会館、松江市総合福祉センター

数学教育協議会 第57回全国研究大会 松江大会報告
  未来をひらく数学を 〜なぜなぜ・のびのび・わくわく授業〜

記念対談(開会行事) 4日(火)15:10〜17:00
「数学ってどんなもの? 〜数楽教育をめざして〜」

小林道正(数学教育協議会委員長,中央大学教授)
野崎昭弘(数学教育協議会前委員長.サィバー大学教授)

1.発見することの楽しさ
野崎:私は出発が純粋数学でしたから,その傾向が残っていて,役に立つということもあるけれども,それよりも楽しいからやっているというようなことも強烈 ですよね。東大の後輩の岡本一夫さんが「数学を学ぶのは楽しい,でも,数学を創るのはもっと楽しい」って言ったんですよ。「おお,なるほど,それはそう だ」と私も思いまして,教わるより発見する方が楽しいわけで,最終的には失敗しても途中で何だかんだいろいろ考えることも楽しいうちですね。
 数学だけではなくて数学教育もそうなんじゃないかと思います。例えば,水道方式が出来上がった頃,銀林さんたち,楽しかったんじゃないですか。子どもた ちがどこで間違えるかの分析から始まって,じゃあ,どういうふうに教えれば子どもたちが良く分かってくれるかっていう分析に進んでいって,そこにいろんな 発見があるわけですよね。で,新しい教育方式を作っていくわけです。その段階は一番楽しいんじゃないか。
 例えば,九州の板垣さんが作られた割合測定器なんてね,あれ発明した時には多分,嬉しかったんじゃないかと思います。あれができてからはね,いろんな先 生方が工夫するわけですよ,それ使って。どんなふうにかけ算を教えるか,そういうプロセスがすごく楽しいんじゃないかと。数学だって数学教育だって,楽し さは十分体験できるチャンスはあるという気がするんですけどね。

2.数学をなぜ教えるのか?
小林:ちょっと話題を変えて,専門分野としての数学がなぜ小学校にあるのか。どんなお答えがあるでしょうか。
野崎:日常生活を営む上でも数を数えるとか,簡単な計算ができるっていうのは必要ですよね。ただ,現代だとそれだけでは済まないのは,日本のような国では食糧の自給ができないん
です。どうやって我々は食べていくかっていうと,高い工業的な技術を保って,製品を輸出して,輸出で儲けたお金で農作物を買って食べているわけです。ということは工業的なレベルが下がったら,日本は立ち行かなくなるわけですね。工業的な技術を維持しなければならない。
 ある時ある人が,2次方程式なんか知らなくても生きていけるって言ったんですけれども,個人としてはそりゃ確かに生きていけますよ。だけども誰かが2次 方程式どころか微分方程式のすごく難しいのを解くのをちゃんと習ってないと,レベル維持できないわけですよね。誰がそういう高い能力を発揮するかっていう のはあらかじめ分からないわけです。迷惑かもしれないけれども,小学校の段階からある程度のレベルの数学は少しずつ教えておかないと,あとで,途中すっ飛 ばして言えば,ご飯が食べられなくなるという状況もあるんじゃないか。
 現に先進国でも中学,高校である程度の数学を教えていない国なんてないですよね。だから,やはり客観的にはあるレベルは維持しておかないと,国家的に困るという状況に今なっちゃっていると思いますね。
小林:その件に関して私が数年前に『数学嫌いに利くクスリ』っていう本を出しました。高校生に対して「なぜ数学を勉強しなければいけないの」っていう答え を書いたんですけれども,人生幸せに生きるための準備をやっぱりした方がいいでしょっていう。幸せに生きるためには…生涯何かの仕事をして他の人にも貢献 しなければ,他の人から生きていくためのものをもらえない。生きていくということは何かの仕事をするということで,何かの仕事をするためには何かしらの知 識なり技術なり,基礎的な能力を身につけなければどんな仕事もできないでしょうということを書いて,「どんな仕事をするにしても,一定程度基礎的な力が必 要じゃないですかあなたは」っていうふうなことを書いたのですけれども。

3.「授業は楽しければよい」か?
小林:タイトルにある「数楽」という言葉の発明語ですかね。遠山さんが最初に言ったっていう話も聞くんですけれども。『遠山啓エッセンス」が7巻シリーズ で出始めていますけれども,その中で遠山先生が「授業は楽しいだけでよい」というタイトルで3ページくらい書かれているんですよね。最近あらためて「授業 は楽しいだけでよい」って遠山さんが言い切っているのを読んで,書いてある内容を検討したりしたんですが,野崎先生は遠山先生が「授業は楽しいだけでよ い」って言う主張に対して,どんな感想をお持ちですか。
野崎:遠山先生がどんなお考えでそうおっしゃったか,私ぜんぜん分からないんですけれども,ただ,結論は私も同じで,「楽しいだけじゃダメだ,分かんな きゃダメだ」と言う人もそりゃそのとおりで,より良いに決まってますけれども,楽しいだけでいいと言った方が良いだろうと思うんですけどね。
 理由を考えない教育,覚えさせて目先の点数が稼げればいいという教育ばっかりだんだん強まっていくような気がしてますから。もちろん実際の進学指導をし ておられる先生方には無理な注文ということになるかもしれないですけれども,高校進学で点の取れる知識や大学入学で役に立つ知識は,大学卒業して社会に出 てから絶対に役に立たないんですよね。じゃ,何が役に立つかっていうと,勉強する力ですよ。社会に出てから何か新しい問題ぶつけられて,教科書もない,先 輩に聞いてもよく分からない時に勉強するわけです。そういう時に,教わらなきゃできないのが一番因るんで,何とか自力で考えて問題を解こうとするという態 度が,結局は一番役に立つだろうと思うんです。それを育てるためにはまず考えるのが楽しいとか,分かるとすごく嬉しいという体験をさせておくことはとても 大事だと思うんですけどね。知識はいくらでも,後からでも教えられるんですけれども,私が一番困るのはやる気がない子,投げちゃってる大学生ですよ。やる 気がない,考えるのが嫌いな大学生,大学の数学まで答えを覚えて点数を取るのが勉強だと思っている,それが一番困るんです。どっかでパズルみたいな問題で はまっちゃって,「なんだか知らないけどおもしろかった」と,で,考えて,「あっ,分かった」なんて体験をどっかでさせといていただければ,それが一番良 いことじゃないかと思いますね。
小林:確かに人間って,知らないことを知らないと世の中生きていけませんよね。触って冷たいとか熱いとか。いろんな世の中を知らないと生きていけないか ら,知ろうとするわけですよね。いろんな未知のものに興味関心があるっていうのは本来の人間的なあり方だと思うんですけれども。子どもの頃から興味関心っ ていうか知りたいという知的な欲求っていうのが頭を押さえられちゃってきて,大学まで来ると完全に何か新しいことを知ろうっていうことに喜びを感じなく なっちゃうんでしょうね。だから,未知のものを探求していくのが楽しいっていう,それがそのまま授業にも生かせたら最高ですけどね。

4.数学教育に愛を
野崎:現委員長の小林さんからも皆さんにお願いしたいこととか,期待していることがもしあれば,おっしゃっていただくといいかなと思いますけれど。
小林:NHKの日曜日の8時からやる「天・地・人」の直江兼続が掲げたのが愛って言うんですよね。兜の上に「愛」って書いて愛を旗印に戦に行くし,いろん なところに行く。数学教育って子どもたちに対する愛なのかなって思って。まだ誰とも議論していませんけれど,数学教育に愛をというかそんな感じで,新しい スローガンになり得るかなっていう気がしまして,子どもたちを理解してやるっていうか,子どもたちのための数学教育に,みなさんもちろん邁進されているわ けですけれども,さらにさらに子どもたちへの愛を強くして,研究と実践を進めて行きたいなって。
野崎:私はあちこちで,20年くらいで日本は没落するんじゃないかと言いふらしているんですけれども,それを防げるとしたら教育だと思うんですよ。教育で 食い止められるとしたら,数教協のみなさんに頑張ってもらって子どもたちに考える楽しさとか分かる嬉しさを体験させられると良いんじゃないかなと思いま す。ですから,小林先生が兜に愛の字をつけて出馬してくださるのは,私にとっても大いに期待しておりますので,よろしくお願いします。
小林:この対談がどれだけ楽しかったか,お役に立ったか分かりませんが,皆さんのご協力で無事終えることができました。どうもありがとうございました。(報告:中原宣)
『数学教室』2009年12月号から


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数学教育協議会 第56回全国研究大会 東京大会
未来をひらく数学を一なぜなぜ・のぴのび・わくわく授業一
 
日時 2008年8月3日(日)〜5日(火)
会場 日本大学文理学部(京王線下高井戸)


数学教育協議会第56回全国研究大会東京大会

記念講演報告
【講師:三浦公亮氏(東京大学名誉教授,元宇宙科学研究 所)「ミウラ折りの世界と宇宙構造物」】

 この大会をどんな大会にするかと話し合う中で,「若い人たちに分かりやすく,具体的で,楽しいものにしよう」と決まりました。
 そんな趣旨に添った講演者として三浦公亮氏があがりました。ミウラ折りをご存じの方も多いと思いますが,ミウラ折りを実際にやっていただくだけでなく, ミウラ折りがどう発見されたか,どう宇宙構造物として応用されていったかを話してもらうとよいのではないかということになりました。三浦先生は忙しい中, 快く講演を引き受けて下さいました。
 内容は次の項目に沿って話されました。
*宇宙構造物の研究室ではどんなことをやっているか
*宇宙研とNASAとチューハイ缶の関係
*隠されたパターン
*くしゃくしゃの紙の実験
*絶対的に平らで無限に大きい紙を縮める
*凸と凹の間は平らである
*美しい解は正しい?
*ミウラ折り実技(全員)
*折り口が記憶される
*宇宙への応用
*生物学での関心
 最初は,宇宙科学研究所ではどんなことをやっているか,その雰囲気を感じ取ってもらおうということで,トラス構造で作られた大きな物体が,ゴーゴーと音 を立てながら形を変え展開されていく様子などがビデオで紹介され,ちょっとSFの世界に来たような気分になりました。
 そして,ミウラ折りがどのように発見されたかの主題に入っていきました。
《宇宙の探検時代が終わり,字宙空間に建築の準備を始めたとき,字宙の建築家たちは,何かしら戸惑いを感じたものです。建築の「構造」とは,法隆寺の塔が 造られるよりずっと以前から,「じっと重荷に耐えしのぶ」という言葉がふさわしいものでした。しかし,いまや重力もありません。そればかりでなく重力につ いてまわっていた便利な垂直と水平という定規も,忽然と姿を消してしまいました。そういうわけで,私達は,新しい宇宙の環境に対応する,「構造」のコンセ プトを一から創りはじめなければならなかったのです》…
 レジメから引用しましたが,宇宙構造物について,まずNASAでロケットや飛行機などの構造物の「強度」について研究を始めたそうです。来る日も来る日 も,円筒缶などをつぶして,壊れてはいけないものを壊さないようにするために,「壊れる」メカニズムを研究したそうです。そのうち,つぶれたものはつぶれ たナリにその形で強度を増していることに気づき,菱形が規則正しく並んだパターンに注目しました。その模様が幾何学的で面白かったので,夢中になって研究 したそうです。
 実際に円筒形に巻いた用紙を机にぶつけて実験して見せてくれました。講演ではビデオで手元を写し拡大してスクリーンに映していましたので,菱形が規則正 しく並んだ模様がはっきり見えました。「実験ってすごいな」と思わされた瞬間です。
 このパターンについて強度や伸縮性について研究をまとめましたが,すぐには応用に結びつかず,そのまま25年程眠っていたそうです。それがやっと東洋製 罐鰍フ技術者に見いだされ,「キリンチューハイ氷結」の缶に応用されました。炭酸の入った缶はその圧力で形を保ちますが,缶を開けて圧力が抜けたとき,缶 は菱形模様につぶれ強度を増し形を保ちます。この構造のため缶の厚さを薄くでき,また見た目も涼感をそそるものとなっています。
 そしてこの缶でまた模様を眺めているうちに,あるとき内側から缶を眺めてその模様の見え方の違いでひらめいたそうです。内側をひっくり返して,うまく外 側と接合できれば,「平でかつ伸縮性のある構造が作れるのではないか」というわけです。うまい接合の仕方が存在し,こうして平面を無理なく折りたたむ構造 が発見されました。これはいち早く地図に応用され「ミウラ折り」として有名になりました。もちろん最初の目的である宇宙構造物に応用されていったわけで す。「ミウラ折り」は,地図(長方形の用紙)の対角線部分を持って左右に引っ張ったり縮めたりすると,ワンタッチで展開・収納ができる折り方でありかつ, 折り目がずれているので痛みにくくできているものです。このミウラ折りは三浦先生に直々に指導していただき,会場の全員が体験しました。机がない中でした が,ほとんどの方がうまく折れ,ミウラ折りを楽しみました。
《多くの宇宙のミッションでは,長いマストや広い面積のソーラーパネル,そして巨大なアンテナを必要としています。それを,どのようなパッケージとし,宇 宙で広げるかが,第一の主題でした。つまり,一次元の棒,二次元の面,そして三次元のパラボラ面を畳み込むことでした。第二の主題は,それらに知恵をあた えること,つまりミッション要求にそって変化できる,知的構造物をつくることです》…
 ミウラ折りはこの夢を実現し,宇宙構造物としては,字宙実験衛星(SFU)の太陽電池パネルや電波天文衛星「はるか」の大型宇宙アンテナなどに既に応用 されています。
 また最近では,生物学の方面でも,葉の構造はミウラ折りになっているということが研究されています。無理なく小さい状態から大きく伸びて行くミウラ折り の構造になっているようです。もしかすると,花びらが開くときや,昆虫が羽化するとき折りたたまれた状態から平面に展開するようなところには,ミウラ折り が存在するのかもしれません。
 講演の後の質問も活発でした。「ミウラ折りの角度についてどのくらいがよいのか」という質問には,パッケージを小さくするには角度を小さくするのが望ま しい。しかし余り小さくするとスムーズな折りたたみが難しくなる。2°から6°ぐらいの間がよいということでした。
 地道な実験から始まって,宇宙構造物に見事に応用されていったミウラ折りという構造の発見は,目標を決めて,地道に実験・観察を繰り返すことの大切さ や,ひとつのことに関心を持ち続けることの大切さなど,学び発見していくということについて考えさせられました。
 おみやげとして,「四角いミウラ折り」の展開図と作り方が配られました。普通のミウラ折りは,折り口がずれていくので出来上がった外形もジグザグした状 態で,収納しにくい形です。そこで長方形になるように予めまわりを切っておくと,ミウラ折りをしたときには,ちょうど長方形になるというものです。大変い いおみやげになったと思います。
(報告=野町直史)



数学教育協議会第56回全国研究大会東京大会
未来をひらく数学を一なぜなぜ・のぴのび・わくわく授業一

東京大会を終えて
数教協への「期待」を受けとめよう!!
第56回全国研究大会実行委員長 市川 良

 全国の仲問のみなさん,第56回大会開催に当たってあらゆる面でご努力・ご協力を頂き本当にありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
 前回,東京地区として大会を開催したのは13年前(1995年)の湯沢大会でした。その後2000年大会(於東京・大妻女子大)がありましたが,これは 中央が担ったものですから「東京」としては実に久しぶりに大会を担うことになりました。それにしても,この間の教育界の変化は凄まじく,学校現場の締め付 けは厳しくなるばかりでした。
 しかし,今回の大会開催に当たっては好条件もありました。日本大学文理学部の全面的な後援をいただいたことです。せっかく,地の利を生かして東京で開催 するのだから,良い大会にしよう。こうしたことで,東京の実行委貝会は勿論ですが,関東地区協からの様々な面での応援も大きな力となりました。
 さて,結果として大会は900名規模の大会として成功しました。これだけ困難な状況の中で,本当に多くの方々に参加していただけました。特に,20代, 30代といった若手の方々の参加者数の多さには驚かされました。当日,たった1日だけ参加するのにも快く参加費を払っていた若者が「是非,数教協の成果を 勉強したくて!」と語っていたことも印象的でした。
 酷暑の大会開催中,実行委員はひたすらがんばったと思います。学校に縛られ,大会のための会議や準備に駆けつけるのも大変なメンバーばかりでした。「い つも数教協のレポートや実践報告を参考にさせてもらっていたのだから,こうした時こそ“恩返し”ですよ」とは,高校のある実行委員の言葉でした。実行委員 は皆同じ思いだったと思います。

東京地区 数学教育協議会/56回全国大会(2008東京大会)ホームページ
http://www5.ocn.ne.jp/~ititokyo/


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数学教育協議会第55回全国研究大会AMI 55 go!go! 

