大黒湯

足立区千住寿町32−6 営業時間:15:00〜24:00 定休日:月曜日
JR・地下鉄「北千住」下車 徒歩10分

 

 

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入湯日:2002/10/25

 横浜の用事に引っかけて強引ですが北千住の大黒湯に入ってきました。北千住の駅から駅前の商店街を抜け国道4号線に出ます。角にたこ焼き屋があってちょっと惹かれたんですが、ぐっとこらえ国道沿いに北上。しばらく行って地元の自転車のおばちゃんに聞くと愛想良く「すぐそこです」と教えてもらい大黒湯へ。
 写真では見て知っていましたが、実物を見るとやはり立派です。THE宮造りといった感じのその容姿は片側1車線の道路を挟んでも正面からではカメラに全体が収まりません。元々入り口であった唐破風の屋根の下は壁になっており入り口は横の方に新しく作られていましたが、傘入れなどは木製のミニロッカー風になっていて手を抜いていません。下駄箱スペースの奥には広大なロビーが広がっています。ちょうど唐破風の下の壁の位置は、ソファーやテレビのある休憩スペースで、奥には畳の休憩スペースもありその奥は庭になっています。飲み物は自動販売機が置いてあり牛乳も京都ではまだ見ない自販機になっています。いずれ京都もこうなっていくのでしょうか。
 ロビー中央に立派なフロントがあり東京の料金400円と石鹸を買って脱衣場へ。ちなみにフロントは若い女性の方でした。脱衣場に入ってまず感動するのが天井の高さ。京都の場合多くの銭湯が脱衣場の2階が住居部分になっていることが多いですが、大黒湯の天井は2階までぶち抜いたぐらいの高さで折上天井になった格天井。しかも一つ一つの升目に花鳥風月の絵があしらわれています。残念ながら長年の湿気にさらされてきたせいで、絵はかなり色あせ痛んでいますが創建当時の豪華さは想像するに足ります。京都と違い床はフローリング、ロッカーは籠なしで直接入れる形式になっています。ちょっと丸籠があるかと期待していたんですが、籠はありませんでした。
 さて浴室内ですが、正面にでーんと富士山のペンキ絵。早川氏が今年描かれたものでまだ新しいですが、近くに寄ると何回も塗り重ねられているのが分かります。女湯側の壁には横一面に木曽路の旅物語が描かれたタイル絵があります。こちらは昭和50年代の改装時に付けられた物だそうですが、やや山肌などは大味な感じのタッチです。中央に銘が入っているのが面白いと思いました。また天井の話をしますが、大黒湯を語るときやはりこれははずせません。これが湯気抜きかと思わせる造りで浴室の前後は湯気抜きの上まで壁が一直線です。湯船に浸かって天井をよく見ますと中央部分がやや高くなっているむくり構造になっています。もともと宮大工の方が造られたので不思議ではないですが、相国寺の国宝法堂の天井と同じ造りです。相国寺の法堂は鳴き龍で有名で、建物中央で柏手を打つと天井に描かれた龍が鳴くように聞こえるのも、このむくり構造のためとの説明を受けました。良くテレビやラジオで風呂屋の効果音で洗面器のコーンッていう効果音が使われますが、大黒湯もかなりいい響きがします。たぶんむくり構造のせいではないでしょうか。京都の銭湯よりかなり響きます。
 浴槽の設備は当然ながら新しく、腰掛け型のジェット2カ所、浅風呂に作られた冷水管付きの寝風呂、泡風呂、水風呂の他に壁に杉皮が張られた庭がある岩風呂風露天風呂や有料ですがサウナもありいろいろと楽しめます。浴槽の配置も東京型と言うんでしょうか、基本的には奥のペンキ絵の下に浴槽が並んだ構造になっています。
 キングオブ銭湯と呼ばれる大黒湯。私は天井の高さに感動しました。今回は定休日でだめでしたが今度は大黒湯近くにあるタカラ湯にも行きたいなと思います。こちらは立派な庭を縁側から眺められるんです。東京銭湯もたまにはいいな。

 

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廿世紀浴場
廃業

台東区日本堤1-34-1 営業時間:15:30〜25:00 定休日:月曜日
地下鉄日比谷線「三ノ輪」下車 徒歩10分

 

 

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入湯日:2005/1/2 9:30

 2004年の初風呂は大阪鶴橋の鶴橋温泉でしたが、2005年の初風呂は東京台東区日本堤の「廿世紀浴場」に入りました。1月2日は、どこの銭湯も朝風呂営業が正月のならわし。国立競技場で母校のラグビー観戦をする前にひと風呂浴びて行こうという作戦です。東京で朝風呂を浴びるために、前泊です(笑)。
 廿世紀浴場は、2002年に出版された「廿世紀銭湯寫眞集」の表紙を飾ったお風呂屋さんです。同写真集によれば、建物は昭和4年築のアールデコ様式とのこと。塀にはスパニッシュ瓦が乗り、建物にはスクラッチタイルが使用されています。男湯の庭に建物より高いヒマラヤ杉が植えられていて、煙突と共に目印になっています。写真集の表紙は、真正面から建物を撮影してありますが、同じ角度で撮ろうとすると、私のカメラでは納まりません。おそらく20mmぐらいの広角で撮影されたのでしょう。入る前に写真を何枚か撮り、期待を胸に暖簾をくぐります。
 下足スペースの正面には傘入れロッカーがドーンとあり、左右に下駄箱という造り。男湯は向かって右側になっています。入って違和感を感じるのは、番台の高さ。150センチぐらいはあり、まさに東京型番台。東京気分が盛り上がってきます。ロッカーは中央に島式と壁際に埋め込み式、床は板張り、天井は洋館ながら格天井になっていました。壁に浅草名画座、浅草新劇場などの新春上映案内のポスターが貼られ、高倉健や裕次郎の作品が掛かっているのが泣かせます。また男女仕切の上部には、古い広告がそのまま残っており、これまた泣かせるアイテムです。
 さあ、浴室の方へ。浴室はこれも東京型のシンプルなもので、奥に弱い気泡が出ている深風呂と浅風呂が並んでいるのみ。お湯の温度がかなり熱く、深い方は足を入れただけで諦めてしまいました。常連さん風の方も20秒も浸かっておられませんでした。浴槽の縁が50センチぐらいあり、浅風呂も結構な深さだったのが、ちょっと気になったところです。
 奥の壁には、これまた東京銭湯の醍醐味であるペンキ絵がドーンとあり、男湯側は岩場の風景、女湯側に富士山が描かれていました。日付や作者は入っていませんでしたが、そんなに古くない感じでした(帰ってから写真集を見ると、男湯側に富士山が写っていたので描かれて3年は経っていませんね)。以前は絵の下に広告をはめるスペースが取られていた様ですが、凸凹を無視してその部分にも絵が描かれていました。
 カランは左右の壁際と中央に島カランがあるのですが、なかにめちゃくちゃ古い真鍮製のカランが混じっていました。試しに使ってみたら、これがまだまだ現役。マニア垂涎のカランです。
 あと正月朝風呂の醍醐味として、私の入った午前9時過ぎだとちょうど建物の真正面から大陽を浴びるような恰好になり、アーチ窓から入った光が、筋になって浴室まで差し込んでいました。湯気を通して筋状になった朝陽がなんとも言えず気持ちいいのです。廿世紀浴場の正月朝風呂お勧めです。
 また浴槽では、常連さん同士が「糖尿病はおっかないねぇ」と、ネイティブな会話。ふふん、ここは東京、廿世紀浴場と朝風呂を満喫したのでした。
 風呂上がりには、冷蔵庫のコーヒー牛乳をぐびっ。アイスクリームもありましたのでお好みでどうぞ。12月号の「1010」が残っていたので、番台のおばちゃんに言って1冊もらってきました。
 2005年、なかなかいい初風呂でした。こいつは春から縁起がいい。


 風呂上がりにちょっと時間があったので、近所をぶらぶらすることに。この廿世紀浴場がある日本堤という場所は、労働者の街として有名な山谷と、風俗で有名な吉原に挟まれた場所。共に住所表記からは消えてしまった街ですが、すぐ近くに「吉原大門」というバス停があったりもします。こう書くと、女性が一人で歩けないように思われるかもしれませんが、三ノ輪駅から廿世紀浴場まではまったくその気配はなく、普通の住宅地といった風情です。駅から廿世紀浴場の間だけでも銭湯を数軒見ましたので、銭湯を辿って歩くのも悪くないでしょう。山谷も最近では、東京の安宿が集中している地域として、バックパッカー相手の宿が結構あるようです。
 歩いたのがちょうどお正月ということもあり、道々の家に門松が飾られていたのですが、これが京都とは全く違いました。まず青竹を立て、それに松をくくりつけてあるのですが、松は京都の様に根付きではなく枝を切り落としたものです。青竹は1階の天井に届くようなものから、松と同じぐらいの高さのものまで様々。こういうのを見比べながら歩くのも楽しいものです。(写真は、青竹に松をくくりつけた門松と、三ノ輪駅に戻る途中で見つけた有馬湯。ちゃんと門松が飾られていました。)
 さあ、来年の初風呂はどこで浴びましょうかねえ(って早すぎますね)。

