貴殿が悩みのタネ

(2002.11.24)


野口悠紀雄著の『「超」文章法』が売れているらしい。「伝えたいことをどう書くか」なんていうサブタイトルを見るとサラリーマンなら読みたくなる。かくいう私もご多分にもれず、本書を手に取ったのだが、長い間、喉にささった魚の小骨のように気になっていたことが解決した。それは「貴殿」という言葉の遣い方だ。これにはいきさつがあるので少しばかり付き合って下さい。

もともと私は「貴殿」という言葉は目上の者に遣う言葉ではないと思っていたのだが、会社の後輩からきたメールに「貴殿」という文字があり、ビックリした。もっともその時は、若い人だから言葉遣いを知らないな、と思っただけでだった。ところが、仕事の関係で業界誌に載せる原稿を書く必要があって、若い編集者とメールのやりとりをしたのだが、そのメールにも「貴殿」とあったのだ。まがりにも編集者という言葉を扱う職業の人物からのメールだけに私も自信がぐらついてしまいました。その時、近くの図書館の辞書をいくつか調べたのだが明確に解説してあるものがなく、そのままになっていた。しかし、今回『「超」文章法』を読んでいたら、こんな一説に出くわした。

「貴兄」、「学兄」、「貴殿」は、歳上の人に対しては決して使ってはならない表現だ。

いやぁ、こんなに明快に書いてもらって嬉しいな。でも、先に書いたように辞書を調べても明確に遣い方を述べたものが少ないのも事実で、誤解を助長している。代表的な辞典ではこんな具合になっているのです。

辞典
出版社
解説内容
広辞苑
(第5版)
岩波書店
一、他人の殿舎の尊敬語
二、(尊敬の二人称)あなた、貴下
国語辞典
(第九版)
旺文社
対称の人代名詞。男性が同輩または目上の男性に対して用いる敬称
大辞泉
(増補、新装版)
小学館
一、二人称に人代名詞。男性が目上または同等の男性に対して用いる(もと、目上の相手への敬称として用いたが、のちに、同輩に対する親愛の気持ちを表す語として用いるようになった。現代では多く手紙や文書に用いる)
二、相手を敬って、その住宅をいう語
大辞林
(第二版)
三省堂
一、相手を敬って、その住居などを呼ぶ語
二、二人称、男性が目上や同輩の男性に対して用いる語。手紙、文書などに用いられる。
現代国語辞典
(第二版)
新潮社
対称の人代名詞。男性同士で主に同輩の人に対して用いる。

どうです、辞書を調べて目上の人に貴殿と書いても問題ないと思う人がいても不思議ではないでしょう。とろこが、かくいう私も自分の犯していた誤りに気付かされた。それは「貴殿」ではなくて「小生」のこと。『「超」文章法』にはこうも書いてあるのだ。

「小生」は、辞書では「謙称」となっているが、実際には目下の人にあてた書簡文で使う表現だ。印刷される文書で使ってよい表現ではない。

言われてみればその通り。「貴殿」と「小生」は対になる言葉で歳上の人に遣う言葉ではないだろう。過去に書いたものをみれば判るが、「小生」ということば、私は結構つかっているのです。ここらあたりは、言葉に対する感覚の問題だが、日本語は本当に難しい。「お言葉ですが・・・」の高島俊男さんの文章には時折でてくるのだが、あの先生ぐらいになれば一つのスタイルとして確立されているので、いいのかもしれない。私が小生なんて書いているのを読んで、小生意気な奴と思われた方も多いだろう、反省しきりです。