日時 2007年8月3日(金)〜5日(日)
会場 長野県千曲市 戸倉上山田温泉 上山田文化会館、千曲市観光会館他



数学教育協議会第55回全国研究大会戸倉上山田大会報告
未来をひらく数学を 〜なぜなぜ のびのび わくわく授 業〜


大会ルポ(『数学教室』2007/12から構成)

●開会行事と講演
 第55回の全国大会(速報タイトル『AMI55(Go!Go!)」)は,本吉美佐子実行委員長の和やかな挨拶から始まりました。この大会の特徴(2つの 講演・講座の充実・手話通訳など)について話されました。
 野崎昭弘委員長はいつもながらのソフトな口調ですが,ハッとするお話がありました。たとえば,「世界的に「金儲け優先の成果主義」が進行し,小学校から 「目先の点数しか考えない勉強」が勢いをもち,先生は教育の喜びを,生徒は勉強の楽しさを見失う。できる子まで「算数・数学はつまらない」と思うようにな る。それが10年続くと国は滅びるのではないだろうか…。」
 参加者に,「遠慮なく,人助けと思って質問してほしい」と協力を呼びかけられたことが,心に残りました。

講演T 新教育課程を考える
 講師は銀林浩先生(数教協元委員長・明治大学名誉教授)です。先生は,新教育課程の検討に進展がなく,「文科省は何をどう変えようと考えているのかさっ ぱりわからない」と,少しとまどった表情で話し始められました。強く印象に残ったお話を要約してみます。
 「文科省や再生会議の委員達は人問の「知る・学ぶ」について思い違いをしているのではないか。知識の量や反復練習重視のようだが,幼児でも一度の体験で 深く「知る」ことはできる。小学校での実践成功例から,子どもこそ原理的であることがわかる。「子どもに対する畏敬の念」を持ち,何をどのように教える か,大人が頭を絞って子どもに問いかける,それが教育ではないか。」
 次の講演の準備時間中,布施さんのサイン本プレゼントの抽選結果が発表されました。

講演U 紙を折る不思議
 講師は布施知子さん(長野県在住の折り紙作家)です。前半は,布施さんが得意とするユニット折り紙の作品を見せていただきました。会場内から「オーッ」 という声が上がる見事なものです。後半が実習で,螺旋(うず巻きとつる巻き)を折りました。教わっても出来ない苦しさを味わいつつ,完成した喜びも味わう 事のできた,楽しいひと時でした。

●たった1人でも
 たった1人の児童を探している教師がいました。背中に大きい荷物を背負ったままでした。その先生の夫君によれば,「たった1人の折紙をしたいという子ど もをああしてうろうろと探しているのですよ」とおっしゃる。
 その教師をつぎに見かけたのは受付後部のソファーで1人の子どもを相手に折紙を教える姿でした。1人の筈がつぎつぎと人が集まり,グループができミニ教 室が始まっていました。たった1人でも,このたった1人の教え子を大切にすることが教師の仕事の始まりですね。
 大会では,廊下でも喫茶室でも食事をしながらも「課外授業」が始まります。どれどれと首をつっこんだ人は虜になります。このどこでも授業が,大会に参加 した意義を増幅するのでしょう.

●見なけりや損するポスター展と教具展
 3日と4日の教具展とポスター展は大賑わいでした。展示する方も,自分の教具を実践する方もみんな嬉しそうです。参加した子ども達も手品のような手さば きにわっとなり,保護者も教師も加わって和気藹々です。これが一番楽しみという実行委員の笑顔は格別でした。

●算数・数学何でも相談室
 算数・数学何でも相談室は観光会館の人り口右側の休憩所が開放されて行われました。指導に悩む保護者や教師の相談に応じるために設けられたこの教室に は,どのような相談が持ち込まれるのか未知数です。
 さっと引き受けて下さったと聞く相談員は,2人のベテラン教師OBの方でした。
 ガラス戸越しに覗くと難しいなど超越したおだやかな優しさと暖かさを感じ,真似はできないなあというのが私の実感でしょうか。
 訪れた相談者は当然ですが,いろいろな課題をもっていました。思いがけなかったのは小学生が宿題を教えてと夏休みのドリルを持ち込んだことや教師?から 転職の相談を受けたことなどです。中学生は,数学のつまずきを解決したい,教えてほしいという相談で,想定内だったでしょう。教師の相談は研究授業の指導 案持参で平行四辺形の求積の指導でした。新しい試みをしたいが同僚をどう仲間にできるか,指導の内容と同時に同学年の教師間の問題をかかえていました。自 分の知識ではまだ説得力がないということでした。
 加藤さんが呼ばれて相談を受けたのは,分数の除法の説明をどうするかという内容だったそうです。ひっくり返して(分子と分母を)かける,これも納得させ るのは難しい問題です。結果を加藤さんに聞くと「わかったって喜んでくれた」ということでした。
 その他,保護者からは家庭学習のさせ方や子どものつまずきをどうするかなど多様な内容になりました。相談者は小学生8名を含めて20人と聞きました。ど の相談者も帰りは「よかった」「安心した」「遠くから来て参加した甲斐があった」という感想を残しています。
 この企画は当初はなかったものですが,1年前のプレ大会で実行委員から提案されました。現在の教育現場では心を病む教師が多くなっています。誰かに話し たい,聞いてほしい,でも安心して相談できる場がない,そういう人達にとって,この相談室は大きな役割を果たしました。今後の大会の方向として継続が望ま れます。


●手話通訳
 長野県社会部の企面協力をいただき大会の開会行事から手話通訳の方々が参加をして下さいました。手話通訳者をお願いするにあたっては先ず費用の問題にぶ つかりました。少ない予算の中からどう捻出するかについては頭を悩ませましたが,長野県の職員3名とボランティアの方々の協力で,費用を最小限に止めるこ とができました。そしてみんな一緒に学習したいという願いが実現し,開会行事から手語通訳を目のあたりに見て,その大変さが並々ならないものであることを 知りました。
 講座でも分科会でも長野県社会部の方々による細部に渡る計画で,滞りなく終わることができました。
 通訳をした方の感想では,数学に関しては素人であるので通訳の内容は難しくて大変だったが,皆さんの協力で気持ちよく仕事ができましたと話されました。
 聴覚障害者の方には大変好評であり分科会では講師の顔と掲示物と手話とを交互に見比べながら学習する姿が印象的でした。東京の長谷川さんは次のように感 想を書いてくださいました。
 「私ともう一人の聴覚障害者は分科会,順列組合わせ,確率に参加して,手話通訳を配置して頂いたお蔭で完企に話を聞き講義を楽しむことができました。伊 藤先生は一番元のところに戻って教える,生徒に考えさせる,体で感じさせる,ということの重要性を話しておられたが,コンピューター時代だからこそそれが 大切なのであろう。」
 長谷川さんの感想のコンピューター時代だからこそ,という部分が強く印象に残りました。今回の手話通訳者は非常にレベルが高かったそうです。しかし問題 も残りました。通訳をする立場からはもっとゆっくり話してもらうようにお願いしたい,説明がはやいと手話通訳が苦しい部分もある,そういうことを頭に人れ て話してもらいたい。これも聴覚障害者の方の感想でした。

●大交流会
 交流会場近くの廊下に行くと音楽が聞こえるのです。会場に近づくと千葉の上村氏が率いる楽団?音楽サークルの演奏が始まっていました。次々に演奏される 曲は聞き覚えのある曲ばかり。驚いたことに,実行委員長が壇上正面で美声で更に興を添えていました。ご存知ですか。野崎委員長も美声です。ですが,今日は にこにこと見物席でした。
 昼から夕刻まで連日のハードな学習が続けられる大会スケジュールの中で,参加者の多くが集まる大交流会はほっと一息つくところです。隠し芸,クイズ,得 意な話術などの最後は地区別に活動紹介がありました。時間切れ近くなり司会者が「10分以内に」という困惑を知りながら堂々の舞台でした。ホテル側の寛大 な時間超過の見逃しに甘えて,終わりは10時近くになりました。そして,その後も地区交流会や明日の準備が続きます。

●いちばん
 暑さが一番でした。
 大会速報は大会最多の発行数で一番。
 地域の協力も一番です。
 今回初めて計画した「なんでも相談会」の会場は「本来は,観光客用の休憩室なので使う訳にはいきません」ということでしたが,根気よく大会のチラシを学 校に配ったことが成果に結びつきました。事務所の職員のお孫さんが学校でチラシをもらってきて「楽しそうなので是非行きたい」と言っているので「今回は特 別にお貸しします」ということになりました。お孫さんのことだけではなく,チラシの内容が広く地域に浸透していったのでしょう。それが協力をうみました。
 大会後に入ったうどん屋さんで「大会が終りましたね一」と言われてびっくり。「知ってらしたのですか一」ということで「来店するお客さんがみんな楽しそ うに数学の話をしている。算数嫌いだったけど,よほど楽しい研究会だったのですね。私ももう一度できればやりなおしたい。もう間に合いませんけどネ」と話 してくれましたので,思わず実行委員の顔がほころびました。大事なことなのですね,地域に好感をもたれるということは。大会がいつもこうであってほしい, そして関東得意の手拍子の最後の一拍が「パチン」と決まったねという実感でした。そして来年の東京開催にエールを送ります。




大会終了にあたって
大会実行委員長 本吉美佐子  

 第55回数教協全国研究大会は,約800人の参加を得て終了しました。たくさんのご協力,ありがとうございました。
 参加申し込みの受け付けの段階での不手際が多く,ご迷惑をおかけしました。
 さて,今大会で特筆すべきことのひとつは,入門講座の時間を長くとったことです。開会行事より前の時間帯ですが,たっぷり時間をとって,そこから本番の 雰囲気にしようと意気込みました。さいわい,5時間講座という今までにない長時間のお願いに快諾してくださる講師もそろい,実施することができました。講 師の方々の負担も,担当する運営委員の負担も大きくなりましたが,好意的なコメントをたくさんいただき,成功を確認しました。
 つぎは,講演を2本立てにしたことです。無理な計画かと案じましたが,おおむね好評だったと受けとっています。
 入門講座に時間をとったことと,講演を2本にしたことにより,開会行事は,非常にシンプルなものになりましたが,中身で勝負したつもりです。
 分科会は,分担した各地区協が力をいれて運営し,活発に討議できたと聞いています。実行委員会がどうサポートするかが課題でした。事前にレポート内容を キャッチして地区に伝えるなど,努力はしましたが,十分でしたでしょうか。
 大会終了後に,こんなエピソードがありました。食事に入った店で,「やっと終わりましたね」と,店の人から声をかけられました。まるで実行委員のような ことばに驚いて顔を上げると,さらに「でも,楽しかったでしょう」と。大会期間中,外で道をたずねた人も店に食事に来た人も,とっても楽しそうに数学の話 をしたので驚いたと言っていました。「よほど楽しい研究会だったんですね」とうらやましそうでした。みなさんに喜んでいただけて,たいへんうれしく,ま た,ありがたく思います。スタッフとして働いた実行委員も,楽しく仕事ができたことを付け加えます。数々のご協力,ありがとうございました。

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数学教育協議会 第54回全国研究大会 2006年花巻大会報告

未来をひらく数学を
-なぜなぜ・のびのび・わくわく授業-

『数学教室』2006年12月号特集から抜粋

開会行事の対談

 今回の対談は数学を考える楽しさやイメージを持つことを多くの著作で発表されている秋山先生と数教協委員長の野崎先生の対談でした。その中の一部分を紹 介します。

○考える力を付ける
野崎 いま出てきた言葉で,楽しければいいというわけではないが,楽しいということがとても大事だというのは私も賛成なんです。考える力をどう付けるかと 言ったって,大事だ大事だと言っても,それは付くものじゃないですよね。そうすると,どうしても子どもたちが興味を持てるもの・子どもたちが関心を持てる ものを手がかりにして,子どもたちを,それこそinspireしながら考える楽しさですよね,それを味わわせ,それを早い段階で体験させられるといいん じゃないかと思います。
 将棋とか碁とかパズルなんかでもね,好きな子は夢中になって考えます。それなら,数学の中でも何かそういうような材料で,まずは関心を惹きつける,そう いうことができれば,後々どれだけ大きな力になるかと思いますね。大学に入っても受験勉強でもう好奇心もすり減らされちゃって,好奇心ほとんどゼロという 大学生が珍しくないんです。それよりはね,知識が足りなくっても,何か、えっ!そんなことあるんですか?どうしてですか?そういうふうに問いかけてくれる 学生さんの方が明らかに伸びるわけですから。
 ただ,そういうことを抽象的な形では私はいろいろ言えるんですけど,じゃこれ,ってお見せするのは私あんまりないんですよね。幸い秋山さんはいっぱいお 持ちですから,そして今日もいろいろ持っていらしているようですから,おもしろい教材というか題材の方で,何かご紹介いただけませんでしょうか?

