墜落事故調査官


航空機の墜落事故を扱う調査官を主人公にすえたミステリとしては、ジョン・ナンスの「ファイナル・アプローチ」などが記録に新しいところだが、このビル・マーフィの「墜落事故調査官」は題名もそのものズバリだ。旅客機の墜落ともなれば、その事故の責任がどこにあるかを巡って、航空会社、飛行機の製造会社、整備会社、パイロット、管制官など、さまざまな思惑が渦巻くプレッシャーの中で調査官は仕事をすることになる。ただ、それだけではミステリになりにくいので、作者の腕の見せ所となる。

メキシコへ向かっていたアメリカの航空会社の飛行機がメキシコの高地に激突するという事故が発生した。NTSB(国家運輸安全委員会)の事故調査官であるロン・カーターもその事故の調査にあたるが、首席調査官が心臓発作で倒れたことから、チームの中でも最年少の彼が首席として調査をすすめることになる。やがて、テロによる可能性が示唆されるのだが、そのころFBIの捜査官がカーターに接触をしてきた。そして、浮かび上がってきた真相は・・・。

ネタをばらすことになるので、書きにくいのだが、事故調査官であるカーターがFBIまがいの捜査をしたり、いささか説得力にかける設定だ。また、事件の真相もぼんやりとは見えてくるのだが、はっきりと語られることはなく、かなり思わせぶりは終わり方になっている。ここらは好みの問題もあるが、しっくりこない。なにも、昔の名探偵のように関係者を一同に集めて謎解きをしてくれる必要はないけれど。

脱落したエンジンのありかを知っているというメキシコの老人が現れるが、この老人がなかなかしたたかで、憎めない人物として描かれている。エンジンの情報を教える対価をこんなふうに要求している。

「彼は商売人です。何か取引きする価値があるものをもっている人間のみ、交渉に応じます。ほかの男たちはみんな、お金やドルや指輪を持っている。彼にはそんなものは無用だ。お金はポケットに入れると重すぎるだけで」
老人はロンの腕時計をしきりと見つめはじめ、何か言った。
「時間は彼にとって唯一貴重なものだそうです」ピンチョンが通訳した。
「伝えてください。まちがいなく、彼にはこの先何年もたくさん時間が残っていると」ロンはにっこり答えた。
「そうじゃないんです、セニョール」ピンチョンは首を振った。「彼はあなたのローレックスを欲しがっているんです」

それに比較して主人公のロン・カーターの個性がはっきりしないのが、残念。作品としてはかろうじで及第点といったところだろうか。


書名 墜落事故調査官
作者 ビル・マーフィ
翻訳 伊達奎
出版社 二見書房
ISBNコード 4-576-007858-0