ダ・ヴィンチ贋作計画


美術界を舞台としたミステリはすでに一つのジャンルとして確立されているように思うが、その最大のテーマはやはり贋作となるようだ。本書、トーマス・スワンの「ダ・ヴィンチ贋作計画」は題名からしてそのものズバリ、かのレオナルド・ダ・ヴィンチが対象だ。

債券偽造の罪で服役中のカーティス・スティールは抜群の模写の才能を持っていた。そのスティールは出所直後に謎の男からの接触を受ける。美術商を名乗るその男ジョナス・カレムはスティールにダ・ヴィンチの手稿の贋作を持ちかける。カレムはすでに、当時の紙とインクを研究するために女性化学者シェパードや美術学者ブッリなどの協力を得て、壮大な計画をたてていた。半ば強制的にその仕事を手伝うことになったスティール。しかし、もう一人の仲間ウォーターズが模写のためにウィンザー王室図書館からダ・ヴィンチの手稿を盗みだす際に、警官を殺害してしまったことから一味の計画は狂い出す。

ダ・ヴィンチの手稿というのはたくさんあって、ウィンザー王室図書館やフランス学士院図書館等の所有になっているようで、「ウィンザー手稿」「マドリード手稿」「アトランティコ手稿」等と呼ばれているようだ。その内容も数学、物理、天文、解剖など多岐にわたり、ダ・ヴィンチの天才ぶりをうかがわせる。一方、散逸してしまったものも多い。そこで、贋作をつくり、未知の手稿が新たに発見されたという企てで大金をせしめようというもので、なかなか趣向はよろしい。この種の詐欺では少しでも疑念を持たれたらおしまいで、緻密な計画と実行がいかになされるか、あるいはいかに破綻していくかを読ませるのがミステリとしての魅力だと思う。ところが、その点があまりに大味で、少しも盛り上がらないうちに小説は終わってしまう。一人一人の登場人物の描き方も中途半端で、せっかくの趣向がいかされていない、残念だ。

「一目見て直感的に感得できるようじゃないと、ダ・ヴィンチの作品として通用しない。この若い女の顔などいい例で、ダ・ヴィンチが『モナリザ』の構想を練っているころ常に追い求めていた、あの精神が、まごうかたなくあらわれている。ベレンソンがいみじくもいったよ。真贋判定の決め手は作品に漲る精神と質だと、ね。」

これはスティールが完成させた贋作をみた美術学者ブッリのセリフだが、芸術作品といわれるものには常にみなぎる精神と質が溢れているのだろう。どうも我々、凡人には理解しがたいところですが。


書名 ダ・ヴィンチ贋作計画
作者 トーマス・スワン
翻訳 篠原慎
出版社 角川書店
ISBNコード 4-04-289801-7