○おもしろい教材
秋山 いま野崎先生の問いかけは,考える力を付けるために具体的な方策というのはどういうものがあるだろうか,ということだと思います。まず,動機付けで す。数学が役に立っているということを子ども・生徒たちに伝えるのは非常に難しいということは事実なんだけれども,かつての数学離れの現状を象徴する「3 ない」と言うんでしょうかね−わからない・つまらない・役に立たない−。これからの教育=未来を開く教育,というのは,この"3つの「ない」を「ある」に 変えていく"ような方策を考えなければいけない。すなわち−わかる・楽しい,そして,役に立つ−。その役に立つのも,その場で役に立つというよりも,彼ら が卒業した後,人生の各段階で役に立つ・血肉になる。
 ここはたまたま花巻でありますが,私の頭の中にあるイメージは,先ほどの鹿(しし)踊りの演舞を披露してくださった花巻農学校の宮沢賢治先生です。宮沢 賢治先生は,その授業の日的をキチっと伝え,そして五感を総動員し,ここは1つのキーポイントだと思うんですね,作業や体験を通じて五感を総動員。
 数学の授業はどちらかというと五感よりも大脳を通して理解する。そして机上の計算とか議論。こういうようなところが多いんですけども,やっぱし,聴覚や 視覚や触覚や,いろんな五感を総動員して物事の成り立ちを理解させる。そして必ず授業は感動に結びつかなければいけない。賢治先生はこういうふうにやって いた。
 しかし,多くの先生方の授業はみんな忘れてしまったが,賢治先生の授業は目に見えるように聞こえてくるように心に溶け込むように刻み込むように教えてく れたので,生涯役に立った,と賢治先生の教え子たちは言っています。

○教具は自分で
秋山 教具は自分で作らなければいけない。人のものとかどっかのものを,教材会社が作るものを買ってきて作るんだとやっぱし半減してしまうよ。額に汗をか いて生徒のために手作りでちょっと不細工でも作らなきゃいけない。私は以前,数教協の先生に聞いたその言葉にたいへん感動しました。子どもたちは,ちょっ といいアイディアがあればパアッと証明できる,そういういい問題を先生方はたくさんポケットに入れといて,ふんだんに子どもたちに時に応じて提供すればい いんじゃないかと思います。すなわち,
"質のいいエキサイティングな問題"
をたくさん持っているということが,重要なんじゃないかな。学力低下論争でカリキュラムをもっと増やせとか時間を増やせ,これも一つの重要なファクターに はなると思いますが,それよりも一番いま私たちに問われているのは.教育の質の改革,授業の改革。すなわち,数教協がず一っと主張なさっていること,好奇 心に裏付けされた,そしてみんなが楽しんで思考力を深めていくということ,これ以外に方法はないと私は確信しています。

○考え方
野崎 秋山さんは大事なことをおっしゃって下さったんですけども,やはり教え方ですよね。子どもたちが食いついてくれないと話が始まらないということは事 実だと思いますし,そのことの重要性は1O年前より今のほうが更に強まっているような気がするんです。ですから楽しいということは,とっても大事です。小 学校の先生方はみんななさっていることなんですが,一人ひとりの顔を見ながら子どもの性格を知って,それに合わせて色々教え方を工夫していくことじゃない かなと、思います。
"教育とは子どもを知ること"
これは名言だと、思いますね。教育っていうのは結局そういうことだろうと思います。

花巻大会を終えて

大会実行委員長 小宮山晴夫

 第54回全国研究大会をおおむね成功裏に終えることができました。
 最初に,遠くから交通の便が悪いのも厭わず参加していただいた皆様,さまざまの場面でご援助いただいた野崎委員長をはじめとする数学教育協議会中央,各 地区協の役員の皆様,さらには幾多の面倒な要求をこなしていただいたJTB東北盛岡支店や花巻温泉の皆様に感謝を申し上げます。
 参加者数は希望的予想には届かなかったものの,参加費を払っての参加が約650名,その他の参加者をすべて合わせて約800名となりました。多くの参加 者からいただいた感想等を踏まえ,今大会で目指したこと,今大会の特徴と思えること,できれば今後に引き継いでもらいたいことなどを述べて総括の責を果た したいと。思います。


(1)今後の数学教育を考える機会となりました
 記念講演として,秋山仁東海大学教授と野崎昭弘数学教育協議会委員長による対談を企画しました。企画段階では,テーマの設定にも講師の選定にも多くの議 論がありました。指導要領の改訂が動き出していること,さまざまな教育環境が大きく変わろうとしていることなどを踏まえ,大会テーマを頭に据えて,両先生 に:「未来を開く数学教育とは」-これからのカリキュラムに望むこと-:という内容で対談していただくことに決定しました。
 期待にたがわず,野崎先生の適切なコメントもあって,秋山先生のいつもに増したバイタリティ溢れるお話を聞くことができました。久しぶりの数学教育を中 心テーマとする企画であったこともあり,参加者の多くに満足していただいたものと思っております。発足55年目の数教協の今後のあり方を考える一つの視点 を見つけることができたと思います。

(2)教え子達に応援してもらいました
 開会行事のアトラクションと東北の夜祭りに高校生の皆さんの出演があり,大好評でした。宮沢賢治の地元での大会を盛り上げるという発想で,花巻農業高校 鹿踊り部と盛岡白百合学園高校放送部に出演を依頼したところ,積極的に参加していただきました。合唱部によるバックコーラスまで提案をいただき,閉会行事 を感動のうちに終えることができました。ありがとうございました。
 また,夜祭りにおける高校生の研究発表では,数学の勉強=受験勉強というような風潮である今,純粋に自分の興味を追求しまとめ発表する生徒が少数でも存 在することを示してくれました。もちろん,指導した教員の苦労はあったでしょうが,それに応えてくれた生徒たちの姿がまた,感動を与えてくれました。今後 の大会に引き継ぎたい一つです。

(3)すごい!速報98号
 今大会の特徴の一つである,速報体制が成果を挙げました。「講座・分科会・サロンに張り付いた運営係が,その内容や雰囲気を伝える速報の原稿を作る」と いう体制をとりました。準備委員会では運営委員の負担が大きすぎるという反対もありましたが,大きな成果を上げることができました。参加者から集めた感想 も速報係の寝る暇を削ったタイピングによりほとんど紹介することができました。
 参加者の反応も好意的でした。こちらの予測に反し,各号とも平均的に無くなり,何度も増し刷りしたこともありました。

(4)教具展・ポスター展も大成功
 教具展・ポスター展も今大会の目玉的な企画でした。準備の段階では,なかなか出展の申し込みがなく,惨めな結果になることを覚悟しましたが,さすが数教 協?!(今後は心がけを変えて事前に申し込んで欲しいのですが)大会直前には相当数の出展があり,ほっと胸をなでおろしました。おかげさまで予告どおり に,教具展の野崎賞,足立賞,小宮山賞を発表することができました。教具の重要性に鑑み,この企画が続くことを願っています。

(5)IT化に伴う変化も
 今回の大会準備に当たって好評であったものの一つに,ホームページによる広報があります。管理者は大変であったと思いますが,準備状況が同時的に公開さ れていることが良かったようです。今後より良い方向に進んで欲しいと思います。お土産として,要項や講座・分科会・サロンの内容を盛り込みたいと努力しま した。要項の内容を盛り込むことで精一杯という面もありましたが,前もって準備できる原稿については,電子化できれば皆さんの便宜が図れるのではと思いま す。

 来年もみんなで上山田大会に参加し,数教協の未来を開きましょう!宿の予約は早めに!

期日 2006年8月3日(木)〜5日(土)
場所 岩手県花巻市 花巻温泉千秋閣

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第53 回全国研究大会 2005年広島大会
未来をひらく数学を 〜「数楽」「元気」「平和」〜


第53回全国研究大会 
2005年広島大会報告
(『数学教室』2005年12月号)から

開会行事・トークショー

開会行事は大会第1日目(8日),午後6時より広島県民文化センターで,一般市民にも公開されて行われ,600名収容のホールは立ち見も出るほど,いっぱ いになりました。
四数協の岡崎笑顔さん,丸岡安さんの司会により,次のようなブログラムで進められました。
(1)折り鶴折り(AMI折り紙サークル)
(2)朗読「平和を願う詩」(錆峯女子中学・高校生徒)
(3)ごあいさつ・メッセージ
(4)トークショー「楽しんでますか,数学・音楽・絵画」(安野光雅氏・森ミドリ氏・野崎昭弘氏)
(5)授業で使える数楽パズル 〜お土産パズルの説明〜

〈折り鶴折り〉

開会行事の最初にAMI折り紙サークル堀井洋子さんが登壇,小島和美さん,榛葉文枝さんとともに折り鶴の指導を行いました。
堀井さんは,鶴が折れる原理は数学と関わっており,今日は数学との関わりで鶴を折って,最後に祈りを込めて貞子の像に捧げたい,と述べてから,鶴の折り方 を説明しました。
最後に,どういう理屈でできているかを考えながら折るこの折り方は,正方形でなくても,ひし形でも三角形でもどんな形の紙にでも応用でき,つながった鶴も きれいに折れると結びました。参加者は熱心に鶴折りに挑戦していました。

〈朗読「平和を願う詩」〉

鈴峯女子中学・高校の生徒さん13名が登壇,峠三吉の詩「人間を返せ」を日本語,英語,中国語,ドイツ語で,原民喜の詩「永遠のみどり」を日本語と英語で 朗読しました。
鈴峯女子中・高校のみなさんは昨年から,平和を願う詩の朗読会に参加しています。昨年は峠三吉の原爆の詩を外国の人に知ってもらおうと,中国語と英語でも 朗読したそうです。今年はさらにドイツ語でも朗読し,さらに原民喜の詩「永遠のみどり」も英語で朗読することにしました。外国語への翻訳はたくさんの人に 協カしてもらいました。世界の人々の胸に,平和を願う思いを呼び覚まさせたい,という願いを込めて,朗読をしました。
朗読の際には,森ミドリさんがピアノの即興でBGMを流してくださいました。最後に平和を願って,「翼をください」を会場全員で合唱しました。

〈あいさつ・メッセージ〉

まず,数教協を代表して野崎昭弘委員長が挨拶をしました。一般参加者に配慮して,数教協の簡単な紹介に触れた後,楽しく何かをするという体験は現在だけで なく,未来にも希望をつなぐということだ,と強調されました。
中原宣大会実行委員長は,広島の地で平和について考える実のある大会にしようと歓迎の挨拶を述べました。秋葉忠利広島市長から歓迎のメッセージが寄せられ ました。

〈〜トークショー〜「楽しんでますか,数学・音楽・絵画」(安野光雅氏・森ミドリ氏・野崎昭弘氏)〉

ビアノによる前奏の後,緞帳が上がり,森ミドリさんが「世界に一つだけの花」をピアノで演奏。そのあと,元気よく司会者の説明があって,画家の安野光雅さ ん,音楽家の森ミドリさん,数教協委員長の野崎昭弘さんの3人によるトークショーが始まりました。
思いつくままにさまざまな話題で3人のトークは進みました。
はじめに,「どうして野崎先生が数学をやるようになったか」,「森さんが楽器をバイオリンから始めたわけ」等が紹介され,安野さんはピアノが弾けないのに 小学校で音楽を3クラスも担当したことがあるという話から,当時,安野さんが猛練習の末,唯一,両手でオルガンを弾くことができるようになった曲,「雨降 りお月さん」をチェレスタで森さんが演奏しました。
チェレスタとは形や大きさはオルガンのような鍵盤楽器で,オルガンと違うのは,鍵盤を押すとビアノのようにハンマーが叩いて音を出すところ。しかし,ピア ノと違うのは叩く相手が弦ではなく,金属板なのです。ちょうど鉄琴を弾いているような,オルゴールのような音がします。NHKが高校野球の放送で学校紹介 をするときに流れたBGMはこの会場にあるこのチェレスタで演奏されたそうで,その曲の「栄冠は君に輝く」も演奏していただきました。
チェレスタとは「天空」という意味,と森さんが説明するとすかさず,数学の真理は天空はるか,人間のいない世界でも真理,これにとりつかれるとヤバイ,と 安野さん。うなずく野崎さん。軽妙なトークが森さんのピアノ演奏,歌,チェレスタ演奏をはさんで続きます。
安野さんの作った詩に森さんがメロディーをつけた歌もいくつか紹介されました。「津和野の子守歌」,「蝙蝠中学校校歌」そして「いろはの歌」。会場からの リクエストにも応えて,「星に願いを」「少年時代」「涙そうそう」なども聞かせていただきました。
話題は音楽や数学はもちろん,創作にまつわるこぼれ話やおもしろい話がたくきん出て,会場はどんどん盛り上がっていきました。
あっという間に時間は過ぎて,チェレスタによる「原爆を許すまじ」が演奏されると会場から合唱が沸き起こり,広島にふさわしい歌が出てきたところで,ちょ うど時間となり,楽しいトークショーは幕を下ろしました。

〈お土産パズルの紹介〉

最後に中数協の中原克芳事務局長がお土産パズルの説明をしました。
(文責:中原 宣)



☆分科会その他の報告は雑誌『数学教室』(2005年12月号)にあります。


3日目の数楽サロン『平和と数学』には秋 葉忠利広島市長にご参加い ただきました。
その後
秋葉市長は8月25日付けの広島市メールマガジン(広島市広報課)に以下の文章を書かれました。

希望の見付け方
―――数学教育協議会での質問に答えて―――
秋葉忠利

数学教育協議会の第53回全国研究大会が今月の8日から10日まで鈴峯女子短大のキャンパスで開かれました。8日の夜には画家安野光雅氏、大妻女子大学教 授の 野崎 昭弘氏、音楽家の森ミドリ氏によるトークショウが県民文化センターで開かれ、多くの市民も参加しました。

この大会の最終日に、平和と数学をテーマにした「対談」に参加させて貰いました。かつて大学時代に函数論を教えて頂いた野崎昭弘先生と私が、「対談」とい う形で平和と数学、あるいは数学的な考え方と平和の考え方等について話をしました。数学を専攻し、数学を愛し、数学を教えるという共通の経験を持つ人たち の集まりでしたので、久し振りに安心して話をすることが出来ました。

