探偵や刑事が主人公を勤めないひねったミステリの中には、囚人がわけあって捜査に協力するといったストーリーのものがある。エディ・マーフィー、ニック・ノルティが主演の映画「48時間」もそんなお話だった。その意味では、まったく目新しい物語ではない。しかしだ、その舞台がチベットとなると話は違う。そう、2000年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀処女長編賞受賞作、エリオット・パティスンの「頭蓋骨のマントラ」である。
かつて中国経済部の監察官として汚職事件などの捜査を行っていた単道雲(シャン・タオユン)は上層部の逆鱗に触れ、今ではチベットの強制労働キャンプでの生活を強いられている。しかし、その作業場の近くで首のない死体が発見される。おりしもこの地域の検察官が不在のため、捜査経験のある単が捜査を命じられることになる。単は監視役の軍曹、助手役のチベット青年の三人で捜査をすすめるが、やがて最近連続して発生している中国高官の殺害事件やチベット内の反政府過激派の存在などが浮かび上がってきた。しかし、一方で山奥の隠遁僧が容疑者として逮捕され、裁判までに真相をつきとめる必要にせまられるのだが・・・。
なかなか重厚な作品なのだが、ミステリとして難を言えば、ストーリーの展開が理解しにくい。単が聞き込みにあたる人物は、硬直した中国の官僚やチベットの僧侶たちで、その会話ときたら、それこそ禅問答のようなもので、単はわかった気になっているが、読者のこちらは一体何を言っているのかピンとこないことが多い。そんな欠点はあるものの、充分に楽しめる秀作といって良い。監視役の軍曹や中国に同化しようとしているチベット青年の心の揺れ、チベットの歩んだ苦難の歴史などが丹念に描かれており、興味をひきつける。
そして何よりも全編にわたって底流をなす仏教的な精神が日本人にはあっているように思われる。ストーリーと無関係に読んでもなかなか含蓄にとんでいる言葉が多い。単道雲は、厭世的な態度をとり、協力を拒む女医に向かって言う。
「あなたは世の中に幻滅しているのではない。人にそう思わせようとしているけれど。実は自分自身に幻滅しているんだ」
| 書名 | 頭蓋骨のマントラ |
| 作者 | エリオット・パティスン |
| 翻訳 | 三川基好 |
| 出版社 | 早川書房 |
| ISBNコード | 4-15-172351-X 4-15-172352-8 |