ハンニバル


ウーム、何とも形容しがたいなあ、この小説。読ませる力はある、しかし面白いとは表現しにくい。好みの問題とはいえ、後味の悪さが気になります。

かの「羊たちの沈黙」では新人だったクラリス・スターリング捜査官も今ではベテランの部類だ。ただ、本人の意志に反して、犯人を奇襲して逮捕するなど、かなりがさつな任務につかされている。

「このスターリングが三年つづけてFBI部内のピストル実技コンテストのチャンピオンになったとき、コーチしたのはこのおれなんだよ、ボウルトン。だから、心配要らん。なあ、スターリング、”人質救出チーム”の連中、あの”ヴェルクロ・カウボーイズ”がきみに敗れたとき、連中はきみのことを何て呼んだっけ? あの射撃の名手、”アニー・オークリー”か?」
「”ポイズン(毒入り)・オークリー”よ」クラリスは言って、窓の外に視線を転じた。

この会話が示すように、そんな任務でも彼女はその才能を発揮していた。しかし、麻薬組織との逮捕劇がマスコミから糾弾され、FBIの上層部も彼女を守ってくれず、窮地に立たされる。そんな折り、前作の最後で脱獄したハンニバル・レクター博士がその姿を見せる。一方でレクター博士の犯行の被害者である資産家メイスン・ヴァージャーはレクターに対する復讐を企てていた。このメイスン・ヴァージャーがまた普通ではないのですね。かくして狂気と狂気がぶつかりあう中で、はたしてクラリス・スターリングの運命は・・・。といった展開となる。
「羊たちの沈黙」でも登場したFBI行動科学課のジャック・クロフォードにむかって、クラリスはレクターについて語る。

「知り合ってまだまもないうちに、彼はわたしという人間について、いくつかのことを言い当てました。人はとかく”理解”を”共感”と見誤りがちです−わたしたたちは他人の共感を切望していますからね。でも、”理解”と”共感”のちがいを学んでいくことが、すなわち、人間が成長していくことの一端なんじゃないでしょうか。人は自分に好意を持たなくても自分を理解できるのだということを悟るのは、とても苦しく、また興ざめなものです。(後略)」

そもそもレクター博士は「レッド・ドラゴン」や「羊たちの沈黙」でも登場しているが、主題となっている犯罪とは関係がなく、いわば脇役として異彩を放っていた。今回は物語の中心にすわり、彼の生い立ちなども詳しく明かされる。彼に復讐しようとするヴァージャーとの対決では、読者は思わずレクター博士に肩入れしたくなるほど、悪の魅力をふりまいている。そんなレクターとクラリス、二人の間にあるのは理解か、共感か? 二人がどんな結末へ向かうのか、ここで書くのはルール違反でしょう。どうか自分で確かめて下さい。でも、後味がなあ。


書名 ハンニバル
作者 トマス・ハリス
翻訳 高見浩
出版社 新潮社
ISBNコード 4-10-216703-X
4-10-216704-8