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A.グッチーさんの
本選体験談
「NHKのど自慢」に参加して

2001年10月7日
アルゼンチン ブエノスアイレス市大会

「ハッピーサマーウエディング」(9番)
鐘・・・2

「日本人学校から、誰かのど自慢に出るそうですね。」この、一本の電話から
私ののど自慢は始まった。
 この電話は、7月上旬に『NHKのど自慢 in アルゼンチン』の運営委員をしているAさんからのもので、「もし誰か出るなら、PRできることがないかどうか調査しているんですよ。」ということであった。その時は、のど自慢があることは知っていたものの、誰が出るのか具体的な話はなく、「出るならK先生か、S先生ぐらいですかねぇ〜」としか答えられなかった。この時にまさか自分が出ることになろうとは夢にも思っていなかった。
 その後すぐにK先生に電話をしたら、「出るなら一人でなく、みんなで出ようと思ってるんだけど。」という言葉が……。この時に、心の中で小さな光が光ったのを覚えている。
 その後はポンポン拍子で話が進み、7月下旬には教員9人で出ることに話がまとまった。しかしこの時はまだ、『本当にみんなで出るのかなぁ〜』という半信半疑の気持ちであった。

 8月は冬休み、9月は2学期の大きな行事『学習発表会』があったので、のど自慢の練習は全然できなかった。学習発表会が終わってほっと一息ついた時には、すでに予選の1週間前になっていた。「たった1週間の練習で大丈夫なのか?」「まぁ、どうせだめなんだから、愛嬌で予選に出るだけだよなぁ」、口では「絶対に本選に残ろう!」と言っていても、心の中ではそんな考えが大勢を占めていた。
 それでも、練習を重ねていくうちに面白くなり、「ここの振りはこうした方がいいんじゃないのか。」「ビデオに撮ってどこが悪いか見よう。」と、どんどん内容が充実していった。練習は「毎日勤務後、少しの時間」と言っていたのが、2時間ぐらい練習をした日もあった。

 予選当日は、朝11時に会場である「グランレックス劇場」に集合した。受付を済ませ、宮川アナウンサーの説明を聞いた。「本当に話が上手だなぁ〜」予選前で緊張している人々の緊張をほぐすような話し方に感動してしまった。今回は外国での収録であるということで、宮川アナウンサーがしゃべる言葉をすべて通訳の人が訳していたが、そのテンポがまた良かった。ちなみにこの日の夜、合格者だけが集合した時には、「『○○で、なんぼだ。』はい、これを訳して……」と宮川アナウンサーが言ったので、思わず笑ってしまった。こんな言葉、外国語にできるのか…?
 12時頃から予選が始まった。20人ずつステージに上がって歌っていくのだが、みんな上手い。始まる前はリラックスしていたのだが、みんなの歌を聴いているうちにだんだん緊張してきてしまった。日系2世・3世で、日本語がほとんど喋れない人がたくさんいたのに、本当にみんな歌が上手であった。今回の『のど自慢in アルゼンチン』の出場資格は、「15歳以上で、日本語の歌が歌えること」だけであったので、日本語がしゃべれないアルゼンチン人や日系3世ぐらいの人たちもたくさん参加していた。
 我々は210組の予選参加者のうちの151番目であったので、午後4時半頃の予定であった。そこで、70番ぐらいまで見たところで、昼食を食べに外へ出た。グランレックス劇場はブエノスアイレス市の中心部にあるので、すぐ近くに繁華街がある。そこにあるホットドック屋さんへ行った。すごく緊張していただけに、この時はリラックスすることができた。
 「ハッピィー・サマー・ウェディング」は知っての通り、モーニング娘の歌である。我々も同じように多人数で歌うのだが、できるだけ全員で同じだけ歌えるようにしたかった。しかし、事前にNHKに確認したところ、「マイクは4本しか使えない。しかも、1本のマイクに同時に2人の声が入るのはいけない。」ということであった。
そこで、歌う順番や隊形移動を工夫して、全員がほぼ同じだけ歌えるようにした。さらに、予選では1番の終わりまで歌えるそうだが、本番ではどこで鐘が鳴るのか分からない。だから、1番の途中までで全員が歌い終わるようにし、その後は短くつないでいくようにした。単純そうに見える隊形移動も苦労の結晶なのである。その結果、1人が歌うのは本当に短い歌詞になってしまった。ちなみに私が本番で歌うことができたのは、「夢が分からなくなった時も」とたったの12文字分であった。
 劇場に戻って予選の続きを少し見た後で、衣装に着替えた。練習をする部屋がなかったので、階段の踊り場などで踊りの練習をした。こんな事をしているうちに、あっという間に自分たちの番になってしまった。

 「150番から169番の人はステージに上がってください。」
とうとう自分たちの番。しかし、ステージに上がってみると意外に緊張しない。
  「151番、ハッピィー・サマー・ウェディングを歌います。」元気よく言うK先生
の声に続いて歌い出す。やたらに伴奏が遅いのが気になった。どうも、緊張のため歌うペースがどんどん早くなっていたみたいだ。
 歌っている間は、「NHKのど自慢は、歌のコンクールではありません。上手な方だけが本選に残るのではありません。『明るく・楽しく・元気良く』をモットーにしています。」という宮川アナウンサーの言葉を思い出しながら、とにかく大きく表現しようと頑張った。
「ちょっと間違えたかな?」と思ったものの、自分なりに元気良く踊りも大きくできたので、一応満足して舞台を降りることができた。

