鶴の湯

伏見区景勝町33の5  営業時間:14:00〜23:30 定休日:水曜日
近鉄電車「伏見」下車 徒歩8分 または 市バス「住吉」下車 徒歩1分

 

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入湯日:2003/07/20 15:30
    2005/05/19 23:00
  ほか数回

 竹田街道と琵琶湖疎水の分流が交差するところにあるお風呂屋さんです。竹田街道を南から北に向かって走ると、屋上に温泉マークと「おふろ屋」と書かれた大きな看板があり、すぐに分かります。
 堤防脇にある玄関を入ると、下駄箱の上には大型のプラズマテレビが掛けられ、左手には明るいロビーが広がっています。料金の支払いは、玄関正面にある券売機で入浴券を買うようになっています。このロビーはこのお風呂屋さんの大きな特徴でしょう。2面がガラス窓で雰囲気も明るく、ソファー、イス合わせて10名以上がゆったり座れるようになっています。また簡単な厨房を備えたカウンターでは、ビール、チューハイをはじめ、おでん、焼きそば、フライドポテトなどの軽食類も充実しています。ソフトクリームも5種類ぐらい揃っていました。窓の外は建物に沿ってガーデニングされていて、テーブルとイスも置かれています。角にはお地蔵さんのお社もありました。月一で催されるフリーマーケットもこの庭でやっておられます。
 脱衣場の方は、こぢんまりした感じですが、毎週発信されているメールマガジンの案内や、ホームページ内で公開されている銭湯コラムのコピーなどが貼られ、いろいろと工夫されています。浴室との境にある洗面台では、天然地下水を持ち帰れるように専用の蛇口も用意されていました。
 お風呂の方は2階建ての構造になっていて、一階部分には打たせ湯付のラドン風呂、足裏ふくらはぎ刺激付腰掛けジェット、トルネードバス(強力ジェット)、泡風呂付き浅風呂、ジェット付寝風呂があります。これだけでもかなりのメニューですが、2階に上がると10人以上入れるテレビ付き遠赤サウナ、打たせ水付の大きな水風呂、極めつけは岩風呂風の週替わり薬湯(この日はワイン風呂)の露天風呂があります。露天風呂は岩が組まれた湯口から熱めのお湯が流れ出し、なかなかの雰囲気です。また、露天風呂の脇には休憩用のベンチもありますので、まったりするにはもってこいの空間です。露天風呂の壁は、腰ぐらいの高さまで黒っぽいタイルが貼られ、白い壁と相まってちょっと土蔵の一角にある露天風呂という感じを醸し出していました。
 あとここのお風呂屋さんは、ちょっとタイル使いにも注目です。一階の奥の壁にはパッチワーク状に細かいタイルをつなぎ合わせたようなデザインがありますし、所々には円い豆タイルが使われています。最近の改装としては珍しいタイル使いです。
 湯口は鯉にまたがる裸婦像のものがひとつあります。2階の壁には、南の島のビーチや、海中を泳ぐイルカなどの写真パネルも貼られていました。
 お風呂上がりは、ゆったりロビーで牛乳を飲みながらまったりモード。ついつい長居をしてしまいました。
 まあ私がこう文字で説明するよりは、百聞は一見にしかず。
鶴の湯さんのホームページがありますので、そちらでお風呂やロビーの様子はじっくりご覧下さい。もちろん実際に行ってみるのが一番です。メールマガジンは私も購読していますよ。


 メールマガジンに書かれていた「竹炭サウナ」を体験すべく鶴の湯さんに行ってきました。竹炭サウナに加え、ロビーの模様替えもされたとの情報もメルマガに書かれていたので併せて見てきました。
 ロビーですが、券売機の横に以前置かれていた戸棚を移動され、そこに竹炭をディスプレイ。竹炭は竹の形のまま焼かれた炭(あたりまえですが)で、5:1ぐらいの割合で焼いていない竹も混ぜられておりアクセントになっています。竹炭がいまイチオシなのが伝わってきますねえ。
 模様替えのポイントとしては、冷蔵庫の位置でしょうか。脱衣場からロビーに出てきた正面に移動されていました。イヤでも飲み物が入った冷蔵庫が目に入ります。むむーっ、なかなか巧妙な作戦です。
 さてこの日の目的、竹炭サウナですが詳しくは
鶴の湯さんのサイトに写真も載っていますのでそちらを見て頂くことにして・・・ではいけませんね(笑)。正直なところ遠赤外線効果を私の肌では実感できませんでしたが、サウナ特有の臭いがまったくしなくなっているのはすごいと思いました。造りとしてはサウナの壁の上部に木製ラックを取り付け、その中に竹炭が入れてあるのですが、見た目以上に効果があるのではないでしょうか。
 それから忘れていけない注目ポイントは、天井のスプリンクラー部分です。突起がぼこっと出ているのですが、その周りの耐熱タイルを剥がし、荒縄で装飾して輪切りの竹が数本取り付けられているのです。天井の一部分が坪庭になったような風情です。う〜ん、言葉の説明では難しいですね。
 サウナを堪能後、水風呂でクールダウン。露天風呂で「甘草」の湯を楽しんでいると、天空には薄雲のなかにお月様。なぜか鶴の湯さんの露天風呂から月をみる機会が多いような気がします。露天風呂の壁も塗り直され、快適度の増した鶴の湯さんなのでした。(2005.5.20追記)



 鶴の湯さんの周辺案内には、以前から心に決めていた所がありました。京都市内でお風呂屋さんドリンクを作る会社として最後の一社になった「城南鉱泉所」です。鶴の湯さんのすぐ北側を東西に走る津知橋通りを東に少し行ったところにあるのですが、現在城南鉱泉所前の津知橋通りは、拡張工事中で城南鉱泉所の敷地も拡張に引っ掛かり、10m近く削られていました。そして外観なんですが、シャッターの閉まった倉庫があるだけで、表札も蒲鉾板ぐらいのものがドアに貼り付けてあるだけでした。ということでここでは、写真もなしです。
 ってこれでは終われませんので、私の感じる伏見人気質について少々書きます。
 私は昔伏見で一ヶ月ほど短期バイトをしていたことがあるのですが、そこの社長さんの言葉の端々に「そんなことしてたら伏見の街を歩けへんようになるで」とか「伏見で知らんヤツはおらんやろ」などというフレーズがしばしば飛び出しました。こういってはなんですが、伏見の人は京都にあって京都とは別という感覚を持っているのです。
 歴史的に見ると現在の伏見区の大部分は昭和6年に京都市に編入されるのですが、2年間だけ「伏見市」であった時代があります。編入に至った理由は、昭和恐慌の後で財政難が一番の理由ですが、この時歴史、文化、産業で独自のものを持つ伏見市は「京伏合併」と称し対等性を強調したそうです。それ以前の話でも、明治28年に日本で最初の電車が七条から伏見下油掛まで、京都市内より2ヶ月早く走りますが、これも伏見の経済界が京都の経済界と別に独自の動きをしようとしたのを押さえるため伏見に華を持たせたという話もあります。京都市との合併後も、京都市の都市整備が「北高南低」であるとして、伏見人の間にはどうも京都市に対しての恨み辛みが根深く残っているように思います。これを読んで下さっている伏見の方は気を悪くされないで下さい。決して悪口を言っている訳ではなく、伏見は独自の文化、気質を持っているということが言いたいだけですので。伏見以外の方も、伏見を散策されるときはせいぜい地元の方と話してみて下さい。伏見人気質が垣間見られるかもしれませんよ。

 

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菊湯

伏見区菊屋町849 営業時間:16:00〜21:30 定休日:火・木・土曜日
京阪電車・近鉄電車「丹波橋」下車 徒歩10分 または 市バス「住吉」下車 徒歩1分

 

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入湯日:2003/09/09 22:00

 竹田街道(南行一方通行の道)の丹波橋通りから北に行ったところにあるお風呂屋さんです。外観は無骨なコンクリート造りに見えるんですが、正面に「菊湯」と書いてあるのがうっすらと残っていてかなりの時代物の建物にも見えます。玄関スペースだけは、後から増築されたようです。玄関脇にミネラル湯浴泉の看板があり「ラジウム温泉の様なミネラル湯浴泉です」と書かれています。この「様な」という表現が微妙で何とも言えませんねえ。
 脱衣場はこぢんまりした感じで、男女仕切側にベンチがひとつ、体重計も隅の方に隠れるようにあるのですが、何故か冷蔵庫は2台あります。一台は富士商事、もう一台は珍しくカナダドライのものでした。お風呂屋さんドリンクはローヤルサニーとサイダーの2品のみなのですが、冷蔵庫の上に置かれた空き瓶を入れる箱に目が釘付けです。富士商事と書かれた黄色い木製の通い函が現役で使われています。
 他に装飾品の類としては、江口商店さんから送られた宝船付きの大入り額の他に、男女仕切の上には小振りながら目に入ったガラス玉がキラリと光る黒い招き猫があります。
 浴室の方は男女仕切に沿って浴槽が並ぶ形であり、脱衣場側に3〜4人サイズの演歌が流れるサウナとライオンの水吐き付の水風呂が左右にあります。浴槽は手前からじっこうの薬湯、電気風呂、深風呂、ジェット2カ所と泡風呂付きの浅風呂と並んでいて、深風呂と浅風呂は台形で奥に行くほど広くなっています。薬湯には使われていませんでしたが、腰掛けた女性の膝に置かれた瓶からお湯が出る湯口がありました。
 浴室の造りの特徴なんですが、浅風呂と深風呂の間に円柱が建っています。浴室の奥の方は屋根の構造が違うんですが、どうもその支えの様です。造り的にはいけてないのかも知れませんが、私的には細かいキャラメル色のタイルがレトロでなかなか見てる分にはいいと思いました。
 そしてもう一つの特徴は天井の色です。普通は水色に塗られていることが多いですが、ここはなんとシルバーです。近未来的演出を狙ったかどうかは分かりませんが、何度も塗り重ねた跡がありました。そんなこんなで天井を見ていると、湯気抜きの窓からちょうど満月近くの月が見えました。そして今日は月と火星が再接近の日。月の右下に赤く光る火星が見えました。いいタイミングで天井を見た物です。
 風呂上がりはサイダーで一息。そういえば入口にミネラル湯浴泉の看板がありましたが、他のミネラル湯浴泉のお風呂屋さんよりここはやや控えめな印象です。浴室の入口にはお決まりのロゴが貼ってあるのですが、浴室内には効能書きも何もありません。果たしてミネラル分がホントに豊富なのか・・・謎は深まります。
 ミネラル湯はさておいても、個人的には薬湯がじっこうでしたし、窓から月も見られてなかなか印象深いお風呂でした。


