両国界隈よもやま話−その弐−

(2002.04.06)


先日外出したおり、気候も良く少し時間もあったので、浅草橋から両国まで歩こうと思いたちました。JRの浅草橋駅を降りて、隅田川方面へ歩いているさいに、ふと電柱にかかった町名をみると柳橋とあるではありませんか。時代小説や劇でよく耳にする柳橋芸者のいる柳橋ですよね。あの泉鏡花の「湯島の白梅」で有名なお蔦と主税のお蔦さんも柳橋の芸者さんだった。そう思ってみると、それらしい風情を残した家屋もところどころあって、往時をしのばせるものがあります。もっとも、粋筋のお姉さまらしい方を目にしたわけではありませんが。

ところで、芸者というと柳橋、深川、新橋あたりが有名だが、それ以外にも辰巳芸者なんていう言い方があるけれど、実は辰巳芸者というのは深川芸者のことだということを最近になって知りました。なんでも江戸城からみて辰巳の方角(東南)にあたることから、そういう呼び方もされたらしい。でも、知らなくて当然であります。なんせ、芸者遊びなどしたことがないんだから。小生なんか、たまたま勤務先が東京にあって通っているものの、昔でいうならば、さしづめ地方の小藩の田舎侍が江戸藩邸での勤めをいいわたされて出仕しているようなものだから。

そう言えば、先ほどあげた新橋はどちらかというと明治時代にはいって隆盛をむかえたらしいのですが、それも明治政府の役人、つまり薩摩・長州ですね、これを受け入れたことによるらしい。言い方をかえると、江戸時代から由緒のある柳橋や深川は、どっと流れ込んできた薩摩・長州の田舎物の相手を嫌った(徳川さんへの義理だてもあったかもしれない)わけですね。

そんなことを考えているうちに、蔵前橋にでて、隅田川を渡ったのですが、この季節、春のうららかな日差しが水面にはえて、思わず調子っぱずれに滝廉太郎の「花」なぞを口ずさんでしまいました。もっとも上り下りの船人のかわりに東京都の廃棄物運搬船がのぼっていくのを目にしました。まあ、これが現代の風景なのでしょう