会の最後に「現在の世界情勢、社会情勢を見ると絶望的にならざるを得ないと感じている人が多いのではないか。そんな状況の中でどのように希望を見付ければ 良いのか」という趣旨の質問がありました。答えるのが難しい質問なのですが、その理由の一つは、幾つかの視点からの答が可能だからです。例えば、現在の世 界状況を多くのマスコミ報道等とは違った角度から分析して、だから希望を持つことは出来ますよ、希望を持ちましょうと提案することも一つの答え方です。平 和市長会議の活動やそれを支持してくれている世界の市長、市民、NGO等の報告をすること自体、既にこの視点からのアプローチの具体例だと思います。野崎 先生との対談の中で私が強調したのもこの点でした。従って、改めて質問に答えるという形であっても繰り返しの必要はない、と解釈しても良い点だということ になります。

質問された方が聞きたかったのは、単純過ぎるという形容詞が付くほど楽観的な核兵器廃絶論を繰り広げている私自身が、どのような形で希望を見付けているの か、あるいは、どのような動機で世界の市長たちが核兵器の廃絶に立ち上がったのかといった、ある程度個人的なレベルでのエネルギーの持続法、のようなもの なのではなかったかと思います。

本論に入る前にという位の位置付けで、何故希望を見付ける必要があるのかを、一つの視点----私はこの視点がとても大切だと考えているのですが---か らの確認をさせて貰いました。それは、希望があるかないかによって、核兵器廃絶のための私たちの行動を変えるべきではない、ということです。核不拡散条約 再検討会議で良い結果が出たかどうかで私たちの行動を決めるべきではない、ということでもあり、その他、私たちを取り巻く様々な状況が、私たちにとって好 ましいものかどうかで、核兵器廃絶運動をどの方向に持って行くのかを考えない方が良いだろうということでもあります。

勿論、変化の方向が大切なのですが、往々にして、状況が悪いとがっかりして、力が出てこないのが、私たちが日常的に経験していることです。しかも、それを 当たり前のこととして、受け止める傾向があるような気がしているのですが、それで良いのでしょうか、という問題提起でもあります。

その理由は、前回触れたラッセルやアインシュタイン、その他多くの識者が指摘してきた事実、「人類が核兵器を廃絶するか、核兵器が人類を滅亡させるか、そ の選択は私たちに懸っている」です。状況が悪いときにこそ、核兵器を廃絶するための努力をなお一層強めなければ、私たちの目的は達成できないからです。希 望が見えなければ、いや見えなくても、私たち自身で希望を見付けて努力を続ける必要があるのです。

では、どのようにすれば希望は見付かるのでしょうか。ここからが本論だったのですが、10日には時間がなくなってしまいました。以下、10日に言いたかっ たことを簡単にまとめたいと思います。

心理学でもまたベストセラーになっている人生の指南書の類でも、多くの人に希望を与える鍵になっているのは、また私自身、励まされて来たのは、恐らく究極 的と言っても良いほどの絶望的な状況の中でそれでも人間性を失わずに生き続けた被爆者やナチスの収容所からの生還者の生き方であり、希望の発見の仕方で す。中には、一見、私たちの日常的感覚からすると英雄的には見えないような事柄もあるのですが、それでも、人により場所や時により大きな勇気と希望の種に なっている不思議さもあります。

8月5日付の朝日新聞に載った安佐北区の小島繁美さんの投書はその一例です。小島さんに希望を与えたのは兄妹の会話です。

「昭和20年の8月7日の昼下がり、広島市・宇品港の岸壁近くの砂地でいつ出るともあてのない島まわりの船を待っていた。---中略---
ふと気がつくと、近くの草むらで人声がした。きょうだいらしい二人。妹は13歳前後。兄は2、3歳年長か、着衣はボロボロでかなりの重症と見えた。妹は外 傷が無いようで、自らの身体で日陰をつくって兄を気遣い、話しかけていた。
 『お兄ちゃん、帰ったら母さんに「おはぎ」を作ってもらおうね』。---中略---最高にぜいたくで幻の食べ物だった「おはぎ」という言葉に、現実に戻 され、希望を与えられた。」

この短い文章からは、小島さんが希望を見付ける心の動きと共に、兄妹の気持まで伝わってきます。お兄ちゃんはおはぎが好物だったのでしょう。それを良く 知っている妹は、頼りにしているお兄ちゃんに、元気になって貰いたくて、そのお兄ちゃんと一緒に家に帰りたくて、おはぎの話をしたのではないでしょうか。 船を待つわずかな間、おはぎのイメージが、小島さんだけではなくこの兄妹にも大きな希望を与えたであろうことは疑う余地もありません。家に無事辿り着いた ことを小島さんと共に今でも祈っています。

これは、ヴィクトール・フランクルが彼の著書『Man’s Search for Meaning(意味を求める人間)』の中で述べていることにもつながっています。余りにも過酷な運命に絶望する人が次々と死に行く収容所の中で、それで も生き残った人たちに共通していたのは、収容所から解放された未来の自分の姿を具体的なイメージとして描けたという点だったと彼は観察しています。未来を 描ける力と言っても良いのかも知れません。その未来をおはぎに託すことの出来た少女の知恵は、現在の私たちにも伝わっているはずです。

おはぎが余りにも即物的なら、朝顔の種を蒔くという手もあります。毎朝、朝顔が幾つ咲くのかを楽しみにするのも未来を描くことに繋がります。

もう少し俗世間的な次元で考えると、愚痴を聞いて貰いたくなるようなときは誰にでもあるはずです。相手が誰でも良いことにはならないでしょうから、たまに は愚痴を聞いてもらえるような家族関係を作っておくことが必要だということになるでしょう。となると、「世界平和は家庭の平和から」という、半分は自戒の 意味で使われている言葉が別の意味を持ってくるように思います。

最後に、こうした幾つかの可能性が示唆しているのは、フランクルの言葉を再度借りれば「人間が心から願い望む最高の目的は愛であるという真実」だというこ となのではないでしょうか。と、ここまで書き進めて改めて気付いたことなのですが、これまで意識して「愛」という視点から「原爆」あるいは「被爆者」を考 えるということは余り行われてこなかったような気がします。被爆体験の非人間的極致を考えれば当然とも言えるのですが、被爆体験をより広く理解して貰うた め、また核兵器廃絶へのエネルギーを集めるためにも、この視点も付け加えて被爆体験を見詰め直すことがあっても良いような気がしてきました。
<大 会覚え書き>
期 日:2005年8月8日(月)〜8月10日(水)
会 場:広島市・鈴峰女子短期大学(初日夜のトークショーは県民文化センター)
宿 泊:広島市内のホテル
参加費:6000円、学生3000円(大会要項・資料代等含む)
後 援:日本数学会、広島県教育委員会、広島市教育委員会、中国 新聞社、朝日新聞広島総局、毎日新聞広島支局、読売新聞広島総局、
    NHK広島放送局、中国放送、広島テレビ、テレビ新広島、広島ホームテレビ

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数学教育協議会第52回全国研究大会2004年高山大会報告
未来をひらく教学を 〜だれもがやってみたくなる『数楽』〜
(『数学教室』2004年12月号から)

記念講演『21世紀の科学・技術と教育』(要旨)

講師 池内 了氏(名古屋大学大学院理学研究科教授) 

 科学・技術とは何か。科学・技術は一連の物でなく違う物であるという前提で物事を考える。科学は客観世界の原理や法則を理論と実証によって発見すること であるが,技術は科学の知見を応用して自然の事物を改変・加工し利用する技である。
 21世紀の科学・技術を考える上に20世紀のそれを総括する。科学と技術と社会は非常に強い連携を持つようになった。例えば原爆の開発によって放射能の 人体に対する影響の研究が進んだ。20世紀の前半部は分業して大量生産するフォ一ディズムに代表される。これによって大量生産,大量消費が身についた。 ニュートン力学,熱力学,電磁気学の基礎科学が重厚長大産業に応用され技術化された。後半部はマンハッタン計画,宇宙開発等のビッグ・サイエンスに象徴 される。冷戦時代は国家の威信をかけた。21世紀にかけて量子力学,分子生物学等のミクロ世界の法則を企業化して軽薄短小産業を生み出した。
 大量生産,大量消費,大量廃棄というシステムが加速した結果,人類はさまざまな環境を整えるのに,恒温動物の10倍から100倍のエネルギーを使う,恒 温動物の類を越えた,新しい成長類になリ,いわば恒環境動物になった。それが可能になったのは地下資源を利用したからである。
 しかし現在の地下資源文明は地球の有限性,つまリ上流の資源の有限性と下流の地球の環境容量の有限性から限界がある。よリ緊急的なのが後者である。二酸 化炭素等の廃棄物が多すぎてもはや自然に希釈されないため,環境を修復するために費用がかかるという環境圧ががかっている。
 また20世紀を通して科学は大きく変容した。次の四つが要因である。戦争への組織的な動員,制度化,商業化およぴ技術化である。
 次に21世紀の科学・技術を考えるとき,従来の科学の様々な限界を押さえておく。純粋科学はそろそろ終わリか。相対論,量子論,ビッグバン(1947 年,1965年),プレートテクトニクス(1965年)等の自然観をひっくリ返すような新しい概念が1965年以後出てきていない。
 また我々は認識論的な限界に近づいている。なぜなら不確定性関係という,あるサイズ以下の状況を詳しく見ることができない領域と,光の信号といえども出 てこられないブラックホールの領域に挟まれた,狭い領域しか我々は認識できない。不確定性関係とブラックホールとがぶつがる点であるプランク点の付近を見 るためにエネルギーをどんどん上げなければならないが,実験装置はあまリに高額になリ,世界中で一台しが作れなくなっている。
 さらに方法論として現象を単純化し線形化して再び総合する,従来の還元主義は限界に近づいている。
 そこで21世紀の科学としていわば等身大の科学を提唱したい。サイズが等身大で,研究費が安く,誰でも参加できる科学である。例えば里山,川,干潟の生 態系の環境調査である。等身大の科学は文化としての科学でもある。日常の身辺のモノに歴史がつまっている。それらを全体とつなげて物語を作る新しい博物学 を作リたい。現在は歴史を含む文学と科学とが分断されすぎている。両者が融合することで科学を身近に引き寄せ,また文学を科学の観点から見直したい。21 世紀の新しい科学は複雑系,非線形,カオス的で,天気や環境問題などのゆらぎと偶然に支配される不安定な現象を解明する。しかも文理が連携して総合主義の 博物学的である。
 また新しい技術は小型化,多様化,分散化される。生産,消費,廃棄が身近であれぱあるほど資源もエネルギーも節約される。大量の生産・消費・廃棄から脱 却する新たな生活スタイルは,人類をして環境を好む,好環境動物に変える。
 最後に教育について提言する。物質的に貧しくとも知的に豊かになることを願い,子どもたちに次の三つの指針を植え付けたい。
(1)S1ow life(S1ow food),ゆったリゆっくりでよいじやないか。
(2)Long time horizon,陸地の地平線に立つと4kmのかなた先まで見通せるように,時間的な地平線に立ち,明日のことでなく50年,100年先を見据える。
(3)Time honored,新品よリ使い古した物ほど価値ある。

【参加者の感想】
○今ある社会,科学,技術がどのような絡み合いの中で生まれたのかを知ることで,私達人間というものが様々に見えた。最も印象に残ったのは文化としての科 学という言葉。文化であるはずの科学がアカデミーに閉じられ,人々は科学から離れている。先生のマクロの視点がまさ1ごLong time horizon,未来を見通すことだと感じた。
○20世紀の科学の限界から21世紀の科学と生活のあリ方として「複雑系」「小型化」「好環境」,そして,「スロ一ライフ」「ロングホライズン」「古いも のに価値を」といった価値観の提示は面白く,大きな安心感を持たしていただきあリがたがった。

(文責・竹内泰平)


