お盆休みの最中の通勤電車は極楽で、毎日がこんなであったらと思わせるものがあります。それがお盆休みが明けたとたんいつもの混雑が戻ってきましたが、なぜかその日は車両全体が鬱を運んでいるようで、独特の雰囲気がありますね。
さて本題ですが、今年の読売ジャイアンツの松井選手の充実ぶりはたいしたもので、シーズン前に宣言した三冠王も夢ではない好調を持続している。まあ、そうは言っても実際に三冠王をとるには、ライバルも多く、もうひと山、ふた山あると思うけれど。が、三冠王を取るか取れないかは別として、押しも押されもせぬ球界の第一人者になったのは間違いないだろう。その松井に対して、わたしは常々持論があるのですよ。すなわち、松井の野球人生において最も感謝すべき恩人は誰かといえば、それはあの甲子園で5打席敬遠をした相手校の投手、というより実際はそれを命じた監督である。あの一件がなければ、今日の松井もなかったはずだ。
当時、松井の名前は注目すべき高校球界のスラッガーとしてすでに有名であったけれど、それを決定的なものにしたのがあの事件だ。「松井ってそんなに凄い奴なのか」と世間全体が思ったし、松井というイメージが確立した。そして、何よりも大きいのは松井自身が意識しないまでも、その世間の松井のイメージに相応しい選手になろうと心に決めたことだ。全打席を敬遠した方が得なぐらいの大打者になろうと決意した。これが大きいですよね。天性の才能や、プロとしての節制や努力があってのことは認めたうえで、やはりあの事件が松井を人生をきめたのだと思うのです。長嶋のプロデビューの三振が後世に語りつがれるように、あの松井の敬遠も伝説なのです。
実はその相手校がどこかは忘れていたのだが、判りました。今年の夏の甲子園の優勝校、明徳義塾でした。優勝したせいで、当時のことがまたニュースになったので思い出しました。コメントを求められた松井選手も、そこは大人、明徳義塾に祝福の言葉を述べていたが、本当はもっと感謝しなくちゃいけないところだ。本気でそう思うよ。
