デッドリミット


誘拐やハイジャックで人質をとった犯人の要求が身代金や政治犯の釈放ではない。そんなひねったミステリとしては最近ではジョン・J・ナンスの「最後の人質」が記憶にあたらしいところで、ハイジャッカーの要求は、娘の殺害容疑で逮捕されながら不起訴になった犯人を裁判にかけろというものだった。このランキン・デイヴィスの「デッドリミット」もそんな一風変わった犯人の要求で物語が始まる。

英国首相の兄で法務総裁をつとめる人物が誘拐された。犯人の要求はその法務総裁が訴追した殺人事件の真相を究明し、被告を無罪にしろというものだった。しかし、裁判はすでに陪審員の評議にはいっており、検察側の鉄壁の証拠ゆえに、いつ有罪の判決が出されてもおかしくない状況だ。法務総裁の救出作戦が展開されるなか、英国首相のエドワード・ヘイヴァシャムは真相を求めて事件の調査を始める。一方、陪審員の青年アレックス・パリッシュは、できすぎた証拠に一人疑いを抱くのだが・・・。

こんな粗筋で、前半は犯人との交渉、人質救出作戦、陪審員の討議が分刻みで描かれており、緊迫感のある展開をみせる。後半は、事件の真相を追求する首相や陪審員の討議に中心がうつっていく。ここらの陪審員のやりとりは12人の陪審員の個性もふくめて丹念に描写されており、ジョン・グリシャムの「陪審評決」を思い出させる内容になっている。そして陪審員の討議をとおして読者にも事件の概要がわかるような仕掛けになっており、よく考えられた構成になっている。本書のあとがきによれば、作者のランキン・デイヴィスとは、キース・ランキンとトニー・デイヴィスという二人に弁護士の合同のペンネームのようだが、今後を期待して良さそうだ。

ただ、真相を求めて行動する首相に話がうつり、期待を抱かせたわりには中途半端な印象もある。ハリウッド映画であれば大統領が大活躍するところだが、英国風の抑制がきいていると思うべきだろうか。

「あなたが望んだ地位なのよ。もうあともどりはできない―この建物の玄関をくぐったとき、あなたはそういったわ」エマはしっかりと夫の目を見すえたまま答えた。

この建物とはダウニング街10番地のことで、無論ここでいう夫とは英国首相である。弱音をはく首相エドワードを励ますエマのセリフだが、いずこもファースト・レディはしっかいているらしい。


書名 デッドリミット
作者 ランキン・デイヴィス
翻訳 白石朗
出版社 文藝春秋
ISBNコード 4-16-752775-8