本書の解説に評論家の池上冬樹さんが書いている「従来のジャンル・ミステリとして読めば物足りないだろう」という言葉がすべて。99年度のMWA賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)最優秀長編賞に輝く作品なのだが、賛否はきっと分かれるでしょうね。
舞台は1939年のアメリカ、ヨーロッパではすでに戦争が勃発しており、第二次世界大戦の足音が聞こえつつある時代。クラブのダンサーが殺されると言う事件が連続して発生する。容疑者として記憶障害をもつ男、ハーバート・ホワイトが浮かび上がってくる。やがてホワイトは自白によって終身刑になるが、捜査を担当したウエスリー・ホーナー警部補は自白に疑問を抱き、ホワイトの日記や事件調書を丹念に調べていくと・・・。
こう書くと、なにやらその真犯人をめぐって、ミステリが展開されそうだが、そうではない。ホワイトとホーナー、ある種共通点を持つ二人の男の心の動きを、片方はホワイトが記憶障害を補う意味で書いている日記の形式で、一方ホーナーの側は三人称と、形を変えて描くことがこの小説の中心となっている。
娘には家出をされ、妻には先立たれた孤独な中年男ホーナーは浮浪者の取り締まりで知り合った16才の少女マギーに心を惹かれる。
「ねえ、煙草ある? 女の子の肺は冷えやすいのよ」
などと警官にも生意気な口をきくマギーだが、いつしか二人は同棲をするようになる。一方、ホワイトはやってもいない殺人の罪で刑務所に入れられることになるが、そのことを悲憤慷慨するわけではない。淡々と自らをふりかえる日記をつづる。この日記にはなかなか読者の心をうつものがある。
くれぐれも注意をしておくが、ミステリと思って読んではいけない。
書名 記憶なき殺人 作者 ロバート・クラーク 翻訳 小津薫 出版社 講談社 ISBNコード 4-06-264964-0