高山大会を終えて

大会実行委員長 広田祥治 

 今年もまた昨年に続き全国各地で大雨や,数々の台風に悩まされる中で,大会を迎えました。大雨の中,勤務校が避難所になってぎリぎリまで学校で奮闘して 駆けつけて頂いたリ,鉄道がストップして急遽空路で乗リ継いで見えたリなど,たいへんな思いで参加をされた方のご苦労にあらためて感謝いたします。こうし た皆様の熱意に支えられ高山大会は全国各地から800名近い参加者,200名を大きく超える地元の子どもたちと父母の方々,また元気よく協力してもらった 高校生のみなさんなど,1000名以上の参加で大きな成功を収めることができました。また,さまざまな企画に協力あるいは相談にのっていただいた市民会館 やコンベンションビューローはじめ地元の多くの方々にお礼申し上げます。
 同時に参加の皆様には,沖縄,札幌と2年続いた大学で開催の大会から,主会場は市民会館,宿舎は隣接の旅館(ホテル)という変化した開催形式でのとまど いや,市民会館で他の大きな団体と開催が重なってしまい,会場の利用や,旅館の宿泊の点でご迷惑をおかけしたことなどもお詫びいたします。
 多くの参加者から感想をいただきましたが,皆様からの声も含め実行委員会からみたいくつかの今大会の特徴を述べて,大会の総括にさせていただきます。
(1)高山で数学を学ぶ大会でした
 今回の大会の特別企画は『数学の散歩道』と『数学の広場』でしたが,初めからこの企画があったわけではあリませんでした。実は,高山には数教協の会員は 当初高山高校(当時,現在は神岡高校)の高橋先生のみで,いわばゼロからのスタートでした。実行委員会を現地で重ねる度にメンバーの高山の町への思い入れ も強くなリ,「地域で数学を学ぶ」「数学を通じて地域を学ぶ」ために,「高山で数学しよう」というコンセプトができ,議論の中から『散歩道』の企画が生ま れました。同時に高山の子どもたちに「数楽」をプレゼントしたいという思いから,前年のプレ大会での「予行」を確信に『広場』を開催しました。
 参加の皆様には,いくつか匠の技の生きる高山で数学を見つける喜びを実感してもらえたと思います。たとえば,「屋台の通る町」という,イチイの木で作ら れた木工細工があリました。棒で固定された2個の屋台が直交する通リを動くものですが,実は楕円を描く教具になっていました。教具展でも少し扱いました が,販売のお店でもいそいで在庫をすべて取リ寄せるほどの人気であったそうです。
 『広場』では,さまざまなゲームやパズルに夢中になる子どもたちと同時に,階段やロビーに掲示された算数・数学の問題に挑戦する親子連れも数多く見られ ました。壁にもたれたリ,床に座リ込んだリして一生懸命計算する子どもたちの姿をみて,昨今言われる「数学離れ」「算数・数学嫌い」とは無縁の子どもたち を感じられた方が多かったと思います。
(2)子ども,生徒は爽やかで元気でした
 『広場』に参加した子どもたちとともに,開会アトラクションで元気あぶれる演奏をしてくれた斐太農林高校太鼓部の皆さん,大会前日,部活の合間に資料袋 詰めの応援に駆けつけてくれた高山西高校の生徒のみなさん,炎天下の中,『散歩道』の案内人として何度もコースを往復してくれた高山西の爽やかな女子高生 のみなさんには,実行委員も参加者も本当にエネルギーをもらいました。ロビーで教具展担当の竹中先生から教えてもらったリングキャッチャーに嬉々として夢 中になっていた斐太農林の生徒たちが,出番になれば顔つきも変わリ凛々しく舞台準備に入っていく様をみて,開会行事担当の渡辺先生も感動していました。
(3)地域の応援を感じました
 高山は全国有数の観光地であリ,この時期は最繁忙期で市内各地では様々なイベントが行われていましたが,大会内容について,NHK,地元のFM局や新聞 各社の取材を受け,放送や掲載をして頂きました。もちろん大会前には,高橋先生の奮闘で高山市内をはじめ近隣の小中学校に大会案内とともに,「数学の広 場」の案内を配布しました。こうしたことが地元の『広場』参加200余名につながったと思います。
 そして,大会直前の7月,高橋先生の呼びかけで,実行委員も加わリ念願の高山市内の高校教員で「飛騨サークル」の第1回の学習会を持つことができまし た。こうした地域の土壌づくリが高山らしさの大会を作っていったといえます。
(4)どの企画も盛況
 例年以上にどの企画も盛況で,分科会の移動も少なかったのが特徴でした。講座,分科会もいくつかのところで資料が足リなくなリ,一部の参加の方にはご迷 惑をおかけしました。「小学校の割リ算」分科会では運営委員が何度も増し刷リで本部まで足を運ぶほどでした。その他,入門講座の「水道方式と量の理論」, 中学分科会「選択数学,楽しい数学」,AMIサロン「少人数・習熟度別学習を問う」「学力をどう測るか」なども現在,実際困っている課題,きちっとききた いテーマということで大勢の参加があリました。
 1日目の「教具展」,AMIサロンの「教具作リ」も相変わらずの人気で,今年は会場がゆったリとれ参加しやすかったようです。全体講演の池内了先生も 「教具展」に参加されました。いろいろな教具をみながら「これが(講演中に述べた)等身大の科学の実践なのですね」と語って頂いたのが印象的でした。
(5)数教協の明日へ
 この夏は,教師にとって忙しい夏でした。夏休みなのに研修や出張での参加がとリにくい状況が広がってきています。一方数教協の大会もちょっとマンネリ化 の声も聞かれます。でも今回,速報を復活しましたが,本部をのぞいたある方がずらリと並んだパソコン画面に向かって作業をしている姿をみて変貌にびっくリ していたように,速報作リーつでも変化しています。従来人気のなかった閉会行事も大会スナップのスライドショーにして若手の司会,感想発表と企画を工夫し てみました。今回2桁の学生の参加者,あるいは何人かの講師の方の参加が私には印象的でした。自由交流で教師教育の交流会がもたれたことも画期的でした。
 少ないスタッフで最後まではらはらどきどきでしたが,北陸地区協の運営面での支援のもと,各実行委員の工夫や参加者の協力で,少しずつでも未来への変年 を感じる大会にできたかと思います。来年の大会は広島,いっそう元気の出る大会になることを願っています。
   
<大 会覚え書き>
期 日:2004年8月3日(火)〜5日(木)
会場:高山市民文化会館(高山市昭和町丁目188−1) 高山グリーンホテル(高山市西之一色町2−180)
宿泊:高山グリーンホテル(飛騨高山温泉)他
参加費:6000円・学生3000円(大会要項・資料代含む)

後援:岐阜県教育委員会、高山市教育委員会、中日新聞岐阜支社、毎日新聞岐阜支社、岐阜新聞、岐阜放送、朝日新聞社、NHK岐阜放送局

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未来をひらく数学を 一子どもたちのひとみ輝く「数楽」を 一 
数学教育協議会第51回全国研究大会 2003年札幌大会報告
「数学教室」2003.12月号から


「21世紀に活きる日本国憲法・教育 基本法」
講師:中村睦男氏(北海道大学総長)
第51回全国研究大会記念講演報告〈文賓・菊池三郎〉  

 中村総長は,まず最初に,会場校・北海道大学を代表して,参加者の皆さんに歓迎の挨拶を述べられました。
 次に,本題に入る前に,実行委員長(須田北大教授)が開会の挨拶で述べた「教育困難に遭遇したその度毎に新しい実践を産み出し,次の時代の基礎を作って きた」の言に全面的に賛意を表明した後,大学が当面している「困難」の一つである,直前の国会で成立した国立大学の法人化法について触れられました。様々 な不安が現実のものにならないよう,「学生のための最善」を尽くすという「コンセンサス」を基礎に,「大学改革」を引き続き行っていく決意が語られまし た。
 本題の冒頭に,憲法に関しては「憲法調査会」が両院において設置(2000年1月)され,教育基本法に関しては,本年5月に中教審が「教育基本法改正の 方向と教育振興基本計画」についての答申をまとめ,その理念の中に「国を愛する心」があげられていることの問題を指摘されました。与党内の都合によって, 「改正」は,先送りになっている状況も紹介されました。
 日本国憲法の制定と特色についての話に移り,「米国の押し付けか否か」のテーマを持ちつつ,歴史的経過を明快に述べる中で「憲法改正論者の押し付け論」 批判を展開されました。
 45年(敗戦直後)の日本国政府は,憲法問題調査会(松本委員会)を設置し,憲法の改正を,明治憲法〈欽定憲法〉の若干の手直しで済まそうと考えていた が,マッカーサーは,46年2月2日に《@天皇制を残す,A戦争放棄,B封建制の廃止》の三原則を表明し,新憲法の「骨格」を示します。新憲法制定はこの 方向で進んだという点では「押しつけ」と言えるが,この年の4月の総選挙で選ばれた議員の圧倒的多数の賛成で憲法が確定されたこと,前年12月には,民間 人による憲法研究会の憲法草案要綱でマッカーサーと同様な原則を提示していたこと,憲法制定の国会では,国民主権・戦争放棄・基本的人権の尊重などの原則 を巡って格調高い議論が展開されていたこと,今日,「基本原則」には国民の間に高い支持があり,浸透・定着を見るに至っていること等によって「押し付け」 とは言えない旨の見解を示しました。
 また,「憲法の原則は変えられない」という「規定」があり,「天皇主権」が「国民主権」になるのは「無効」との意見に対しては,宮沢俊義氏の「8月革命 説」を引用されて,明快に批判されました。またポツダム宣言受諾は,条約の受諾であり,憲法の上にあるので,この点から見ても「日本国憲法制定に正当性が ある」旨の見解も述べられました。
 次に,憲法の特色については,次の三点@国民主義と象徴天皇〈天皇が政治に関与しないのであるから矛盾しないの説明あり〉A基本的人権の尊重B戦争の放 棄を,強調・説明されました。
 そして,次の柱である教育基本法の制定と特色についての話に移りました。
 教育基本法は,敗戦直後(45年10月〜12月)において,連合軍総司令部から発せられた4つの指令(@超国家主義・軍国主義教育の禁止と平和主義・基 本的人権の教育理念としての提示A教師および教育関係者の教職追放と適格検査B国家と神道の分離C修身・日本歴史・地理三教科の授業停止)と,次の年の3 月の教育使節団(46・3/5〜3/31)の来日と報告書を土台にして,田中耕太郎文部大臣・田中二郎文部省参事を中心とした文部省当局と,南原繁・務台 理作委員などの教育刷新委員会との協力で自主的に作成され,無修正のまま両院を通過し,47年3月31日に公布・施行された法であること。
 性格としては,教育宣言的(道徳的,倫理的規定の色彩を濃厚に持ち,教育勅語に代わる)意味と,教育憲法的(前文を付し憲法の教育に関する諸条項に関連 し,それを敷衍し,教育法令に対する架橋的な一般的規定を設けている〕意味を持っている。
 制定経過の手続や内容からいって,真っ当で,今直ぐに変更する必要のない旨が語られました。
 最後に,戦争の憲法論争〈特に第9条2項についての〉に触れられた後,憲法と教育基本法の将来について述べられました。日本国憲法は,現政府見解におい ても海外派兵を許しておらず,集団的自衛権も認めていない。これは今後も守り,発展させ,平和主義は貫き,下ろしてはならない。
 違憲審査制度はもっと発展されるべきで,憲法裁判所を導入して,「違憲問題」についての審理がもっとなされるべきである。教育基本法は,「愛国心を付け 加える」ようなことではなく,現基本法の理念を活かす方向を追求すべき旨が語られました。
 広島市長が今年の「原爆記念日」に,「核兵器廃絶」に対する「政府の態度」を批判する挨拶をされた。ここに〈批判すべきは批判する〉21世紀にも憲法・ 教育基本法を活かす「姿」があるとのお話をされて話を終えられました。

「未来をひらく数学」への着
実 な一歩
大会実行委員会 須田勝彦  

 大会直前,台風10号が列島を直撃しました。北海道へ来られなくなった方,ご苦労の上来られた方,道内でも水害等に直接,間接にあわれた方も多かったと 思います。それでも,数学教育協議会第51回全国研究大会(北海道大会)が,多くの方のご協力と参加によって成功のうちに終えることができました。大会を 準傭した北海道の会員を代表して,心からお礼を申し上げます。
 大会テーマは「未来をひらく数学を 一子どもたちのひとみ輝く「数楽」を一」と設定しました。テーマにこめた願いは次のようなものでした。
 今年から新しい学習指導要領が全面実施となリました。学校が変わリました。教科書が変わリました。また,もっと大きなもの,日本の教育そのものが大きく 変わろうとしています。その変化は良いものばかリというよリ,心配なことがたくさんあリます。最近,先生方の会話の中には子どもや学校への危惧,不安が様 々に語られるようになリました。「学力低下」への危惧はそのひとつでしょう。
 私自信はそれほど悲観しておリません。戦前,戦後を含めて,日本の教育は多くの困難に遭遇し,多くの間違いもしてきましたが,そのたびに新しい教育実践 を産み出し,次の時代の基礎を創ってきました。数学教育の世界も然リです。数学の学力が落ちた,数学がきらいな児童・生徒が増えた,など,困難な状況はい たるところに見られます。しかしそれは,新しい教育実践の開拓の課題が豊富に提出されていることも意味しています。
 第1に「基礎・基本の確実な定着」という課題があリます。この課題に対して「基礎・基本はとにかくたたきこもう」という立場があリます。しかし私たちの 先輩が創リ出してきた水道方式の授業には,全く違った解決の方法が示されています。基礎・基本だからわかリやすい,基礎・基本だからたのしく学ぶことがで きる,という方向です。
 第2に「なせ数学を学ぶかがわからない」という多くの生徒の声があリます。これに対しても,先輩が創リ出してきた量指導という思想の中に,解決の鍵があ るように思われます。量は現実と数学を結びつけます。数学と現実との関連は,いつの時代にも数学学習の最大の動機づけでした。現代の子どもに,現代の世界 に即して,数学を提供することは私たちにとってたいへん魅力的な課題です。
 第3に,別な側面として,児童・生徒は,現実からはなれた数理の世界そのものでも楽しむことができます。数・図形の世界の深さ,不思議さもまた,いつの 時代にも多くの若い人たちの心をひきつけてきました。私たちはこの課題にも挑戦することができます。
 これらの課題は,子ども,教師,研究者,親など,多くの人の協同によって一つひとつ,具体的に解決が見出されます。この大会が,開かれた,自由な協同の 場の一つとなることを心から願って準備を進めてきました。大会を終了して,講座,分科会,ポスター展,教具展,AMIサロンなどいずれも,着実な一歩とな リえたのではないかと考えています。
 会場の北海道大学は,ハードとしてはそれほど立派なものではあリません。また,試験期間や集中講義等とも重なリ,いろいろなご不自由をおかけしました。 ただ,北海道大学は創立以来,フロンティア精神を大切にしてきました。多くの先輩たちは,都の栄華ではなく,辺境の開拓地に生きる道を求めました。今日の 学校をめぐる状況の中で,先輩たちもきっと応援してくださったと思います。
 本学を会場にするに当たリ,北海道大学の研究・教育の一端にも触れていただきたいと考えました。先述のように,教育が,日本全体が,世界が大きく変わろ うとしています。このような状況をふまえて,日本における憲法学のリーダーのお一人である中村睦男総長に記念講演をお願いしたところ,快く引き受けて下さ いました。中村先生からは,今日の問題状況の中で,日本国憲法と教育基本法を新しい世紀に活かすための合意形成の方向と可能性について,学問的な講演をい ただきました。私自信は,講演内容に加えて,先生の真撃な学問的態度に触れる機会となリ,感銘を受けました。
 最後に,大会を後援していただいた北海道教育委員会,札幌市教育委員会をはじめ,多くの方々に心から感謝申し上げます。

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未来をひらく数学を 「うまんちゅの数学」めざして燃えた沖縄大会
数学教育協議会 第50回全国研究大会 2002年沖縄大会報告 
【『数学教室』2002年12月号より】

うちなーんかい,いめんそうち,いつぺーにヘーでーびたん
(沖縄へ,来てくださり,大変ありがとうございました)

