アードベック


今回もバリー・アイスラー『雨の影』からの紹介となります。なにしろ主人公の殺し屋ジョン・レインがシングルモルトウィスキー好きとあって、いろいろなシングルモルトが登場してくる。ジョン・レインはかつての恋人みどりとライヴ・ハウスで待ち合わせをする。先に来ていたみどりを見つけたジョンの言葉からこの場面は始まる。

「何を飲んでる?」
「アードベッグ。あなたが教えてくれたお酒よ。覚えてる? あなたみたいな味がする」
「気に入ってるとは意外だな」
みどりは横目でちらりと私を見た。「ほろ苦い味」

ジョン・レインとみどりの間には複雑ないきさつもあってこんな発言になっているのだが、女性にアードベックのような味がすると言わせしめるとは、さすがに殺し屋です。

このアードベックというシングルモルトは、本書ではほろ苦いと表現されているが、かなり趣が異なると思います。なにしろ口の悪い人は、うがい薬と表するアイラモルトの中でも、一、二をあらそう強烈な個性と言われている。

アードベックとはゲール語で「小さな岬」という意味で、蒸留所のオープンは1815年にさかのぼる。一時、閉鎖されていたようだが、グレンモーレンジ社が買収し操業を再開した。写真を見ると、白壁のなかなか美しい蒸留所だ。ここのキルン(麦芽乾燥塔)には、通常付いている換気装置がないので、麦芽は充満するピートの煙で燻され極端に煙臭いモルトに仕上がるそうだ。もう一つの特徴が、ノンチルフィルタ(低温=氷点下フィルタによる濾過を行っていない)にある。これは、瓶詰時に加水してアルコール度数を下げる際に、高いアルコール度数に溶け込んでいた微量物質が溶けきれずに澱として析出するので、これを濾過するのが一般的だが、それを行っていないということですね。

一度口にしたら、記憶に残る強烈な味わいながら、上品さも併せ持つアードベック、一度は飲んでみたいものです。


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