両国界隈よもやま話−その参−

(2002.12.15)


昨年のことですが、通勤中にふと目に入ったポスターに「忠臣蔵三百年記念・・・」とありました。これは、例の松の廊下の刃傷事件、つまり忠臣蔵という物語の発端から三百年ということらしい。そして、今年は吉良邸への討ち入りから数えて、この十二月十四日で三百年ということで、テレビなどで特集が組まれていますね。

ただし、今年2002年が元禄十五年(1702年)から三百年というのは旧暦のことを勘定にいれていない話です。正確にいえば、元禄十五年十二月十四日というのは今の暦でいえば1703年1月30日ですね。

ところで、吉良邸といえば、本所松坂町とわかってはいても、その松坂町が現在のJR両国駅のすぐ近くとは思ってもいなかった。実は今でも吉良邸跡として、少し大きめの部屋ほどの広さの史跡が残っています。亡くなった吉良方の武士の石碑もあって、例えば小林平八郎、清水一学といったお馴染みの名前が並んでいる。討ち入り後に、ここから泉岳寺まで歩いたのだから、結構な距離がありますね。

時代劇や小説で、地名だけは知っているものの、それが現在の東京のどのあたりなのか知らないケースが多々あります。さしずめ私なぞ、地方の小藩の侍が江戸藩邸での勤めを言い渡されて出仕しているようなものだから(前にも同じことを書いた記憶があるけれど)、ここらは疎いのだ。昔なら、こうした田舎侍も一度は吉原あたりで遊ぶことになるところだが、さて今の地名ではどのあたりになるのでしょうね。