                              実行委員長 小田切 忠人


 数学教育協議会第50回全国研究大会(沖縄大会)が,多くの教師,父母,学生の参加と協力によって大成功のうちに終えることができたことを,何はともあ れ報告し,お礼を申し上げたいと思います。
 第50回という節目の研究大会を沖縄で開催するにあたって,戦後の民間教育研究運動の一翼を担ってきた研究団体の全国大会らしさと沖縄らしさを合わせて 強調したいと考えました。そして,「未来をひらく数学を」に続けて「うまんちゅの数学」とサブテーマを付けました。「うまんちゅ」とは「御万人」と漢字を 当て,言わば“Education For All(EFA)”のAllのことです。Allを「国民」と訳すのは,国籍によって語義が定義される限りふさわしくありません。「市民」という訳がありま すが,「町民」とか「村民」と言うと全く別の脈絡の話になってしまいます。そして,「万人」でなく「御万人」と言うところに,侵略と支配に,武力に頼らず 立ち向かう賢さと沖縄発の提案があります。
 戦後の半世紀,20世紀という時代の後半は,中央集権的な体制下,言い換えれぱ強い国家,大きな国家の主導により民主主義の普及が図られてきたと言える と思います。しかし,「構造改革」を必然の課題とする今日,その体制が破綻しているのだということになるのではないでしようか。教育分野における学習指導 要領体制は,正に「それ」だと言えると思います。文部科学省主導により,「学習指導要領」や「教科書」の再定義も行われつつあります。「新学力観」・「生 きる力」の提唱に続き,新教育課程下「学力低下」が危惧されるや「学力向上総合計画」をすすめるのだと言います。テスト勉強よろしく,その場限りの対応に しか思えません。「すべての子ども」のための教育を真に進めるための枠組み,いわば「構造」をこそ「改革」すべきではないでしょうか。
 「うまんちゅの数学」は,子どもの権利条約後の,経済のグローバル化に対抗する全世界的な合意,いわばもうlつのスタンダードを意識したものです。それ は,「すべての子どもに質の高い数学を」と数教協がスローガンに掲げてきた「すべて」を,「今」という時代の中で確認することを期待するものでもありま す。「すべての子ども」のための数学教育の枠組みを創るためには,その哲学を具体的に展開する必要があります。「AMIサロン」では,数学的な「知」を 「学校教育」の枠の中に閉じ込めないということに加えて,そのような議論や意見交換が行われることも期待しました。
 未来を見据える議論は,日々の教育実践を導くものでありますが,同時に,日々の教育実践によって裏打ちされる必要があります。分科会は,そのような作業 の不可欠な一環です。地域で学校ごとの自主力リキユラムを開発するということが,「構造改革」後,新たな課題となってくるはずです。このような力を教育現 場がつけ,蓄える機会として,分科会や授業研究会での討議は大切です。一人ひとりの子どもについて算数・数学がどんな意味を持つのか,一人の例外も無く論 じることが今後具体的に問われることになるでしよう。
 沖縄には,特別な意味があります。それは,固有の文化と歴史(開会行事のアトラクションと大交流会でその一端を紹介)があるということに加えて「日本の 縮図」としての意味があるということです。沖縄について知ることは,日本について知ることであり,世界について考えることであります。本大会では,「沖縄 戦」や「基地の中の沖縄」を知るオプショナル・ツアーに加えて,「沖縄入門講座」を「基礎講座」に併設しました。
 最後に,参加者規模を報告します。大会参加者873名,公開授業参加の児童生徒589名,その同伴者約450名,計1912名の大会になりました。沖縄 県内参加者の多くの方には,会員はもとより,会員でない方でも,参加費を払っていただいた上に準備委員を引き受けていただき,大会の成功のために力を貸し ていただきました。参加者の皆さん,協力してくれた皆さん。ありがとうございました。




「開会行事+記念講演」の報告
【『数学教室』2002年12月号より】

●AMI50回研究大会&復帰30周年
 数学教育協議会のl/2世紀目の記念すべき大会を,沖縄で開催できました。くしくも今年は沖縄復帰30周年でした。
 森先生の記念講演を中心に開会行事の様子を報告します。
 開会行事と記念講演は,元気いっぱいの宮城千恵さんの司会で始まりました。「司会が良かった。沖縄の先生はみんなあんなにテンションがたかいのでしよう か?」という感想がありました。彼女はとても盛り上げてくれました。
 野崎数学教育協議会委員長と小田切大会実行委員長のあいさつの後,森毅先生の講演が始まりました。
○森先生のほにゃらら教育談義一21世紀の歩き方
 わたしの父は30前後でクビになり,大阪でベンチャーを始めました。大阪にはだれも親戚がいませんし,一人っ子です。つまり完全核家族です。今では核家 族で高学歴で財産がないひとはたくさんいるでしよう。わたしはずっと昔から,今のふつーの家族と同じような状況(核家族・高学歴・リストラ・財産なし)を やっていたんです。
 今,クラスの人数を減らそうと運動しているじゃないですか,それはいいことですが,みんなクラスの生徒さんの人数が少ないと目が届くとか,愛情がよく行 き届くとかいうでしよう?
 これは一人っ子にはキツイ!しかも,うっとうしいんです。
 ボクは一人っ子ですから,とってもそれが分かるんです。
 ボクの母は,宝塚にのめり込んだからボクは助かったと思います。お父さん,お母さんがそれぞれ独立して生きていって,少しずつ交わるっていうのが正しい 核家族だと思います。そうしないと隠れる場所がなくなってしまう。学校でも柱に隠れて悪いことをする場所があったほうがいいんです。そして教師は柱に隠れ るヤツを見ていて子どもたちの物語を想像するわけです。
「あいつは柱のそばにず〜といる。」
「あいつは今日はたまたま柱の陰に隠れている。」
「いつもは柱の陰に入るあいつが,今日は柱のそばにいない。」
 そういう物語が生まれてくる。隠れる場所がないと物語が生まれてこない。
○協調性と社交性
 ボクは協調性は皆無なんです。でも社交性は,100点でしたよ。
 それはね。母の宝塚のおかげですね。ボクの社交性は,宝塚の社交術です。協調性というのは運命共同体ではないですか。でも社交性というのは,運命共同体 でないですよね。
 20世紀は,協調性の時代でした。21世紀は,社交性の時代だと思います。
 大学で協調性をいうのは,守旧派,保守派,抵抗勢力です。
 ボクは21世紀を半世紀以上,先取りしていたんです。
○分からない時代を生きるために
 今の子らは,決まったコースをしっかりやれば○○になれるかもしれない。それ以外ではダメだというすり込みがされている。今の子らは15歳で人生が決 まっています。人生相談でこういうのがありました。
「わたしは15歳なんですけど,25歳で結婚することに決めています。すると大学を卒業して3年しか勤められないんですが,どうしましょう。」(笑い)
 15歳のときに好きな作家と25歳に好きな作家は変わるのが当たり前です。
 それが成長です,変わることが前提です。
 創造というのは,みんなと同じことをやってもだめなことははっきりしています。みんながやっていないことをすることが大事でね。
 変なことをやってナンボ!でっせ。
 21世紀の多様性を生きるすべはまだ確立していないのです。
 どう生きるかは,これから模索するんですよ。
○迷うよりハチャメチャにやれ!
 パスカルは神様がいるかいないか分からんと考えていた。
 でも,いないと思っていいかげんなことをするよりも,神様はいると思っていろんなことをやったほうが損はないと考えたわけです。
 いると考えたほうが得をするわけです。確率的というよりも,期待値でしょうね。ですから「こういうことが起きるかな?いや起こらないかな?いやもしかす ると起こるかも?」なんて迷うのはムダですね。
 ハチャメチャにするほうがいいんです。
 AMIだってところによって違ったほうがいいですよ。
「先生の考えかたはいいですね。ぜひ学校挙げて先生の考えでやりましょう!」
というのは許せないですね。新しいことは一人でさせたほうかいい。広がる可能性を残しておけばいいんです。
○21世紀に向かつて変人を作るのが教育の使命
 遠山さんていうのは,都市型でヘンな人ですね。僕と同じ完全核家族型でね。先生ギライ,教師ギライ。なのに教育運動をするというギャップがおもしろかっ たですね。AMIは面白かったですね。40年前のAMIは芸人ぞろいだった。変人ぞろいだった。ちよっと変人の割合が減っているじゃないですか?
 21世紀に向かってヘンなことをする変人を作っていくのが教育の使命だと思います。変な人でいいんだが,変人に閉じこもっていてばダメで,社交性をもつ 変人になってほしいと思います。
○「生きるカ」vs「学力」?
「生きる力」vs「学カ」というふうに議論されていますが,そもそも学力についてあいまいですね。
 決まったやりかたを知っていて,それをどれだけ知っているかが学力という人たちもいるが,おかしいと思う。
 決まったやり方が分からんときに,何とかするのが本当の学力だと思う。
 生きる力についてもおかしい。学力とか生きる力がないほうがhappyなんですよ。だって学力とか生きる力とかなくてもみんな楽しく生きれる社会がいい に決まっているでしよ。
○21世紀のモデルは沖縄
 21世紀は変人と共人の時代でず。
 沖縄の固有の文化を持ちながら,アメリカと日本の文化も認めてチャンプルーに食べてしまう沖縄を,21世紀のモデルにしましょう。時間がきたので,終わ ります。
●アトラクション…高校生の瞳に感激!
 講演の後は,県立南風原高校郷土芸能コースのみなさんによる「四つ竹」「上がり口調」「古武術」「谷茶前」「黒島口調」の演技を堪能しました。
 講演を終えられて会場の外で休まれていた森先生が,はつらつとした演技を見て,会場に戻り,最前列でじっと見ていたのが印象的でした。
 美しく,そして力強い高校生の演技と演奏,そして瞳の輝きに21世紀の希望が見えてきました。南風原高校の浜元先生と生徒のみなさん,ありがとうござい ました。
(※森先生の講演は,レポーターの記憶でまとめています。聞き違いがあるかもしれません。ご容赦下さい)
(報告:和泉康彦・沖縄)

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鳥羽大会速報『しんじゅがい』に載った上野健爾先生の講演の感想から

上野先生の講演を聴くのは数学的なものも含めて、今回が5〜6回になると思うが、いつも新しい知見を得ることができ、(しかも、元気に なり)「自分もがんばらなければ」という気持ちにさせられます。
今回の講演でもOHP用紙を50枚以上も用意されるなど、いつも主題に対して、徹底的に調べ自分でとことん考えぬくという姿勢には、毎回頭の下がる思いが します。
教育の可能性について、江崎玲於奈氏の「優生学」と林竹二氏の教育実践を対比され、教育の限りない可能性と人間の発達可能性のすばらしさを話された部分 は、われわれ教師にとって「常に原点に立ち返ること−人間の発達可能性に信頼をおくこと」を示唆されていて、改めて深く考えさせられました。
今の子どもたち(小学生から高校生にいたるまで)は、われわれの時代とは比較にならないほど厳しい「競争」にさらされています。その中で「じっくり考える 時間」や「わかることの喜び」を奪われているのが現実です。「数学は、その成り立ちからして総合的なものである」「現場の先生方に自由にまかされた総合的 な学習の時間を子どもたちのために、今までとは少し違った観点から質の高いものにしていただきたい」という先生の熱い思い(=「日本総合学習学会」を設立 した趣旨)をまっすぐに受け止めて、高校における「総合的な学習の時間」の教材編成に今後取り組みたいと思います。
 
 

記念講演(概要)  『数学教室』2001.12月号より
総合学習を数学にどう生かすか −数学教育から数学の教育へ−
数学と現実社会との関係をどう取り戻すか なぜ数学を教えることが必要なのか
講師:上野健爾氏

0 はじめに  

 教育をめぐる状況は,年々悪くなっている。どうしていけばよいのだろうか。大学の数学科の授業で分かっていないことが自 分で判断できない大学生が出てきている。高校数学の学習指導要領改訂に関わった人の話を聞いてから,そのあり方に疑問を抱くようになってきた。
 教育に関する話はよくされるが,学力論争一つとってみても,きちんとした議論がなされず,深まっていないように思う。

1 新学習指導要領にどのように対応していくのか

 教科時数の減少や総合的な学習の時間の設定に対して,どのようにとらえていくのか。いろいろな考え方の相違はあるかも知 れないが,どのように作りどのように運用していくのかは学校や先生に任されているので,積極的に利用していった方がよいだろう。
 学習指導要領は,内容が極めてお粗末なので,それを元にして作られた教科書を批判することは簡単かも知れないが,子ともたちをどのようにして救っていく のか,時間数減少にどのように対応し,本来の教育をどのようにして取り戻していくのかが大切だろう。

2 教育の可能性について

 教育国民会議座長の江崎玲於奈氏の持論は「優生学」であり,遺伝がほとんど全てを決定していくから,教育は機会不平等で よいとする考え方に立っている。これに対して,林竹二氏の人間の尊厳と教育の無限の可能性を信じて教育の荒廃に立ち向かった姿勢が,現在の我々教師にとっ て「責任をもつ者の責任」として問われているのではないか。

3 世紀を生きる子どもたちに真の学カを

 21世紀は地球環境問題(二酸化炭素排出量による地球温暖化など)をはじめとして,多くの困難な問題が待ちかまえていま す。21世紀を生きる子どもたちが困難に立ち向かう勇気と未来への希望を育む確かな学力を持つために,朝来町の基礎学力をつけさせる実践なども参考にして いかなければならないのではないか。
 教育基本法は人格の完成を目指すという目標を掲げ,あらゆる機会にあらゆる場所において実現という方針を持ち,世界の平和と人類の福祉に貢献するという 高い理想を掲げていて,まさに世界の時代要請にふさわしい法律であり,これからますます大切になってくる。

4 数学はなぜ嫌われるのか

 選別の手段として使われることが多かったことや,成績のよい子がいわゆる頭のよい子とされたり,テストのための勉強を強 制されたりしている。また,数学を面白いと思わない教師が増えていることなど,数学が嫌いになっていく原因が考えられる。

5 総合的な学習の時間の活用

 総合的な学習の時間のねらいは
(1)自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること
(2)学び方や考え方を身につけ,問題の解決や探究活動に主体的に創造的に取リ組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにすること
であると学習指導要領は述べている。これは,教育そのものの大切な目標であって,わざわざ特別な時間を作るところに現在の教育の混迷が現れている。総合的 な学習の時間は全てが各学校の自主的な取り組みに任されている。このことを積極的に利用すべきである。
 数学はその成り立ちからして総合的なものであり,数学そのものが独立した学問ではなくて,他の学問(物理や化学など)とも密接に結びついている。たとえ ぱ数学の対数と地震のマグニチユードは深い関係があるし,日常生活とも関連している。
 また,総合的学習の時間では体験重視がよく言われているが,過去の数学者たちの研究を追体験することも中学校や高校では重要な役割を果たしている。
 総合的な学習の時間は教科学習の結果を活用しながら,教科学習を学ぶ必然性を理解することのできる時間,学び方を学ぶ時間として捉えることができる。こ のように考えれば,総合的な学習の時間を教科学習の時間にあてて,学力向上をめざすよりは,生徒一人一人の学習意欲を高める時間に使う方が効果が大きいと 考えられる。

6 最後に

 総合的な学習の時間があるから学力が落ちるのでもなく,総合的な学習の時間があるから学ぶ意欲が高まり,学力向上が図れ るわけでもない。この時間の活用の仕方でその効果は大きく変わる。日本の教育行政はバランス感覚を欠き,新学習指導要領にはたくさんの問題点がある。しか し日本の教育が基礎・基本を弱める方向にいっているが,指導要領のせいにしているだけでは子とものためにならない。学ぶことと自ら考えることは車の両輪で あり,基礎学力なくして自ら考えることは不可能であり,自ら考えることなくして知識は身につかない。大変な指導要領の中でも子どもたちに確かな学カを持た ぜるために現場の先生には頑張ってもらいたい。
(報告:野村 敏)

