葬られた夏

(2003.02.16)


諸永裕司の「葬られた夏 追跡下山事件」を読む。下山事件と聞いてピンとくる人はある年代以上に限られるだろう。そういうわたしだって、生まれる前の事件で、本当のところは本書でも何度が引用されている矢田喜美雄の「謀殺下山事件」を若い頃に読んだことによって関心があるだけなのだ。本書の著者もわたしよりも15歳も若い、朝日新聞社の記者である。

まだGHQの占領下にあった1949年7月、国鉄総裁下山定則が出勤途中に消息を絶ち、その後常磐線で轢死体となって発見されるという事件だ。自殺か他殺か、新聞や捜査陣の意見も二分したまま、事件は迷宮入りしてしまう。矛盾する証拠、さまざまな目撃証言、事件そのものもケネディ暗殺事件と比肩される大きな謎なのだが、それ以上に興味をひかれるのは、事件を通して見えてくる戦後間もない頃の日本の状況だ。大量解雇や荒れる労働運動、下山事件と相前後して発生する三鷹事件、松川事件といった国鉄関係の事件、GHQとその配下で諜報活動を行う機関の存在、そして下山事件の翌年に発生する朝鮮戦争、それを契機とした日本経済の高度成長時代への突入。そんな時代背景が浮かび上がってくる。

著者がまだ存命の事件関係者を米国に訪ね、インタビューを行うのにそって、過去の事件の謎が語られる構成なのだが、ここらは事件の予備知識がないとわかりにくいかもしれない。ただ、さすがに事件から半世紀以上たって書かれた本書で新事実が出てくるわけもなく、その意味では期待外れだ。しかし真相はともかく、この事件が戦後日本の大きなターニング・ポイントになったことはまぎれもない事実で、書かれ続けることに意義があるのだろう。事件を知らない若い人にも読んで欲しい一冊だ。

でも、下山事件についてまとまった本が書かれるのはこれが最後の一冊かもしれない、そんな思いにもかられるなぁ。