 菊湯の場所は、北に200mも行けば鶴の湯、南に200mも行けば丹波橋温泉という2軒の間に挟まれたようなポジションです。こういう場合、管理人は周辺案内に困る訳ですが、東西に動きましょう!
 ちょうどこの辺りは、旧城下町の北西部分に当たるのですがちょっと歩けば結構古い遺跡やお寺が点在しています。現在は静かな住宅地が広がっているのですが、菊湯の一筋北の信号を東に入れば悟真寺というお寺があり、門前には「伏見鳥羽戦役東軍戦死者埋骨所」という石碑が建っています。さらに東に向かえば、腰痛封じ、こんにゃく祈祷の看板が掛かる「伏見庚申堂」があり、門の脇には江戸文化年間の灯籠が脇を固めています。
 これ以外にも、古い民家など観光客のいない普段着の町の中に静かに佇んでいるものがいろいろとあります。ここはひとつ自分の足でぶらぶらと歩いてみましょう。

悟真寺前の石碑

伏見庚申堂

住宅地に佇む民家
 右上は途中で見つけた松原牛乳の古いタイプの宅配箱。

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丹波橋温泉
2004.12廃業

伏見区海老屋町1015 営業時間:15:00〜24:00 定休日:土曜日
京阪電車・近鉄電車「丹波橋」下車 徒歩7分 または 市バス「西丹波橋」下車 徒歩1分

 

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入湯日:2003/08/29 23:00

 竹田街道の丹波橋通りを少し東に行ったところにあるお風呂屋さんです。玄関脇に電光掲示板があり、定休日や営業時間の案内が流れています。
 玄関スペースは、古い木製の下駄箱があり懐かしい感じです。そこに貼り紙で「日本唯一の薬湯 除毒湯」とありました。期待は高まります。
 脱衣場も懐かしい感じで、半透明の窓が付いたロッカーがあります。籠も僅かですが柳行李がありました。また男女仕切の上に置かれたテレビの奥には、残念ながら止まっていますが洋風の装飾が施されたボンボン時計が掛かっています。他にも男女仕切の上には白い招き猫や金比羅山のお札などが置かれています。よく見ると女湯の方には、金の招き猫も置かれていました。
 あと装飾品の類としては、絵がたくさん掛けられています。ほとんどは舞妓さんを描いた水彩画で、玄関スペースにも同様のものが一枚掛かっています。また、「安曇野の秋」というタイトルの油絵も一枚ありました。
 飲み物関係は、コカコーラと森永の自販機があるほか、缶ビールも販売されていました。ロッカーの並びに富士商事の冷蔵庫もあるのですが、現在はストックを保管する冷蔵庫として使われていました。
 脱衣場の道路側はちょっとした物置として使われているのですが、ベンチも置かれ休憩出来るようになっていて、マンガなどが置かれています。私は読んだことがありませんが、「静かなるドン」の単行本が揃っています。
 浴室の方もほとんどが白タイルのちょっと懐かしい感じの浴室です。男女壁に沿って浴槽が並んでいるのですが、一番奥の浴槽の所だけ岩が積まれ岩風呂風の浴槽になっています。表に除毒湯の貼り紙がありましたが、この岩風呂がその除毒湯で色はやや白濁しており、ジェットが2カ所に付いていてぬるめの設定になっています。説明書きに依りますと「体の中からいろいろな毒素を出してくれます。少しでも長くお浸かり下さい」と書かれていましたので、しっかり浸かってきました。
 浴槽はその他に電気風呂、深風呂、浅風呂が並び、脱衣場側にライオンの水吐きが付いた水風呂という構成です。深風呂と浅風呂はちょっと熱めで、除毒湯の浴槽といいメリハリになっています。
 サウナは3〜4人サイズのものが浴室に入ったところにあるんですが、11時までとのこと。私が入ったのが11時過ぎで、サウナの中は温度が少し下がってきていました。サウナに入られる方はお早めにどうぞ。
 除毒湯という珍しいお風呂がなかなかいいなあと思った丹波橋温泉ですが、しばらくの間私一人の貸し切り状態になった時間がありました。帰る頃には何人か来られて一安心。白濁のお湯はいいもんですよ。みなさんも毒素を抜きに行きましょう!

 丹波橋温泉には近鉄・京阪の丹波橋駅から駅の北側を走る丹波橋通りを西にまっすぐ行けばいいんですが、この通りは商店街の中に古い民家などが残りなかなか歩いても面白い道です。丹波橋温泉の手前で渡る濠川沿いには、月桂冠の古い蔵もあり伏見を実感できます。また丹波橋湯から丹波橋駅の方に向かえば、伏見桃山城をほぼ正面に見ることが出来ます。余談ですが伏見稲荷〜藤森周辺の伏見温泉で紹介した今はなき松原牛乳の販売店も丹波橋温泉から少し西に行ったところにあります(残念ながらすでに牛乳は扱っておられません)。
 さて伏見といえば酒を連想する方も多いでしょうが、現在でも30以上の蔵が街中に点在しています。しかし伏見の酒が現在のように全国区になったのは明治以降のことで、それ以前はいろいろ苦難の時代があったようです。伏見は江戸時代、京都と共に幕府の直轄地だったわけですが、幕府は京都の産業保護の方針から京都市中で伊丹酒以外の他の土地で醸造した酒の販売を禁じていたそうです。半面伏見酒にはそうのような特別な庇護はなく、洛外酒として京都への進出は禁じられていました。なにかこの辺りから伏見人の京都に対する恨み辛みがあるようなエピソードです。しかし、明治の終わり頃には先端技術の積極的な導入や、同業者の努力で伏見の酒造業は、京都の生産量を上回るようになり、灘と並ぶ一大ブランドに成長していきます。(←濠川沿いの月桂冠北蔵)
 なにはともあれ、おいしいお酒が飲める幸せを感じながら伏見をぶらぶらすれば、お酒の味も変わってくるかもしれません。
(内容については伏見酒造組合発行「伏見酒造組合125年史」を参考にしました)

 

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鞍馬湯

伏見区大津町730 営業時間:14:00〜22:00 定休日:月曜日
市バス「西板橋」下車 徒歩1分

 

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入湯日:2003/08/22 23:00

 場所はちょっと説明しにくいんですが、丹波橋の西の方にある鞍馬湯さんです。最近改装されたのか外観はきれいな白壁と窓には格子状の柵があり、隣にある古い町家と良く馴染んでいます。建物の左端にある暖簾をくぐると、正面には「こだわりの湯」という文字が書かれておりお湯が楽しみです。先に言ってしまいますが、ここは軟水を使っておられ、風呂上がりはお肌しっとりです。京都では嵐電沿線で紹介しているやしろ湯さんや、銀閣寺・京大周辺の銀水湯さんも軟水です。ご参考まで。
 さて私が行ったときには下駄箱の下の棚は靴で一杯でした。なかなかの人気銭湯のようです。フロント奥には5人ほど掛けられるソファーとテーブル、大型テレビがあり、生ビールの販売もされています。
 脱衣場は新しくさっぱりした感じですが、天井が特徴的です。ブルー地に雲の模様が入った壁紙が蒲鉾状のなった天井全面に貼られ、間接照明で照らされています。これはなかなか楽しい演出。脱衣場の照明を工夫するのはありそうであまりありません。この雰囲気の中BGMにはオルゴールの音楽が流れていました。装飾品としては男女仕切の上には大小3匹の招き猫が置かれています。
 この脱衣場で目に止まったのが、田中というメーカーのアナログ体重計です。これに「多田衡器製作所」のシールが貼られていました。多田衡器は、八条口〜十条周辺の別府湯の周辺案内で書きましたが、貸秤のあったはかり屋さんです。こんな所で出会いうとは!
 飲み物は脱衣場に森永の紙パックの自販機が置かれています。浴室の方もきれいに改装されているんですが、目に入ってくるのは奥の壁全面にある山と急流のモザイクタイル絵です。目地の感じからあまり新しくはないと思うので、これだけ改装時に残されたようです。このタイル絵以外はほんとに真新しい感じです。女湯の方はよく見えなかったのですが、男湯から山肌の見える山が続いていました。
 浴槽などの構成は、浴室に入った右手に10人ほど入れるテレビ付きサウナ、逆サイドに水風呂があり、浴室中央に深風呂、泡風呂付きの浅風呂、電気風呂を備えた浴槽、奥に押しボタン式のトルネード(エステジェットの表記。強力ジェット)と足裏ふくらはぎ刺激突き腰掛け型ジェット(マッサージジェットの表記)があります。
 下駄箱が一杯だったように、浴室内もなかなかの混雑で、カランは14カ所あるのですが、風呂イスは10個ぐらいだったので、イスが空くのをしばらく待っていました。でも軟水湯はそんな待ち時間も飽きさせません。お湯をすくって肌をなでるとアルカリ泉のようなぬるっとした感覚です。
 駐車場も向かいのガレージと2軒南のガレージに計4台分あるので車でも便利です。一度軟水湯体験をどうぞ。
 
