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これが僕の初めての海外旅行でした。 ![]()
言葉のわからない国へひとり飛び出すのは生まれて初めてで、最初は不安も少しありましたが、現地の心優しき人たちに助けられ、楽しい想い出を胸に抱いて帰ってきました。
この韓国旅行は、その後の私の「旅行観」にも少なからず影響を残しました。
韓国へは下関から釜山行きのフェリーに乗っていきました。
なぜわざわざ時間をかけて船で行ったか?といいますと、「日韓共同きっぷ」という切符の存在があったからです。日本各都市から下関までの新幹線、下関・釜山間フェリー、そして釜山(または慶州)・ソウル間の韓国国鉄「セマウル号」の切符がセットになったものです。
というわけで、何にも用事はないけれど、汽車のきっぷがあるから韓国へ行ってきました。
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日韓共同きっぷ・韓国セマウル号券片(JPEG35KB) で、韓国へ、生まれて初めての海外へ出かけたのは、1993年3月21日。
が「日韓共同きっぷ」のルートでした。
- (3月21日)東京駅--「ひかり号」--小倉駅--(鈍行列車)--下関駅
- 下関港--(関釜フェリー)--(3月22日)釜山港
- 釜山駅--「セマウル号」--ソウル駅
関釜フェリーの様子が随分印象に残りました。
まず、下関港フェリーターミナル。待合室の乗客の大半は韓国人らしく、鮮やかな色の服を着て、互いに韓国語をまくし立てるという様子で、ここはもうすでに韓国であるようでした。
でかいダンボール箱を抱えた、かつぎやの人も多かったです。
韓国の人は結構親切で、赤の他人の僕をジュース自販機の前に連れて行き、
「好きなの買いなさい」
と100円玉を差し出すおばさんもいたりしました。
船内では、2等船室に先に入って、桟敷の一角を確保してもくれました。船内でも、韓国のおばちゃんとお喋りして、ソウルの娘さんが日本語検定で1等賞をとったことなど、彼女は得意気に話してました。
また、「韓国でも日本と同じようにすればいいんだよ。
ひとに親切にしてもらったら「ありがとう」って言えばいい…」という彼女の言葉がずっと記憶に残ってます。
その後他の外国へ出かけるときにも、この言葉は僕の旅のモットーとなってます。
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