 

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観音湯
2014廃業

富山市新富町2丁目3−8 営業時間:13:30〜23:00 定休日:水曜日
JR「富山」下車 徒歩3分

 

 

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入湯日:2003/12/29 18:30

 北陸初入湯は富山駅近くの観音湯さんです。よもやま話にも少し書きましたが、富山市は人口32万人ほどの町に、お風呂屋さんが約50軒あるという銭湯文化が今も根付いている町です。JRの富山駅を降りると市電が走り、ちょっとのんびりしたムードがこれまた旅気分を盛り上げてくれます。(富山県には銭湯組合のHPもありますので参考にどうぞ)
 観音湯さんは、そんな駅前から歩いて3〜4分の飲み屋や飲食店の固まった一角に存在感のある姿で建っています。玄関スペースの上に千鳥破風がのる姿は、規模こそ小さいですが、東京の宮造りのお風呂屋さんをイメージさせます。期待を胸に玄関スペースに入るとちょうど番台の背中にあたる部分には、福助のタイル絵がありました(写真→)。
 脱衣場も惚れ惚れするような空間です。天井は折り上げになった格天井、天井からぶら下がる扇風機の周りは特別に装飾が加えられています。さらに一際目を引くのは、番台の上に祀られた馬頭観音です。ご主人に聞いたところによると、大正8年頃に創業したこの観音湯さんは、戦争時富山の空襲で焼け、現在の建物は昭和25年に再建されたものだそうです。馬頭観音は、その焼ける前から祀られており、再建時に地元の宮大工が用材を飛騨から調達し造り直したものだとか。台になっている色彩鮮やかな龍が彫られた板は欅の一枚物、馬頭観音を納めた六角堂様の仏殿は櫟(イチイ)が使用されているそうです。観音湯の名前もこの馬頭観音に由来していることは間違いないんですが、番台のご主人の祖父にあたる方がこの観音湯に来られたのは、昭和の初めの事で大正時代に創業してから短い間に経営者が二人変わっており、なぜ馬頭観音が祀られているかについては定かではないとのことでした。創業者の昔の職業にでも関係あるのかなあと話されていました。
 ほかにもこの脱衣場には、亀井機械製作所の貫匁併記の体重計、この建物に関わった職人さんから贈られたという振り子時計などが置かれ目を楽しませてくれます。床はロッカーの前に籐筵が敷かれ京都と共通していますが、籠は籐の丸籠で関東様式になっていました。
 飲み物関係は特に珍しいものは置かれていませんでしたが、冷蔵庫はヒシトミクリームソーダスマックという商品名が書かれていました。地元のメーカーでしょうかね。
 浴室の方はきれいに改装されているんですが、奥の壁にあるアルプスの山並みが描かれたタイル絵が目を引きます。大きさは縦2m、横3.5mぐらいでしょうか、左隅に「S.Suzuki 1971」とサインが入っていました。浴室内の配置としては、奥の壁際にボタン式ジェットが付いた寝湯、泡風呂、深風呂の浴槽が並び、両サイドと中央にカランがあるという完全な関東型の配置です。洗面器はさすが地元!ケロリンの黄色桶でしたが、これも関東サイズの関西よりひとまわり大きいものでした。浴室部分はコンクリートの梁がむきだしのフラットな天井になっていました。
 私はこのお風呂屋さんで貸しタオルを借りたのですが、松江の喜楽湯に続きなんとタダ!。またしても旅先でご厚意に甘えてしまったのでした。いろいろとお話を聞かせてくださった大正生まれの三代目ご主人、ありがとうございました。
 

番台の上に飾られた馬頭観音。
六角堂を半分にしたような祠は、イチイの木で作られている。

馬頭観音の台座には、欅の一枚板に、にらみ龍の彫刻が施されている。

天井はみごとな折り上げ格天井。下に見える時計は、建物を建てた職人さん達から贈られたもの。

扇風機をぶら下げるところは特別に意匠が凝らされている。

 

 富山市は初めて訪れたので、最初駅からデパートなどが固まる総曲輪(そうがわ)エリアまで歩きました。総曲輪エリアはアーケードを中心に近代的な町並みなんですが、少し横に入ると渋い店がいろいろ並んでいました。特に「純喫茶」を名乗る古い喫茶店を何軒も目にしました。そんな中の一軒「チェリオ」というお店に入ったのですが、入った瞬間昔の油引きした床の香りがしてほっとしたのでした。内装は京都の「築地」を思わせるような雰囲気で、薄暗い中にも木の暖かみが溢れる造りでした。アイスクリームを注文したのですが、期待通りのシャンパングラス様の器に半円に盛られたバニラアイス、横にはもちろんウエハス付き。さらにてっぺんにはイチゴが丸ごと乗るという豪華版でした。
 昭和10年にオープンしたというこの喫茶、京都の老舗店にも負けない歴史を持っているのですが、残念ながら2004年1月で一旦閉店とのこと。この喫茶が建っている一角に再開発ビルが建設される事になり、ビル完成後はその中に入られるようです。(→チェリオ外観。梁を見せるデザインがステキな山小屋風)
 再開発ビルというのは、この一軒だけの努力では覆しようのない事なのでしょうが、この事実が残念でなりません。新しくできた再開発ビルに「チェリオ」があったとしても私は入っていないでしょう。この店構え、ロケーションにあったから入ったのです。最後に僅かの差でこの店に入れたことを幸せに思うと同時に、町が無表情になっていくようで一抹の寂しさを感じる一件でした。

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新元湯

名古屋市中川区下之一色町南ノ切54-1 営業時間:16:00〜20:00 
定休日:毎月5・10・15・20・25・30日

近鉄名古屋線「伏屋」下車 もしくは あおなみ線「中島」下車 どちらからも約2km(バス便あり)

 

 

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入湯日:2010/8/17 19:00

 多治見市笠原町のモザイク浪漫館に取材に行った帰りに、こちらの新元湯に寄りました。明るいうちに着きたかったので、中央道、東名、名古屋高速を乗り継ぎ6時半頃到着。なにやってんだか。

 この銭湯に惹かれた理由は、洋館風の渋い外観もさることながら、下之一色町の歴史にもあります。元漁師町と称されることが多いのですが、その理由は昭和34年の伊勢湾台風ののち大きな堤防が整備されたことと、すぐ前を流れる新川の水質悪化で現在は魚を獲ることが禁止されているからです。現在も魚市場はあるのですが、よそで獲れた魚をトラックで運んできているそうです。かつては名古屋の台所とも呼ばれ、大変賑わった街も現在では、昭和で時間が止まったような町並みが続いています。

 その下之一色町に唯一残っている銭湯が新元湯です。新元湯は大正時代の創業で、戦災をうけながらも改築されたのが現在の建物だそうです。建物の前に立ちはだかる堤防が、歴史を物語っています。

 行ったのが8月の猛暑日だったこともあり、入口の斜めに設えられた戸は開けっ放し。かなり開放的です。暖簾をくぐった番台裏には小さな浜辺を描いたタイル絵がありました。

 脱衣場はシンプルですが、浴室側のタイル使いはさすが名古屋という感じで、いろいろな細かいタイルが使われていて見ていて楽しいです。
 浴室は、中央に円形浴槽、奥に副浴槽(入浴剤入)が2つという造りで、こちらも細かいタイルが多用されています。

 この浴室で一番に目に入ってくるのは、男湯のみに描かれたペンキ絵ですが、これは名古屋のテレビ局の番組で、お笑いコンビのさまぁ〜ずが2005年に描いたものだそうです。

 風呂上がりは、冷蔵庫の名古屋牛乳を賞味。まだ紙キャップの牛乳瓶です。こういう雰囲気で飲むと旨いんだなー。脱衣場でぼけーっとして帰途についたのでした。

↑男湯浴室。奥の副浴槽のタイルもステキ。

↑浴室入口。モザイクタイルがたまりません。

↑番台はずっと無人で女湯におられました。

↑天井近くの縁取りもタイルです。

↑東京スタイルの丸籠もありました。

↑下之一色のメインストリートに建つ廃業したエビス湯。


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美好湯

奈良市福智院町7 営業時間:16:00〜24:00 定休日:毎月4・14・24日
近鉄「奈良」下車 徒歩約15分

 

 

