シルクロードの鬼神


前作「頭蓋骨のマントラ」でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀新人賞を受賞したエリオット・パティスンが同じく単道雲(シャン・タオユン)を主人公に、舞台を中央アジアに広げて描いた二作目「シルクロードの鬼神」である。新しい経済政策のもと成長を続ける中国。そして強大な中国市場への進出をねらい、米国も日本政府もチベット問題に対しは口を閉ざしているが、パティスンの二作はミステリ小説というオブラードに包みながら、中国の中央アジアにおける政策をきびしく糾弾している。が、それだけがこの本の魅力ではない。

中国経済部の捜査官であった単道雲(シャン・タオユン)は汚職事件の捜査で上層部の逆鱗に触れ、チベットの強制労働収容所に送られたが、わけあって非公式に出所していた。そこでチベットの高僧から劉(ラウ)という女性教師が殺された事件の調査を頼まれる。単たちは事件のあった新彊ウイグル自治区へ向かうが、そこでは劉の教え子であった孤児の少年たちが次々に殺されるという事件が起こっていた。やがて、公安局や人民旅団も関心を持つこの事件が、チベット社会を根底で支える転生ラマに係わる事件であることがわかってきた・・・。

チベットの高僧、ウイグル人の秘密組織、学術研究を続けるアメリカ人、元紅衛兵の女性検察官、経済政策の申し子で新しいタイプの中国人である人民旅団支部長、チベットを憎悪する退役将軍など、多彩な顔ぶれで複雑な中央アジアの現状が描かれる。が、何よりも高僧をはじめとするチベットの人々の崇高な精神、それに感化され自らを再生させた単道雲の姿が心をうつ。

「人間が変わるということですよ。チベットにいるとね。ものがちがって見えるように、聞こえるようになるんです。身体に跡をつけ、魂に焼きつけてしまいます」単は検察官を見た。「ときには魂を焼き尽くしてしまう」

前作同様、物語の展開が追いにくいという欠点があって、小説としてはもう少しすっきりさせた方がよいと思うが、それを補ってあまりあるだろう。さて、公式には中国政府からは追われる立場にある単は国外に脱出する機会をえることになるのだが、その時の彼の決断は? 本書のラストには思わず目頭があつくなるものがある。


書名 シルクロードの鬼神
作者 エリオット・パティスン
翻訳 三川基好
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-172353-6
4-15-172354-4