上海の紅い死


ジョー・シャーロンの「上海の紅い死」はその題名から察しがつくように、上海を舞台としたミステリだが、なかなか魅力的な小説だ。今年は「頭蓋骨のマントラ」というチベットを舞台とした異色のミステリもあったが、アジアを舞台としたミステリが今後増えそうな予感がします。

運河で発見された女性の死体。上海警察の陳操警部はその身元が関紅英という共産党から模範労働者に選ばれた女性であることをつきとめる。百貨店の売場主任をつとめ、模範的な党員でもあった関紅英が犯罪に巻き込まれるような理由は見つからなかった。しかし、丹念な聞き込み捜査のおかげで、模範労働者という側面とは異なる関紅英のもう一つの顔が明らかになる。そして、一人の容疑者が浮かびあがるのだが、そのとき党中央から陳操警部に対し圧力が・・・。

実のところ、ミステリとしては意外にあっさりしている。真犯人を探す難しい謎解きもないし、また権力に一人立ち向かうといったハードボイルド的な要素もない。なにしろ、主人公陳操警部は北京外国語大学をでた詩人であり、副業にルース・レンデルの本を翻訳するなど異色の警部なのだ。それでも魅力的な小説だというのは、陳操警部を通して現代の(といっても舞台は1990年、あの天安門事件の翌年という設定)中国の姿をうかがい知ることができるからだ。

わたしのような日本人には肌合いがあうというか、T・S・エリオットを引用されるより、孔子を引用される方がしっくりくるのですね。捜査の続けるか迷う警部はこんなことを思い出す。

結局のところ人間は、何をしよう、もしくはすまいと決断のしかたしだいなのだ。
<為すところあり、為さざるところあり>これは父が彼に教えこんだもう一つの孔子の言葉だった。

それに、読みながら池波正太郎氏を思いだしたということも、付け加えておくべきだろう。というのも、食事のシーンが何度もでてくるのだが、そこで供される食べ物が実においしそうなのですね。ことさらに高級な料理ではなく、一般庶民が口にするものですが、さすが中国、4000年の歴史がものをいう。


書名 上海の紅い死
作者 ジョー・シャーロン
翻訳 田中昌太郎
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-173101-6
4-15-173102-4