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入湯日:2006/1/26 17:30

 奈良町の「時の資料館」で取材の仕事があり、奈良へ。事前に調べてみると奈良町周辺は半径500m程のエリアにお風呂屋さんが10軒以上かたまる銭湯集中エリア。神様が「入っておいで」とおっしゃっている! ということで、奈良町散策も兼ね、周辺の銭湯を見て回りました。
 1日1湯主義の私が最終的に選んだのが、美好湯。向かい側には、「春鹿(はるしか)」という何とも奈良らしい名前の酒蔵もあります。玄関スペースに入ると、正面に傘入れロッカーという変化球配置。ふと天井を見上げると、玄関スペースから格天井という造り。下駄箱などは新しくなっていますが、昭和初期に建てられたと思われるしっかりとした造りです。
 脱衣場に入ると、これまた高い天井は格天井。床には籐筵が敷き詰められ味わい深い空間です。ロッカーは珍しく、男女仕切側にも逆サイドにも置かれていました。男女仕切側のロッカーの上は、ポスター掲示スペースになっていて、映画館や木下大サーカスのポスターが貼られていました。この脱衣場で目をひくのは薬師寺の墨絵で、あとで女将さんに聞くと三重の塔が再興される前でひとつしか書かれていないとのこと。奈良の仏閣の勉強にもなるー。「毛染め洗髪料百円」と書かれていたのが、ちょっと珍しいか。
 ほかに気になったものとしては、厨子のようなものが置かれた簡易な神棚、中には何も入っていない雪印の冷蔵庫、オロナミンCの広告が貼られたブルーグリーンの木製ベンチ(アールがかわいいです)などなど。浴室の入口上部が、アーチ状になっているのも心惹かれます。
 浴室の方は、至ってシンプルなんですが、床が石敷きなんです。あー、三好湯を選んで正解! と思える瞬間。しっかりと足の裏で石の感触を楽しみましょう。石と石の間は、排水用にタイルが張られています。浴槽は男女壁側に深風呂と、泡風呂の浴槽のみ。周りに踏み込みがついているのは大阪的ですが、浴槽の配置は京都的ですね。カランの下に洗面器を置く台があるのも大阪的です。
 造りとして面白いのは、洗面台が浴室内にも、浴室を出たところにもあります。浴室内はカランが3箇所付いたしっかりとしたもの。みなさん浴室内で体を拭いて上がっていかれてました。また男女壁が、不自然に高いのも特徴です。推定2.5m蒲鉾天井も結構低いので、湯気抜きとの間が異様に狭く感じます。カラン側の壁のタイルが背丈程までしか張られていないのも、地方銭湯の特徴ですね。
 入った時間もあるでしょうが、客層は圧倒的におじいちゃん。奈良の100円バスがなくなったとか、あそこの人が亡くなったとか、世間話は延々と続くのでありました。

 ←三好湯のお向かいにある蔵元「春鹿」。試飲もできますよ〜!

 奈良町銭湯めぐりだ〜! 

寧楽湯とかいて「ならゆ」と読みます。残念ながら休業中でありました。(その後廃業され建物も取り壊されました)

扇湯。暖簾をくぐると正面に花柄のタイル絵がありました。

花園新温泉。脱衣場にカラオケがあることで有名な銭湯です。音が聞こえてきました。

朝日温泉。ここまでくればJR京終(きょうばて)駅が最寄りです。

奈良温泉。路地の中に佇んでいます。残念ながらこの日は定休日でした。(その後廃業されました)

稲妻温泉。名前に惹かれましたが結局入浴はせず。電気風呂が強力だったら面白いですね。

奈良町の一角は昔の遊廓。こちらは旅館に転業された「静観荘」。唐破風が残っています。

こちらも遊廓の面影を留める建物。左上に見える赤い看板は「ビックナラ」というスーパーマーケットのもの。

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大門湯

奈良県大和郡山市柳町5-1 営業時間:15:30〜23:30 定休日:月曜日
近鉄電車「大和郡山」下車 徒歩10分

 

 

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入湯日:2007/02/16 16:30

 取材仕事で大和郡山に行くことに。実は前年の5月にも大和郡山に来たのですが、その時はとんぼ返りで、お風呂屋さんに行く時間がありませんでした。そして今回の再訪。これは銭湯の神様が入って行けとおっしゃっているに違いない! ということで、大和郡山に1軒だけあるお風呂屋さん・大門湯に行ってきました。
 大和郡山には近鉄で行ったのですが、人口9万の街にしては非常に地味な駅です。複線の線路の両側にホームがあるのみ。跨線橋もなく向かいのホームには線路を歩いて渡ります。バスターミナルは少し離れたところにあり、駅前からは「柳町商店街」といういい味を出している商店街が続いています。
 郡山といえば金魚ですが、特に駅前に金魚のモニュメントがあるわけでもなく、ちょっと拍子抜けですが、そんなところも控えめでいいではありませんか。
 大門湯へは、駅からだと徒歩約10分ほど。ずっと旧街道っぽい商店街を抜けて行けます。

←柳町商店街。BGMにはクラシック音楽が…。右の建物の2階の壁は銅板葺き。

→大門湯の斜め向かいにある旅館。残念ながら営業されていない様子でした。

→大門湯の向かいにある郡山八幡宮。手水の所にはかわいい女の子の絵で使い方の説明がありました。参拝の方法も同じような説明板あり。


 大門湯は一見銭湯に見えない門構えなのですが、入ってもこれまた旅館のような設えです。おそらく20畳ぐらいはある絨毯敷きのロビーに応接セットと大型液晶テレビ。壁は床の間のような造りになっていて、絵画が何枚も掛けられています。さらにロビーの奥には露天風呂のある庭園が望めます。う〜ん、ここでのんびりしてしまいますわ、ほんまに。
 思うに大門湯さんは外観写真右側の玄関部分を増築されていますね。ロビーから廊下があり、男湯女湯が並んでいるのですが、その配置は銭湯そのものです。昔の入口や番台付近を廊下にして、増築部分に玄関を移されたのでしょう。
 脱衣場の床は総籐筵張り、脱衣籠はなくロッカーを直接利用する方式です。夕方4時台でも結構な常連さん。のんびりした雰囲気です。
 浴室は一目で大阪式と分かる造りで、浴槽の周りに踏み込みがあり、縁は御影石。男女壁側に深風呂、浅風呂、ジェット&泡風呂、電気風呂、麦飯石風呂が固まっています。ほかに入口側に掛かり湯漕と水風呂(膝の壺から水が出る裸婦像付き)、主浴槽の向かいに4人ほど入れる無料のスチームサウナという構成です。
 そしてそしてメインディッシュは露天風呂なのですが、これが東屋付き岩風呂ですんばらしい! 5人ぐらいは余裕でゆったり入れるお風呂の周りはその4,5倍はある庭で、ちょっとした温泉旅館に引けを取らない雰囲気です。残念ながら入ったのが2月で木々は寒々としてましたが、ツツジやモミジも植えられていたので、花や紅葉の季節はきれいなんでしょうねえ。お湯もぬるめでのんびりと入れます。
 いやー、タオルも無料で貸してくれはったし、思わぬ贅沢気分に浸れた露天風呂もよし。思わず風呂上がりにロビーでビールを飲んでくつろいでしまいました。

 

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三十六温泉
2006年廃業

尼崎市道意町4-46 営業時間:16:00〜22:00 定休日:水曜日
阪神電車「尼崎センタープール前」下車 徒歩3分

 

 

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入湯日:2005/12/19 17:30

 神戸での用事を終え、三宮のマンガ喫茶で銭湯検索。そして神戸から京都に帰るのに、何故か阪神電車に乗るという奇行。こんなんでいいんですか? いーんです!
 ということで阪神電車「尼崎センタープール前」駅で下車。ウインブルドンセンターコートを連想させるような駅名ですが、センタープールは競艇場。開催日ではなかったので、赤鉛筆を耳にさしたおっちゃんの群れはありませんでしたが、駅前には「マクール」という居酒屋があったり、「官庁払下げ自転車」と書かれた自転車屋があったり、立ち飲み屋があったりと、競艇門前町の雰囲気は各所に見られます。
 目的の三十六温泉ですが、高架駅のホームから南を見ると、阪神高速の手前に煙突が見えますので、煙突を目指していけば迷うことはありません。阪神電車と国道43号線に挟まれた数百メートルのエリアですが、俗にいう文化住宅があったり、平屋の家が並んでいたり、結構古い面影が残っている地域ですねえ。

 そうこうしているうちに三十六温泉に着きますが、ここは何といっても外観にインパクトがあります。前栽に木がいっぱい植えられていて、緑の中に暖簾が掛かっているような感じです。訪れたのが冬でしたので、少々肌寒い感じですたが、桜の大きな木も2本あり花見の時期にもう一度訪れたい一軒です。
 下足スペースに入ると大きな信楽狸が置かれ、番台の背中に当たるところには阪神タイガースの暖簾が掛かっていました。
 引き戸を開け、脱衣場に入ると番台があるのですが、ここの番台は関西にしてはかなりの高さです。目線の高さぐらいはある感じです。そして400円を出して兵庫料金380円のお釣りをもらおうとすると、おっちゃんから100円玉が返ってきました。料金は300円。脱衣場に、平成8年の料金表が貼ってありましたので、当時から値上げされていないようです。
 脱衣場の感じとしては、番台の上に豊吉良大神と書かれた提灯が18個掛かっている神棚、ちょうど男女仕切の上には吊り下げ型扇風機だったであろう軸、床は籐筵、中央に一畳分の腰掛け、その近くに反射式石油ストーブといった感じなのですが、一番の注目点はロッカーです。木製の古い物で、数字は漢数字。数字の縁は彫りが入っており、文字部分が黒く塗りつぶされています。渋い。
 ほか小物としては、ポートタワーや花時計が描かれたいい味の版画、YOSHIDAのアナログ体重計、「一意専心」と書かれた色紙などがあるのですが、ふと中央のベンチに目をやると「日本一阪神タイガース熱戦譜1985」という本が! 中を見ると当時の新聞記事はスクラップしてあるような構成でなかなか面白いんですよ。今古本屋に行けば、プレミアムが付いているような気がするんですけど本当に無造作に置かれているあたりが、これまた。
 浴室の方は中央に深浅の主浴槽、入口側に泡風呂付きの薬湯、奥に3人サイズのスチームサウナとシャワーコーナーという構成です。深風呂には後付けしたようなジェットが2本付いています。
 主浴槽は石の縁で、周りに踏み込みが付いているのですが、私が入った5時半頃は結構賑わっていて、踏み込みで3人も体を洗っていました。またカラン列には立った位置にも鏡が付いていて、「だれが使うんや?」と思っていたら、立って髭を剃るおっちゃんを目撃。何故立たなくてはいけないのか疑問が残りますが、立った方が鏡に近づけるからでしょうかねえ?
 サウナの上には、カエルの置物が大小合わせて4体。けろけろさんに教えてあげなくては。
 タイルマニアの方のために書いておくと、副浴槽は円形の豆タイルが使われており、味わい深い逸品です。タイルの色がカーキ色っていうんですか、複雑な色をしています。あっ、ちなみに浴室の入口の枠は、昔の石のまま残っていました。
 風呂上がりは、オロナミンC。女湯側の姦しさも下町風情の三十六温泉でした。