 鞍馬湯さんからホームページが出来たと連絡頂きました。お風呂の写真もアップされていますよ。
HPはこちらから
(2005.6.3追記)


 鞍馬湯から数十m北に行くと角に材木屋さんがあるのですが、その材木屋さんの敷地からフツーの道路をまたいで、線路がはす向かいの駐車場まで延びています。材木屋さんの中を覗くと、台車の上に材木が積まれていました。線路が延びている駐車場のすぐ横には濠川が流れているのですが、かばのしっぽさんのサイトを見るとこの辺りは昔貯木場があったそうです。ということは、この線路はそんな時代の名残りなんでしょうかねえ。
 ちょっと周辺案内からははずれるんですが、伏見の自治精神というかそういう部分を書いておきたいと思います。鶴の湯さんのところで、伏見市であった時代があると書きましたが、伏見は京都の中にあっても独特の歴史、文化があると思います。そのエピソードのひとつに「伏見十六会」という組織が明治〜昭和にかけてありました。明治28(1895)年に創設された伏見の産業振興のための公益法人なんですが、この組織が伏見の発展に大きく関係しています。事業として貯金業務や教育事業、社会奉仕活動をするのですが、貯金業務は後の伏見信用金庫(金融再編で西陣信用金庫と合併し京都みやこ信用金庫となるが後に破綻。業務は京都中央信用金庫に引き継がれる)の基礎となります。また教育関係では伏見文庫という文庫を作り、後に図書館に発展。現在の京都市立伏見中央図書館の基礎となります。この他にも十六会館という公会堂を設けたり、伏見商業学校を運営するなど、大きな役割を果たしていました。この組織は昭和9年に解散となるのですが、これは京都市への編入から3年後のことです。私も伏見の図書館は何度か利用しましたが、こんな歴史を持った図書館だとは知りませんでした。伏見を回られるときは、時代別のバックグランドを知ると、より身近に感じることが出来ると思います。こんな与太話も頭の片隅に置いておいてください。(伏見十六会については山川出版社「京・伏見歴史の旅」を参考にしました)

 

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大正湯

伏見区新町13丁目290 営業時間:16:00〜23:00 定休日:木曜日
京阪電車・近鉄電車「丹波橋」下車 徒歩7分 

 

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入湯日:2003/08/25 22:30

 丹波橋駅から北西方向に7〜8分歩いた所にあるお風呂屋さんです。この辺りは道路が碁盤の目状になっているので比較的分かりやすいエリアです。
 外観は1階の天井が高く、窓が2段に付いているので一瞬3階建ての様に感じます。暖簾をくぐると横に長〜い奥行きのない下駄箱スペースがあります。脱衣場との壁は、仕切と言った方がいいような簡単なもので、脱衣場の一部を仕切ったような感じです。
 脱衣場はこぢんまりした感じで、仕切壁側にテーブルとイスが2脚、マッサージイス、体重計が並び、他に座りたい場合は黄色のプラスチック製のイスが積み重ねてありました。番台はテレビ置き場になっていて、女将さんは男湯と女湯の間を行ったり来たりされていました。
 脱衣場的アイテムとしては、男女仕切の奥に置かれた神棚でしょう。伏見稲荷大神と書かれた提灯がぶら下がっています。そして左右には招き猫です。女湯側は白、男湯側は金色の猫なんですが、男湯側の猫は挙げた左手に短冊の様なものを持っていて、そこに贈と書かれ大正湯と入ってました。
 飲み物関係は、富士の冷蔵庫が置かれ中にはラムネ、ローヤルサニー、ひやしあめなどのお風呂屋さんドリンクも揃っています。珍しいのは一緒に瓶のファンタもありました。
 お風呂の方はシンプルな造りで、両サイドにカラン列、中央に縦長の浴槽があり、浴槽の奥は壁に付いています。お風呂の種類は、奥から泡風呂になった薬湯、電気風呂、深風呂、ジェットが2カ所ついた浅風呂という並びで、脱衣場に張り出す形でライオンの水吐き付水風呂があります。薬湯はバスフレンドの「薬草」というもので、薄い緑掛かった色でした。浅風呂と深風呂の間には、リンゴ型の噴水が付いています。
 周りはほとんど昔ながらの白タイルなんですが、浴槽の縁やカランの石鹸を置く台の所は白と黒(よく見ると深〜いモスグリーン)のタイルが交互に使われていて特徴的です。
 このお風呂で不思議だったのは湯気抜きです。普通に天井中央に四角い型があるのですが、その中は天井がせり出してきていて、実際に湯気抜きの意味をなしているのは僅かです。建物を横から見ると2階部分を奥に増築したような跡があるので、その時にこういう変わった湯気抜きになったのかも知れません。代わりといってはおかしいですが、横の壁には窓がついていました。
 私が行った閉店間際はなかなかの混雑ぶりで、年齢層も中学生ぐらいからお年寄りまで幅広い構成でした。ひとつ気持ちよかったのは、浴室に入ったところに風呂イスが積んであるんですが、使い終わったらみんなきちんと元の位置に返していかれます。言葉使いは悪いですが、客のしつけが出来ているというか、礼儀正しい客が多いというか、でもまあ気持ちいいことです。
 風呂上がりは、久々に瓶入りファンタオレンジをチョイス。たまに飲みたくなるんですよねえ。この味。そうこうしている内に閉店時間となり、帰ろうとしたらぽつぽつと雨が・・・。女将さんが「傘良かったら使って」と勧めてもらったんですが、返しに来るのがいつになるか分からないので小走りで大正湯を後にしました。小降りで良かった。


 大正湯さんから西に行くとすぐ濠川に掛かる上板橋に出ます。濠川は旧伏見城の外堀だったので歴史は古いのですが、現在の上板橋は石橋で大正15年に掛けられたものです。しかも石柱に刻まれている年号は大正15年12月。大正最後の月に掛けられています。
 この石橋の上に立ち上流の方を見ると水門が見え、その奥に疎水放水路との分岐があります。さらに上流に行くと国道24号線に当たり暗渠になりますが、この辺りから墨染発電所の所までが琵琶湖疎水の伏見インクラインがあったところです。現在の地図で言えば国道24号線の北側に船を上げ下げする線路が走っていたようです。この琵琶湖疎水ですが伏見まで繋がったのは明治27(1884)年。墨染発電所が出来たのは大正3(1914)年です。墨染発電所は現在でも発電を続ける現役の発電所です。この疎水の開通は物資の輸送だけでなく、産業界にも大きな発展をもたらし、インクライン近くには東洋紡の前身である伏見紡績や津田電線などの近代化工業の発展にも貢献しました。
 現在ではインクラインも船だまりぐらいしか往時の姿を留めていませんが、そんなことを思いながら散歩するにはいいコースになっていますので、ぶらぶらどうぞ。疎水べりは船だまりから十条通辺りまで遊歩道になっていますので、自転車なら軽快に走れます。(←インクラインの船だまりと右手が発電所。奥の傾斜の道が国道24号線)

 

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呉竹湯

伏見区銀座3丁目315  営業時間:16:00〜23:00 定休日:水曜日
京阪電車「伏見桃山」下車 徒歩4分 または 近鉄・京阪電車「丹波橋」下車 徒歩6分

 