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48回大会報告

21世紀への始動
−第48回全国研究大会を終えて−
2000年東京大会実行委員長  小澤 健一   

●研究・実践と運動の接点
 「学ぶ」とか「わかる」という言葉は、子どもや生徒のためにだけあるのではなく、教える私たちにとっても共通の概念だ。私たちはいつまでも学び続けるだ ろうし、わかる努力をし続けるに違いない。それが研究である。
 子どもが一人ぼっちで数学を身につけることはできないのと同じように、私たちも社会や自然とのゆたかな交流なしには研究を進めることはできない。とりわ け仲間の意見を聞き、他と自分との対比の中で成長し合うことがなにより効果的である。そんな仲間を増やし全体としての力をつけ、影響力を身につけて成果を 子どもや世に問う、それが運動であろう。
 だから、研究ぬきの運動も、運動ぬきの研究も私はあまり意義を感じない。
 今年も数教協の全国研究大会が開催された。
 毎年のことだが、数百人から1000人規模の集会を自前で準備・運営することは並大抵なことではない。2年以上も前から会場や宿舎そして日程のことを準 備し始め、数十人の実行委員が当日まで走り回る。これが48年間も繰り返されてきたことになる。いつも全国大会の度に思うのは、ここで流される汗こそ、ま さに研究・実践と運動の接着剤であろうということだ。
 今回の大会も、保育担当の人は始めから終わりまで参加者からお預かりした幼児たちの面倒を見続け、受付担当の人は固い椅子に座り続けた。速報、要綱、用 具、案内、会計、分科会、全体会、ハッピーアワー、その他諸々の担当者も研究と運動の接点で接着剤や潤滑油の役割を果たしてくれた。こうしたみんなの力が いつも全国研究大会の魅力の根元である。
●世紀末を明るく
  今回の研究大会は、大きな3つの背景・特徴をもっていた。 
 1.20世紀の最後の年の大会であること。 
 2.幕張でICME9が開催され、それに引き続く大会であること。 
 3.全国大会としては初めて東京都心で行う都市型大会であること。 
 さらに、常任幹事会が関東地区と東京地区の応援を得て準備・運営にあたったということも特徴の一つ。具体的には次のような内容が盛り込まれた。  
 (ア)これまでの数学教育を総括し、21世紀を展望できるような会にしたいという考えのもとに、「流れをつかむ基礎風講座」「杉山日数教会 長、野崎数教協委員長、小澤による鼎談」を挙行。
 (イ)国際的な数学教育との関連で私たちの研究・実践を位置づけたり考えたりする機会にしたいというねらいで「ハンガリーの数学教育研究者セ ンドレイ・ユリアナさんの記念講演」を実現。
 (ウ)大妻女子大のご厚意で使用させてもらえた各会場の視聴覚機器を十分活用し、「分科会−授業まるみえ−」「数楽サロン」「パソコン数楽」 他で、ビジュアルな発表。
(エ)地域や家庭に根ざした運動の試みとして「親子で楽しむ算数・数学教室」の実施。
 鼎談はこの間数教協が忘れかけていたある種の緊張感と熱っぽさを与えてくれたと思う。センドレイさんは私たちの実践の普遍性を証明してくれ、「親子で学 ぶ」は新しい形の地元サービスとして大好評を得た。もちろん人によって評価の違いがあるにしても21世紀の数教協運動に向けて何種類かの花の種を蒔けたと 思う。飛躍や脱皮の出芽を感じた方が多いと思う。
 大会規模は、参加費登録者だけでも800人を超え、親子で楽しむ算数・数学教室の参加者も含めると900人に上った。当初はICME9のこともあるため 小集会になることも覚悟したが、それどころか最近まれな大集会になった。参加した方、参加できなかった方、後援団体、会場の大学関係の方、そして実行委員 の皆さんのご協力に深く感謝したい。                

(東野高校)

記念講演I 「数学ゲームと数学的思考」
講師:センドレイ・ユリアンナ氏

●センドレイさんを招待した経緯について
 2000年大会は,ICME9に引き続いて行うことが決まり,国際交流を深めるという目的で,講演の1つを外国の人にお願いしたらという話がでていた。 ICMEに参加する人にお願いすれぱ,交通費はクリアできるので,いい機会というわけである。
 一年ほど前,会議の後二次会でどんな人を呼ぶかという話題で,意見を交わしているうち,ハンガリーがよいのではないかということになった。理由は定かで ないが,ブタペストで開かれたICME6のときの印象がよいことが一番大きいだろう。
 サンチバニ氏を知っていたので,その方に手紙を出すことにした。サンチバニ氏は,ICMEの6と7で「パズルと数学」のコーディネータを努めた人で ICME7では特にポスター発表の中から選択して,野崎先生と碇先生に発表を依頼してきた経緯がある。サンチバ二氏からは忙しくて来れないが,責任をもっ て適当な人を推薦するという返事があり,ようやく2000年3月末にセンドレイ・ユリアンナさんに決定した。決定した後も,ハンガリーはまだe‐mail の事情が悪く(大学に行って担当者にお願いしないとメールを見たり出したりできない)レジメもぎりぎりでもらうことができた。
 センドレイ氏とは面識がなかったので,会うまではどんな方か心配でしたが,いい方に来ていただき,皆さんに心配をかけたぶん嬉しく思いました。
●数学ゲームと数学的思考
 数学を教える理由として,(1)文化としての数学,(2)科学としての数学,(3)思考訓練のための数学,(4)道具としての数学なとがある。(3)に ついては,数学は思考訓練に役立つと認められてきたけれども,実際にはうまく機能しているとはいえない。
 数学ゲームにおける数学的思考は数学者の創造的な活動に類似している。また,数学ゲームから数学に興味を持った数学者も多い。数学ゲームや謎解きは興味 をそそり,解けたときに満足感や喜ぴがある。そういう活動を通して数学的な思考や,普段の生活に役立つ柔軟な思考が身についてゆく。
 このような話のもとに,具体例として,タングラム,魔法のカード(2進法による数当てゲーム),メビウスの帯やそれらをつなげたものの切断,不可能物 体,だまし絵(視覚のトリック)などが紹介された。
 言葉の壁があるとはいえ,具体例を通しての話だったので,興味をもって聞く人が多く,また,紹介されたものが数教協の人たちも取り上げているものが多 かったので共感したり,進む方向に自信を得た人もあった。
 注目したいことは,ここで紹介されたことは,数学の導入として使うのではなく,数学的な思考の訓練そのものであるという考え方である。質疑応答でタイミ ングよく,だまし絵について生徒は興味を示すがそこから先の数学はどうなるのか,という質問があった。
 だまし絵は生徒を引きつけずにはおかない。常識的に解釈することはできない。そこで何がおかしいのか生徒を挑発して自然で刺激的な方法で,空間を把握す る思考訓練が行われる。また説明をするときには,空間の概念や用語が必要となる、というような返答であった。このような数学の幅広い捉え方は,大いに参考 になる。
 ICMEが日本で開かれ,タイミングの良い企画であった。

(報告:野町直史)
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99琴平大会報告
「数学教室」12月号から、好評だった銀林浩氏の記念講演の概要と、運営委員会事務局長の文章を紹介いたします。 

記念講演「21世紀の数学に自由を」
   講師 銀林 浩(数学教育協議会前委員長、明治大学名誉教授)

0 今の時点
 今回の教育課程改訂作業が始まったのが1995年で,実施が2002年,あと3年足らずである。新指導要領も告示されて大方の関心はその実施の具体的方 策の方に移っているように見える。しかし,こと算数・数学で見る限り,内容3割削減のための「時間数合わせ」との酷評に見られる通り極めてできが悪い。他 教科では教科審答申にそったように複数の学年をまとめて提示されているのに,小学校では算数と理科だけが,中学校では数学だけが,相も変わらず学年ごとの 枠に縛られている。文部省の係官はその理由を「算数・数学は系統性が強いので」と弁明しているそうだが,これは何か大きな誤解をしているのではあるまい か?このために数学教育の自由が大幅に制限されているのに気づかないのであろうか?
 それに,内容削減は小学校から中学校ヘ,中学校から高校へと上学年に先送りされただけだから,まるで一本道を引き伸ばしたように,基本構造には変わりが ない。これでは,数学の系統性はただの一本しかないと考えているのと同じである。それがまた教授の自由を一層狭めている。

1 数の大きさか操作の結合か
 今回の改訂で小学校の数計算の系統は極めて中途半端なものとなった。たとえば,小2での加減は2位数までで,3位数は3年に送られたし,小4の乗法は II,IIIXI,IIXIIまでで,IIIXII(3位数×2位数)はない。小5の除法はII,III÷I,IIまでに限定されている。これではまる で,整数計算の難易度は桁数の多少にあるといわんばかりである。
 一般の暗算なら確かに,桁数が増えると急速にむずかしさが増すだろうが,筆算は,位取り記数法に基づくからどの位も同じ処理をするので,桁数や数そのも のの大きさとはそれほど関係がないはずである。そこで大事なのは,むしろ素課程をどう組み合わせるかという「操作」の視点である。水道方式はその立場に 立ったからこそ,子どもの計算力の養成に成功したのではなかったか。
 整数の加減では,3位数までいって初めて連続繰り上がり繰り下がりやいわゆるオジイサン型(十の位が0)が出てきて操作の結合の型が出揃うのである。そ こまで扱って初めて単元(ユニット)が完結する。同様に,整数の乗法でも,IIIXIとIIXIIまではやるがIIIXIIを扱わない理由はない。除法で はIII÷I,III÷IIをやってIV÷Iをやらないのは理解しがたい。商がIII位数になるところまでやらないと,操作の視点からいえば完結しないの である。かつて遠山先生は『教師のための数学入門』(1958年)の中で,水道方式の考え方を見事な言葉で言い表しておられる。表題は「概念の立体化」で ある。数学の概念というものはただ並列してあるのではなく,上位概念と下位概念あるいは並列する概念などによって立体的に作られている。わかりやすい比喩 として,水道方式でいう水源地に当たるものはちょうど見晴らし台なんだと。見晴らし台に上がれば全体が一望の下に見渡せる,こういうものを押さえておけば 後のことは自然にできるようになる。今回の指導要領を,この比喩を使っていうと,もう少しやれば眺めの臭い見晴らし台に上がれるのに,その一歩手前でとど まってしまうのと同じではないか,といえる。
 同様に考えると,小数の概念や加減は小数第2位までいって初めて一般性を備えるようになることに注意しなければならない。

2 分数は多様だ
 今回の改訂では,分数の導入(3年→4年),同分母加減(4年→5年)異分母加減(5年→6年)はいずれも1年ずつ繰り上げられた。しかし,どのような 分数観からそのようにしたのかはよく判らない。4年でも一応「端数部分の大きさや等分してできる部分の大きさ」と意味づけしているから,依然として量分数 から分割分数へという方針なのかと思うが,一方「単位分数の幾つか分で表されること」(新設)とあるから,欧米流の分数に近づいたのかとも思う。
 分数観によって,分数の指導方針は大きく異なってくる。欧米流の分数は1/2分数の世界,1/3分数の世界,・・・の合併から成るので,それを言葉とと もに教え,小数第1位はそのうちの一部である1/10分数の世界にすぎない。かつて指導要領(1958年)では割合分数が主流だったこともある。一方,今 日の大部分の検定教科書や数教協ゼミナール48『分数指導の新しい方向を求めて』では,未測量の等分割操作から入ってすぐにそれを普遍単位に適用するいわ ゆる「分割量分数」の方針がとられている。また,数教協ゼミナール49『量分数理論の再構築』や鈴木一巳氏の「共測量による新しい分数の指導」(『数学教 室』99年3月号)のような,共測牲による分数指導もあり得る。
 このように,分数は多面的な意味を持っているから多様な指導方針があり得る。このうちどれが最も自然でわかりやすいかは,実践による対比によってしか決 定でさない。指導要領は指導法は規定しない(といっても完全には無理があるだろうが,なるべく)というのが当初の建て前であることをもう一度確認する必要 がある。

3 式の形に従属ずる中学代数
 目を中学校に転じてみよう。1995年,数教協の会員を中心とする26名の有志が中教審に提出した提言『開かれた多様な数学教育を目指して』でも指摘さ れていたことだが,中学校の代数教材は,1年は1元1次式(ax+b),2年は多元1次式と単項式の乗除,3年になってやっと一般的な多項式と,式の形で 分けられている。このために,例えば,中lのl次方程式では,未知数を増やして連立にしたほうがずっと自然な間題(例えばツルカメ算)も扱えないか,ある いは無理して1元で立式しなければならない。それに,1年ではl次式しかないから次数一般を定義することはできず,そのため当の「1次式」の定義すら難渋 するありさまである。あえて善意に解釈すると「無味乾燥な文字式の形式性を抑制」しようとしたのかもしれないが,これはかえって形式性を強めてしまってい る。これは一種のパラドックスである。前記の提言にあるように学年枠を取り払ってしまえば,直ちに解決することである。また,代数の一番良いところはその 一般性にあるということを忘れてはいけない。
 これまで中学代数の一つの目標であった2次方程式の解の公式が高校に送られることになった。つまり因数分解できる問題だけを扱うことになる。ここには, 因数分解は易しいが解の公式は難しいという固定観念が現れている。因数分解はやるが一般的な解の公式を先送りするというのは,19世紀的な因数分解偏重主 義(当時,因数分解は受験の際のできるできないの差をつけるのに都合がよいとされた)を強めているとしかいいようがない,代数の旨みはその一般性にあると いうのに。

4 不毛な直観幾何・論証幾何への2分法
 中学の幾何を中1までは直観幾何,中2からは論証幾何というのは,前回の89年改訂以来強化されたものだが,これは小学校でろくに図形指導をやっていな かった戦前の教育課程の復活である。今では算数でもかなりの図形の素地を扱っている(今回「合同」や「対称」が除かれたが)ので,意味のないことである。
 また,円が中2に下ろされた代わりに相似が3年に上がり,しかも面積比・体積比はやはり高校の数Iへ送られた。中学幾何では何が大事かというと,相似と ピタゴラスの定理であろう。この2つさえあれば大低の問題は解決できる。それらがいずれも3年配当ということは,要するにそれらを使ってなにかをやるとい う意図がないものと思わなくてはならない,これでは「絵に描いた餅」に終わるだろう。相似だってピタゴラスだって,やりようによっては中1からでも扱え る。現に今まで縮図・拡大図として小6でも相似は扱えたし,面積比を使えばピタゴラスの定理も導かれる。これらは座標を使っても扱えるものだ。
 一般に幾何教材は代数教材以上に自由な多様な扱いようがある。皆さんは19世紀後半に当時万能と思われていた解析幾何(analytic geometory)に対して,総合幾何(synthetic geometry)という名で初等幾何の復権が図られたことがあるのをご存知だろうか?射影幾何などは,斉次座標を用いる解析的方法に対して,射影と切断 による総含的扱いなどが対置される。方べきや反転などもどちらのやり方でも扱うことができるのはよく知られている。解析幾何と総合幾何と2通りの流派があ ることは,幾何教育の道筋が一本とは限らないことをよく示しているように思うが,どうだろうか。

