2002年夏、バリ島

新婚旅行でバリに行ってきた。
世界中から旅行客が訪れるA級観光地であるが、ちょっと外に出れば 島民の素朴な暮らしと熱帯の豊かな自然が目に入る。
楽しい滞在であった。

バリ・サリ

ブノア湾を見下ろす、心地いいホテルだった。
実は妻の友人でバリ人と結婚した女性がいて、 ここはその旦那さんが経営するホテルである。
その旦那さんをはじめ、ホテルのスタッフはみな親切・誠実な人達で、 随分とお世話になった。

(バリ・サリのホームページ) www7.ocn.ne.jp/~balisari/
寝室からの眺め
中庭の様子。小さいながらプールもある。

ダイビング

北海岸のトゥランベンという所でスキューバ・ダイビングした。
ここは沈船ポイント、第2次大戦中日本軍が撃沈した米貨物船「リバティ号」が 沈んでおり、熱帯魚や珊瑚・ウミシダなどの絶好の住処になっている。
ダイバーが魚を餌付けしているらしく、 潜っている間人懐っこくついてくる魚がいて、不思議な気分であった。
沈没船も半世紀以上経つと、すっかり自然の岩石と化していた。 ギンガメの大群。銀のカーテンのようであった。

バリのお寺

イスラム教徒が多いインドネシアにおいて、 バリは島民のほとんどがヒンドゥー教徒という異色の地域である。
島のいたる所に寺院があり、島民の信仰心は厚い。
タマンアユン寺院(?)
タナロット寺院

バリのお葬式

バリでは葬式は死者の魂をあの世へ送り出す儀式と見なされ、 盛大に行われる。 親戚縁者大勢集まり豪華に行われ、そのぶん金もかけられる。

滞在中、ホテル隣の民家でお葬式があったので、参列した。
読経(?)の儀式の後棺をキンキラの神輿に乗せ、 会葬の一団はガムランを派手に鳴らしながら火葬場へ向かった。
葬式というより、田舎の祭りに参加しているような感じだった
(火葬場にはアイスキャンデー売りのおっさんが来ていた)。

日本に戻って…

僕らが日本に戻って1ヶ月後、 繁華街クタで爆弾テロがあり大勢の人が亡くなった。

「最後の楽園」「神々の島」とよく呼ばれる、穏やかで平和な南の島も、 最近の不穏な世界情勢と無縁でなかったのかと、暗い気持ちである。

この地を再訪できる日が早く来ることを願っているが、 いまはただ、犠牲者を悼むばかりである。

(右の絵)島のいたる所で見た、土地の神様へのお供え物。
バナナの葉で作った小さな入れ物に米や花びらなどを入れ、線香を添える。


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