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入湯日:2003/07/05 17:00

 京阪伏見桃山駅から大手筋に入り、一本目の角を北に一筋上がったところの角にあるお風呂屋さんです。ミネラル湯が売りのお風呂屋さんで、左右に大きく別れた男湯と女湯の入口の間に大きな「ミネラル湯浴泉」の看板が挙がっています。
 京都の古いお風呂屋さんには、左右に大きく分かれた入口を持つところがたまにありますが、結構下駄箱スペースは男女繋がっている事が多く、ここも中では繋がっています。この下駄箱スペースには、鉛筆で書かれた五重塔や鳥などの絵が貼られているのですが、後から聞くとご主人の作だそうです。真ん中に竜の絵があり「大作ですねえ」というと、絵を裏返しカレンダーの面を見せ「いたずらです」とおっしゃる辺りなかなかお茶目なご主人です。
 脱衣場は、ポスターや注意書きが雑多に貼られごちゃごちゃした感じですが、結構個人的にはこういう雰囲気も好きです。ロッカーの上には、ご主人の趣味でしょうか壇ふみさん、高島礼子さんなどの女優カレンダーが並んでいました。
 この脱衣場で珍しいものといえば、なんといってもお釜型のドライヤーです。普通男湯にはないんですが、ここは古い物が置かれていました。ただその古さ故、実際にまだ使えるかどうかは分かりません。
 浴室の方は、なんといっても男女壁一面に書かれたタイル絵がまず目に入ります。男女壁端から端まで全面タイル絵ですので、2m×8m近くあるのではないでしょうか。モチーフは、渓谷を筏流しが流れていく様ですが、結構幅の広い川が描かれています。後でご主人に聞いたところに依ると、この絵のモチーフはご主人が考えられ、だいたいの下絵を描き、絵描きさんに頼んだそうです。昭和52年に取り付けられたそうで、女湯の方は岬の灯台と海が描かれているということでした。(←一枚だけ撮らしてもらった写真。湯気で良く見えない)
 浴室内のレイアウトは、奥にNHKラジオがBGMにかかるサウナがあり、男女壁側に腰掛け型のジェットが3カ所ある浴槽、浅風呂、深風呂が並び、脱衣場側にライオンの水吐き付水風呂という構成です。サウナのイスには薄い座布団のようなマットが九つ敷かれていたので、定員は9人という事でしょうが、私の基準からすれば7人サイズといった所です。看板の通りミネラル湯が売りで、各浴槽には青い金属製の箱がいくつも沈められ、サウナの中にも同様の箱がありました。箱の中はどうなっているんでしょうね。浴室の壁には、トロン、イオン、ラドンとあぶくの中に書かれたシールが貼ってあるんですが、これ東寺近くの鶴湯でも見ました。トロン、ラドンは元素、イオンは元素の状態ですので、本当はこれおかしいんですが、お風呂屋さんのエンターテイメントとして許しましょう。
 この浴室の特徴として、湯口の種類が豊富です。水風呂のライオンの他に、少年が鯉にまたがった湯口と、岩の上に裸婦が正座したような湯口があります。また、一番奥の壁には、お湯が壁に伝って流れる滝のような仕掛けがあり、下からライトアップされていて目を楽しませてくれます。また、浴槽の床には鯉のタイル絵があるのですが、その数が半端ではありません。深風呂に十匹、浅風呂にも六匹だったかな?合計20匹近くいます。以前、壬生の芋松温泉で鯉のタイル絵が大盤振る舞いしてありますと書きましたが、訂正してここが一番の大盤振る舞いです。
 風呂上がりは、冷蔵庫にあるお風呂屋さんドリンクと迷いましたが、瓶のコーヒー牛乳をグビっと飲みました。ご主人の話だと、このお風呂屋さんは以前他の方がやっておられたのを、昭和30年に買って始められたそうです。釜焚きで貯めた元手と借金で買ったとおっしゃってましたが、当時は銭湯もおいしい商売で、いい値だったようです。
 ミネラル湯浴泉の効果は?ですが、タイル絵や湯口など個人的に楽しいお風呂屋さんでした。


 呉竹湯の「くれたけ」という名前ですが、図書館で見た本に依りますと、伏見は古くからくれたけと呼ばれる竹の名所だったそうです。歌にも詠まれ、伏見の枕詞としても用いられていたようです。
 さて、呉竹湯の前の南北の道は、両替町通りというのですが、大手筋の角にある近畿労働金庫の前には「銀座跡」の石碑が建っています。なんでもここに置かれた銀座が江戸時代の銀座設置の始まりだそうで、この辺りにあったのは数年の間だけですが、江戸や大坂より早いということです。(→銀座跡の石碑と説明板)
 一方、呉竹湯の横を走る東西の道は毛利橋通り。この道をしばらく西に行くと、伏見の図書館の手前にレンガ造りの「藤岡酒造」という酒蔵が見えてきます。この「藤岡酒造」は「万長」という銘柄で有名でしたが、平成7年に先代のご主人が亡くなられ、酒造りをしばらく止めておられました。しかし、現在息子さんが一から修行され規模を縮小しながらも「蒼空(そうくう)」という銘柄で再スタートしておられます。この藤岡酒造、斜め向かいの図書館で、「伏見酒造組合125年史」という本を見ますと、元は日本でふたつしかなかった民営の煙草製造会社で、酒造業も多角経営のひとつとして営んでいたそうです。それを明治35(1902)年、酒造業一本とし東山区で創業されたそうです。現在の地といっても、ほとんど蔵は潰され、梅の花という料理屋になっているのですが、大正7年に製造場を新設され現在地に移られたそうです。
 私は、どうしても「蒼空」が飲んでみたくなり、大手筋商店街の中にある京極屋という酒屋さんで一本購入したのですが、現在タンク5本で醸造されておられ、一本のタンクから500ml換算で2000本しか搾れないそうです。私の買ったのは、純米吟醸生原酒(1900円)というもので、今はこの一手だけとのことでした。順次火入れしたものや、米や酵母の種類が違う「蒼空」も出るということです。
 さて問題の蒼空ですが、瓶は布地のラベルに、コルクの栓、なかなかおしゃれです。そして封印には、社訓である「よい酒は必ずや天に通じ人に通じる」の文字。味ですが、生酒特有のいい香りがする、やや甘口のお酒でした。よければ伏見の散歩帰りに一本どうぞ。(←蒼空と藤岡酒造)

 

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水晶湯
2003.10.14廃業

伏見区道阿弥町138  営業時間:16:00〜23:00 定休日:水曜日
近鉄電車「桃山御陵前」下車 徒歩1分 または 京阪電車「伏見桃山」下車 徒歩3分

 

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入湯日:2003/08/05 22:30

 近鉄電車の桃山御陵駅から御香宮方面に一筋行き、南に入ったところにあるお風呂屋さんです。建物を南側から見ると、2階の住居部分に上がる階段が外階段に被いを付けたような形であり、ちょっと特徴的です。
 入口は建物の左右に男女が大きく別れているタイプですが、中の玄関スペースでは仕切はありますが行き来出来る構造になっています。この玄関スペースは、結構広く取ってあり下駄箱が道路側にあるのが特徴です。
 脱衣場でちょっと変わっているのは、天井の構造が手前と奥で異なっています。手前はフラットな普通の天井ですが、奥側は浴室入口が庇状になっており、その手前は男女独立した切妻風になっています。フラットな天井の一番奥には、山城農園から贈られた大入り額が掛かっていました。
 他には浴室入口の洗面台が両側にあるほか、無骨な印象の石田製の32貫量りがあり、富士商事の冷蔵庫にはローヤルサニー、サイダー、ひやしあめ、シーホープの瓶に入ったオレンジなどお風呂屋さんドリンクも揃っています。
 浴室内は男女壁側に浴槽が並び、右側にカラン列が2列並んでおり整然とした感じです。浴槽は奥から緑色のネオンが付いたジェットと泡の浴槽、浅風呂、深風呂、電気風呂、酵素風呂っぽい緑色の泡風呂付き薬湯が並び、脱衣場側に水風呂がある構成です。水風呂にある水吐きは普通ライオンと相場が決まっていますが、ここのはなんと鯉でした。鯉が半身ほど飛び出ており、付け根はライオンのたてがみにも見えるデザインがあったのですが、これは多分水面から飛び出るときの水を表しているのでしょう。また浅風呂と深風呂の間の壁際には、受け皿のある噴水が付いていましたが、私が行ったときは使われていませんでした。
 タイル使いは、壁のほとんどが昔ながらの白タイルでした。そんな中で奥の壁に直径3センチぐらいの釜場に続く小さな穴が開けられていました。昔はここから「熱いで〜」とか声掛けしたんでしょうかね。
 あと、オッと思ったのは脱衣場と浴室の間のガラス窓に貼られたエンゼルフィッシュや珊瑚のシールです。昔これと同じものがうちのトイレにも貼られていました。懐かし〜い。
 風呂上がりは久しぶりにオレンジジュースで一服です。実は脱衣場に今年の10月14日までで閉店するとの貼り紙がありました。機械の老朽化が原因ということで、故障などがあればもっと早まる可能性もあるとの記載もありました。ご主人に聞いたところ、このお風呂屋さん自体は大正10年頃に創業されたそうで、その後昭和15年から(先代かな)経営を引き継がれたそうです。場所もいいのに残念です。入っておきましょう。


 水晶湯さんは、ホントに場所がいいんです。近鉄桃山御陵駅からは歩いて1分。大手筋商店街もすぐそばです。また見所も豊富です。鳥羽伏見の戦いの弾痕が格子に残る料理屋・魚三楼もすぐそばですし、名水百選に選ばれた御香水の湧く御香宮もすぐそばです。また裏手にある桃陵市営住宅のある場所は、江戸時代伏見奉行所が置かれたところで、幕末には一時期新撰組の屯所もありました。そういった歴史の舞台でもあるのです。(→水を汲む人が絶えない御香水)
 また近鉄桃山御陵駅の向かい側にある高架下は近鉄桃山御陵商店街という名のラーメン屋や小さな飲み屋が軒を連ねる飲み屋街で、伏見の中でも濃い一角です。(↓)。
 で周辺案内なんですが、今回は御香宮の秋の大祭・神幸祭の話です。毎年10月1日〜10日まで御香宮はお祭りで賑わうのですが、この神幸祭で印象深い出来事があります。学生時代私は近鉄電車と地下鉄を乗り継いで、大学に通っていたのですが、ある日友人と近鉄電車に乗っていたら御香宮でお祭りをやっているのが見えました。「降りるか!」ってことでお祭りに行き初体験したものがあります。見せ物小屋です。おどろおどろしい絵が描かれたテントとだみ声のおじさんの呼び込みに吸い込まれるように中に入って見たものは・・・ロウソクを束ね蝋を口に垂らし火を吹くおばあさんや、白黒の碁石を飲んで言った通りの石を出す人間ポンプ、鼻から鎖を入れ口から出し行き来させる芸、犬の当てものなどなど今まで見たこともないようなものばかり。一番印象に残っているのは、生きた金魚を飲み込み続いて飲んだ釣り糸でつり上げるという芸です。その後八坂神社でも何回か見ましたが、やはり一番インパクトの強かったのは初めて見た御香宮です。私の中では御香宮といえば、御香水ではなく見せ物小屋という図式になってしまっています。この見せ物小屋ですが、現在では興行しているのが全国で2社になってしまったそうです。詳しいことを知りたい方は、
見せ物小屋のサイトがありますので、そちらをどうぞ。