5 微積分だつていくつもの方法がある
 今回の教育課程では,次々と玉突きのように上の学年へ先送りされたわけだが,それによって微積分は数IIIのどん詰まりに追いやられた感がある。そこに は,文字と式,座標,いろいろな関数,そして数列や極限などを経て,それらの終着駅として微分積分があるとする,一本道のカリキュラム観が頑固に見て取れ る。
 戦前にはこれはもっと露骨であった。「微積分を学ぶには解析幾何が必要,その解析幾何には三角関数がいる,そのためには相似と円が,そしてその前提とし て三角形の合同や四角形の性質がなくてはならない」というルートが確立していて,微積分は旧制中学では学べず,旧制高校でやっと学べるのであった。こうし た硬直化した教材観は19世紀後半から今世紀へかけてのものである。
 しかし,微積分法が生まれたニュートンやライプニッツの時代に遡って考えてみよう。当時微分法は速度や接線を求めるための秘法であり,積分法は面積を求 めるための計算法であった。そのころは文字計算の体系も三角関数の公式も整備されていなかったし,おそらく分数計算だってそうだろう。極限だっていいい加 減だったことはよく知られている。そんなことは,微分積分法が成果を上げていることの障害とはなりえなかった。西洋では,小数だってネピアの対数の考えと 一緒だったことを思い起こそう。正負の数が市民権を得たのははるか後の19世紀のことだった。
 教育課程が発達すればするほど,微積分のような強力な数学が遠ざかっていくというのはおかしな話ではなかろうか?微分の典型例である速度や勾配の感覚は 人問誰でも持っている。それらについては,小学校での内包量の指導の発展にともなって教材化されているから,その内包量から微分への直接パスする(つなげ る)道も考えられてよいはずである。積分だって同様に小学校からの求積法の延長と見なされてよい。自由の森学園における増島氏らの実践は高校におけるもの ではあるが,こうした考え方の一例ともいえる。セルジュ・ラングの素敵な『さあ数学しよう〜ハイスクールでの対話〜』(岩波書店)は,円や球の求積を素材 に,立派に微積分の考え方を展開している。
 また,社会の量の分野では,流量(フロ一)と蓄積量(ストック)が出てくる。経済学の本では,まずこの2つの言葉の区別から始まる。国民所得,国内総生 産は1年間という期間によって決まる量(フロー)であるし,これに対して国富というものはそういうものが積み重なっている量(ストック)である。これは離 散的な差分と和分であり,そこから連続的な微分と積分へつなげるやり方だって可能であろう。微積分へ至る道だって一本道とは限らないのだ。

6 数学教育に自由を
 「数学の本質はその自由性にある」という名言を述べたのは,集合論の創始者ゲオルグ・カントルであった。つづいて彼は「数学はその自由な意志によって概 念や公埋を構成する」と述べているが,彼の集合論はまさにそのようなものであった。20世紀の数学はこのカントルの集合概念の上に築かれたものだし,彼の この言葉を歴史の上で実証するものでもある。
 数学が自由であるのならば,数学教育もまた自由であって然るべきものであろう。数学の一つの概念へ至る道も一通りとは限らないし,カリキュラムも単線と は限らない。山頂へ至る登山道はいくつもありうるのである。新しい登山道を開拓することは教育課程の進歩なのではないか。21世紀にこの方向に向かないな らば,19世紀に逆戻りしてしまうだろう。

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 以上が,琴平大会の銀林先生の講演の概略です。参加者からは,“扱いが難しいからと先送りする発想は一本道のカリキュラム観につながる,アレをするには コレをという発想につながる,という先生の指摘はズシンとこたえました。今までの教材を見直す一つの視点をいただきました。”“新指導要領の内容は見晴ら し台への途中で止めてしまっているというお話,考えさせられました。自分の実践では何とか工夫して見晴らし台まで是非とも行きたい。”など,多くの感想が 間かれました。銀林先生ありがとうございました。(報告・中川鈴恵)


’99琴平大会報告大会運営を振り返つて
      ’99全国大会運営事務局長中山祥一(岡山)

 今回の大会では基礎講座,分科会1,分科会2,数楽サロン,模擬授業の運営の事務局を担当しました。大会まで,2年前から,企画や全 国の方との連絡,分科会の運営委員の委嘱などの仕事にかかわりました。
 年が明けて,大会が始まるまでがなかなか忙しく,文書づくりや依頼文書などの発送や受付に追われました。原稿の到着が遅かったり,運営委員の調整に戸 惑ったりして,いらいらしたこともありましたが,全国の方や中国地区や真庭サークルの仲間の協力などで,7月末までには分科会の準備を終え,大会に参加す ることができました。大
 会の当日は,分科会の運営委員の補充や運営会議などの仕事の他,分科会が始まると,分科会のようすを見てまわったり,分科会で足りない用具を準備した り,ホワイトボードに誤って油性マジックで書いたものを自分のヘアトニックで落としたりする珍事などもありました。分科会が終わると,運営の本部に帰って くる報告書を受け取ったり,連絡をしたりなどの事務をしました。
 会場をまわってみて,まず,感心したのは,全国の発表者の人がたくさんの教具やレポートを用意してくださって,分科会を盛り上げてくださっていたことで した。そして,用具係の方が,分科会に必要なものをほぼ完璧に用意してくださったことです。さすがに「手弁当」の数教協の大会ならではの光景でした。
 はじめて,大会の裏方として分科会の運営にかかわってみて,自由な雰囲気の大会をする裏で苦労している人がいること、また,「手弁当」の大会を続けるた めには,会員の支えや協カがこれまで以上に必要なことも感じました。
 最後に,この紙面をお借りして,こちらの要請に応えて基礎講座・サークル発表・分科会・模擬授業・数楽サロンなどについて準備や発表をして下さった全国 の方々,分科会運営に携わって下さった中国地区協の方々,大会準備に尽力された四国地区協の方々にお礼と感謝を申し上げます。
 

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三 沢大会報告
「数学教室」1998年12月号から、2つの報告を紹介します。

 数学教育の末来を展望しよう
数学教育協議会全国研究大会 '98三沢大会報告

記念講演「大学の側から見た数学教育の現状」(要旨)

            講師  浪川幸彦(名古屋大学)

 数学教育に関心をもつ数学者はめずらしいという紹介がありましたが現状はそうでもありません。つまり、数学者と呼ぱれる人、特に大学 においては、一種の危機感が広く強くなっているからです。そうした危機感は、下級教育機関にその貴任を押しつけがちですが、事はそう簡単でなく、公式が出 来ないならそれを教えれぱ済むことで、その種の量的問題にとどまらない処に深刻さがあります。
 以前、「最近の新入生何かおがしくない?」といった笑い話で済んでいたものがいつのまにかそうでなくなってきている。低下傾向に大学側が気付いた年代を 調べてみると、85年、95年、ここ数年と3つのピークがあります。85年はセンターテスト(マークシート)の開始と指導要領の改訂があり、「ゆとり」が 言われ教科書の厚さが半分になった時です。ここ数年も激しい変化が起きていますが、新指導要領の該当学年は現大学2年からで、今回の変化はその数年前の学 年から感じられています。
 おかしい処の第一は、質的変化、深い基礎学力に問題が起きているのではないかという点です。細かくいえぱ「数学」のとらえ方が違ってきている。
 例えぱ、以前は受験でやる数学は、本来的な学問としての数学とは違うといった共通認識があったように思います。しかし、そうした認識のないまま、大学院 あたりでも、数学は末知の問題に取り組むものでなく、分かっている問題を解くものだと思っている人もいます。更に一種類の模範解答を欲しがる傾向も強い。 また、数学を体系としてでなく単なる道具としてしが見ないから、成り立ちとしての無駄話をしようものならシラケてしまう傾向すらあります。
 基礎的能力の面では、(1)解答の書き方、証明や記述解答(2)直感力、特に幾何的直感力(最近では平面感覚すら)(3)複合した条件文場合分けの場面 に顕著な論理的思考力(4)応用力の各点で弱さを感じます。総じて、基本的センスがなくなってきている危惧を感じます。
 第二は、忍耐力持続力の問題です。長い面倒な計算はダメといった点だけでなく、末知末解決な間題に取り組むとストレスを抱え込み、大学院でも不登校が急 に増えています。これは学問本来のオリジナルな問題への取り組みに影響します。
 第三は、受動的である点です。自ら勉強しない傾向は徹底しており、受験科目の8割は自宅学習しないというデータがあります。こうした自己学習時間の少な さは、年代に限らない日本的傾向で、数年前の小3、小
4、中2対象の調査では、日本は平均2.3時間/日で、全平均の2.9を下回り、シンガポールに比べれぱ半分の時間でしかありません。それは、当然出来の 面でもかなりの差として出ています。形式的な塾通いの一方で、実質的な自発的学習が、実は失われている訳です。自分の中で四苦八苦するプロセス、つまり自 己内部で熟成する時期がより必要なのだと思うのですが。
 以上、今起きている変化はカリキュラムや指導法を変えていくだけでは対処できない深いところでの変化なのではないか。更には、いわゆる「先進国」と呼ぱ れる国の人とこの話をすると妙に合致してしまう“先進国病”的側面も持っており、その視野も必要になっています。バプル期に理系離れが問題になり、今は就 職に利するので理工系に戻っていますが、より広い視野で考えると、かつての理系離れにも、実はより深刻な問題が内包されていたのではないかと思います。
 全体的な流れの中に、活字離れ=文字離れの問題があります。証明はディベートで相手を納得させることですから、相手が違ってくれぱ違う相対的側面を持っ ており唯一の模範があるわけではありません。しかし、証明=作文=ディベートというセンスを欠いて情緒的内容で代替する、つまり下手になっていますが、こ れは国語をキチンと習えぱよいといったものでは対処出来ぬより深い処、どんな社会集団の中で育っているがという深さをもった問題で、それが学問離れにつな がっているのだと思います。根元的な言葉離れ、経験の貧困さが起因しており、その上で数学教育が抱える問題を見る必要があり、教育政策に関わる者は、より 高い次元で現状を認識する必要があるでしょう。いじめによる自殺問題を一つの主因として「生きる力」が言われたこともありますが、実は、人と人とのコミュ ニケーション、自然も含めた共生が問題だったのであり、現実認識のズレがあるように思います。
 一昨日発表された中教審答申にもそのズレがあるように思います。第一に、教育内容の削滅が易しくなることと一致しない点です。系統性や相互関連を欠いた 知識の羅列はより困難さをもたらすし、達成感も奪うでしょう。第二は、内容削減が極めて形式的な数字合わせ(現状×0.86)で行われ系統性は無視された 点です。第三に、「総合的な学習」新設の問題です。basicなものが不足している状態では大学生ですらすぐ限界がきます。
 現状は、数学にとっては枠付けが厳しく、これからも更に厳しくなるでしょう。が、それは同時にやり得ることが多くなることを意味します。(1)何故に対 する理解を中心に(2)記述解答をキチンとする、そのことが状況を切り開く方向なのだと思います。教師自らが工夫し、喜んでやる姿勢もより大切になってい くでしょう。これまでの数教協の実践に敬意を表すと共に、数学を学ぶ姿勢を失わず新たな感激と感覚をもっていくことが、生徒の範にもなりワカラナサを共有 していくことにもなると考えます。(文責・森 義彦)


数学教育協議会全国研究大会 '98三沢大会報告

大会をふりかえつて

 全国の数教協(AMI)の仲間の協力により、無事に大会を終えることができて、ホッとしています。今回の大会は、実行委員長の中村潤 さん(一家!)の活躍や、準備委員長の岡崎さん、事務局の長内さん、井上さんと育森をはじめ東北各県の仲間の献身的な準備で何とか開催に漕ぎ着けました。 「東北」は時間も空間も人間もユッタリしているため、運営の準備が非常に遅れてしまいましたが、各地区協の絶大な援助により、強力な講師やレポー夕等の 「役者」を揃えることができました。
 大会が始まってしまえぱ、あとは百戦錬磨のAMIの「役者」と意欲満々の「お客」ですのであまり苦労することなくスムースに大会は進行しました。ただ、 人使いが荒すぎたのが少々後ろめたく感じています。特に、野崎先生などは、通訳、談話室の講師と数々の場面(実8時間!)で「使い過ぎ」てしまい、つい に、何森さんに「時給いくらのつもりなの?」と皮肉られてしまいました。野崎先生、皆さん、本当にお疲れさまでした。
 さて、今大会で気付いたことを、思いつくままに列挙してみましょう。
1.開会行事の前の授業講座は、相変わらず人気が高い。もっと「入門」という性格を明確にしたほうがよさそうである。
2.開会式の浪川先生の講演「大学の側から見た数学教育の現状」は思わず「そうだ!」と膝を打つ内容で今後のAMI運動の広がりを期待させるものであっ た。また、ラボルト夫妻のカプリジオメトリ一の紹介も輿味を引かれた。
3.昨年の和倉大会から受け継いだ「ザ・議論」は今回も「大入り」で、内容的にも充実していた(特に小学校)。次回大会でも、企画したほうが良いのでは。
4.ポスター展は、今回の教訓からも一番目立つ発表形態であると思う。今後さらに発展しそうな気がする。
5.教具展は、ゆったりした会場でのびのびとできた。青森勢の活躍が目立ったが、なんといっても、実践のインスピレーションは教具展で仕入れなくっちゃ。
6.実践交流(分科会)分科会、特別分科会のいずれも盛況だった。小学校の発表レポートがやや少ないのが気になる。中学校のレポートの多さと活発さは特筆 に値する。高枝は相変わらずレポートは多いが、インパクトのあるものが少ない感じがした。べテラン実践家を配置した「数教協の算数、数学の授業」、ラボル ト夫妻の「世界の数学教育」も予想を超える成功であった。
7.最終日の「数学談話室」は、少人数のゼミ方式から大人数の討論とバラエティーに富んでいた。アンケートでは「談話室」が一番、好評であった。やはり、 AMIにくる人は「学習意欲」が高い!

(文責・伊藤潤一)

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