ギデオン 神の怒り


探偵や刑事でない一般人が、とてつもない陰謀に巻き込まれ、殺人事件の犯人にされるが、必死の逃亡を続けながら真相をつきとめるために奮闘する、といったミステリはめずらしい設定ではない。また、シリーズ物のように主人公のキャラクターで読ませるわけにもいかない。それだけに、作者の料理の腕が試される。ラッセル・アンドルースの「ギデオン 神の怒り」はその点おおいに成功している。

売れない作家カール・グランヴィルは有名な編集者からゴーストライターの仕事を頼まれる。ある殺人を告白した手記を小説化するという仕事だ。厳しい監視の中でカールは原稿を途中まで書きあげるが、その編集者が殺害されてしまう。しかし、出版社にはそんな仕事を依頼した記録は残っていないばかりか、カールが殺人の容疑をうけることになった。カールはかつての恋人で新聞記者をしているアマンダとともに無実を証明するために真相を探ろうとする。しかし、唯一の糸口は問題の手記だ。誰が書いたものか少ない手がかりを頼りに南部へ向かうが、そこには大統領をも巻き込む陰謀があった。

冒頭、断片的にさまざまな出来事が描かれるが、それが徐々につなぎあわさって、全容が明らかにされるステップもうまい。この種のミステリの醍醐味が十分味わえる。作家のカールが事件に巻き込まれる設定もユニークであるし、殺し屋の正体、黒幕のさらに意外な共犯者と、実に用意周到に考えられいる。あえて難を言えば、強大な権力を持つ黒幕に対して意外にあっさりけりがつくのが残念、もう一山最後に盛り上がりがあれば言うことがないところだ。

それにしても、登場人物の中で悪役のほうが気の利いたうまいセリフを言うのですね。この陰謀の黒幕は言う。

「だが、今日の世界には、金よりもはるかに重要かつ価値のある通貨が存在する。その通貨とは情報だ。電波を制する者、大衆が知るべきことを決定する者。現代において真の力を有するのは、そういう人間だ」

というセリフから判るように、この企ての背景にはいかにメディアを支配するかとう問題がひそんでいるのだが、それが殺人を告白した手記と、どうからんでいるかは読んでのお楽しみだ。さらに、この黒幕と殺し屋とのやりとりではこんなシーンもある。

「わたしには納得がいきません」取り乱しているように聞こえないことを願いつつ、クローザーは言った。
「おまえを納得させるために金を払っているのではない。わたしの指示を遂行してもらうために雇っているのだ」

内心、部下にこう言ってやりたいと思っている上司って、結構いるのでは?


書名 ギデオン 神の怒り
作者 ラッセル・アンドルース
翻訳 渋谷比佐子
出版社 講談社
ISBNコード 4-06-273091-X