蒸発請負人


いろいろな事情から身元を隠して第二の人生をはじめたいと思っている人間の手助けをする。トマス・ペリーの「蒸発請負人」は、それを生業としているジェーン・ホワイトフィールドを主人公にすえたシリーズ物の第1作目である。アメリカでは95年に出版され、すでに5作が書かれているようだ。

ジェーン・ホワイトフィールドがある日自宅に戻ると、一人の男が待っていた。男はジョン・フェルカーとなのり、かつてジェーンが「蒸発」を手助けした男ハリーの友人だったという。自らも金融トラブルに巻き込まれ、姿を消したいという。ジェーンはフェルカーを追っていると思われる4人の男たちの追跡をかわし、新しい運転免許証や社会保障カードを用意し、フェルカーは第二の人生をスタートした。ところが、その直後にすでに身を隠して数年になるハリーと、書類偽造業者が相次いで殺された。フェルカーを追っていた4人組の仕業だと感じたジェーンはフェルカーの安否を確かめるために出かけるが・・・。

冒頭で、ジェーンの職業を読者に知らせるエピソードの巧さ、クライマックスの対決の緊迫感など、さすがにMWA賞受賞作家らしく達者なところを見せている。作品の全体の印象はスティーヴン・ハンターの「極大射程」を連想させる。それと言うのも、クライマックスでは北アメリカの森林地帯で、殺し屋と一対一の文字通りのサバイバル・ゲームを展開するのだ。ジェーンはインディアンの血筋をひくという設定だが、ライフルやカヌーを操るかと思うと、ナイフ一丁で手製の弓矢をつくるなど半端ではないのだ。昨今、ミステリの世界で「タフな」と形容される女性主人公はたくさんいるが、肉体的は意味でもここまでタフなのは類を見ないと思う。

逆に不満もこのあたりにあって、なにもスティーヴン・ハンターのボブ・リー・スワガーの向こうをはる必要はなく、むしろ「蒸発請負人」という特殊な職業ならではの専門性や人生観をもっと描いて欲しいところだ。
新しい人物をつくりあげるときの注意事項を、数少ないシーンから引用するとこんな具合だ。

「自分はほんとうは何者なのかってことから考え始めるのが先決ね。つまり、状況や偶然の出来事によってこういう事態に陥らなかったら、あなたは何をしていただろうかってこと。わたしたちはどんなことにも説明のつく他の状況をでっちあげることはできるの。ただ、それはあなたがうんと長い間守り通せることでないとね」

まあ犯罪にからまなくても、過去の人生をすべて消し去って、新しく始めるというのは興味をそそられるネタではある。二作目以降でより「蒸発請負人」らしい展開があることが期待したい。


書名 蒸発請負人
作者 トマス・ペリー
翻訳 飯島宏
出版社 講談社
ISBNコード 4-06-273113-4