鮎起源探訪
 鉤の語源・他



鉤・鈎・針
鉤の語源
昔、「はり」の字は「知・(チ)」とされていて「鉤」の字も「チ」と読んだ。針尻の糸結び目にあたる「知毛登(チモト)」を
「鉤本(チモト)」、針箱を「知計(チゲ)」を「鉤笥(チゲ)」など昔の呼び方が残っている。
神代記に「はり」は「知・(チ)」とされていて「知・(チ)」は「都利・(ツリ)」を縮めて読んだもので「都利・(ツリ)」は「伊乎都利・(イヲツリ)」(魚釣り)の意味であり、「伊乎都利・(イヲツリ)」・「都利・(ツリ)」・「知・(チ)」は「都利婆利・(ツリバリ)」のことである。「波利・(ハリ)」は「都利婆利・(ツリバリ)」の縮んだものであり、「婆利・(バリ)」は「東雅・(とうが)」と「翻訳名義集」の「汁物編」に「曲がったハリ」の翻訳語で梵語(古インド語)とある・・「東雅・(とうが)」(享保4年・1719年・新井白石著)。「説文」に「鉤は曲鉤なり」とあり。「玉篇」には「鉤は鉄を曲げたものなり」とある。
「釈名」には「釣りは鉤なり」とある
漢字諸説
釣りに使う「はり」を意味する字は昔から様々な字で表現されていて、今でもそれぞれに漢字が使われている。
○ かぎ状に曲がっているところから「鉤」とするもの
○ 「鉤」の略字である「鈎」とするもの、
○ 縫い針を曲げて作られたことから「針」とするもの
うき・おもり・糸・竿
うき・浮き
うきは釣り用と網用や延縄(はえなわ)漁用などがあるが釣り用について記載する
和名抄や蒋魴切韻では泛子(うき)と書く。
鶏肋編に「釣り糸の半ばに荻の茎を付ける、これを浮子(うき)と言う。その没するを見て、魚がはりに当たるのを知
る」とある。楊氏漢語抄には宇介(うけ)とある。
淡水魚に使われる物は通常、桐(きり)や檜(ひのき)で作り漆(うるし)と蜜蛇油(みつだゆ)で彩色とある。現在ではう
きを著す字としては浮子(うき)と書く様である。
おもり・錘 
和名抄:沈子(おもり)と書く。石、鉄、銅、鉛、真鍮、硝子、陶器などでできている。
釣り糸
釣りをするには針が必要、針を作れば釣り糸が必要、釣り糸が無ければ魚を釣り上げることができない。釣り針を作った縄文時代から釣り糸は使っていたと思われるが遺跡から釣り糸は発見されていないため釣り糸として何を使っていたのかは不明である

釣り糸の遍歴
植物繊維・麻糸、馬尾(ばす)「死んだ馬尾は不可、生きてる馬尾を使うとある」、木綿糸、三味線糸、菅糸(スガイ)(生絹糸を縒り合わせた物)、マガイ糸(練った絹糸を縒り合わせた物)、天蚕糸(テグス)、ナイロン糸、
金属糸(メタル)
天蚕糸(テグス):江戸中期に中国より輸入され京都で使われ始めるが高価な為、釣り糸の先の部分や針の根巻き糸として使われた。
江戸後期まで長いこと天蚕糸は何で出来ているか解らなかった様だ。
  何羨録(1723年)にはテグスとは本朝食鑑の「瓜つるを曝して乾かしたもの」、大和本草の「虫で作り、外国から来たもの」、和漢三才図絵の「広東の水中でできるもの」などと記載されている。
天蚕糸が何から出来るのか解るのは文化年間(1804年〜1818年)頃の事である
江戸末期に日本でも作られる様になるが強度が弱く主に中国産が使われていた。
 ○ 中国産 :楓(ふう)の木(マンサク科)に生息している楓蚕(フウサンはヤママユガの幼虫)の終齢幼虫の体内
   より取り出した糸を酢で引き延ばし陰干ししたもの(楓蚕は中国・台湾・ベトナム・インドなどに生息)
   参考: 楓(ふう)の木は日本の楓(かえで)とは違う
 ○ 日本産 :日本には楓(ふう)の木、楓蚕(ふうさん)ともになかった為、これに似た楠(くすのき)に生息する
   楠虫(クスムシ)の終齢幼虫の体内より取り出した糸で作られたが中国の物に比べ強度は弱かった。
   楠虫は楠の他、栗・椚・胡桃・漆などの木にも生息するが楠が一番で他の木の楠虫の糸は劣っていた
釣り糸として使える様に作られるのは明治以降である
釣り竿の遍歴
初めは針・餌・糸の竿無し、小枝・棒、竹(延べ竿)、竹(穂先のみ材質が違う竿)、竹(継ぎ竿)、グラスロット竿、
カーボンロット竿。  継ぎ竿は江戸時代からで2本継ぎや3本継ぎの竿が作られた