 

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寿湯

伏見区弾正町117  営業時間:15:30〜23:00 定休日:土曜日
京阪電車「観月橋」下車 徒歩4分 または 近鉄「桃山御陵前」下車 徒歩9分

 

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入湯日:2003/08/19 22:30

 ちょっと言葉では説明しにくい所ですが、観月橋の北詰から外環状線の側道を西に行き、近鉄電車の高架の手前にあるお風呂屋さんです。車だと一本南の宇治川派流側に駐車場があります。
 私は車で行ったので、駐車場から細い路地を通り表に回ったのですが、表に出る手前に玄関に通じるドアがありました。近道だなと思いそこから入ると、なんとこのお風呂屋さんには玄関スペースがなく、目の前に脱衣場が広がっていました。女性の方で駐車場から表に回られる方は、必ず表まで行き暖簾をくぐりましょう!
 玄関スペースがないと書きましたが、その造りに反して中はきれいに改装されています。しかもとてもカラフルなんです。例えば下駄箱やロッカーは黄色の扉が取り付けられていますし、壁や柱には七色に光る(ビックリマンシールのような感じ)壁紙が使われています。男女仕切の上にいる福助人形も金色の招き猫もぴかぴかです。大きなくまのプーさんの時計も掛かっていました。古い物としては、番台上の神棚ぐらいです。飲み物はポカリスエットの自販機が置かれています。
 この脱衣場で面白いのは、トイレが男女仕切側の浴室側に取って付けたようにあります。まあ水回りをまとめたといえばそれまでですが、珍しい位置にあるなあと思いました。
 浴室の方も最近改装されたようできれいです。奥に8人ほど入れるテレビ付きサウナがあり、男女壁側に泡風呂付きの薬湯、そしてトルネード風強力ジェット、腰掛けジェット、普通のジェット、電気風呂を備えた長〜い複合浴槽があり、脱衣場側に水シャワーとライオンの水吐き&泡風呂付き水風呂という構成です。水は伏見の名水、薬湯は、緑掛かった乳白色のお湯でした。また、腰掛けジェットは、足裏とふくらはぎの刺激に加え、お尻のところが泡風呂になっているという代物でした。これは初めてです。
 カランは左側にずら〜っと12カ所と島カランで2カ所です。風呂イスはありません。タイルはカラン側は、白と薄いブルーの市松模様、他は人工大理石っぽい白い大きめのタイルが使われています。また男女壁の上の方はガラスブロックが使われていました。全体的に非常に明るい浴室です。
 カランのレバーですが、普通プッシュ式のカランに取り付けられているスケルトンの取っ手が、奥に押すタイプのカランに取り付けられていました。これって伏見の鶴の湯さんと一緒です。深草設備さんの仕業でしょうかね。
 実はこのお風呂屋さんに到着したのは、10時半前。閉店は11時です。ということで、最後のお客になってしまいました。あまりゆっくりは出来ませんでしたが、きれいでなかなか賑わっているお風呂屋さんでした。


2013.2再入浴
 以前の印象でもきれいに改装されているイメージだったのですが、久しぶりに入ったら脱衣場の壁は真っ白!ロッカーもシックな色になっていて、ちょこちょこ改装されていました。
 浴室内もドライサウナに加えて、スチームサウナが新設されていました。そして一番驚いたのが、浴室奥壁の上方に富士山のタイル絵が付けられていたこと!手前は白糸の滝でしょうか、ミニナイアガラ状に流れ落ちる滝が描かれています。
 営業は午後11時までですが、10時20分ぐらいに暖簾を降ろされるので注意しましょう。

 寿湯さんに行くには近鉄電車の宇治川に架かる鉄橋を目指して行くのが分かりやすいと思うのですが、実はこの近鉄電車の鉄橋は正式名称を澱川(よどがわ)橋梁と言いまして、平成 12年に橋としては初めて有形文化財に登録されました。昭和3(1928)年に竣工したこの澱川橋梁、何がすごいかと言いますと無橋脚の鉄橋で径間165mというのは平成14(2002)年まで
単純トラス橋(三角形を組み合わせた形で橋脚のないもの)としては最長だったそうです。
 この橋はもともとは橋脚のある橋を架けようとしたのですが、橋を架ける地点に当時陸軍工兵大隊があり、川の中に橋脚を設けると架橋演習の妨げになるという理由から無橋脚のこのような形になったそうです。当時の陸軍の発言力の強さが窺えるエピソードです。平和な現在は、お風呂に浸かってのんびり眺めさせてもらいましょう。

 

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新地湯

伏見区南新地4の31 営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
京阪電車「中書島」下車 徒歩1分 

 

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入湯日:2003/07/09 22:00

 京阪中書島駅から駅前商店街を50mほど歩いた所にあるお風呂屋さんです。このお風呂屋さんは前から気になっていたんです。なんといってもアーチのようなデザインがある洋風の外観に心を奪われてしまいました。建物の外壁には「泉温」と右から書かれた文字も見られます。風呂上がりに、ご主人と女将さんに聞いたところ、昭和6年に建てられた建物だそうです。
 玄関部分は後から増築されたようですが、それでも十分レトロな雰囲気です。左右に男女分かれた入口を入ると、懐かしいタイル使いの空間が広がっています。
 脱衣場も期待を裏切りません。漆喰の白い壁、ゆるい風を送る古い扇風機、お水でしょうか湯飲みが前に置かれた招き猫などなど、目を楽しませてくれます。番台の所には、水彩のようなタッチで描かれた新地湯の絵も掛かっています。これは、10年ほど前に絵描きの方が、飾ってくださるならとプレゼントしてくださったものだそうです。
 この脱衣場には、テレビがありません。その代わり小さな音量でラジオ(NHK第一放送)が流れていたのですが、見ると脱衣場側にせり出すように造られたサウナの上に、これまたいかつい古いラジオがありました。短波とかも入るもので、大きなスピーカーが中央に一個付いています。何ていうんでしょう、昔組み立てたラジオの豪華版といった雰囲気です。
 番台近くに置かれた富士商事のマークが付いた冷蔵庫には、ラムネやひやしあめ、サワーなどのお風呂屋さんドリンクも揃っていますので、風呂上がりも楽しみです。
 浴室の方ですが、まず目に入るのは奥の壁にあるタイル絵です。三六角のタイルで縦13枚、横23枚分の大きさで、手書きのタイプです。モチーフは、手前に浜、右手に断崖の上にある岬の灯台が描かれています。タイル絵も書き手によってタッチがいろいろですが、このタイル絵は松の木一本まで結構丁寧に描かれていました。ご主人の話では、昭和56年に取り付けられたそうです。タイル絵としては、比較的新しいものです。
 お風呂は、脱衣場側に6,7人入れるスチームサウナがあり、その並びで男女壁に沿ってライオンの水吐き付水風呂、底に錦鯉のタイルが一枚取り付けられた浅風呂、深風呂、ジェットと泡風呂付きの浅風呂という構成です。浅風呂には、女性の膝に置かれた瓶からお湯が出る湯口があります。また、一番奥のジェットと泡の浴槽には、信号三色の点滅ネオンが付いていました。
 タイル使いですが、男女壁の上の方にはプリントですがあじさい柄のタイルが使われています。梅雨時に来て、いいタイミングでした(笑)。また、奥の壁の男女壁周辺は竹の形をしたタイルで飾られていました。
 男女壁には、手書きの注意書きが何枚か掛けられているのですが、一枚だけ「湯船のなかでタオルを使わんといてえ」と京都弁のものがありました。まあご愛敬ですね。
 帰りに建物の前に立ち、しばらく眺めていました。時間は夜の11時前。どこからともなく漏れてくる演歌のカラオケ。中書島の夜は更けていくのでした。


 中書島はその名の通り宇治川に浮かぶ島だった所で、豊臣秀吉の時代に脇坂中務小輔という人の屋敷があり、中務を中国風に「中書」と呼んだことから中書島と呼ばれるようになったそうです。(→長建寺前の弁天浜から月桂冠の黒壁と宇治川派流の柳並木)
 その後元禄期(1700頃)に伏見奉行所の奉行、建部内匠頭政宇により長建寺が建立され、彼の政策で中書島駅から北に向かったところの宇治川派流に架かる蓬莱橋周辺が歓楽街として開けたそうです。江戸時代から以降、伏見のこの辺りは淀川を大阪と行き来する三十石船の発着場として賑わいますが、昭和33年の売春防止法施行までは遊郭のあった場所でもあります。今でも商店街からちょっと逸れた所には写真のような建物が僅かに残り、当時の面影を伝えています。
 中書島駅で降り、駅前の中書島繁栄会という商店街を抜ければ、龍馬通り商店街、納屋町商店街、大手筋商店街と商店街伝いに御香宮の方まで抜けられますし、少し脇にそれれば坂本龍馬も定宿にしていた寺田屋が昔のまま残っています。また長建寺の方に行けばガイドブックにもよく登場する酒蔵の黒壁と柳並木の風景も広がっていますし、月桂冠の大倉記念館や、神聖直営の蔵出しのお酒が飲める「鳥せい」もすぐそばです。
 ディープな中書島が味わいたい方は、閉店間際に新地湯に行ってください。新地湯の前の中書島繁栄会は昼とうってかわり、小さな飲み屋のネオンが光り、どこからともなくカラオケの声が漏れて来るという世界に変わっています。さてあなたは昼に行きますか、夜に行きますか?

