いよいよサッカーのワールドカップも始まって、さほど熱心なサッカー・ファンでなくてもついテレビを見てしまう。そんな時期にあえてプロ野球ネタです。
先日通勤時に中吊り広告を見ていると、東洋経済だったと思うが「星野阪神タイガースにみる『弱者復活』7つの法則」なる言葉が目にはいってきた。東洋経済に限らず最近はこのての記事が多いように思う。確かに、阪神タイガースは開幕以来好調で、一時は読売ジャイアンツに首位を譲ったものの、6月2日現在、またまた首位に返り咲いている。たしかに、ゲーム展開をみても強くなったとの印象はあるのだが、このタイトルは気に入りませんね。
小生なにが気にくわないかと言うと、最近のプロ野球、選手より監督に脚光があたる傾向があることなんです。阪神の例でいえば、確かに星野監督の手腕もある。でもね、やはり井川や今岡の活躍があってこそでしょう。実際に野球をやっているのは選手なのだから、それをさしおいて監督が評判になるのはチトおかしい。
そもそも監督にスポットライトが当たるようになったのは、長嶋監督から顕著になったように思います。なんと言ってもあれだけのスーパースターが監督をしていたのだから、致し方ないと言ってしまえばそれまでだが、以来ニュースなどでも、野村ID野球だとか、星野タイガースだとか、原ジャイアンツなどと冠に監督名をつけた呼び方を当たり前のようしている。小生、そんな言い方をきくたびに違和感を感じている。やはり監督としての長嶋さんの罪は大きいと思う。
イチローのおかげでメジャー・リーグを見る機会がふえたけれど、アメリカのファンは素直に打ったり、投げたり、走ったりというプレーを楽しんでいるように見える。ところが、日本ではいつのまにか、チームをいかに勝利に導くかというマネージメント・ゲームになっており、野球はますます矮小化されている。
見方によっては、政治にも経済にも確乎たるリーダーシップがない現状に対し、せめて野球のなかにカリスマ的な指導者を求めたいという世間の欲求のあらわれと言えるかもしれない。フム、そう考えると政治の世界にカリスマ的な指導者が現れると、国を誤るもとになるから、ここは野球の世界のカリスマ性で世間を満足させるべく星野監督に頑張ってもらった方が良いかもしれないね。