 

 

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六甲
おとめ塚温泉

灘区徳井町3-4-14 営業時間:6:00〜25:00 定休日:無 休
JR「六甲道」下車 徒歩約10分 または 阪神電車「石屋川」下車 徒歩約7分

 

 

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入湯日:2005/03/05 13:30

 東海道銭湯紀行の管理人、すこうさん主催のオフ会が開かれるということで一路神戸へ。しかし、神戸に行く機会はめったにないのでオフ会の前にもう一軒入っておこうと目論み、隣風呂の「六甲おとめ塚温泉」へ。ここは、平成14年に新たに温泉を掘り当て、銭湯なのに天然温泉というなんとも贅沢な一軒で、噂はかねがね聞いており入りたいと思っていたのです。
 JR六甲道駅を降り、とりあえずオフ会の会場「六甲灘温泉」を確認。住宅地の中を5分ほど歩くと「ゆ」と書かれた看板が見えてきました。向かい側と隣には駐車場も完備。ちょっと離れたところには第2駐車場もあります。入口には、温泉分析表の大きな看板もあり、まさにここは住宅地の中の温泉場です。
 早速券売機で兵庫料金380円の入浴券を買いフロントへ。この日は2軒はしごする事が確定だったので、サウナには入りませんでしたがサウナとセットだと720円になります。
 浴室は男女比替わりになるのですが、この日は向かって右側の「神楽の湯」が男湯でした。左側のこの日女湯になっていた方は「益荒男の湯」という名前で、塩サウナがあるようです。造りとしては1階に脱衣場、階段を登って中2階にジェット系浴槽、2階に温泉浴槽とサウナ、そして2階の屋外に温泉の露天風呂と水風呂という構成です。ジェット系浴槽では、京都では見たことのないバブバンドル、タックレーンという設備がありました。簡単に言えば立ちジェットなのですが、タックレーンというのは歩行浴を組み合わせたもので、ぐるぐると回れるようにコースが作ってあり、底は足の裏を刺激するよう凸凹になっていました。リハビリなんかによさそうな感じです。
 そしてお待たせしました。2階にある温泉ですが、早速露天風呂の方へ。お湯の色はやや緑掛かった透明色。源泉の温度は41.1度とのことで、完全かけ流し。ぬる過ぎずゆっくりと入れる温度です。浸かってみるとこれがいいお湯です。ややぬるっとした感じで、肌触りがよく、さらに炭酸泉なので肌に気泡がまとわりついてきます。これが何とも気持ちがいい!ここの特徴のひとつでもあるのですが、浴槽からは常にお湯がオーバーフローするようになっていて、これも見た目にとても気持ちいい演出です。銭湯料金でこんなところが近くにあったら、毎日来てしまいそうです。
 そのほか浴室の特徴としては、洗い場の鏡の貼ってある壁が波形に造形されていたり、タイルの色使いなど工夫されているほか、湯口は段々状の溝を流れ落ちてくるように造られているなど、見た目に楽しい演出が随所にあります。
 あと京都で見たことのないシステムとしては、サウナの入口がブーメランを小さくしたような鍵式になっていて、鍵がないと入れない様になっていました。う〜ん、サウナがほとんど無料の京都ってやっぱり偉大です。
 風呂上がりは、道路に面した明るい飲食コーナーへ。カウンターとテーブル席5席で広々している上に、メニューも麺類、丼ものからおつまみ系、甘味まで揃っていました。私は大山牛乳のバナナをぐびっ。あ〜、満足。
 あっ、話は変わりますが「おとめ塚」という名前。近くにそういう塚があるそうです。一人の乙女を巡って二人の男性が求婚するのですが、二人の気持ちに挟まれた乙女は身を隠してしまい、それを追って二人の男性も・・・という哀しい恋の物語があり、万葉集にも詠まれているそうです。詳しいことは入口の説明書きで。
 私は見落としていたのですが、すぐ近くには昭和8年築の御影公会堂もあります(地下の食堂がおいしいそうです)のであわせてどうぞ。

 

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六甲灘温泉

灘区備後町3-1-19 営業時間:6:00〜25:00 定休日:3,6,9,12月の第2木曜日
JR「六甲道」下車 徒歩約3分 または 阪神電車「新在家」下車 徒歩約5分

 

 

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入湯日:2005/03/05 16:00

 この日2湯目は、すこうさんオフ会の入浴会。集合までに少し時間があったので、JR六甲道駅前の餃子屋「ぎんなん六甲道店」で餃子とビールでしばしの時間調整。このお店特徴は、餃子を味噌ダレで食べるのですが、値段も安くなかなか美味でした。本店は芦屋にあるそうです。
 さて、本題の六甲灘温泉。駅から歩いて5分も掛からないようないい場所にあります。外観は昭和初期を思わせるモルタル装飾があり、入口付近は漢数字が書かれた昔のロッカーの扉を再利用するなど、なかなか雰囲気があります。そしてなによりこちらも天然温泉。こんな街中で温泉が楽しめるなんて羨ましい限りです。
 外観に反して中は、全て新しく改装されています。フロント方式に改装されロビーと脱衣場はやや手狭な印象ですが、外にウッドデッキを設えて休憩(喫煙)スペースを作るなど、工夫されていました。今回はサウナは利用しませんでしたが、兵庫料金380円に追加150円(バスタオル2本付き)で利用できます。
 浴室ですが、天然温泉であることだけで感動モノなのですが、湯口に備長炭が椎茸の栽培場のような感じで組まれており、この演出もなかなか。お湯は備長炭のところから出てきて、浴槽に注がれるようになっていました。
 浴槽としては、中央に円形の温泉浴槽(加熱)、奥に源泉風呂、入口付近にジェット系(腰掛け、エステ)と電気風呂があり、奥の扉を出ると水風呂と、露天風呂、サウナという構成になっています。
 源泉風呂は、約30度ぐらいで加熱してある浴槽と交互に入ると効果的と書かれていましたが、温水プールぐらいの温度なので、ついつい長居してしまいますね、これは。お湯はおとめ塚温泉と同じく、やや緑掛かったお湯ですが、こちらはおとめ塚ほどは気泡がまとわりつきませんでした。
 露天風呂にも温泉が使われているのですが、この浴槽には打たせ湯が付いています。これが強烈なんです。姿勢を低くして利用するとさらに効果的と書かれているのですが、頑固な肩こりも一発というぐらいの勢いです。露天風呂は街中ということもあり、目隠しのすだれが掛けられていますが、基本的には全面屋外の開放的なお風呂で快適です。
 洗い場にボディーソープとシャンプーが備え付けられているのも特筆すべき点で、混雑ぶりも納得でした。いろいろな浴槽を楽しんでいると、予定の入浴時間もあっという間。やや観察に欠ける入浴記でありますが、ご勘弁を。
 ちなみにここ灘温泉六甲道店さんはJR六甲道駅と阪急王子公園駅の間にある「灘温泉水道筋店」さんと姉妹店で、共に温泉銭湯です。水道筋店さんの方には、入口横に「さすり観音」という観音像があるそうで、興味津々です。次回は水道筋店さんにも是非入りたいと思います。
 また、オフ会の2次会で利用した2号線沿いの「wife is Boss」というインドと台湾の惣菜弁当屋さんも美味でした。(普段はテイクアウト専門店なのですが、特別席を設けてくださいました)インド人のご主人と、台湾人の奥さんの関西弁もお聞き逃しなく。

 

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喜楽湯
2007.5.9廃業

松江市母衣町186 営業時間:17:00〜22:00 定休日:毎月1・10・20日
JR松江駅より一畑バスまつえウオーカー(100円バス)左回りで「商工中金前」下車 徒歩4分

 

 

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入湯日:2003/08/03 17:00
    2005/05/04 20:00

