小生これでも十数年来のMacユーザーで、近頃買い替えたiBookが四代目となる。Mac以前にもApplecなるマシン(ほとんどゲームマシンと化していたけれど)を使っていたので、Apple社とのつきあいは長いことになる。それだけに、ミステリを読んでいてもMacが登場すると気になるのであります。最近ではミステリにもパソコンが登場することが多い。追う方も追われる側もパソコンを使って、メールやハッキングをしたり、チャットをしたりと忙しいのだ。そして凡百のWindowsパソコンを登場させるより、Macの方がその使い手の個性を主張しやすいこともあってか、ミステリの中でのMacのシェアは高いように見受けられる。
例えば、ロバート・クレイスの「破壊天使」ではFBIに協力するハッカーがMacを使っている。
バーゲンは身体をよじると、金属フレームの上に積み重ねられてコードで接続された数台の真っ青な<パワーマック>を指差した。
真っ青なというのは一世代前のパワーマックだが、マックファンならいつ頃のことかも判っておもしろい。この「破壊天使」では一方の悪役もMacユーザーである。そして、この悪役(ジョン)は捜査官スターキーの自宅に忍び込むのだが、こんな感想を抱いている。
ジョンはDOSマシンとマッキントッシュの両方を用意してきたが、それでもスターキーがDOSマシンを使っていると知るとがっかりした。だらしない家の様子と同じで、彼女の評価を下げる材料だ。
逆にスターキー捜査官がMacを使っていれば、犯人が捜査官に親しみを覚えるのかというと奇妙ではあるけれど、どこか理解できる心情ですね。反対にWindowsユーザーからMacユーザーをみた場合はどんなだろうか。それもちゃんとあるのです。ダン・シモンズの「ダーウィンの剃刀」は事故復元調査官のダーウィン・マイナーがFBI女性捜査官シド・オルスンと協力して大規模な保険金詐欺事件に挑む物語だが、こんな場面が登場する。
「待って。ちょっと待って」シドが彼をさえぎり、革製の大きなトートバッグの中から最新型のアップル・パワーブックを引っ張り出した。
デスクの上のPCの横で彼女がそれをセットアップする様子を見つめるダーウィンは、十七世紀のルター派信者がカトリック信者を見るような、胡散くさそうな目つきになった。アップル信者とPC信者は相容れることはほとんどない。
宗教になぞらえるのも、Apple社が伝道師(エバンジェリスト)という言葉を使っているように、あながち大袈裟でもない。作中にあるように「アップル信者とPC信者は相容れることはない」のかもしれない。
ただ、たくさんミステリを読んでいると中には奇妙な表現に出くわすこともある。ボストンの私立探偵スペンサーの活躍を描くロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズはデビュー作以来お世話になっているが、「虚空」のなかで「机の一隅にマッキントッシュのワープロが置いてあって」という表現が出てくる。まぁ、言いたい事は分かるがマッキントッシュのワープロねぇ、ちょっと違うだろう。敬愛する作家だけに残念である。
