
ローマには、4日の昼すぎに到着しました。
ガイドブックを読むと、イタリアの中でローマが最も盗難が多いと書いてありました。少しの緊張を残しながら、もう旅行も最後の方になりお金がそれほど必要ではなくなってきたので、案外余裕をもって観光したものです。最初に何かの神殿跡の横を通り過ぎました。
柱が立派だったので、最初はパンテオンかと思いましたが、そうではありませんでした。立派な建造物であるのに、どのガイドブックにもその説明が載っていません。ローマではこの規模の建造物が少し歩けばいたるところに点在していて珍しくないようです。それほど、ローマは古代の素晴らしい建造物を大切に残しているということです。日本だったらこれ1つで村おこししているでしょうね。

そして、これがパンテオン。
立派な柱と白く輝く大理石。巨大な建物なので、全容を見ようとするためには少し離れる必要があります。雨が降ったりやんだりしていたので、撮影に手間取りました。
パンテオンの屋根の内側は、大理石ではない建材がむき出しになっている部分がありますが、これは、パンテオン後の権力者が別の建造物を建てるために、大理石を抜き取ってしまった跡なんだそうです。

パンテオンに入り、奥までいったところの屋根は丸みをおびていて、中心部分にぽっかりと穴があいています。この時、雨が降っていたので、中まで水滴が落ちてきました。
このように屋根から落ちてきた雨水を神聖な容器に貯めて、新生児の体を清めるのがカトリックの洗礼なんだと、ガイドさんの説明を受けてはじめて知りました。
また、この建物は、神父さんの声が遠くまで届くように、音響効果の高い設計になっています。ですので、時々クラシックのコンサートも開かれるそうです。

パンテオンを出た正面にロトンダ広場があります。
ロトンダ広場の中心には泉があり、その中心にオベリスクがあります。
オベリスクとは古代エジプトの太陽神信仰のモニュメントで、ピラミッドに代わる小型の記念碑です。TV番組「世界ふしぎ発見」によると、「オベリスク」とはギリシャ人がつけた呼び名で「焼き串」という意味です。確かにバーベキューの串の形をしていますよね。
イタリアの遺跡や建造物は、モザイク、モスク、オベリスクなど、中東文化の影響を強く受けています。聖書の一部にも、マリア様がエジプトに行くシーンがありますし、地中海を隔てた交易は盛んだったのでしょう。

ご多分にもれず、私達もトレビの泉へ行きました。
ここはスリのプロがワンサカいるので十分気をつけるように注意を受けました。そして、トレビの泉に背を向けて、コインを2枚投げました。1枚だとまたローマに来れるように、2枚だと好きな人と幸せな結婚ができるように、3枚だとイヤな相手と問題なく別れられるように、と願いをかけます。5枚だと今の相手と別れて新しい相手と結婚できるのか。。。という疑問が残りますが。
雨が降って人が少なくなったところを悠々と投げましたが、服はびちゃびちゃになりました。

その後、人の少ない街路をしばらく歩いて、ちょっと角をまがると、全盛期の原宿のような人ごみが始まり、少し行くと花で飾られたスペイン階段に到着しました。
階段の上には、ピンク色をしたトリニタ・デイ・モンティ教会が建っていて、絵本に出てくるお姫様の結婚式のシーンのようでした。
ここにも変形オベリスクが建っていました。

スペイン階段を下りたところに小船の噴水があります。地元の人はここで喉を潤します。私達が写真を撮っている脇で、青年がさっと口をつけて水を飲んでいました。
ローマ市内には、到る所に泉や噴水がありますが、これは「生命の始まり」の象徴として、泉が神聖視されていることに因ります。

スペイン階段からコロッセオまで結構歩くと聞いたので、タクシーに乗ってコロッセオ近くまで行きました。
だけど、乗ってから5分程度、ワンメータ内で到着してしまい拍子抜けです。節約のため、同じツアーの方とタクシーに同乗したのですが、あまりに安かったのでおごってもらってしまいました。
ローマの名所のほとんどがそうなのですが、街中にひょっこりと古代遺跡が顔をのぞかせます。コロッセオもタクシーを降りてすぐ、大通りの先に円形の壁が見えました。

コロッセオがあまりにも有名なので、隣にあるフォロ・ロマーナという古代遺跡のことを全然知りませんでした。
フォロ・ロマーナは、コロッセオに行く大通りの右側にずっと広がる、古代ローマの市街地跡で、城壁や修復途中の崩れかけた建物などがすごい規模で広がっています。金融取引所、元老院、凱旋門、神殿など色々あり、日本でいうところの永田町界隈にあたる地区が、そっくりそのまま残ったという感じです。コロッセオに早く行きたかったので、大通りから見える範囲だけ写真を撮りました。またローマに来れたら、今度はフォロ・ロマーナを1日かけてゆっくり見学したいものです。