 松江には私の祖母がおり、毎年夏に親戚が集まるのが恒例になっています。今年の夏も8月第一日曜の松江水郷祭に合わせて行き、ついでにお風呂屋さんにも入ってきました。
 松江は山陰の小京都と称される宍道湖に面した風光明媚な町ですが、平成15年現在昔ながらの町のお風呂屋さんはたったの一軒しか残っていません。そのたった一軒残った喜楽湯さんの回りも、近くにあった一畑百貨店が少し離れた松江駅の方に移転するなど、町の中心が移動してしまい景色が大きく変わってきました。今回は、この「喜楽湯」さんの紹介です。
 まず場所ですが、松江観光の中心である松江城や小泉八雲記念館などが並ぶ塩見縄手から歩いて10分ほどのところにあります。隣の民家を挟んだ所には米子川という掘り割りの派流が流れ、堀川めぐりの観光船がゆっくりと通っていきます。(→堀川巡りの遊覧船と後ろに見えるのは喜楽湯の煙突。遊覧船は約50分で松江城の周りを一周します。途中低い橋の所では屋根を下げるアトラクションもあります)
 お風呂屋さんの方は建物の両脇に男女の入口が別れ暖簾が掛かっていて、入ったところは三和土(たたき)になっていて、すぐに8畳ほどの脱衣場になります。京都との違いと言えば、番台の高さがかなりの低さです。見た目床から50Bちょっとといったところでした。また、脱衣場に脱衣籠はなく、直接ロッカーに服を入れるようになっています。このロッカーはなかなかの時代物で、普通の鍵のほかに、昔の鍵穴がついています。京都で見掛けない光景としては、常連さんが壁についたフックにシャツなどは掛けてお風呂に入っておられました。
 ロッカーに服を入れさて入ろうかと言うときに、私は普通のタオルを忘れてきたのに気付き番台に「貸しタオルはありますか?」と尋ねるとなんと無料で貸して下さいました。なんて親切なんだろう!ドライヤーも十円と廉価です。しかもその十円は番台に払う仕組みになっていました。
 他にこの脱衣場の特徴は、天井がかなりの低さです。推定2mちょっとしかありません。手を伸ばせば届きます。ロッカーの上は京都でもよく見る常連さんの洗面器置き場になっているのですが、ロッカーと天井の間の隙間に入れている感じです。女将さんに聞いたところ、この建物はなんと大正時代の物を改装して使われているそうで、昔の民家はこんな物だったのかもしれません。よく見れば、電気配線がむき出しの所もあり、碍子で絶縁されているところもありました。
 浴室の方ですが、私はこの浴室を見てまだこんなところがあったのかーっと軽いカルチャーショックを受けました。浴槽は男女壁側の奥に1.7m×2.5mほどの浴槽があるのみです。泡風呂もジェットもなにも付いていません。ただの白湯です。そして右側の壁沿いにカランが5カ所と水シャワー、反対側にカランが3カ所ありますがこちらは水しか出ないカランです。カランのお湯の熱さはかなりです。注意しましょう!
 天井はフラットで湯気抜きはなく、壁の天井近くに窓がある造りでした。その壁なんですが、タイルが貼られているのは2mぐらいまでの高さで、それより上は京都でも天井によく使われているポリの様な素材の建材で覆われています。もしかしたらここは板張りだった名残かもしれません。浴槽にはライオンの水吐きが2個付いているのですが、ひとつは水面すれすれでお湯が出ています。もう一つは水面から20Bぐらいのところにあり、水は出ていませんでしたが上に「水」と書かれていました。イスや桶は家庭用のものが常備されていました。(→壁に貼られた大村昆。実は写真でなく絵)
 私が行ったのは開店直後の5時過ぎで、一時はカランが全部埋まり十人近く入っていました。しかし、私がのんびりして帰る頃にはお客さんは私以外に一人のみ。まあ水風呂もなく、一度暖まると時間をつぶせないのでみんな早風呂です。
 冷蔵庫にあった瓶のキリンレモンを飲みながらいろいろ女将さんと話をすると、最盛期でも松江市内にお風呂屋さんは十軒ほどだったそうです。市内に天然温泉が湧いているせいでしょうかね。ここ数年で残った2,3軒が続けて廃業されここだけになったということでした。私はこのお風呂屋さんを見たとき、左右に大きく開いた男女別の入口といい、三和土からすぐに脱衣場が広がっている造りといい京都のお風呂屋さんに似ている気がしました。女将さんも娘さんが京都の大学に通われていた時に、京都のお風呂屋さんに行かれたことがあるそうですが、造りが似てると思ったという話をされていました。
 なかなか松江まで旅行されることは少ないかもしれませんが、ホントにいいところですので一度どうぞ。その際は「喜楽湯」もお忘れ無く。


 祖母の家へ行ったついでに2回目の入湯です。叔父から前の道が、拡張になるという話を聞いており、また先日前を通りかかったら暖簾が掛かっていなかったなど、いろいろな情報があったのでちょっと不安を抱えながら行きました。
 時間は8時頃。人通りもほとんどない道を喜楽湯の前まで来ると電気は点いているものの暖簾が掛かっていません。営業時間は10時までなので中に入ってみると、番台に誰もいない・・・そして男湯側は入浴客もいない・・・。「すいませ〜ん」と声を掛けても返事はなし。こういう場合どうするか? 入るしかないでしょう!ということで、勝手に入ったワケです。すると番台に女将さんが戻って来られひと安心。私が上がる頃には3組ほど立て続けにお客さんも来られひと安心なのでした。
 しかし、風呂上がりに道路拡張の話を聞くと、前の道を20m拡張する予定で喜楽湯側は5m削られるのだとか。「今年中ぐらいは大丈夫だと思いますが・・・」との返事でした。人づてに聞いた話によればすでに代替地も用意されているそうですが、新たに新築して銭湯を続けることはないようです。約90年の歴史とおっしゃっていましたが、ピリオドが打たれるのも時間の問題でしょう。興味のある方はお早めに。
 あっ、暖簾ですが夏にしか掛けられないそうです。たまたま前回の入湯が夏だったので、運良く暖簾の掛かっている写真が撮れていたのでした。「暖簾が掛かっていませんでした」と連絡を下さった方、ご安心ください。
(2005/5/6加筆)

毎年8月第一日曜に宍道湖で行われる水郷祭の花火大会。湖面に映りとってもきれいです。

千鳥城とも呼ばれる優美な姿の松江城。松江は譜代大名松平氏の居城でした。山陰では唯一の現存天守閣。

武家屋敷や小泉八雲記念館が建ち並ぶ塩見縄手。松の左は松江城の濠です。

手前が宇賀橋、奥が惣門橋。松江は小泉八雲が有名ですが、芥川龍之介も一時期滞在し「海を除いて、あらゆる水を持っている」と賞賛しています。

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清心温泉

岡山市北区清心町2-1 営業時間:16:00〜23:00(季節により変更あり) 定休日:不定営業
JR「岡山」下車 西口より徒歩約10分

 

 

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入湯日:2013/02/11 21:00
   

 3年の休業期間を経て、2012年7月に月6日程度の不定期営業ながら復活された清心温泉さんに行ってきました。亡き父親のあとを受け、サラリーマンをしながら風呂を復活させた心意気は銭湯界の宝! ご主人の街から銭湯をなくしたらあかん、マンションと駐車場だけの街にしたらあかん!という思いに賛同し、集まってきている仲間の方もスバラシイ方ばかり。京都からですが、応援します!

営業日については、
清心温泉さんのブログで確認して下さい。


 松江での法事帰りに岡山で途中下車して清心温泉に立ち寄ろうと思っていたのですが、この日あいにく山陰線で踏み切り事故があり、岡山到着が予定より2時間半遅れの午後8時30分に。京都まで行く新幹線の最終は午後9時44分岡山発。それでも行かねばと思わすのが清心温泉なのです。

 結果から申し上げると、小走りで清心温泉に行き、湯船につかっているうちに急いで帰るのは愚行だと悟り、22時53分岡山発の新大阪行きの最終の新幹線に乗ることにしました。だって、清心温泉を盛り上げるために暖簾の先でボランティアで焼いておられる焼鳥を食べずに帰るわけにはいかんでしょ。
 ということで、下の写真のようになりました。

↑午後9時半頃の清心温泉。暖簾がなければ、どう見ても焼鳥屋にしか見えません。写真では分かりにくいですが、提灯のまわりはクリスマスツリーみたいな電飾がチカチカしてます。

↑暖簾をくぐるとこんな感じ。正面の入口は引き戸ではなく、扉になっています。

↑脱衣場には懐かしい感じの木製ロッカーが鎮座。Tシャツは岡山に本拠地を置くサッカーJ2ファジアーノ岡山のもの。清心温泉はフランチャイズのカンコースタジアムにも近いので、試合開催日は基本的に営業日となります。

↑男湯脱衣場には、壁一面に野球選手のサインがずらり。「草魂」と書かれた鈴木啓示選手など往年の名プレーヤーも多数。
 浴室は約2メートル四方の浴槽がひとつのみのシンプルな造り。女湯のみ富士山のペンキ絵があります。

↑入口側にもこれまたずらり。奥の壁は広島カープコーナー。清心温泉さん一家は熱狂的なカープファンでもあるのです。

↑カープコーナーの最上段には、滅多にサインをしない神様・前田智徳選手のサインも。息子さんが体当たりでゲットした貴重品。「清心温泉と入れてください」とお願いしたら、前田選手が「はぁ〜?」と返した逸話も。

↑この方の熱意ですべてが始まった!清心温泉の自称番頭ことご主人の二宮さん(左)。

↑通称焼鳥テラスでは、本職は美容師のイケメン焼き師が2本100円で清心温泉のためにボランティアで焼鳥を販売。焼くのを失敗したのや、自分で食べた分も売上箱にチャリンとお金を入れているのが涙ぐましい・・・。

↑マイセンもノリタケもびっくりのカップ&ソーサー。熱燗1杯200円!くぅ〜、寒空の下でこれはありがたい!