 

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観月湯

伏見区向島庚申町45 営業時間:15:00〜24:00(日9:00〜) 定休日:水曜日
京阪宇治線「観月橋」下車 徒歩10分 

 

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入湯日:2003/10/31 23:00

 国道24号線の高架ではない方の観月橋を渡り、2個目の信号を東に入って向島湯を通り越し、300mほど行ったところにあるお風呂屋さんです。前の道は狭いのですが、京都では珍しい大型銭湯です。
 玄関スペースもゆったりと取られ、高い天井にはシャンデリア風の照明も付いています。ちょうど番台の裏に当たる部分には、大理石がはめ込まれ大きく「観月湯」と書かれています。そして隅には「植田工務店」の文字が。この大理石に浴場名が彫られたものは、丹波口駅〜梅小路周辺で紹介した小町湯にもありました。どちらも植田工務店です。
 脱衣場も広々です。中央にテーブルがあり、周りを囲むようにベンチが置かれています。道路側にも、按摩機が3台とベンチが置かれマンガなども置かれています。
 このお風呂屋さんは、京都としてはちょっと珍しい点があり、ひとつは脱衣籠がありません。直接ロッカーに服を入れる方式です。もう一つは、サウナは無料なのですが、バスタオルを必ず巻いて入るというローカルルールがあります。以前はサウナが有料だったようですが、現在は無料になった代わりにこういう風になったようです。観月湯と大きく書かれた黄色いバスタオルを50円で借りられますので、サウナ代50円としても安いと思います。
 飲み物関係は、富士商事の冷蔵庫に豊富に入っていて、お風呂ドリンクもラムネやローヤルサニー、シーホープの瓶に入ったオレンジなどが揃っています。
 浴室の方ですが、こちらも広々空間で、かなり個性的です。大きく分けて手前が洗い場ゾーン、奥が浴槽ゾーンになっています。
 手前のゾーンは、入ってすぐに掛かり湯用のお湯溜めが二つ並んでおり、片方はお湯、もう片方は水に近いぬるま湯になっています。その奥にあるのが直径1.5mぐらいの噴水で、その廻りにカランが8が所あります。最初は汲み湯で体を洗う人用なのかと思いましたが、廻りにカランが付いていたので、あくまで視覚的な演出なのでしょう。スペースを贅沢に使った演出です。洗い場の固定シャワーが、ボタン式なのも京都市内では初めて見ました。
 奥の浴槽ゾーンは、左右に浴槽が並び、一番奥に4〜5人入れるサウナと打たせ湯が2筋落ちる大きな浴槽の部屋が、共にガラス張りで仕切ってあります。サウナがガラス張りだと熱のロスが大きいと思うのですが、このサウナは2面がガラス張りです。さらにこのサウナの屋根は灯籠や鶴の人形を置いた石庭風になっているのに加え、天井の一番高いところからサウナの屋根に向けて、1mぐらいの滝が落ちています。おそらくこの滝のお湯が打たせ湯のお湯になっているのだと思いますが、打たせ湯の方は高さ2m以上から落ちて来ますので、滝に打たれているような強烈な刺激です。この打たせ湯の部屋も2面ガラス張りで、残りの2面はモザイクタイルで露天風呂が描かれています。入浴しているのは全て女性で、混浴気分でという演出ですね、これは。ちなみに小町湯も露天風呂に女湯のモザイクタイルでした。植田工務店の十八番ですかね、この演出は。さらにこの浴槽の底には、タイルの鯉も5匹泳いでいました。ただですねえ、この浴槽はお湯が30度ぐらいしかありません。かなりぬるいんです。そこが難点といえば、難点です。でも天井も高く、半分ぐらいはガラス張りになっており、外気も入ってくるので、開放感はかなりあります。
 他にも深、浅浴槽に加え、ジェット、泡風呂、電気風呂、水風呂があり、さらに気になる「マグマオンセン」という浴槽があります。効能書きを見ると、別府海地獄の天然温泉エキスを使っているとの事で、お湯はきれいなブルーです。でもですよ・・・成分表には本物の海地獄の成分分析が書かれていました。これって・・・許しましょう!
 京都の一般的なお風呂屋さんとは、ひと味もふた味も違う観月湯さん。遊び心にあふれ、がっちりとハートを捕まれてしまいました。


 この観月湯さんに行く道は、細いんですが結構店が並んでいて、プチ商店街といった感じです。南に広がる向島ニュータウンとは違い、この辺りは向島の中でも古い区画で、町内ごとにお地蔵さんが祀られていたり、向島銀座という鄙びた商店街など、結構心くすぐられるものがあります。
 さて観月湯の「観月」ですが、これは伏見が古くから月の名所として知られたことに由来します。豊臣秀吉が最初に築いた伏見城は、現在明治天皇陵がある指月山に築かれ指月城と呼ばれていましたし、また現在の観月橋の付近は指月の浜と呼ばれていました。この指月というのは、「空」「川(宇治川)」「池(巨椋池・向島湯で解説)」「盃」の4つの月を同時に楽しめるからという説もあるそうで、なんて風流な名前なんでしょう!
 現在では「観月」と聞くと観月橋がすぐに出てきますが、この呼び名は明治以降のもので、江戸時代には豊後橋と呼ばれていたそうです。橋の名前が変わろうと、そこは月の名所であったことは確かです。
 観月湯に向かうには、京阪観月橋駅で降り、観月橋を渡っていくのが便利だと思いますが橋の上から満月でも見えた日にゃあ、ちょっと幸せ気分になれそうです。但し、現代は交通量がかなり多いので、ちょっとご注意を。
(↑現在の観月橋。京阪宇治線を跨ぐ高架と上下2段式になっています)

 

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向島湯

伏見区向島善阿弥町43 営業時間:16:00〜21:30 定休日:月曜日
京阪宇治線「観月橋」下車 徒歩6分 

 

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入湯日:2003/11/04 21:00

 高架になってない方の観月橋を南に渡り、2個目の信号(ESSOの南側)を東に入ってすぐのところにあるお風呂屋さんです。建物は角地に横向きに建っていますが、郵便局の向かいですぐに分かります。
 外観は玄関の上に延びる立派に枝を張った松が目を引きます。玄関の横手は植え込みになっているのですが、角材などが積まれていましたので、今でも一部薪で湧かしておられるのかもしれません。
 入口を入ると、タタキに番台がある古いタイプの造りですが、正面に作りつけの磨りガラスが入った衝立があり、引き戸が開いても脱衣場が見えないような工夫がされていました。
 脱衣場は、こぢんまり、さっぱりといった感じです。古い茶色のペンキで塗られたロッカーや、きれいに格子を塗り替えた格天井など丁寧に改装された印象です。籠も籐籠を大事に使っておられました。
 装飾品としては、男女仕切に黒い招き猫が一匹いるぐらいであまりありませんが、ちょっと不思議だったのが、ロッカーの横手に画鋲で留められたスポーツ新聞。3日ほど前のものが貼ってあったのですが、う〜ん、パープルサンガの記事があったから貼ってあったのかなあ。疑問です。
 飲み物関係は、富士商事の冷蔵庫が置かれています。お風呂ドリンクも、サイダー、ローヤルサニー、オレンジ、メロンソーダの4品揃っていました。また横にある空き瓶を入れる箱は、富士商事の古い木製の通い函が使われていました。
 浴室の方も、こぢんまりしていますがきれいに改装されています。このお風呂屋さんは月に1回福祉入浴を実施されているのですが、浴槽に手摺りを付けてあったり、ホースの長いハンドシャワーを設けたり、カランの下に洗面器置き場を一段設けたりと、お年寄りが使いやすいような工夫が各所にしてあります。
 浴槽は、男女壁に沿って奥からジェット2カ所と泡風呂の浴槽、浅風呂、深風呂というシンプルな構成です。水風呂はありませんが、浴室に入ったところにシャワーコーナーがありました。ジェットは、空気の吸い込み口が潜望鏡のようにニョキッと出ているちょっと懐かしめのタイプです。いのきんさん命名にリンゴ型噴水が、浅風呂と深風呂の間にあります。
 私が行ったときシャワー付のカランは結構混み合っていたのですが、ここのお客さんは非常にマナーが良く、桶や風呂イスを使い終わるとちゃんと入口の固めてある場所に返されていました。実は最後浴室内に私一人になったのですが、その時は見事に桶とイスが全部返されていました。初めてのお風呂でこういうのは、なかなか気持ちのいいものです。
 風呂上がりは、久しぶりにフジドリンクの瓶に入ったサイダーをチョイス。テレビの「なんでも鑑定団」を見ながらほっこりしてきました。この時点で、9時25分ぐらいだったんですが、ご主人はすでにたわし片手に浴室の掃除を始められましたので、9時半に完全閉店です。お出かけはお早めに。


