近頃は話題といえばサッカーのW杯一色で、しばらく前にやり玉にあげられた外務省ネタもおさまった感がありますね。その一連の外務省ネタのなかに、省内の不倫関係にある女性職員へ送るべきメールを間違って省内の掲示板に投稿した高官の話がありました。間違った相手にメールを送るというのは気をつけていてもありうる話で、こうした問題もメールを暗号化しておけば、すくなくとも「今日のモンブランはうつくしい」だの「この間キミに送ったメールには3時間もかかった」などの中身がばれて恥ずかしい思いをしなくてもすむ。それを平文(ひらぶんと読ませます。暗号化するまえの普通の文章)のまま送るなんて外交官とも思えない迂闊さですね。日本の外交官には暗号を使うという習慣がないのかしらん。不倫はご本人の自由だが、外交上の機密情報も同じ扱いをされているとすれば、ゆゆしき問題。野党はもっと攻めなくちゃ。
というわけで、今日は暗号の話題なのですが、「アリスとボブとイヴの三角関係」という表題を見て、これが暗号の話だと気づいた人は、暗号に関する書物を読んだことがある人に違いない。小生も仕事上、暗号について調べる必要があって、何冊か書物をあさったことがあるのですが、例え話としてアリスとボブとイヴがたびたび登場してくるので不思議に思っていたのですが、このたびその謎が解けたのです。
昨年来、暗号をテーマとした力作が登場していますね。一つはサイモン・シンの「暗号解読」(新潮社)、もう一つはスティーブン・レビーの「暗号化」(紀伊国屋書店)。やっと図書館で借りて読むことができました。ともに暗号をテーマにしてることにかわりはないけれど、その主題はかなり異なっています。サイモン・シンの「暗号解読」は、人類の暗号の歴史をいろいろな逸話も織り込みながら丁寧に紹介している。かのカエサルの使った暗号から、ドイツ軍のエニグマ暗号機、そして現代の公開鍵方式に至るまで、その原理も含めて判りやすく解説してある。判りやすいといっても、公開鍵方式の数学的な原理はたいそうややこしく、この一冊だけで全てを理解するのは難しいところでしょうが、暗号の全体像をつかむのには最適でしょう。
一方、スティーブン・レビーの「暗号化」は−プライバシーを救った反乱者たち−というサブタイトルがついているように、公開鍵方式に代表される新しい暗号技術に制約をかけたい米国政府と、暗号技術者たちとの戦いに焦点があたっているのだが、その中でアリスとボブの由来が語られているのです。
すなわち、公開鍵方式という基本概念を実現する方法を思いついたリヴェスト、シャミル、エイドルマンの三名は1977年4月に「デジタル署名と公開鍵暗号システムを実現する手法」と題する論文を発表するのですが、その論文の中で、メッセージの送り手のボブと受け手のアリス、それを盗聴したいイブが登場するのです。それまでの論文では送り手Aと受け手Bといった表現が一般的であったのが、この論文から擬人化されて表現されるようになったのですね。このことは、従来軍事技術であった暗号技術が、ネットワーク社会の到来を受けて、我々一般大衆のものになったということをも意味しており、アリスとボブはその象徴とも言えるわけです。そんな訳もあって、以来暗号関係の文献にはアリスやボブがたびたび登場することになったとのこと。まあ、さしずめボブとイブが結婚していて、アリスがボブの不倫相手といったところでしょうか。くだんの外交官殿も、この本を読んでいれば暗号を使うことを当然のように思いついただろうに、残念でした!!
ところで、小生が公開鍵方式の原理について知ったときの最初の印象は「美しい」という言葉につきます。美しい風景を見て感激するように、そのロジックの美しさに感激しました。数百年に一度の大発明と言われるのも頷けます。こんな世界があることを知っていれば、数学者を目指したかもしれないのになぁ、能力は別にして。最近、総合学習なんてのが言われていますが、この暗号などは格好のネタのような気がするのですが、どんなものだろうか。シャーロック・ホームズ物の「踊る人形」という短編にも暗号が登場し、頻度分析という初歩的な解析法が使われているのだが、子どもの頃に一度ぐらい関心を持ちそうな話題でもある。当然、学習課程でコンピュータを使うことにもなるし、面白いと思うのですがね。無論、三角関係なんていう人情の機微について教えてもいい訳だけれど。