 ご主人によると濾過器の調子があまりよろしくないそうです。浴槽も2週間営業が空くと、どこからか水漏れしているらしく、水位が下がっているそうです。
 どうか1日でも長く、営業できることを心から願います。

↑月に6日程度でもこの灯りが点いている限り、この街はちゃんと呼吸をしてる感じがします。ガンバレ!清心温泉。

↑去り難し清心温泉。チキショー、涙で霞んで見えねえや!

Forever 清心温泉!

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柳湯
2011末廃業

岡山市西大寺中1-14-16 営業時間:17:00〜22:00 定休日:日曜日+第3土曜日
JR赤穂線「西大寺」下車 徒歩約20分

 

 

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入湯日:2006/05/12 17:30
   

 岡山駅に朝9時集合の仕事。そこから車で津山へ。岡山駅で自由の身になったのが、午後4時前。さて、まっすぐ京都に帰るか、ひと風呂浴びて帰るか。銭湯の神様のい・う・と・お・り! ということで、岡山駅から赤穂線に乗り4駅目、西大寺にやってきました。
 さいろ社さんの「
関西の名銭湯」で紹介されていた「柳湯」がどうしても気になっていたのです。
 西大寺の古い市街地は、西大寺門前に開けていて、駅から歩くと20分ほど。駅からは新しいきれいな道沿いに歩いていきましたが、あるところで水路に出くわし、水路沿いに歩くことに。するとどうでしょう(ビフォーアフター風)。正面には懐かしいトタン看板にアサヒビールと書かれた昭和30年代を髣髴させる酒屋があるではないですか。そして水路を挟んだところに柳湯です。

 明るいうちに町並みも見たかったので、とりあえず写真を撮り、西大寺へ。西大寺は日本3奇祭に数えられる「裸祭り」で有名なお寺です。商店街のシャッターにも裸祭りの絵が書かれていました。
 西大寺門前に続く商店街を歩くと、「明治○年創業」という看板が何枚もありました。さぞ賑やかだったんでしょう。昭和初期に建てられたと思われる洋風ファザードの建物が映画のセットのように残っています。ほとんどが、商売を畳まれていますが、いやー見ごたえあります。
 そうこうしているうちに旭堂というお菓子屋さんがあり、ワッフルの古い看板がいい味を出しています。お店に入り、あんことクリームのワッフルを1こずつ頼むと、おばちゃんが奥の厨房に入り、あんことクリームの入ったタッパーを取り出し、その場でワッフルを作って下さりました。こういうのが、たまらんなあ。いやー、幸せ、幸せ。幸せを胸に柳湯へ向かったのでありました。

←西大寺の境内には、江戸時代に建てられた三重塔なども。境内は広場になっていて、裸祭り用の観客席もありました。

←旧道沿いにはモルタル装飾の建物や土蔵造りの建物が並んでいました。

→右の建物は、旧道沿いは洋風ですが、脇道から見ると純和風の立派な造りです。

↓うわさの旭堂とワッフル。



 柳湯は、黒板塀が表にあり、ぱっと見お風呂屋さんとは判断しにくいのですが、塀の中に入ると扇形の男女の看板の下に暖簾が掛かっています。板塀に「刺青おことわり」の張り紙がありましたが、実際には彫り物のある方も入っておられました。しかしそのおっちゃんは、実に気持ちよく番台の女将さんとも話されてましたし、帰るときにも「おばちゃん、ありがとう」と言って帰られました。ちょっといい風景でした。
 それはさておき、扉を開け番台で500円玉を出し「貸しタオルありますか」と聞くと、女将さんちょっと耳が遠い。貸しタオルを借りる人もあまりいないようで、通じなかったのですが、常連さんが間に入って説明してくださいました。いやー、いきなり人情銭湯。そして貸しタオルもタダ。西大寺まで来た甲斐がありました。
 脱衣場は本当にこじんまりしていますが、天井は格天井、ロッカーは漢数字、おーっ、浴室に入る引き戸はサッシではなく木製です。ことばは不要、写真で堪能してください。
 浴室も石の浴槽に、石の床。奥に副浴槽がありますが、男は黙って主浴槽。石の手触りがたまりません。排水用の溝には真鍮の溝ふたがかけてあるのですが、これ要注意です。まともに踏んだら、ふたが落ち、くるぶしを擦りむきました。でも、擦りむいても許す! この空間を守ってきた女将さんに免じて許す!
 風呂上りに居合わせたおじさんに話を聞くと、西大寺にも以前は何件か銭湯があったそうですが、そのおじさんはずっと柳湯なのだとか。近くに新しい橋が架かり、旧市街に車の流れが来なくなり、西大寺もすっかり寂しくなってしまったと話されていました。
 風呂上りの飲み物は販売されていませんが、水路を挟んだ「めぐみや」でビールを購入。柳湯を眺めながら栓を抜いたのでありました。ぷふぁ〜。

 

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旭湯
2011廃業

倉敷市玉島乙島971 営業時間:16:00〜22:00 定休日:日曜日
JR新倉敷駅より両備バス「玉島中央」行き終点下車 徒歩(迷わなければ)約15分

 

 

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入湯日:2005/10/08 17:00
   

 岡山県新見市の友達の所へ行くのに倉敷で途中下車。倉敷から一路玉島へ。玉島へは倉敷から新倉敷まで在来線で行き、そこからバスなのですが、バスは1時間にほぼ2本の割合。間の悪いことに出たところで、30分以上待つことに。新倉敷駅前はコンビニが1軒あるだけで他には客待ちのタクシーが行列を作っているのみ。ベンチで読書の秋なのでありました。
 ここで玉島についてちょっと触れておきますと、江戸時代に備中松山藩により、高梁川から水を引き「高瀬通し」という閘門式運河が造られたのですが、玉島にはその船だまりが設けられ、瀬戸内を航行する千石船や北前船が寄港する水運の中継地として栄えた町です。土蔵造りの古い町並みが残り、一部は保存地区にも指定されています。
 さてバスを終点玉島中央で降りると、どこからともなくドンドンと太鼓の音。事前にチェックしておいた港湯の隣の羽黒神社がちょうどお祭りだったのです。これはさい先がいい! 山車を横目にとりあえず港湯へ。幟の立つ羽黒神社の石段横に「でた〜!」茶色く塗られた洋風ファザード。興奮を抑えて明るい内に外観写真をパシャ、パシャ。すぐにでも入りたいところだったのですが、すでに4時前。もう一軒1kmほど離れたところにお風呂屋さんがあるので、そちらへまず行くことに。でもその前に羽黒神社にお参りです。神社が高台にあるので、町が見渡せる展望台のようになっています。玉島と一口に言っても結構町としては大きいですねえ。
 誘惑に負け途中古い商店街なんかをぶらぶらし、旭湯を目指したのですがこれが見あたらない! こんな細い路地にはねえだろう、と思った瞬間数十メートル先に煙突が! 裏側から来てしまったようなのですが、表に回っても同じぐらいの道幅。表と裏の路地の間の通路に暖簾が掛かっています。写真を撮っていると一人のおばちゃんが路地から現れました。うっ、気まずい。盗撮者と思われている空気だ。「すいません、写真撮らせてもらっていいですか」と聞いたときの反応が明らかに疑いの目だと思ったら、この方旭湯のおばちゃんだったのです。事情を話し、早速入浴。

迷ったところでこの煙突が見え救われました。

脱衣場の神棚。先に稲穂がついた飾りがわかりますか?

