酔いどれに悪人なし


アイルランドが舞台という異色の私立探偵物のミステリの登場だ。ケン・ブルーウンの『酔いどれに悪人なし』。題名から連想されるとおり、主人公はアル中。早川書房の日本版のカバーにはジョニー・ウォーカーの黒ラベルとバランタインとおぼしきボトルが使われているが、主人公ジャック・テイラーは当然アイリッシュ・ウイスキー、ジェイムソンが中心だ。ここらは酒飲みとしては、こだわって欲しいところだ。

ジャック・テイラーは警察を首になったのち、私立探偵を世過ぎの糧としていた。ある日、ジャックのいきつけのバーでいつものように飲んでいると、美貌の依頼人が現れた(私立探偵物はこうでなくてはならない!)。自殺したとされる娘の死に不審な点があるので調査して欲しいという内容だった。しかし、調査を開始したとたんジャックは何者かに襲われ・・・。

こんな粗筋なのだが、事件のほうは、本人も言うように、ジャックがひっかきまわすことによって自ずとその真相が明らかにされるというパターン。ストーリーよりもスタイルを重視したミステリといって良いだろう。そのスタイルだが、主人公がアル中にして読書家という一風変わった設定。そして、実に無造作に人が死ぬ。その独特のタッチが本書の特徴だろう。しかし、こうした酔いどれの話は自分が酒飲みだけに、ちょっと辛いねぇ。

ジャック・テイラーはジョン・サンドフォードの「獲物」シリーズを読むかと思えば、本人ばかりでなく、登場する人物がみな本よく読む。パトリシア・コーンウェルを読みながら、本当はキャシー・レイクスが好きだと言う尼さんがいるかと思えば、こんな会話も登場してくる。ジャックの知り合いの売れないロック・シンガーとの会話なのだが、彼女が歌い終わったあとにジャックはこう言う。

「地獄の奥底で生きているやつでなきゃ、こんな清らかな声で歌えない」
彼女はうなずいた。
「カフカだね」

よりによって、カフカときたもんだ。本好きの読者にはたまらないでしょう。シリーズ化されているようだが、ジャックは惚れた女には去られ、長年の友人を失い、ロンドンへ漂泊することになる。さて、どんな展開をみせるのだろうか。

ストーリーはともなく、酒飲みをなるほどと思わせる箇所は多い。例えば、こんな具合だ。

J・M・オニールは小説『ダフィーは死んだ』のなかで、ブランデーは生命をあたえたのち、それを奪うと書いた。

ウイスキーの語源がゲール語で「いのちの水」という意味だから、ブランデーよりむしろウイスキーのほうがぴったりきそうだが、「生命をあたえたのち、それを奪う」とは言い得て妙、酒飲みなら頷くはずだ。

(2005.02.12)


書名 酔いどれに悪人なし
作者 ケン・ブルーウン
翻訳 東野さやか
出版社 早川書房
ISBNコード 4-15-175051-7

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