 現在では、向島といえばニュータウンの枕詞のようになっていますが、この辺りはもともと巨椋池(おぐらいけ)が広がっていたところです。その広さは周囲160kmといいますから、湖といってもいいような広さです。この地に人が住むようになったのは、豊臣秀吉の時代で、伏見城築城にあたり、宇治川の水流を北に寄せ、水運利用するために現在の宇治川左岸に槙島堤を造り、またそれまで奈良に抜ける大和街道が池を大きく迂回し宇治を経由していたのを、現在の近鉄小倉辺りまで池を横断する形で太閤堤を造り交通の便を図ったことで、堤防で囲まれた島のような土地が出来上がりました。
 その後巨椋池は昭和に入り、水害に悩まされていたことから昭和8年から干拓事業が行われ、同16年までかけて完全に干拓されました。昭和初期までは、巨椋池は蓮が群生していたようで、和船で蓮見をする写真を見掛けました。向島の巨椋池干拓地がニュータウンとして造成されるのは、昭和50年代前半のことです。
 この向島、名前の由来は伏見側から見ると島のように見えたところからその名が定着したようですが、ここはひとつ太閤さんの気分で眺めてみるかということで、一番最初に秀吉が伏見城を築いた、現在の明治天皇陵に登ったのですが・・・樹木が生い茂り、宇治川が見えないため現在では島のようには見えませんでした。ニュータウンの高層住宅の向こうに田園風景が広がっているのが、干拓地の名残を留めているぐらいです。でも、ちょっと町中の喧噪を忘れて、高台から町を見下ろしてみるのもいいもんですよ。
(↑写真左:明治天皇陵(桃山御陵)にはこの石段を登ります。写真右:石段の上から向島方面の眺め)

 

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新向島湯
2013廃業

伏見区向島二ノ丸町25 営業時間:15:00〜24:00 定休日:金曜日
京阪宇治線「観月橋」下車 徒歩15分 

↑改装後の新向島湯
(2004.12撮影)
↑改装前の新向島湯
(2003年撮影)

 

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入湯日:2003/11/17 22:00
    2004/12/08 23:00

 観月橋の高架を渡り、コスモ石油の信号を西にずーっと入って行ったところにあるお風呂屋さんです。玄関付近の外観はレンガ色の壁できれいに改装されているんですが、玄関スペースの横には坪庭が隠れているというちょっとフェイント掛かった造りになっています。
 玄関スペースはゆったりとした造りで、下駄箱が赤白の市松模様に塗り分けられ、カラフルな印象です。正面には使われていませんでしたが、スーパーなどの店頭にあるカプセル入りおもちゃの販売機がありました。これって結構地方で呼び名が違うみたいですが、私は「ガチャガチャ」と呼んでたんですが、みなさんはどうでしょ。
 脱衣場は広々した感じです。中央に灰皿を挟んでベンチが二つ。道路側には按摩機が2台並んでいます。何となくですが時代感や造りがどことなく観月湯さんに似ているような気がします。サウナが有料で50円なのも、脱衣籠がなく直接ロッカーを使用するところも共通点です。
 装飾品の類としては、男女仕切の柱のところに白い招き猫ほか、バラの造花を寄せ植えしたような鉢が天井からいくつかぶら下がっていました。装飾品ではありませんが、男女仕切のところに、コイン式の公衆電話もありました。
 飲み物関係は、FUJIマークの冷蔵庫にラムネ、シーホープの瓶に入ったオレンジ、ひやしあめ等が並んでいます。
 浴室の方も広々した感じです。入ったところに以前は掛かり湯用のお湯溜めだったような造りがあり、現在は植木鉢が置かれ、洗面器置き場になっていました。そのお湯溜めに続いて、両側にカランがある島カランがあり、左手はずらーっとカラン列。右手の男女壁側に浴槽という配置です。奥は5人ほど入れる大きなガラス窓がついたサウナと、ラドン浴の小部屋があり、ラドンの方は泡風呂とピンポイントの打たせ湯付になっています。サウナの入口には、サウナ100円というプレートが残っていたので、値下げされたようですね。
 男女壁側は、泡風呂とジェットが2カ所ついたぬるめの浴槽と浅風呂、深風呂が繋がった大きな熱めの浴槽、電気風呂と並んでいます。水風呂はラドンの部屋の手前にあります。ライオンの水吐きが、水風呂と深風呂の2カ所に付いています。
 この新向島湯さんに行く前に、伏見のお風呂屋さんを紹介されているかばのしっぽさんの入浴記を読んでいったのですが、サウナはバスタオル必須と書かれていました。しかし、私が番台で料金を払ったときは、バスタオルの事は何も言われませんでしたし、特に注意書きもなく、また他に利用されている方もなかったので、実際のところはちょっと分かりません。風呂から上がってから、番台横にバスタオルが積まれているのに気づいたので、ホントは料金に貸しタオル代が含まれているのかも知れません。行かれる方は確認してください。
 風呂上がりは、シーホープの瓶に入ったオレンジを選択。これを飲むときは良く振ってから飲みましょう!そこにオレンジの成分が溜まってますからね。振ると慣れている様にも見えます(笑)。


 平成16年12月4日にリニューアルオープンされた新向島湯へ、早速行ってきました。リニューアルと言っても今回はすごく大がかりなもの。ほぼ建て替えられたと言ってもいいぐらいです。以前のイメージと全く変わっていました。
 まず建物は以前より道路より引く形になり、前に3台分の駐車場が確保されました。窓には木製の格子が取り付けられ、和風をイメージされています。暖簾をくぐり中にはいると、真新しいKINGの鍵がついた下駄箱も清々しく、ロビーも木をふんだんに使った明るい空間になっていました。ロビーには、大型テレビのほか、テーブルセットが3つあり、フロントで生ビールやラムネ、牛乳の販売もされています。
 サウナは以前の通り別途50円。でもバスタオル付きなので、安いですね、これは。
 脱衣場は、以前に比べこぢんまりとした感じになりましたが、ロッカーをL字形に配置したり、ドレッサーコーナーを出口に近いところに持っていったりと工夫されていました。男女仕切側には、BOSSの自販機とマッサージ器が並んでおかれています。以前もそうでしたが、脱衣籠はなく、直接ロッカーを利用する方式です。でも床はしっかり籐筵。この辺りは京都ですねえ。
 浴室もすっかり真新しくなりました。浴室に入ると、ほのかにサウナからでしょうか。木の香りもしてきます。特徴は、サウナと露天風呂にスペースを大きく割かれているところです。全体の1/4ぐらいは占めていると思います。サウナは8人ぐらいがゆったり入れるサイズでテレビ付き、熱源は遠赤になっていました。露天風呂の方は、打たせ湯付で1/3ぐらいが開放されている半露天のような感じです。壁は割竹風になっていて、天井には杉板が使われていました。隅には雪見灯籠も置かれています。かなり浴槽が広くゆったりと入れました。
 浴室内は、水風呂、マッサージ風呂(背中4箇所ジェット&足裏ジェット&泡風呂&冷水管枕付の寝湯)、エステ(トルネードをさらに強力にした感じ)とならび、その隣に浅風呂、深風呂、電気風呂を兼ねた複合浴槽が続きます。洗い場のカランは隣との間隔がゆったりと取られていました。
 営業時間が以前は11時までだったのですが、リニューアルで12時までになりました。丁度11時頃に行ったのですが、意外と空いておりゆっくりと入ることが出来ました。遅い方がねらい目かもしれません。




 新向島湯さんがあるのが、向島二ノ丸町。他にも向島には、本丸町という町名があります。これは豊臣秀吉が築いた向島城に由来するものですが、現在では城の遺構もなく、地名として残っているのみです。
 この向島城ですが、戦のための城ではなく、月見の宴を開くために造られたというなかなか雅やかなお城だったようです。築城後、このお城には秀吉の命で徳川家康が入城するのですが、当時の二大看板が一時であろうと居城にしていたというのは、なかなか面白い歴史を持っているように思います。世の中は秀吉から家康に変わり、向島城は伏見城と共に廃城となるのですが、一部廃材が、伏見の中心地にある東本願寺伏見別院(鳥せいの北側突き当たり)の本堂に使われ、平成2年までその建物があったので、伏見とも永年繋がりを持っていたお城でもありました。
 現在の二ノ丸町、本丸町あたりを歩いても静かな住宅地が広がっているのみですが、ちょっと裏に入りますと、古いお宅で石垣を組み、地面を底上げして建っているお宅が見られます。お城の名残は見つかりませんが、水害の多かった向島特有の景色を探してぶらぶらしてみましょう

 

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湯〜とぴあ
   ダイゴ

伏見区石田大受町31-4 営業時間:14:00〜24:00(日10:00〜) 定休日:金曜日
地下鉄東西線「石田」駅下車 徒歩1分

 