そして、やっと念願のコロッセオに入りました。
コロッセオは、かのゲーテ様が何度も足を運び、落ちてる大理石を失敬したらしい箇所なので、どんな所なのかすごく興味があったのです。
そうでなくとも、古代の大競技場と聞けば、自ずと興味が湧いてきます。入り口でオーディオ・ガイドを借りて解説を聞きました。殺しあうまで戦うレスリングや、野獣相手の勝負など、すさまじい闘いがここでは行われていました。5万人の観客は、身分別に座れるブロック、そこへ行くまでの階段、道筋など、システマティックに決まっています。コロッセオの地下には、下水道、野獣の檻収容場所、舞台ごと上下する装置など、近代的な施設が整っていました。

コロッセオでは2階席が基本的に身分の高い人の座る席です。
身分が高い順に、競技場である1階に近い席に座ります。遠くからで見えないのですが、座席は大理石でできていて、特に偉い人は座席に名前が彫られます。3階席ぐらいになると、身分までは彫られますが、名前までは彫ってもらえません。
巨大なコロッセオは、下の方や重要な部分に巨大な大理石を使い、上の方は軽めの石やレンガを使い、巧みに全体の重量バランスをとっています。下水道設計といい、構造計算といい、素晴らしい建造技術です。

コロッセオから見たフォロ・ロマーナです。
有料のコロッセオ内にまでは、スリや物売りが入ってこないという安心感から、のんびりゆっくりと見学しました。

コロッセオを、1時間半近く時間をかけて見学した後、コンスタンティヌスの凱旋門を横目に見ながら、500mぐらいのサン・グレゴーリオ通りをのんびりと歩きました。通りの終点で角を曲がって、チルコ・マッシモを通りました。このコースは、結局、フォロ・ロマーノの周りをぐるっと1周まわる道筋です。
フォロ・ロマーノは、どこから見ても、すごい遺跡でした。

チルコ・マッシモというのは、古代の戦車競技場です。幅120m、長さ620mの、水のない河川敷みたいな広場でした。ローマの遺跡群に圧倒されて少し疲れていたので、チルコ・マッシモの柔らかい土と草の遊歩道が優しく感じられ、ほっとする時間でした。ジョギング、犬の散歩、デート、スケッチ。。。と市民・観光客の憩いの場になっています。
でも、昔はここで壮絶な戦車競技が開催されたのでしょう。

チルコ・マッシモをまっすぐ進み、突き当たりにあるサンタ・マリア・イン・コメディアン教会に行き、ゲートを入ると、おなじみ「真実の口」があります。
たまたま、結婚式の新郎新婦が手を入れるところに遭遇したので、2人が口に手を入れている後ろ姿を撮影しました。カメラマンも入ってしまいました。

真実の口広場から500mほど北へ進むと、ヴェネチア広場へ出ます。ヴェネチア広場の正面にはヴィットリアーノ(エマヌエーレ2世記念堂)が偉そうにそびえ建っています。それもそのはず、この記念堂中心の騎士像「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世」こそが、イタリアを統一した人だからなのです。
この記念堂の隣に、100段ぐらいありそうな高い階段があり、登ると市庁舎があるので、息を切らしながら登りました。

階段を登りきると、カンピドーリオ広場が私達を迎えてくれました。
広場の奥が市庁舎で、左手にカピトリーニ博物館、右手にコンセルヴァトーリ博物館があります。銅像の下に腰を降ろして休んでいると、結婚式を挙げたカップルが何組も次から次へと奥から現れてきました。市庁舎で無事籍を入れてきたのでしょう。どのカップルも幸せそうで、微笑ましい光景でした。
私達も結婚して3年目、別居婚からスタートして、新婚旅行もままならず勉強ばかりして過ごしてきました。慌しくて合宿ばかり経験していつまでも友達夫婦の風情ですが、気がつけば余裕で新婚カップルを眺められるような貝婚記念旅行となりました。
(結婚生活大変かと思ったけれど、案外何とかなるもんだなー)と暢気な感慨にふけったのでした。

カンピドーリオ広場を降りて、再びヴェネチア広場へ行くと噴水の脇で、恋人達がブチュブチュ、抱き合ってキスしていました。
欧米を旅行していると、噴水の脇に腰掛けてキスしてる恋人を必ず見かけるのですが、あまりいやらしい印象は受けないです。むしろ微笑ましく思えます。映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストシーンを見るような感じです。
雨に始まったローマ観光は、こうして晴れやかな天気の下、幸せなカップルを見ながら終えたのでした。