近畿錠の鍵。開けるとき、下のボタンを押さないと開きません。


 土間に番台の古い造りに、脱衣場の床は板の間にロッカーの前だけゴザ。天井も普通の家ぐらいの高さです。ロッカーの鍵が近畿錠という鍵で、開けるときにボタンを押さなければ開かないと言う珍しいものでした。派手な飾りのある神棚があり、女将さんに聞くと岡山の高松神社で商売繁盛を願って飾りは買ってくるものだとか。戎さんで熊手を買うみたいなものでしょうかね。
 浴室は男女壁側にほぼ正方形の白湯があるのみ。浴槽の中に段がついているのですが、板状になっているのが特徴ですね。逆サイドにカランが6箇所。シャワーは1箇所のみです。カランの下が台になっているのは、大阪的です。天井は波板トタンで四角錐型。壁などもきれいに塗られていて手入れは行き届いています。男女壁にかけられた「玉島ボウリングセンター」は現存しているのか? 気になるところです。
 風呂上がりに飲み物をと思ったのですが、冷蔵庫が男女仕切にはまる形であり、女湯の方を向いています。「何がありますか?」と聞くと、「そちらからも開きます」との答え。冷蔵庫の背中側にもひとまわり小さい扉がついていて、両側から開く方式になっていたのでした。ここは岡山。オハヨー乳業のコーヒー牛乳で決まりでしょう! そんなこんなでほっこりしていると、やばい・・・時すでに6時前。薄暗くなってきたということで、港湯へとって返したのでした。

玉島中央バス停付近を通る羽黒神社の山車。

港湯近くの通町商店街入口。パチンコ屋は事務所に変わっていました。

通町商店街を抜けたところ。なまこ壁の古い民家がたくさん残っています。

 

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港湯
廃業

倉敷市玉島中央町1-12-2 営業時間:15:30〜21:00 定休日:月曜日
JR新倉敷駅より両備バス「玉島中央」行き終点下車 徒歩約5分

 

 

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入湯日:2005/10/08 18:30

 玉島の旭湯さんから、港湯へ戻ってきたときにはもうすっかり夕闇につつまれた時間。写真は先に撮って置いてよかった〜、ということで早速の入浴。暖簾をくぐるとあれっ、だれもいません。ほどなくおばちゃんが、布切れを持って登場。女湯側で針仕事をされていたようです。このおばちゃんが話好きで、昔「製図士」(今で言うパタンナー)だったことから、今帽子とズボンを端切れから作っていること、裁縫は小学校の時家庭科の先生をしていた祖母から習ったこと、銭湯はご主人が亡くなって一人でやっていること、建物は昭和2年に建ったこと、外壁の「山久」のマークは、銭湯を始める前にやっていた食料品店の屋号であることなどなど、いろいろと話してくださったのでした。
 脱衣場のロッカーに書かれた文字は上からなぞってきれいになっていますが、書体は戦前のそれのまま。蓋を開けると裏には薬の広告が貼られていて、これを見比べるのもなかなかの楽しみです。男女仕切側に脱衣籠が並んでいたのですが、京都よりも深いもので、竹が多用されていました。天井には小ぶりな3枚羽の扇風機がぶら下がっているのですが、それよりもすごいのは天井の装飾。ここは中世ヨーロッパかと思ってしまいます。
 浴室に入ってまず目に飛び込むのが、奥の壁にあるペンキ絵です。玉島でペンキ絵に出会うとは! しかもあとで聞くと、京都の絵描きさんに泊まりで来てもらって、10年に1回ぐらい書き換えていたとのこと。現在はもう亡くなられてしまったそうですが、京都と玉島の意外な繋がりと出会い感無量の思いです。実はペンキ絵は脱衣場側にもあり、計2枚。地味にタイル絵もあり、なかなかのビジュアル銭湯です。
 設備としては浴槽はここも白湯のみ。カランの下に台があるのはこの辺りの共通の造りのようです。
 風呂上がり、おばちゃんの話はご主人の話から、結婚や身の上話に。ここで書くのはふさわしくないので僕の胸に留めておくことにします。そんなこんなで時計の針は7時を回っていたのですが、こんなに遅くなるとは思わず6時台までしかバスの時間をチェックしてなかった! ぼちぼちヤバイかなと思いバス停に向かうと、最終バス7:20発の5分前だったのでした。
 いや〜、久しぶりに地方銭湯に入りましたが、やっぱり面白いですねえ。このあと倉敷で本日3湯目と相成ったのでした。

←玉島まで来て良かった。いや、ホントに。



羽黒神社の参道を登ると、実は瓦屋根ということが解ります。


広告は電話番号の局番がひと桁なのでかなり前のものだと思われます。

 

↓ロッカーの蓋に貼られた広告。
戎湯にもありました。

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橘湯

倉敷市川西町8-11 営業時間:16:10〜21:30 定休日:月曜日
JR倉敷駅下車 徒歩約5分

 

 

詳しい場所を見る

入湯日:2005/10/08 20:30

 

 

 

船五湯の場所はこちら↓

戎湯の場所はこちら↓

 玉島から倉敷へ帰ってきたのが既に8時前。まだ食事をしていなかったのですが、見残している橘湯の閉店時間がわからない・・・。先に行くしかないでしょ、ということで橘湯へ。美観地区から徒歩5分ちょっとという場所です。近くに風俗ビルがあったのですが、なんでも倉敷遊廓が近くにあったのだとか。翌朝それと思われる場所を歩きましたが、雰囲気を留めている建物は残念ながらほとんど残っていませんでした。
 さて、橘湯ですが洋風ファザードのステキな建物です。正面上部には橘の紋まで入っています。さらに玄関上には「ラジュウム温泉」の木製文字。むむっ、期待大です。暖簾をくぐるとこじんまりとした下足スペースがあり、番台裏には牛乳の自販機。この日入った他2軒は、土間に番台スタイルでしたが、なんだか下足スペースが新鮮に感じます。
 番台で350円を払うとちょうど女将さんからご主人への交代タイム。ご主人によれば建物は築80年、大正末に建てられたそうです。表に「橘旅館」と看板が出ていたので、それについても尋ねると、戦後旅館を兼業しだしたとのこと。しかし現在では定期的に出張に来る決まった方しか泊めてないとのこと。事前にわかっていればここに泊まってもよかったなと思ったのですが残念。
 脱衣場は漢数字のロッカーが両側に置かれ、かなりレトロな雰囲気。蓋の裏に薬の広告が貼られているのは、岡山の定番ですね。入口脇の冷蔵庫の上に置かれた水槽もいい味を出しています。珍しいのは浴室への入口で、ここは引き戸ではなく押し戸(こんな言葉あるのか?)です。まあサッシなんですけど。
 浴室内は、タイルも新しく手入れされています。ただ、男女壁の蛍光灯に加え、裸電球がぶら下がっているのが特筆すべき点ですね。昔は蛍光灯はなく、おそらく裸電球だけだったんでしょう。
 浴槽は男女壁側に1槽のみですが、一部泡風呂になっており、隅に金属製の箱が沈んでいます。ラジウムの素ですかね。浴室奥に物置になっている四角いスペースがあったのですが、昔はもう1槽浴槽があったようです。タイル使いが物語っていました。ビジュアル系としては男女壁に6枚サイズのアルプスに川と白樺のタイル絵があります。
 風呂上がりはビールまで我慢するか迷ったのですが、オロナミンC。ご主人にどこか安くておいしい店ありますかと聞き、美観地区近くの高田屋という焼鳥屋を紹介してもらい、一路そちらへ。土蔵造りの外観に、内装は京都の赤垣屋を焼鳥屋さんにしたような雰囲気。ちょうど向かいにある森田酒造という酒蔵がつくった「激辛」という冷酒があり、それを呑みながら今日一日の銭湯巡りを思い起こしたのでありました。



 今回は入浴できませんでしたが、倉敷駅から徒歩圏内に橘湯以外に2軒の銭湯があります。
 1軒は美観地区の一番奥からすぐの所に「船五湯」という銭湯があります。路地の中にあり、看板も出ていないので、地図をよく見ていきましょう。裏に回ると廃材が積まれ、井戸がありました。地味ですが、色ガラスが使われていたりマニア的には惹かれるものがあります。

路地の中にこの構えの船五湯。ちなみに日曜定休。

よく見れば色ガラスが使用されています。

裏に回ると廃材が積まれ、井戸もありました。

 もう一軒は、天満屋百貨店近くの「えびす湯」です。こちらは定休日だったのですが、戸が少し開いていたので声を掛けると、女将さんが出てきてくださり話を聞かせてもらいました。
 看板に「健康浴石風呂」とあるのですが、浴室は浴槽に加え、床まで御影石張り! 踏み込みもある姿は大阪銭湯を彷彿させます。この銭湯も薪で焚いておられるのですが、現在でも釜焚きの方を一人雇っておられるのだとか。材木も廃材ではなく、山から材木を運んでいるとのこと。立派な材木が裏手に並んでいました。
 ダメ元で声を掛けた戎湯さんでしたが、銭湯の神様の存在を久しぶりに感じる出来事がありました。それは女将さんが昔京都に住んでおられたという事実。今でも親戚は京都におられるそうで、京都話に花が咲きました。修学院の大黒湯や大丸湯、三条の桜湯なんて名前も登場し、ついつい話し込んでしまったのでした。まあ飲み物でも飲んでいきと言っていただき、倉敷鉱泉のラムネを賞味。オールガラス瓶のラムネが、倉敷でも健在でした。

戎湯外観。路地がぐるりにあり一周出来ます。

漢数字の書かれたロッカー。その上には大衆演劇場のポスター。

石の床に、石の浴槽。踏み込みまであるぞ〜!

