月下の狙撃者


ウィリアム・K・クルーガーと言えば、インディアンの血筋をひく元保安官コーク・オコナーを主人公とした『凍りつく心臓』、『狼の震える夜』でその実力には定評のある作家です。特にその人物造形は魅力的。新作、『月下の狙撃者』はノン・シリーズ物で、コーク・オコナー・シリーズとはかなり趣が異なるのですが、主人公の魅力的な側面は相変わらずと言って良いでしょう。

現職大統領夫人の父、トム・ジョーゲンソンがミネソタの自分の農場で事故にあう。大統領夫人ケイト・ディクソンが父を見舞うために農場を訪れることになり、シークレット・サービスのボー・トーセンは大統領夫人の警護につくことになる。しかし、トムの事故のうらにはケイト・ディクソンをおびき寄せて暗殺を謀ろうとする企みがあった。事故の原因にひとり疑問を抱いたボーは捜査を開始するが、やがて一人の暗殺者ナイトメアの姿が浮かび上がってくる。大統領夫人をはさんで対峙するボーとナイトメア。しかし、その裏ではさらに大きな陰謀がうごめいていた。

前半はボーとナイトメアの対決だが、後半はホワイトハウスをめぐる陰謀へと意表をついた展開をする。少々強引な気もするが、エンターテイメントとして充分楽しめます。しかし、なんといっても本書を支えているのは主人公ボー・トーセン捜査官が魅力といって良いでしょう。不幸な事故で両親を失い、ストリート・キッズとして育ちながら高潔な生き方をするボー。彼が高校時代にノートに書いた言葉。

一 世界は過酷だ。強くなれ。
二 愛はほんの少数のためのものだ。期待するな。
三 人生はフェアではない。だが、フェアな人間はいる。その一人になれ。

もう、これだけで充分主人公に感情移入できますね。そして、同じように不幸な境遇に育ち、暗殺者とったナイトメアもボーに共感を覚えるのだった。そして、大統領夫人とボーとの間の淡い恋心など、ツボをおさえた筋立てとユニークな脇役が物語を支えている。ナイトメアとの対決で、同僚の捜査官を失い自らも負傷し入院したボーにある看護婦が語りかける。

「生は祝福であり、死は解放よ。両方とも恵みであって、わたしたちの手でどうにかできるものではないわ」

さりげなく登場する脇役もこんな具合にしっかりしていて、お薦めできる佳作です。

なお、コーク・オコナーのシリーズとは趣が異なるとは言え、作品中で描写されるミネソタの月の美しさは共通していますね。それがこの『月下の狙撃者』という放題にもつながっている。そう言えば、このコーク・オコナー・シリーズの三作目が翻訳されていないのが気に入りませんね。

(2005.07.24)


書名 月下の狙撃者
作者 ウィリアム・K・クルーガー
翻訳 野口百合子
出版社 文藝春秋
ISBNコード 4-16-77050404

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