バリー・アイスラーが孤高の殺し屋ジョン・レインを主人公に描くシリーズは『雨の牙』、『雨の影』の二冊が翻訳されているが、著者も主人公もシングルモルトウィスキーが好きとあって、作品の中でも頻繁にシングルモルトが登場してくる。ウィスキー好きにはそれだけでもたまらない小説だ。
ジョン・レインは依頼された仕事にかんして乃木坂の高級クラブ<ダマスク・ローズ>に下見に出かける。そこで今回紹介するシングルモルト、スプリングバンクが登場する。
選り抜きのシングルモルトウィスキーが一通り網羅されていることに驚かされた。二十五年もののスプリングバンク。ずっと探していてお目にかかれなかったものだ。やはり二十五年もののタリスカー。ゆっくりしていきたい気持ちになった。
ウェイトレスが現れ、私はスプリングバンクを注文した。シングルが一万円。だが、人生は短い。
(中略)
ウェイトレスが私のスプリングバンクを運んできた。クリスタルのタンブラーのなかで琥珀色のきらめく液体。グラスを鼻先に近づけ、つかのま目を閉じて、シェリー樽で熟成された清潔な海の香りを肺の奥で味わった。口に含む。塩気と海の味。だが、どこかに果物の風味が漂っている。後味はふくよかでドライだった。私の唇に笑みが浮かんだ。二十五年ものにしてはなかなかいける。
ここまで細かい描写はなかなかお目にかかれない。著者がいかにウィスキー好きであるか良くわかる。シングル一杯が一万円とは、ここが高級クラブであることを念頭におけばあたりまえかもしれないが、いいお値段だ。人生は短い、とポンと飲めるのはさすがに殺し屋家業であります。まあ、殺し屋がみみっちいと、小説にならないしね。
さて、このスプリングバンク、ハイランド南西部のキンタイア半島の先端にあるキャンベルタウンで造られている。一般にキャンベルタウンのモルトは塩気が強いと言われており、ジョン・レインの感想のとおり。キャンベルタウンは、アメリカの禁酒法時代にウィスキーを粗製濫造したため衰退し、現在では二つの蒸留所が残っているだけだが、スプリングバンクはそのうちの一つ。
わたしは未確認だが、ケビン・コスナーが映画『ボディーガード』のなかで飲んでいたのがスプリングバンクという話もある。孤高のプロフェッショナルにぴったりなシングルモルトと言えようか。