ウィーンの建築 Seite 3 リンク郊外

教会、劇場以外の代表的な建築を紹介します。



シェーンブルン宮殿 Schloss Schonbrunn
ウィーンと言えばこれ!と誰しも認める宮殿。
元々は狩猟の館があり、近くに美しい泉
schoener Brunnenがあったことから名づけられた。
1680年頃、フィッシャー・フォン・エルラッハに建築が
命ぜられ、1700年頃ほぼ完成。マリア・テレジアが
こよなく愛し、建物の色は、マリアテレジア・イエロー
と呼ばれる。部屋数1441室、豪華な部屋の連続
らしいが・・・いつも混んでいるので入ったことはない。


ベルヴェデーレ宮殿 Schloss Belvedere
旧市街の南方、緩やかな丘陵に広がるプリンツ・
オイゲン公の夏の離宮。バロック様式の建築と
左右対称に広がる庭園が美しい。丘の上下で
上宮、下宮に別れ、写真は上宮。
庭園越しに見えるウィーン市街の眺望は
美しい眺め Belvedereであり、名前の由来を
納得させられる。


マジョリカハウス Majolikahaus

ナッシュマルクトに程近く、ウィーン川沿いに立つ
オットー・ワーグナー作の美しいアパート。
イタリアのマジョリカ焼きタイルを使った壁面が
鮮烈である。隣り合う建物はコロ・モーザー作の
金細工に彩られたアパート。入ったことはないが、
内部のエレベーターホールの装飾も美しいらしい。


カール・マルクス・ホーフ Karl-Marx Hof

ホイリゲで有名なグリンツィングの入り口、ハイリゲ
ンシュタット駅に隣接する集合住宅。
1929年、社会主義政権のいわゆる「赤いウィーン」
時代の建築。全長1km以上、1382戸の労働者用
集合住宅がそれ自身で一つの都市機能を形成して
いる。同様の時代に建てられたアパート群が
ウィーン市内のあちこちに散見される。
カール・エーン作。


分離派会館 Secession
クリムトらを中心に、保守派からの分離 Secession
目指した芸術家達が作品発表の場として1898年、
建設された。正面入り口にはそのモットー、「
時代にはその芸術を、芸術には自由を」が掲げら
れる。
屋上の黄金球は月桂樹の葉をモチーフにして
いるが、その外観から、「金色のキャベツ」と
呼ばれている。


ゴミ焼却場 Fernheizwerk

地下鉄U4とU6の交差するシュピッテルアウ駅から
地上に出ると目に飛び込む、遊園地かと見える
建物はフンデルトヴァッサー作のゴミ焼却場。
ゴミ焼却の熱を利用して地域の暖房をまかなって
いる。エコロジーと芸術の融合。