キル・ミー・アゲイン


元俳優にして、現在は<ハリウッド警備保障>で警備員をしているスコット・エリオットを主人公にすえたシリーズ物の第一作「キル・ミー・アゲイン」です。ただし日本では二作目の「輝ける日々へ」が先に翻訳されています。そんな訳でいま「輝ける日々へ」を読み返すと納得のいく会話などもあって、やはり順にそって出版してもらいたいものだ。

舞台は戦後(といってもヴェトナムではなく、第二次世界大戦)まもないハリウッド。戦時中に作られた名作「リスボンへの道」の続編が制作されようとしていた。しかし、その映画の脚本家が共産主義者だと密告する手紙がワーナー・ブラザーズに届く。世はまさに赤狩りの時代、密かに真相を突きとめることを依頼されたスコット・エリオット。しかし、とうの脚本家が殺害されたことから事件は複雑になっていく。

といった展開なのだが、その「リスボンへの道」という映画、いろいろと状況を変えてはいるものの、まさに「カサブランカ」なんですね。というわけで、話の都合上ふたつの作品の対照表をつくると次のようになる。

カサブランカ
リスボンへの道
役名 リック スティーヴ・レアード
俳優 ハンフリー・ボガード トランス・ボーモント
役名 イルザ モーラ・ウォチック
俳優 イングリット・バーグマン エラ・ラーセン
役名 ラズロ フランク・ウォチック
俳優 ポール・ヘンリード ハンス・ブリーム
役名 警察署長ルイ ローラン・マネ(船長)
俳優 クロード・レインズ ナイジェル・クレイ
役名 サム エディとジョー(ダンサー)
俳優 ドゥーリー・ウィルスン クラウン・ブラザーズ

従って、この小説に登場するトランス・ボーモントはボガードのことであって、ついその風貌を思い浮かべながら読むことになる。さて、その「リスボンへの道」の続編を制作することにエリオットは反対で、このように語る。

「スティーブの物語に続編はないと思います。ここよりもっとましな世界では、誰の物語にも続編なんかないでしょう。男の人生は何かひとつ英雄的なことを成し遂げたところでフェイドアウトすべきなんです。《リスボンへの道》のラストシーンのスティーヴのようにね」

とはいえ、その続編「キル・ミー・アゲイン」のストーリーはかなり丁寧に紹介されており、作者ファハティは密かにその出来に満足している気配がある。二作目ではすでにエリオットの妻になっているエラ・エンゲルハートとの出会いも描かれている。

「あなたは?」彼女が尋ねた。「スコット・エリオットは本名なの? それとも仕事上の名前?」
「仕事用」私は言った。「本当はサミュエル・スペードというのだけれど、それだと依頼人が過大な期待を抱いてしまうのでね」

こんなセリフはハードボイルド小説のファンにはたまりませんね。また昔の映画や音楽、スターの名前もふんだんに出てきて、その方面に詳しい人にとっては違った読み方もできる仕掛けになっている。

被害者とその妻はすでに冷たい関係にあったことを知っているエリオットは被害者の妻の涙を意外に思うのだが、それに対し彼女は言う。

「あのね、壊れようがなんだろうが、結婚は結婚なのよ。死んだ夫を思って泣かない女は、その男のせいで無駄になった年月を思って泣くの」

なかなか辛辣ですねえ。


書名 キル・ミー・アゲイン
作者 テレンス・ファハティ
翻訳 三川基好
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-079254-2