 

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勝利湯
2014.8頭頃廃業

広島市南区宇品御幸2-3-19 営業時間:14:00〜17:00 定休日:3・13・23日
広島電鉄宇品線「宇品2丁目」下車徒歩2分

 

詳しい場所を見る

入湯日:2008/9/27 17:00
   2012/9/7 16:30

 

 

 

 

 永年愛されてきた広島市民球場が移転するということで、プロ野球公式戦最後のナイターを観戦しに広島へ。観戦前にひとっ風呂ということで市電に乗り勝利湯へ向かいました。このお風呂屋さんは前週に広島に行った銭湯好きの知り合いの方が「是非行くべし」と推薦してくださいました。築80年というモダンな建物は、ネットで見る限り被爆建造物にリストアップされていないのですが、現在まで営業を続けておられる非常に貴重な建物だと思います。風呂上がりに番台の女将さんに聞いたところ、屋号は昭和初期の国威発揚の時代背景から名付けられたものだとか。以前は、縁起担ぎに試験や試合の前に入浴に訪れる学生さんも多かったそうです。

 4時間半という短い営業時間内に訪ねたものの暖簾が掛かっておらずヒヤリとしましたが、ちゃんと営業されていました。暖簾は掛けられないようです。外観は垂直平面なのに中央にアーチ型の入口を設け、下足スペースをちゃんと取ってあるあたりは、秀逸な平面計画です。床のモザイクタイルもなかなかキュート。脱衣場と下足場の間仕切りがガラス張りなのも特徴的です。
 脱衣場で目についたのが、男女仕切りの鏡の傷というか、裏側が剥離したような乱れなのですが、女将さんに聞くと原爆投下でそのようになったと聞いているとのこと。本当ならばすごい歴史の証人です。
 浴室への入口は木製のまま何度もペンキが塗り重ねられとてもよい味わいになっています。その扉越しに浴室壁面のガラスブロックを見たなら、ハートを鷲づかみされること間違いなし!ガラスブロックに色を散りばめるなんて誰が考えたんでしょう。いやー、来てよかった!
 浴室内は中央に浴槽を配置する関西風ですが、それ以上にタイルの使い方が京都に通ずるものを感じました。後日BBSで話題になりましたが、広島の浴場へは京都の施工業者や釜屋さんが出入りしていることが多いとのこと。感覚は間違いではなかったようです。
 浴室の入口側のタイル絵は、男湯側が富士山、女湯側が安芸の宮島です。広島に来て広島の絵柄と出会えて嬉しい限り。タイル絵の周りの細かいモザイクもなかなか秀逸。タイル好きにはたまらない浴室です。浴室奥にも、金魚のタイル絵(筆で書かれたもの)があります。金魚のタイル絵はあまり動きを感じないようなタッチなので、かなり古いものと思われますが、銘は入っていませんでした。
 4時間半営業だけど、京都からは遠いけれど、また来るときまで頑張ってて欲しいなあと思わせる1軒でした。

←脱衣場から下足場方面。番台は地方にしては高いですね。

→鏡にあった傷部分。表面は平ですが、内部に溶けたような痕があります。

→脱衣場から浴室のガラスブロックを見たところ。この浴室は明るい内に入ってこそ価値があります(営業時間の都合上、暗くなってから入る方が難しいですが・・・)

→→男湯内部(許可をもらって撮影しています)

←たまたま乗れた旧京都市電。なんと勝利湯への行きも帰りも京都の市電でした。

→満員御礼の広島市民球場。広島のルイスがヤクルト相手に11奪三振4安打完封勝利。しびれました。

→広島の繁華街にある音戸温泉。オールナイト営業なので、とても便利です。今回は入り損ねましたが・・・。

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寿湯

尾道市栗原東1−10−9 営業時間:16:00〜20:00 定休日:隔週日・月曜日
JR尾道駅下車 徒歩約15分 または 尾道市営バス栗原経由新尾道行き「栗原1丁目」下車徒歩1分

 

 

詳しい場所を見る

入湯日:2005/11/09 18:00

 

 

 

 

 仕事で広島県三原市に行くことに。めったにこういう事はないので、お風呂屋さんにも寄っていくしかないでしょうと広島県浴場組合のHPを見るも、三原支部はあるもののすでに三原に銭湯はなし。近くでどこかということで、電車で10分ほどの尾道に寄って帰ることにしました。
 三原でフリーになったのが既に5時半近く。電車を待って尾道に到着するのが6時前。新幹線で京都まで帰ろうと思うと2時間ちょっとしか滞在できません。尾道ラーメンも食べたいぞ〜! 急がねば。
 組合のHPによれば尾道市内の銭湯は6軒。うち3軒は駅の西北側にあります。なるべくならシブ銭に入って帰りたいところ。
さいろ社さん尾道観光協会のサイトを見ながら「寿湯」に強く心惹かれたのですが、さいろ社さんが「夜は発見できない」と書かれているではないですか。尾道駅に降り立つと、どっぷりと日は暮れ、尾道水道の向かい側にあるクレーンがきれいにライトアップされている状態。不安を抱えつつもバス停に向かうとちょうどバスが到着したので、バスで向かうことにしました。寿湯の最寄りバス停のひとつ前「サティ前」で降り、サティ北側にある大栄湯を外から鑑賞。観光協会のサイトには昭和32年オープンと書かれていますが、屋号はなぜか右から書かれています。昭和30年代でもまだこういう表記をしていたと言うことか。外壁はモルタルで覆われているので、建築基準法から考えると昭和25年以降の建物なんですけどね。
 さあ時間がない。バス通りの栗原街道まで戻り一路寿湯を目指しますが、交通量は結構あるもののこの道がまた暗いんです。右側の路地に気をつけながら歩いていくと、角に散髪屋が。むむっ、怪しい路地と思い路地を進むとビンゴ! 寿湯がありました。しかし、本当に前まで来ないとお風呂屋さんがあることに気付かないような立地です。前栽に枝振りのいい松が植えられているのですが、それがあることも気付かないぐらいに茂った樹木のトンネルを抜けて暖簾に辿り着かなくてはいけません。いや〜、でも感慨深い。一発で発見できてホントに良かった。
 引き戸を開けると土間に番台なのですが、番台の位置が高い! ちょうど目線の高さに台があります。漢数字のロッカーといい、板の間の雰囲気といい、先月倉敷で入った旭湯さんに雰囲気がよく似ています。しかしよく見てみると床の材木は幅25センチぐらいありそうな立派なもので、普請自体は悪くありません。ロッカーの横に置かれた木製の身長計と小ぶりなアナログ体重計もいい味を出しています。
 おお〜っ、そして浴室への入口は水色に塗られた木の引き戸ではないですか! がらがらと開けると、先客のおじいちゃんが二人。浴槽は男女壁側に1槽のみ。1/3ほどがパイプで仕切られ浅風呂になっています。深風呂の方は珍しい3段の段がついています。浴槽の底まで1mm角のチップタイルというのが、タイル好きのハートをくすぐります。男女壁には真鍮製の古いカランが1個。水がちょろちょろ出ているのですが、湯温は40度ぐらいとかなりぬるめ。最近錦湯で鍛えられているせいか、ちょっと物足りない気もしますが、この雰囲気にじっくりと浸るにはちょうどいいのかもしれません。それにしても男女壁が低いなあ。小川今出川下るの栄湯と張り合うぐらいの低さです。
 カランは意外にも温度調節付き、さらにハンドシャワー付きに換えられているのですが、いかんせん水圧が・・・。いや、いいんです。ここに寿湯があるだけで。あとから入ってきたおじいちゃんは、浴槽から汲みだして体を洗っていました。カランの需要はあまりないのかなあ。それからこの間の倉敷といい、尾道の寿湯といい、こちらの湯気抜きは寸胴ではなく上の方が細くなっていますねえ。京都との違いです。
 寿湯には後日談があります。浴室の奥に水色に塗られた木製のドアがあり、釜場へのドアだと思って開けなかったのですが、さきほど観光協会のサイトをよく見て大後悔。なぬ〜っ、蒸し風呂の入口だと〜、わしゃ聞いとらんぞー!! ひとつ宿題を残してしまった寿湯なのでした。

 帰りは途中もう一軒、栗原温泉を見て駅へ。残り1時間。尾道ラーメンで有名な朱華園は、駅から徒歩15分ぐらいかかるのですが、駅前で地元民らしき人でカウンターがうまっている飲み屋を発見。引力に負け1席だけ空いていたカウンターに座ったのですがこれが大正解。さしみ盛り合わせと突き出し1品。それに海鮮巻きを食べ、さらに生中1杯と加茂鶴2杯で3000円ぽっきり。となりに座っていた常連のおっちゃんによれば、尾道でもこの値段でこれだけの魚を出すところはないとのこと。本当は8時6分の電車で福山に向かわないと京都まで新幹線で帰れなくなるのですが、加茂鶴がおいしすぎて帰りたくなくなってしまいました。てなわけで、新快速で新大阪から帰ることになったのでありました。ああ〜、尾道は遠くにありて想うもの。寿湯の蒸し風呂にも入りに再度行かなくては・・・。ちなみに飲み屋は駅から東へ徒歩2分「みち草」です。尾道へお出かけの際は是非に。

←左:尾道サティ北側の大栄湯
 右:尾道駅最寄りの栗原温泉。こちらにはサウナもあります。

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