 予選は延々6時間以上も行われ、最後の人が歌い終わったのが夕方6時過ぎだった。合格者の発表は、その約1時間後であった。
 「まぁ、ご愛敬で出たのだから、合格は無理だよなぁ。でも、あれほど目立っていたのだから、もしかしたら……」と、一人でいろいろと考えながら合格者の発表を聞いていた。合格者は番号の若い人から順番に発表された。40番台の合格者がやたら多く、25組の合格者のうち、半分以上が50番までに発表されてしまった。ということは、残り160組で12、3組しか合格しない。90番台まで進み「どうせだめだなぁ〜」と思い始めた時、合格者の番号がいきなり飛んだ。
 『151番、『ハッピィー・サマー・ウェディング』を歌った方」
「うお〜」という歓声が我々9人を中心にわき上がり、喜びのあまりみんな飛び跳ねていた。あまり自信がなかっただけに、喜びはひとしおであった。そして、応援席にまだ残っていてくれた児童生徒や保護者の方に手を振りながら、喜び勇んでステージに上がった。
 「こんな感激したのは久しぶり。アルゼンチンに来て2年半で、一番の喜び。」本当に私はこう思った。『やっぱり視聴者参加番組はこうありたい。』とつくづくと感じた瞬間であった。

 その後、合格者全員が別室に移動し、次の日の日程説明などがあった。この時も宮川アナウンサーやディレクターの説明をすべて通訳が訳していたので、結構時間がかかった。
 その後、順番にバンドと音合わせをした(といっても、ピアノの人しかいなかったが)。今回ののど自慢でもう一つ”すごい”と思ったことは、『どんなにへたな人でも、どんなにリズムがずれていても、バンドが合わせてくれていた』ということである。210組もの素人の人たちの伴奏を行うのはただでさえ大変なのに、その人に合わせて伴奏を変えて演奏するというのは、並大抵のことではないと思う。
 最後に、本番中に宮川アナウンサーが会話をする時のネタにするために、一組ずつNHKの担当者と話をした。私達は審査員をしていたという人と話をした。日本人学校のことや、先生方が海外に来た理由などを聞かれたが、「まぁ、みなさんは元気良くやっていただければいいですよ。」と、10分ほどで話が終わってしまった。
たくさんアピールしたいことがあったのにすぐに終わってしまったので、「ちょっと短かったかなぁ。」と思った。しかし、朝から12時間以上も働いて疲れ切った様子だったので、仕方がないか……。
これが終わった人から、解散になった。だいたい夜10時頃であった。

 本番の日は、朝8時に劇場に集合であった。1日の流れを確認したあと、午前中はリハーサルなどをした。「2、3時間もあるのだから、一組2回は練習させてくれるよな。」などと思いながらリハーサルを始めようとしたら、「みなさん方の練習は、1回だけです。」とNHKの方の言葉。「なんともまぁ、素っ気ないなぁ。」とその時は思ったが、「あまり練習をしすぎて、素人っぽくできない方のがつまらないんだ。」ということがだんだんと分かってきた。やっぱりNHKのど自慢のいいところは、『楽しく・明るく・元気良く』ということをモットーにしていて、「歌のコンクールではない」というがはっきりとしていることだろう。
 リハーサルでは、宮川アナウンサーがゲストの代わりにその席に座っていたディレクターに質問する場面もあった。
 「鳥羽さん。今のタンゴは素晴らしかったですね〜。」
 「え〜そうですね。足の筋肉の動きまではっきり分かりましたね〜」
 「どこを見ていたかがよく分かりますね〜。でも、足を絡めていたので、あのまま後ろに倒したら、内掛けですね。」
ってなかんじで、ジョークを交えながら楽しくリハーサルが進んでいった。
 リハーサルは12時頃終わり、2時30分までは昼食と着替えの時間になった。昼食はNHKが準備した日本食の弁当であった。アルゼンチンでも日本食は食べれるが、値段が高いのでそれほどしょっちゅうは食べることができないので嬉しかった。

  収録は、午後3時頃から始まった。出場者は裏の通路から入ってステージの袖に待機するのかと思ったが、なんと、観客席後ろから入って、観客席の真ん中を通ってステージに上がった。3000人もの人に大きな拍手をされ、なんかアイドルになったような気分だった。
 始まってしまうと非常に早いテンポで進み、自分たちが歌う番以外は、後ろの席で非常にリラックスして過ごすことができた。特に我々は合格を狙っていたわけでもないので、他の方たちと一緒に盛り上げ役として頑張った。

 今回ののど自慢参加を通して、『NHKのど自慢は、多くの人に感動を与えることができる』ということを強く感じた。それは、「誰もが参加することができ、平等に参加のチャンスがある」ということが第一の理由ではないだろうか。特に、我々のようなグループが出場したことにより、多くの人に『楽しく・明るく・元気良く』というのど自慢のモットーが伝わったのではないかと思う。そして、アルゼンチンなどの外国で行うことにより、外国にいる日系人の頑張りを日本の人々に伝えることができたと思う。
 しかし、「大変なお金がかかるから、海外でののど自慢はこれが最後」といううわさを聞いた。でも、これだけの感動を人々の与える番組は他にはない。今回のアルゼンチン大会でも、予選・本選ともに3000人を超える日系人が劇場に詰めかけた。本選の日は、開場3時間前には500mもの長い列ができた。アルゼンチンには日系人が3万人ほどいるが、中国・韓国人に比べればごく少数なので、普段はあまり目にしない。アルゼンチンで日系人が、これほどまでに一カ所に集まったのは初めてではないだろうか。

 最後に、一生の想い出に残る感動を与えていただき、NHKの方々には大変感謝している。参加を通して、番組製作の大変さ、プロのアナウンサー・プロデューサーの手際よさなどを間近に見ることができた。本当に素晴らしいのど自慢であった。

(アルゼンチン ブエノスアイレス日本人学校HPはこちら↓)
http://www.jpschool-arg.com.ar/default.htm