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入湯日:2003/10/04 23:00

 伏見と山科を結ぶ外環状線の地下鉄醍醐駅と、六地蔵のちょうど中間ぐらいにあるお風呂屋さんです。外環を車で走っていると「ゆ」という大きな看板が見えてきます。(地下鉄が延伸され、「石田」駅下車すぐになりました)
 ここはお風呂屋さんというよりは、小さなスーパー銭湯と言った方がいいような感じです。まず半地下に設けられた駐車場は20台近く駐車可能で一部は2段式。ちゃんと誘導や機械の上げ下げをする係りの人がいます。自動ドアを入り下駄箱に靴を入れ、ロビー階に上がると、これがまた広いこと広いこと。奥にはうどんそばをはじめ、おつまみ系のメニューが充実したカウンターがあり、中ではカウンター専任の従業員の方が3人働いておられました。座席はこの他テーブル席、ソファー合わせて30席ぐらいあるんじゃないでしょうか。風呂上がりの過ごし方は思いのままです。大型テレビ、マッサージ器、体脂肪計ほか充実した新聞雑誌類、自販機などもあり長居してしまうこと間違いなしといった感じです。
 といってもここは一応町のお風呂屋さん。フロント上には、稲荷大神の神棚、その横には大入と書かれた額などもしっかり掛かっています。
 脱衣場はまあビル型銭湯のそれといった感じですが、まん中には腰掛けもありゆったりとした造りです。貸しロッカーもかなりあり、半年3000円でした。ここの特徴としては脱衣籠がありません。直接ロッカーに服を入れる形です。この辺りもスパー銭湯チックです。
 また壁には水の活性装置についての説明がありました。どうやらこの装置を使って活性水とやらにし、使っているようです。
 浴室の方は、2階建ての構造になっています。サウナが2階にあるので私はまず上階へ。サウナは2段式テレビ付きで15人以上は入れるサイズです。面白いのはサウナの機械が両端にあり、片方は遠赤サウナ、片方は普通のサウナの装置でした。温度管理が難しそうです。サウナを出たところには、ベンチとウオータークーラーが置かれた休憩スペース。扉を開ければ打たせ水付の広い水風呂と宝寿湯の浴槽がある露天スペースです。露天といっても、浴槽の上は屋根で開口部はやや小さいので、外気に当たれる空間といった感じでしょうか。
 一階はカランが30近くあり、カランの前の台にはシャンプー、リンスインシャンプーが常備されています。浴槽は腰掛け型ジェットが2カ所ある深風呂、泡風呂付き浅風呂、電気風呂、薬湯(この日はどくだみの湯)という構成です。露天風呂も薬湯ですので、1階と2階で薬湯がふたつあることになります。
 ライオンの湯口が浅風呂、薬湯、水風呂、2階の宝寿湯についていて合計4つもついています。(ただ水風呂のライオンは、ライオンに見えずオオカミのように見えました)
 私の行った時間は土曜日の閉店近い時間でしたが、結構な賑わいで、ロビーでも多くの方が飲食されていました。私がこのお風呂屋さんで一番驚いたのは、やはり従業員の多さです。駐車場、フロント、カウンターと少なくとも接客に関わる部分で5人の方が働いていたわけで、これでも京都府の銭湯料金350円なんですよねえ。以前はサウナが有料だったそうですが、それも現在は無料。経営努力でこれだけ出来るもんなんやなあと感心したゆ〜とぴあダイゴでした。

2009年12月にホームページを開設されました。→
こちら


 もう一昔半ぐらい前の話になりますが、毎年夏休みにしていたバイトの社長さんの家がこの近くにありました。例年バイトの打ち上げがてら、お宅の庭でバーベキューをして下さったのですが、なんと芝生が貼られた庭にはプールがありました。私は未だかつて個人の家にプールがあるなぞという家は、このお宅しか知りません。社長の名誉ために書いておきますが、この社長さんは決して机にどかっと座っているような方ではなく、自ら体を使ってバリバリと働かれていましたし、NHKの教育講座をビデオに録画し、独学で勉強されるような方でした。今思い返して、いい経験をさせてもらったと思います。
 この他にも、ここの近くには私が唯一入院を経験した武田総合病院があるなど、ネタとしてはいろいろあるのですが、一歩足を延ばして法界寺についてちょっと書いておきます。

 法界寺には、ゆ〜とぴあダイゴ近くの石田森東の交差点から東の方に1kmほどだらだらと登っていくのですが、鄙びた渋いお寺です。法界寺は日野という場所にあるのですが、この寺はもともと平安時代に栄華を極めた藤原氏の一族である日野氏が修めた土地で、法界寺も日野家の菩提寺として栄えました。応仁の乱の戦火で焼け残った阿弥陀堂は国宝、乳薬師として信仰の篤い薬師如来像を安置する本堂は重要文化財です。
 私が法界寺の写真を撮りに行ったとき実はすごい方に会いました。国宝阿弥陀如来像の前でスケッチブックを広げ、阿弥陀様の顔をスケッチされていたのはなんと平山郁夫画伯。お弟子さんでしょうか、薄暗い堂内にライトを灯してスケッチされていたので、阿弥陀如来も堂内もおこぼれに預かり、しっかり見学させてもらいました。
 法界寺まで足を延ばせば、隣接して浄土真宗の開祖である親鸞の生誕地で、産湯の井戸や胞衣塚がある誕生院も寄れますし、気合いを入れてあと1kmほど山道を行けば鴨長明が方丈記を記した庵があったという方丈石も回れる距離です。
 観光客があまりおらず、歴史に名を轟かせるような遺跡が点在するこの辺り。ゆ〜とぴあダイゴと合わせてどうぞ。

↑法界寺阿弥陀堂(国宝)は檜皮葺で優美な姿です。

↑法界寺の入口付近。土壁が続き鄙びた風情が漂います。

↑方丈石。この巨岩の上が平になっており庵があったとされる。上に石碑と説明書きがある。

↑法界寺近くの道標。
左から「鴨長明方丈石」「ひのや久し」「親鸞聖人日野誕生院」。

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岩戸湯
2015.8廃業

伏見区納所町71の1 営業時間:16:00〜23:00 定休日:月+金曜日
京阪電車「淀」下車 徒歩5分 

 

詳しい地図を見る

入湯日:2003/12/12 22:00

 交通情報でお馴染みの納所交差点から千本通りを100mほど北に入ったところにあるお風呂屋さんです。建物は奥まったところにあり、前は5〜6台ほど停められる駐車場になっています。
 入口に掛かるのは大阪型の暖簾。玄関スペースはこぢんまりした左右非対称で、引き戸を開けるとこれまた小さなフロントがあります。左右暖簾の色で男女が識別出来るようになっていて、男湯は左側です。
 脱衣場なんですが、もともとあまり広くないというのに加え、まん中に横3列のロッカーがデン!とあり、やや手狭な感じは否めません。通常鏡のある男女仕切側にもロッカーがあるので、鏡が逆サイドの壁側にあり、ロッカーの置き場がなくまん中に追いやられた様な感じです。個人のロッカーがたくさんあったので、かなりの方が月極で借りられているようです。
 休憩コーナーとしては、鏡の下にベンチが一脚置かれており、飲み物関係はビールも入っているポカリの自販機が一台あります。脱衣場にテレビはなく、有線の演歌が流れていました。
 装飾品の類としては、赤富士の額が一枚と、フロントに白いダルマが一個。ほかに土建屋よしゆきさんのサインが掛かっていました。よしゆきさんが分かるのは、関西人だけですねえ。島田伸助さんの友達で本業は土建屋さんなんですが、テレビにもたまに出ておられる方です。
 浴室の方は完全に改装された感じで、左手に横に5人並べるガス遠赤サウナがあり、脱衣場側にせり出す形でライオンの水吐きが付いた水風呂とシャワービックス、浴室奥に半分が電気風呂になった深風呂と、泡風呂付きの浅風呂という構成です。お湯はラドン泉になっているという説明書きがありました。普通ラドン湯は、小部屋になっていることが多いのですが、ここは開放系になっています。水風呂とシャワービックスは脱衣場に圧迫感を与えないためか、天井部分までガラス張りになっていていました。もともとあまり広くない空間にサウナを増設され、かなり浴室自体はこぢんまりした感じです。
 カランは両サイドで9カ所と島カラン4カ所ですが、全てにシャワーが付いていて不足感はありませんでした。この浴室でややアンバランスに感じるのは天井です。タイルなどはきれいに改装されているのですが、天井は銀色の波形トタンなんです。ちょっと不思議な感じです。
 私が行ったときにお客さんは5人ほどだったんですが、そのうち4人までが小学生でした。それも子供だけで来ているようで、夜の十時に小学生だけで出掛けさせるなんて!しかも浴槽に飛び込むわ、扉はしっかり閉めないわ、たのんまっせ!
 この岩戸湯で現存する京都市内の組合加盟のお風呂屋さんは全て廻ったはずです。合計237軒。237軒目の岩戸湯さんでした。


 岩戸湯さんは、京阪電車の淀駅が最寄りになりますが、この駅はいわずと知れた京都競馬場最寄りの駅です。競馬開催日には、駅から競馬場まで新聞を片手に一攫千金を夢見る人でごった返すのですが、普段は競馬場に向かう人を相手にした店もひっそりとしています。(→淀駅から岩戸湯へ向かう時に通る淀本町商店街)
 駅の北側には淀城跡の石垣が残り京阪電車の車窓からも見えますが、このお城は江戸時代に入ってから築城されたお城で、豊臣秀吉の側室であった淀君がいた旧淀城はここではなく、岩戸湯さんから千本通りをもう少し京都寄りにいったところにある妙教寺のあたりだそうです。この妙教寺のあたりは、鳥羽伏見の戦いの激戦地で本堂には砲弾跡が残っているそうです。
 さて、現在の淀駅周辺ですが、岩戸湯さんへ向かう駅前の淀本町商店街は、「大売り出し」の暖簾がはためく昔ながらの商店街です。時節柄集会所では、くるくる回す抽選器を置き、歳末大売り出しの真っ最中でした。
 なかなかムードあるなあとここで満足してはいけません。駅の南側に回ってみましょう。こちら側により濃い一帯があるのです。その名も「丸の内センター」。細い路地の両側には、食料品店から衣料品、飲食店、クリーニングなどの小さな店が軒を連ね、一角には勝てそうにないパチンコ屋、中心にはスーパーが入っています。半分近くの店がシャッターを閉めているんですが、このムードは、独特のものがあります。ほんの狭い範囲ですが、淀に行かれたときは「丸の内センター」をお忘れなく。(←丸の内センターの路地と案内板)

 

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